7-18 機密
フォルカス殿下に引かれ、私はある一室の前に通される。
「どうぞ陛下がお待ちです」
「ああ、失礼する」
私とフォルカス殿下が部屋に入ると、すでに中にはボイル陛下、ヴァイス様、ヴァイン、アイン殿下、そして――
「あ、ヴァージニアさん!」
「シトリー、貴女がヴァイス様が準備されるという最後の護衛なの?」
「はい!ヴァイス様に光魔術の修練をつけて頂いていた甲斐がありました!おかげで、今回こんなすごい機会をいただいてしまって」
――驚く事にシトリー=フラウローズの姿があった。確かにシトリーの潜在能力なら、護衛としても十分すぎるレベルだろう。だが、それ程までに光魔術を習得出来たのだろうか。
(やはりゲームの主人公という事か)
ゲームにおいてシトリー=フラウローズの能力初期設定は剣術B、魔術C程度ではあるが最終的にはどちらもランクAを超え、剣術か魔術のどちらかの選択にはなるが片方がSに届く程の腕前だったはずだ。今、目の前にいるシトリーがどの程度のレベルであるかは分からない。だが、あのヴァイス様が護衛に任じられた程。少なくとも王宮魔術師団員以上の実力と考えてよさそうである。
「よろしくね、シトリーさん」
「はい!よろしくお願いします。ヴァージニアさん」
彼女の受け応えから、先日の事はあまり気にはしていない様子で安心する。ナータと何を話していたのかは今でも気にはなるが、それよりも護衛の件を優勢すべきだろう。
「では、アイン殿下の護衛はシトリーさんに任せるという事で、私とヴァインはフォルカス殿下を護衛するという事でよろしいでしょうか」
「うむ。俺の護衛はヴァイス達に任せる事とする。薔薇よ、お前はフォルカスを守れ」
「了解いたしました」
「少し、二人に話す事がある、ヴァイス、アイン。先に会場に向かっておれ」
ボイル陛下の言葉に従い、ヴァイス様とアイン殿下、それにシトリーが部屋を後にする。
残された私とフォルカス殿下を、ボイル陛下は椅子に座るように促す。
「父上、私とヴァージニアに何か?」
「アイニスの事だ」
アイニス共和国。ギヴェン王国の北に位置する敵国。5年前そしてさらにその3年前の2つのオーガストが絡む事件の原因となった国であり、今回襲撃を計画していると噂される国。アイニス共和国には教士と呼ばれる優秀な魔術師団が存在する。彼女達の実力は我が国の魔術師団員と遜色のないレベルであり、中でも二つ名つきの教士の実力はヴァイス様に匹敵するほどの実力を持つと噂されている。
5年前のオーガスト邸襲撃事件に現れた灰燼のトレニー。炎の高等魔術【燼滅】を容易く使いこなす程の実力者だった。
「光雷の二つ名を持つ教士が、国を出たという情報が入った」
「今回の襲撃に?」
「うむ。光雷もやって来るだろう」
光魔術の使い手は、その特性から非常に希少な存在である。そんな光魔術を用いる人間でかつ二つ名を有する程の実力者が、今回の襲撃に加担していると陛下はおっしゃられる。あまりに危険すぎる事態に私が声を上げようとした矢先、ボイル陛下から思わぬ言葉が飛び出した。
「奴らはあれを狙っているやもしれん」
「父上、よろしいのですか?」
フォルカス殿下がこちらに目をやり、陛下にお尋ねになられる。
「退出したほうがよろしいでしょうか?」
「かまわん。薔薇よ、お主はこれから先もフォルカスと共にあるのだろう。ならばそこで聞いておれ」
陛下はそうおっしゃり、席を立とうとした私の肩にふれ、座るように促される。
しかたなく、フォルカス殿下の方に振り返ると、殿下もまた頷き、私に共に陛下の言葉を聞くよう指示される。
「お主ならば知ってるやもしれんが、この王城の地下には光の封剣が眠っておる」
「……この地に【神籠】が存在するのですか」
以前、師匠から水の封剣はオウス公国領に存在し【神籠】と呼ばれる巨石の中に眠ると聞いていた。そして他の封剣もまたそれぞれ別々の場所で眠るとも。
だが、まさか光の封剣がこの城の地下に眠るなんて事まで私は知らなかった。もしかすると師匠は知っていて私には話さなかったのかもしれない。だが封剣が眠る場所、それも代々ファーランドの血筋に受け継がれるといわれる光の封剣の守護に関わる場所だ。さすがの師匠でもおいそれと人に言えるものではないだろう。
「ほう、【神籠】を知っているか。差し詰めフィルツあたりから聞いたか」
「はっ、師匠……フィルツ様より【神籠】については幼少時に一度聞いております。ですが光の封剣に関しては初耳でございます」
「なるほど、あのフィルツもそこまでは知らなんだか。いや、知っていて教えなかったか……まぁよい。今は光雷の件だ」
ボイル陛下はそうおっしゃると、改めて私をじっとお見つめになられる。
「よいか薔薇よ。この城の地下に眠る封剣には【神籠】は存在せぬ。いや正確には、この城自体が光の封剣にとっての【神籠】と言えよう」
「つまり【神籠】に隔たれる事なく封剣への干渉が可能という事でしょうか」
「うむ」
陛下の言葉に、私は眩暈を覚える。一体どうして私にそんな重要な話を聞かせるというのだろう。これは完全に国の最重要機密ではないか。そんなものを聞いてしまえば私はもうここから逃げられ――
(?!)
ふと気がつき、隣に座るフォルカス殿下に目を向ける。殿下は私に詫びるように目を細められる。
(嵌められた!)
陛下は――『お主はこれから先もフォルカスと共にあるのだろう』とおっしゃられたではないか。いわばあれが私に対する最後通告。あの場で席を立たなかった私の失態。
「気づいたか薔薇よ」
「おずるくあらせられます、陛下。そのような話を聞いてしまえばもう、私は部外者ではいられません」
「許せ。これもギヴェンの為だ」
国の為。そう言われば私には逆らう事など出来やしない。
私はただ頷くしかなかった。そんな私の肩にフォルカス殿下が優しくお触れになられる。
「すまないヴァージニア、お前を騙す形になって。だがお前に聞いていてほしかったのは父上だけでなく、俺も同じだ」
「フォルカス殿下」
殿下の手の温もりが、逃れられない運命の重みに押しつぶされそうな私の気持ちを和らげてくれる。
だが現実は非情だ。王家の最重要機密を知ってしまった今、この地より離れる事さえ難しいだろう。
「陛下。お聞きしたい事が御座います」
「よい。話せ」
「はっ。この城の地下の件ですが、知っている者の数はいか程で御座いましょう?」
「フェルダーとその息子、それとお前達、俺を入れ五人だ」
そうなると、光剣を守る役は私かゼクスのどちらかという事になる。相手が光の封剣を狙っているのなら、その相手は倒さねばならない。
(勝てるだろうか、光雷とまで呼ばれる相手に)
自信はない。光魔術の特性は熱と光。その発動速度は私の魔術を遥かに上回る。そして何より光雷の二つ名だ。
(相手は光魔術の高位魔術【火雷】を用いる可能性が高い)
ゲーム【ピュラブレア】において【光線】や【光輝】と同様、光魔術である【火雷】を用いる事が出来る者は、魔術特化に鍛えた光の乙女シトリー=フラウローズだけであった。そしてその威力は広域殲滅魔術である【光輝】には劣るものの【光線】に比べれば遥かに強力であり、直撃を食らえば対魔術用装備に身を包んだ王国騎士団であってもただではすまないだろう。
「もちろんお主にはフォルカスの護衛の任に当たってもらう。剣を守るのはフェルダーの息子、ゼクスにも当たらせよう。だが、フォルカスの護衛が落ち着けば、お主にもゼクスの補助に回ってもらう」
黄の封剣守護者である彼ならば【火雷】を凌げる可能性もずいぶんと高くなる。
本当ならヴァインに協力を願いたいところだが、彼まで私のように機密を知る事で王家に縛られる事はないだろう。
「了解いたしました、陛下。尽力いたしますわ」
「うむ、頼りにしておる」
そうして私はフォルカス殿下と共に部屋から退出し、会場に戻ることにする。
「ヴァージニア……」
「大丈夫です、殿下。ただ、少しだけ落ち着く為の時間をいただけませんか」
「あぁ、かまわない」
フォルカス殿下に促され、会場に用意されていた椅子に腰をかける。さすがにいろいろな情報が入り、それを整理するための時間が必要だった。そうして必死に頭の中の整理を進めている私の手をフォルカス殿下が、取り握りしめる。
「殿下?」
「ヴァージニア、地下遺跡で俺が言った事を覚えているか?もし、お前に何かがあれば俺はきっと冷静ではいられなくなるだろう。お前を失う事になれば、俺は酷く心を痛めるに違いない」
殿下はさらに強く私の手を握り締める。
「いいかヴァージニア。自分を第一に考えろ。無理だと判断すれば逃げてもかまわん」
「だめですよ殿下。私はこれでも殿下の護衛ですよ?」
そうだ、自分の仕事を全うせず、逃げ出すわけには行かない。
相手が光雷だと聞き、確かに不安がよぎるが全く手が無い訳ではない。
「お前は――」
「フォル。私を……貴方の薔薇を信じて……」
「……ヴァージニア」
仲間思いな殿下の心に漬け込むようで悪いが、ここはベイルライダーでの彼の名を使う事で信用を勝ち取ることにする。クライアントが私を信じてくれなければ、護衛もままならない。何より第一優先はフォルカス殿下の安全だ。
あとゼクスとの打ち合わせが必要になるだろう。光雷の用いる魔術を如何に対するか、じっくり話し合っておきたい。
ふと気がつくと、先程からフォルカス殿下がずっと私の手を握り締めている。
いい加減に離してもらえないだろうか。流石に口では言い辛い為、私はその思いを込め、殿下に微笑みかけてみる。それを見たフォルカス殿下は、私ににっこりと微笑み返す。
いや違うそうじゃない。ゼクスと打ち合わせをしておきたいのだ。手を離してくれ。
だが、誕生祭が始まる直前まで、フォルカス殿下が私の手を離す事はなかった。