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7-19 利用

 

 ■■■

 シトリー視点

 ■■■



「くそう、見せびらかすように手をつないで……兄上はどこまで僕を苛立たせれば気がすむんだ」


 隣で今も管巻いているアイン=ファーランドに薄紅色の髪の少女――シトリーは内心うんざりした思いであった。そうなるように誘導した本人が言える事では無いだろう。だが、それでも男の嫉妬ほど見苦しいものは無いというのが彼女の持論だった。


「きっとヴァージニアさんはフォルカス殿下に手を無理に引かれていたんですよ。お二人が部屋に入られた時、ヴァージニアさんのほうから慌てたように手を離されていましたし」

「そ、そうだよな。兄上は婚約者という立場を利用して、彼女に無理やり……」


 目の前の男は、自分がそうと願う事がまるで事実であるかのよう思い込む程に思い詰めていた。誕生祭が始まるまでに彼女自身が調律した結果だ。


(こちらの準備は順調か。だが)


 アイニスが光魔術に長けた教士を準備している事は彼女の耳にも入っている。だが、可能性の一つとしては考えてはいたが、アイニス聖教教団教士の中で十指に数えられる光雷が今回の襲撃に参戦する事は彼女にとっても予想外だった。その事に今回の襲撃に対するアイニスの本気具合を伺い知る事が出来る。


 光魔術である【火雷(グロム)】を好んで用いる光雷の名は、ギヴェンだけでなく周辺各国にも知られている。元来この世界において雷という存在(もの)は、天の怒りと人々から畏れられており、それを魔術として具現化した【火雷(グロム)】は、魔術自体は勿論、用いる魔術師までもが畏怖の対象となっている。


 シトリー自身もまた【火雷(グロム)】を使用しようと思えば用いる事は可能であった。だが、それをあえて用いる気にはならなかった。この世界における【火雷(グロム)】が魔素の転換効率が著しく悪い魔術である事を彼女は知っていたのもその理由の一つである。本来、魔術は魔素を吸収しそれをオドに転換、事象として具現化し発動するという工程を経て発動する。オドを事象として具現化する際【火雷(グロム)】は他の光魔術に比べ転換ロスが多く発生する。これは他の光魔術に比べて【火雷(グロム)】は直接光としての認識して発動するのではなく、雷としての認識を強く持たなければ具現化しない点が大きい。また【火雷(グロム)】を実際に発動させた後も、魔術としての効果にロスが発生する。これは単純に空気や水蒸気など不純物が多い空気中での放電効率が問題であった。そういった点で考えれば、純粋な光エネルギーを電磁波として照射する【光線(レイ)】やエネルギーを周りに拡散するだけの【光輝(シャイン)】のほうが【火雷(グロム)】より魔術としての効率が高く優秀といえるだろう。


(神の教えと尊ぶ教団らしい選択といえば選択だが、今回に限っては悪い選択じゃないか)


 アイニスの襲撃の目的は、ボイル国王や他の有力貴族に対するテロ行為。それとギヴェン王城地下に眠る光の封剣の破壊である事は自国の調査で調べは付いていた。元々の襲撃はギヴェン暗部がアイニスへ意図的に情報を漏らした結果、誘導されたものである。だがその間、取り交わされた情報の中に光の封剣の情報などは含まれていなかった。封剣の情報が流れるよう仕向けた犯人はシトリー自身である。勿論、その情報の出所は分からないよう、彼女が細工を怠る事は無かった。


 結果としてアイニスは光の封剣を害する事が出来ると思われる光雷を派遣する事となる。

火雷(グロム)】であれば光の封剣の破壊は無理でも、機能停止にまでは追い込む事が可能だろう。また【火雷(グロム)】は同じ光魔術とはいえ、自身やアイン=ファーランドが用いる光魔術と系統が異なる魔術だ。それを用いた破壊行為であれば、事後彼女達への周りの印象が悪化する事も無いだろう。


 問題は、光雷が目的を達成できるかどうかだが、シトリーにとってそれは瑣末な事であった。実際、アイニスが光の封剣を害する事が出来たなら、それはそのまま彼女の国の利にも繋がる話だ。だがもしアイニスの計画が失敗したとしても、それで彼女自身が困る事は一切無い。唯一問題があるとすれば――


(ヴァージニアに光雷が倒せるだろうか)


 実際に光雷と渡り合うであろうあの金髪の少女が、高位魔術である【火雷(グロム)】の使い手を倒せるかどうか。シトリーの不安はその一点に尽きていた。もし万が一、少女が光雷に討たれた場合、シトリーの()()()()()()()()事となる。少女以外に光雷の対策に当たる人選として考えられる者は、ギヴェン王国執政官フェルダーの息子、ゼクス=フェルダー。黄の封剣守護者であるゼクスであれば、光雷の【火雷(グロム)】の直接的影響は回避出来るだろう。対する人選としては悪くないどころか最適といえる。ゼクス=フェルダーとヴァージニア=マリノ両名であれば、光雷の撃退も可能だろう。


 だが確実であるとはいえない。

 何故なら、この世界において封剣の守護が完全ではない事を()()()()()()()()からだ。

 封剣の守護は守護属性以外の全魔術の無効化。ゲーム【ピュラブレア】においては確かにそうであった。だがこの世界では、守護の範囲には大きな制約が発生する事となる。その要因は封剣の特性にあった。


 封剣は自属性以外の魔素を吸収する事で他属性魔術の効果を霧散させる。だが魔素の吸収速度が光速を超える事はない。詰まる所、魔素の吸収速度を超える速さで放たれた魔術の効果を封剣は完全に遮断する事は出来ない。それが、肉体に影響するような魔術であれば体内に侵入した際、魔術が光速で体内に打ち込まれたとしても、守護の力で魔素は吸収され魔術は霧散化し効果は発揮しない。封剣守護者の弱点となる魔術、それは光速でぶつけられる単純なエネルギー攻撃であった。


火雷(グロム)】は自然の雷を模した魔術。その特性は直線光速攻撃。被弾した対象にもたらされる効果は感電によるショック。通電した際の熱傷と、雷撃による衝撃。魂に近い脳や魄の根幹となる心臓は守護の影響が大きい為、感電による影響はほぼ受ける事はない。だが通電による熱傷と着雷時の衝撃は、例え封剣守護者であっても完全に防ぐ事は適わないだろう。


(そのあたりを彼女がどう対応するか、楽しみだな)


 ヴァージニア=マリノがただ無策で事に当たる筈は無いだろう。きっと自分を満足させてくれる結果をもたらすに違いない。シトリーはそう考え無意識に口角を上げる。


「おい、何を笑っている」

「いえ、そろそろ誕生祭が始まります。殿下の護衛の立場で不謹慎だとは思うのですが、こういうの場は始めてですの、その……嬉しくてつい」

「そうか。確かに、男爵家の令嬢程度ではこういった王家主催のものへの参加の機会はそうそう無いかもしれないな。護衛という立場を忘れろとは言わないが、その上で君にも楽しんでもらえればとは思っている」


 アイン=ファーランドの意外な言葉に、シトリーは一瞬言葉を失う。

 今では一人の少女に狂っているだけの男ではあるが、仮にもこの国の第二王子であり、幼い頃から聡明といわれていた少年だ。彼がシトリーの立場を考え発言したとしてもおかしな事では無い。


 だがシトリーにとって彼の言動は、持つ者から持たざる者への哀れみのそれに思えてしまっていた。アイン=ファーランドという少年の生い立ちを哀れに思う人間は数多く存在するだろう。その様な生い立ちを経てよくこれ程にまっすぐ成長したと考える人間もいるかもしれない。しかしシトリーはそうは思わなかった。彼女は目の前の少年よりも哀れな人間を知っていたし、彼がいかに恵まれているかも知っていた。だからこそ、シトリーは彼を利用する事に一切の罪悪感を感じてはいなかったし、それが当然の報いだとさえ考えていた。


「ありがとう御座いますアイン殿下。殿下はお優しいですね」

「そんな事はない。君は僕と共にヴァイス殿の下、光魔術を学んだ仲だ。立場に違いはあれ僕はシトリー、君の事は同士だと思っている。それにこうして僕とヴァージニア嬢の事を真剣に考えてくれているし」


 アインの言葉にシトリーは微笑みを浮かべる。アイン=ファーランドの中で自身の評価が想定通りに位置している事にシトリーは満足する。アインを誘惑し、自らの傀儡にする事は容易い。だがそれでは彼女の目的が達成される事はない。今の位置こそ、自らの目的達成に適した位置とシトリーは判断していた。


「アイン殿下とヴァージニア様は私の目から見てもお似合いですから。学院で並ばれるお二人の姿を周りの者達も憧れの目でみていますわ」

「そうか。そうだよな。ありがとうシトリー。君の言葉はいつも僕を勇気を与えてくれる。そうだ今日、彼女にダンスを申し込んでみようか」

「それは素敵なお考えです!」

「そうか!そうだよな。よしそうしよう!」


 その行為が示す意味さえ、この男にはもう理解出来ないのだろう。シトリーは笑みの裏で、この愚かな男の事があまりに滑稽でおかしく思えていた。恋に狂った彼が正気に戻った時、自らの行動を省みてどういった行動に出るか、シトリーは少しだけ興味がわいていた。


「そろそろ始まるようだ」


 アインの言葉にシトリーは壇上に目をやる。そこには王国魔術師団長ヴァイス=オルストイ、王国騎士団長アゼル=オーガストの他、ギヴェン王国のそうそうたる顔ぶれが並んでいる。そしてそこには皇太子フォルカス=ファーランドと並ぶ形でヴァージニア=マリノの姿も見られた。


 ボイル国王の挨拶で誕生祭が開会される予定となっている。自分がアイニスの立場であれば狙うならその挨拶のタイミングだろう。シトリーはそう考え周りに意識を集中する。


(悪いがこの場のテロ行為は完全に潰えさせてもらうよ)


 シトリーには封剣の破壊を邪魔する気はなかった。だが、こちら別だ。

 アイニスの襲撃は、回りの人間にとって自分という人物を知る良い試金石となるだろう。シトリーはそう考えほくそ笑む。


(さぁ祭りの始まりだ。楽しもうじゃないかジニーちゃん)


 壇上で周りに意識を向ける金髪の少女の姿を、シトリーは楽しげな顔で見つめていた。

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