7-15 彼女
「それじゃぁ、シトリーちゃんの歓迎会を始めます!」
戦技課のメンバー達が皆、手を叩き赤面するシトリーを歓迎する。
「有難うございます!皆さん。戦技課でもない私の為にわざわざ、こんな会を催して下さり有難うございます」
「いいって、気にすんなよシトリーちゃん!」
「そうだぜ、トミーなんて毎日、シトリーちゃんの歓迎会をいつやるんだって煩かったぐらいなんだから。もう、煩さくされないと思へば、逆に歓迎会開かせてくれた事に感謝するぐらいだ」
ヴァインの言葉に、皆が大いに笑い立てる。
「そ、そんなに言いまくったりなんて……ちょっとだけしたけど」
トミーは顔を赤らめながら、言葉を濁している。こう見えてトミーには内気な所があったりする。戦技課に入ったばかりの頃も、私に対しては非常に丁寧な言葉で話しかけてきたりと、慣れ親しむ迄、距離感を上手く取れないところが見られていた。今のトミーの心情も、本心からシトリーを歓迎したいと思いつつも、照れてしまって言葉が上手く出てこないという所だろう。
そういう不器用な所もあるトミーだからこそ、周りのメンバーもお調子者な彼の事を好ましく思っている。
ふと見ると、仲間達から少し離れた場所にアイン殿下の姿が見つかる。
『僕はずっと君を、君の事を……僕では駄目なのか?兄上じゃなくて僕では……』
アイン殿下が正気ではなかったと信じたい。だが、彼のあの言葉が本心からのものであったのなら、私は一体これまで何をしてきたのだろう。
ゲーム【ピュラブレア】でヴァージニア=マリノにもたらされる断罪の悲劇は、今のフォルカス殿下やアイン殿下の様子であれば、回避されるのではと考えていた自分があまりに狭量であったと思い知らされる。
アイン殿下に近づけば、ゲームのヴァージニア=マリノのような未来が待っているのではと考え、私は彼から距離を置く事ばかり考えていた。そんな中、フォルカス殿下との婚約を申し付けられた時は、王族と近づくという忌避感はあったが、同時に私は心のどこかで安心していた気がする――これで未来が変わるではないか、私はそう考えてはいなかっただろうか。
未来は変わっているのかもしれない。だがその未来が正しいものかどうか、私には判断が出来ずにいた。
「ジニー浮かない顔をしてどうしたんだ?」
俯き頭を悩ませている私にヴァインが気がつき、飲み物を手に声をかけてくる。
彼から渡されたカップを手にとり取り、満たされた象牙色の飲み物に口を付ける。
口いっぱいに広がる檸檬の爽やかさと、蜂蜜の甘さが沈んだ気持ちを浮上させてくれる気がした。
「ありがとう、ヴァイン」
「気にするな。で、どうかしたのか?」
彼に話すべきだろうか。
『俺にとって、お前が救いだったように、俺もお前を救いたいんだ。だから、ジニー、俺に協力させてくれ』
目の前の少年から告げられた救いの言葉。
それがどれ程、私の心を救ってくれたかを彼は知っているだろうか。
今すぐ彼に全てを打ち明けで、その手に縋り付きたいという思いがよぎる。だが――
「ううん。なんでもない。そういえば何だかここに来るまでに揉めたって聞いたけど、大丈夫?」
――そんな事は言えはしない。少なくともこれは彼には関係のない話だ。
アイン殿下を避け続け、彼が私に対して変な幻想を持ち続けて来た事を放置していたのは自分だ。はっきり彼に自分の気持ちを告げ、その上で彼には諦めて貰うよう頭を下げるしかない。
「あぁ、別に大した事でもないんだが、ちょっとシトリーさんとナターシャが揉めてな」
「ナータが?」
彼の言葉は予想外のものだった。
ナータは一見きつそうな印象を持たれがちだがその実、私やリズ以上に周りに気を配る優しい少女だ。今回のシトリーの歓迎会に関しても『私もずっと気にしていたの。彼女とはもっと親しくしたかったし、参加するわ』と意気揚々と参加を決意していた。
そんな彼女がシトリーと揉めたという話を、私は受け入れる事が出来ずにいた。
「あぁ。あいつシトリーさんに大声で啖呵きったんだよ」
「ナータは何って言ったの?」
「『ジニーの事を知りもしない癖に語るな』みたいな内容だったかな。とにかくそんな事を言っていたと思う。あれだよな、女同士の揉め事って本当怖いって思うわ」
ヴァインはそういいながら苦笑を浮かべる。
(ナータが私の事で)
話の前後は分からないが、ナータがシトリーに私の事で怒ってくれたという事だろうか。だがそうだとすればシトリーは私について何と彼女に言ったというのだろう。
『えっと、フロストさん? その、助けていただいて、ありがとう御座います!』
『私も自分の力を制御できるようヴァージニアさん達に負けないぐらい、頑張ろうと思います!』
いつでも、私に好意的に話かけてくるシトリー。彼女が私に対して本心では何を思っているのだろうか。
これまでずっと一緒にいたナータと、つい先日であったばかりの彼女とでは、信じられる者がどちらかは決まっている。
「あ、ヴァージニアさん。こちらにいらしたんですね!」
私とヴァインの姿を見つけたシトリーが、手を振りやって来る。
「シトリーさん、今日は楽しんでいただけてますか?」
「ええ、有難うございます。こんな素敵な歓迎会を開いていただいて」
そう笑顔で話すシトリーの姿には、一切嘘偽りが無いように見える。
「あのヴァインさん。先ほどはすみませんでした」
「別にいいって、気にすんなよ。でもナターシャも悪気があった訳じゃないだろうし、そこは許してやってほしい」
「ええ勿論です!ナターシャさんが私を思って言ってくれた事でしょうし、悪くなんて思う訳ありません」
シトリーは大きく頷きそう応える。
「ねぇ、シトリーさん。教えて頂きたいのですが、いいかしら?」
「あ、はい。なんでしょうヴァージニアさん」
「貴女、ナータに何を言ったの?」
「え」
「私の親友に何をいったって聞いてるの」
私は低いトーンで彼女にそう尋ねる。
シトリーは私の声の調子の変化に気づき、慌てて声を上げる。
「そんな、私は何も」
「おい、ジニー」
私を制しようとして伸ばされたヴァインの手を振りほどく。
「ヴァインは黙ってて。いいシトリーさん、もう一度聞くわ。貴女は私の親友に何を言ったの?」
「私は何も……ただヴァインさんと幼馴染で羨ましいと言っただけで」
「どうしてそれで私の名前が出てくるのかしら?」
「それは……」
「おいもうやめろってジニー。お前分かってるのか、今日がどういう日かって!」
ヴァインの言葉に私は怒気を静める。そうだ今日は彼女の歓迎会だ。そんな場所で彼女を攻め立てて場をしらけさせる訳には行かない。
「ごめん、シトリーさん」
「いいえ、お気になさらないで下さい。ヴァージニアさん」
その場を離れる私を、ヴァインが物言いたげな顔で見つめている。
分かっている、自分が冷静でなかった事ぐらい。だが、どうしてこんなにもイライラするのだろう。
どうしてこんなにもゲームの彼女の顔がチラつくのだろう。
『さようなら、ヴァージニア=マリノ様』
断罪シーンで機械のような冷たい目で見下ろす彼女と、今の彼女は全くの別物のはず。
でも、本当にそうなのだろうか。
周りの皆の楽しそうな声が、その時の私にはすごく遠くに聞こえる気がした。
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「本日は有難う御座いました」
「これからも、気軽にうちに遊びにきてくれたらいいから!」
微笑むシトリーにトニーが嬉しそうに声をかける。
あの後、シトリーとは別段揉める事も無く、歓迎会は無事終了を迎えていた。
ナータに例の件について聞いてはみたが、彼女はその事に触れられる事を拒むよう話をそらしていた。私もそれ以上の追求は出来ず、ただ私とナータの中に何か言い知れぬものだけが残る結果となってしまった。
「んじゃまぁ、帰るか」
「うん」
ヴァインの言葉に私は頷く。こういう時にただ横にいてくれる彼の優しさが嬉しかった。いつか、彼にこの感謝の気持ちを伝えられるだろうか。たぶん伝えても彼はそんな事は当たり前だといって笑うだろう。
(ヴァインらしい)
自分の口角が自然と上がる。
「何笑ってんだよ」
「ヴァインには関係ないから」
そう言って笑う私を、ヴァインが呆れた顔で見つめる。その姿がまたおかしてく、余計に私は声を上げて笑う。
こんな時間がこれからも続けばいい。
夕焼けに染まる空を見上げながら、私は笑いながらそう願っていた。
私達の後ろ姿を見つめる、赤髪の少女に気づかぬままに。