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フィルツ=オルストイ 2

 ヴァージニア=マリノの師として魔導を教え初めてから2年が過ぎた。

 武の才に優れた父親とは違い、ジニーには魔導の才があった。

 本当なら半年はかかる意識下のオド転換を、たった1週間でやり遂げた姿には年甲斐もなく俺も興奮してしまった。

 最初は、魂融合した素体に対する知的好奇心で、少し付き合ってみるだけのつもりだった。

 だが、才能ある弟子を育てる事は俺自身にとっても大きな刺激になっていった。


 それだけではない。

 ジニーは魔素への感応力にも優れている。

 通常、魔術師の家系の人間は幼い頃から魔導の訓練を開始する。

 これは魔術師として十分な魔素感応力を得るには早い者でも10年以上の時間を要するからだ。

 だが、あいつの場合はオド転換を習得した時点で、ある程度の魔素感応力を見せた。


 ジニーの魔素や魂に対する特異性は彼女に施した魂融合が原因ではないかと考える。

 魂融合を行う上で、ジニーの魂には大量の魔素が触れることとなった。

 その上、最終的には魔素から練成した魂と融合までさせたのだ。

 ジニーの魂が触れた魔素の量は一般的な王国魔術師が触れる量を遥かに上回っていた。

 魂融合の副作用が、魔導の才に目覚める切っ掛けになったに違いない。


 まぁ、優れた魔導の才を持っていたとしても、努力なしでは開花は見込めない。

 そう考え最初の1年は基礎力向上を目的とし、オドの転換密度を上げる修練のみを行った。

 これは毎日4時間ただひたすらオド転換を行うという地味で過酷な修練だ。

 だが、あいつは一切不満を漏らす事なく淡々と修練をやり遂げて見せた。

 自分の才に奢る事なく、過酷な修練に励むあいつの姿には王国魔術師達に見られない魔導への真摯な情熱を感じた。


 次の1年は、炎と水属性の魔導の基礎と一緒に、転換魔術の基礎を教えることにした。


 □□□


「転換魔術ですか?」

「あぁ、以前お前に魂融合を行ったときの話を覚えているか?」

「ええ、覚えております」

「転換魔術はその時、魂を練成する為に用いた魔術の事だ」


 ジニーは複雑そうな顔をして、俺に問いかけた。


「なぜ、そのようなものを私に?」

「まぁ、言いたい事は分かる。1つは秘義とも言えるレベルの魔術を簡単に教えてもらっていいものかどうか、もう1つはそんな物騒なものを教えられても逆に困る。このあたりだろう?」


 ジニーは唇を歪めながらこくりと頷いた。


「実際、この魔術は禁術に属してもおかしくない代物だ。だが、魔術の構成自体は複雑なものではない。お前が1年間やり続けてきたオド転換のただの応用だ」

「そうなんですか?」

「そうだ。今回、お前には2つの転換魔術を……といっても入り口だな、それを教える」

「はい。」


 俺は飲みかけの紅茶を机の上に置き、ローブから1本の蝋燭を取り出した。


「蝋燭?」

「まぁ、見ていろ」


点火(トーチ)】を使い蝋燭に火を灯す。


「蝋燭の炎は、結果だけ見ればオドの事象化による炎と変わらない。それは分かるか?」

「なんとなくですが……」

「今はそれでいい。さて、この炎をオドの事象化とすれば、オド転換を逆向きに行うことで事象を魔素までに還元することが可能となる」

「え?」

「実際にやるから見ておけ」


 俺は蝋燭に手を翳す。

 熱をエネルギーとして意識し、体内のオドを活性化させ蝋燭の炎に変転の力で蝕ばむ。

 オドが体内から抜け落ちた感覚が広がり、それと同時に炎は小さく揺らめき静かに消えた。


「ジニー、蝋燭の周りに魔素を感じるか?」


 ジニーは俺の問いに答えるため、目を瞑り意識を集中させる。


「……はい。蝋燭の周りに炎の魔素を感じます」

「蝋燭の炎を魔素まで還元した。これが転換魔術の1つ、オド変転だ。これを応用すれば敵勢魔術を無効化したり特定の属性の魔素を容易く集める事が可能だ」


 ジニーは火の消えた蝋燭を不思議そうに見つめた。


「私にもいつか出来るでしょうか?」


 王国魔術師の中でもこれができるのはたぶん、俺と兄貴ぐらいだろう。


「修練を積めばできる日が来るかもな」

「お世辞でもうれしいです」


 世辞でも気休めでもなく、ジニーの才なら可能性はある。

 だが、15才までに可能かと言われれば難しい所だ。


「次に魔素転換についてだ。ジニー、お前はオド転換を行う時、魔素を体内に取り込み体内で循環練成してオドに変換しているな?」

「はい」

「炎の魔素を体内に取り込む時はどうやっている?」

「炎をイメージしてから、それに近い気配のする魔素を集めて取り込んでいます」

「うむ。基本的にオド転換は魔素選択、魔素の吸収、オドへの変換の3段階で行う。この時、集める魔素を凝集する事で魔素の密度を上げることができる」

「凝縮ですか?」

「あぁ、まずは試してみよう。ジニー、炎の魔素を集めてみろ」

「はい」


 返事の後、ジニーは意識を集中させる。

 しばらくすると、ジニーの周囲に炎の魔素が集まりだす。


「よし、じゃぁこれを握ってみろ」


 俺は、ジニーの手のひらに直径1cmほどのガラス玉を乗せる。


「あ、これはあの時の……」


 以前、得意属性を調べるのに使ったものと同じガラス玉だ。

 ただ違うのは、このガラスの玉には魔素が詰め込まれていない点にある。


「それを握って、周囲に漂う炎の魔素を集めるイメージをしてみろ」

「はい!」


 ジニーは再び目を瞑り、意識を集中させる。

 その途端、ジニーの周りに漂う魔素が彼女の手の中へと集まり始める。


(やはりセンスがいい)


 たった一度で凝集ができる魔術師はそうそういない。

 彼女は、魔素を感じる力と操る力に長けているのだろう。


「熱っ!? あれガラス玉が……」


 魔素凝集の影響で熱をもったガラス玉に驚いたのであろう。

 ジニーは目を開き手のガラス玉を確認した。


「あ、ガラス玉の中に炎の魔素を感じます」

「そのガラス玉には魔素を内部に閉じ込める術式が施してある。凝集を行えば、魔素を閉じ込める事が可能だ。」

「すごい、ガラスの中で炎が揺らめいてるみたいだ……」

「お前が今やったのが転換魔術の1つ、魔素転換の入り口だ」

「入り口?」

「凝集は、この魔術の第一段階だ。魔素転換は最終的に魔素を高次な精霊まで凝集し昇華転換する」


 ジニーの手からガラス玉を取り上げ握りしめ、さらに魔素を凝集する。

 しばらくすると、パキッという音とともに俺の掌から炎があふれ出す。


「師匠! て、手が燃えてます!」

「あぁ、これは精霊の欠片だ。魔素を精霊の一部にまで凝集した姿で本来の炎じゃない。お前は感応して実際に燃えているように見えてるだけだ」


 手を広げ精霊の欠片を開放する。欠片は宙に漂いゆっくりと消えていく。


「……綺麗」

「熟練の魔術師なら精霊の欠片を取り込んで魔術を発現させる事も可能だ。その場合、魔術の威力は魔素から発現させた魔術に比べ10倍を優に超える。まぁ、お前が魔導の探求を諦めず続けるなら、いずれは使えるようになるかもな」

「はい、いつかきっと使えるようになります! だって、私は師匠の弟子ですから!」


 俺はジニーの頭を軽くはたく。

 こいつなら本当に使える日が来るかもしれない。


「まぁ、せいぜいがんばりな」


 魔術の才溢れる弟子を持った喜びと、自分を脅かす魔術師の影の両方を同時に感じ、俺はなんとも言えない気持ちを飲み込むように、飲みかけの紅茶を一気に飲み込んだ。

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