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7-14 親友

 ■■■

 ナターシャ視点

 ■■■

 

 ナターシャ=ミュラーにとってすぐ横を歩くシトリーという名の少女の存在は全く理解する事が出来なかった。

 編入して僅か数日で、アイン殿下と交友関係を持つだけではなく、気がつけば戦技課のメンバー達ともこうして交流を深めている。ナターシャ自身社交的といえるものでは無い為、余計に彼女の事が理解できないだけかもしれない。


「どうしたんですか、ミュラーさん」

「ナターシャでいいわ。皆名前で呼んでるし。私も名前で呼んでいいわよね?」

「ええ、もちろんです!ナターシャさん」


 笑顔で答える彼女の姿にナターシャは毒気を抜かれてしまう。

 可憐で周りを魅了するその風貌は、ただそこにいるだけで多くの人間を虜にするだろう。


「私の顔に何か付いてますか?」

「別に、かわいいし、人生得なんだろうなぁって思っただけ」


 ナターシャ自身、自分の風貌に自信が無い訳ではない。艶やかな赤い髪も、15歳にしては十分に魅惑的な体系も十分に武器になる事は知っている。だが、彼女にとってたった一人の人物以外の誰かの関心を惹くなんて事は、ただただむなしいだけの話だった。


「そんな事ありませんよ。私もナターシャさんみたいに、もっと身長も欲しいですしスタイルだって」

「貴女はもうすでに十分に持ってるんだから、それ以上ねだられるとすごく癪に障るわ」

「えっと、そのすいません!」

「ん、別に怒ってないわよ?」


 きょとんとした顔で見つめるシトリーに、ナターシャは少しだけ反省する。いつもジニーに対するかのようにような対応をいつの間にかシトリーを相手にしてしまっていた事に驚く。


(なんだか不思議な子)


 ナターシャにとってジニーの存在はいろんな意味で特別だった。そんな彼女と同じような扱いを無意識の内にではあるが、自分がしてしまった事が不思議だった。こうして少し話しただけで、気を許すほど自分は他人に対して穏やかな人間だっただろうか?


「そういえば、ナターシャさんってヴァイン=オルストイさんと幼馴染なんですよね?」

「ええそうだけど。誰から聞いたの?」

「以前、ヴァインさんとジニーさんが話しているのを聞いてしまって……」


 なるほど、あの二人ならそういう話をしていてもおかしく無い。

 ナターシャ自身から誰かにその事を話す事は無いが、当事者であるヴァインが話すなら十分にありうる話だ。


(少し警戒しすぎかしら)


 あまりに自然に周りに溶け込んでいるシトリーの存在に、ナターシャは警戒心を抱いていた。

 親友であるジニーがあまりに無頓着にシトリーを相手にしているのを見てヤキモキするぐらいだ。

 だが、実際こうして話をしてみると、本当に気さくで良い子なだけかもしれないと考え始めていた。


「貴女の言うとおり幼馴染みよ。5歳の頃からだからもう10年もずっと」

「そうなんですか。いいですよね、幼馴染って」

「言う程でもないわ。ただ、ずっと近くで見ていただけだし……」


 自分は何も出来なかった。

 ジニーが現れなければきっとヴァインは立ち直る事もなく、今のような笑顔で私に笑いかけてくれたりしなかっただろう。


「本当にそうですか?」

「え、何が?」

「いえ、ジニーさんが現れなければ――という話ですが……」

「私、口に出して言ってたっけ?」

「ええ。『今のような笑顔で笑いかけてくれたか』って」


 口に出したつもりはなかったが、無意識のうちに声になっていたのだろうか?


「でも、きっとヴァージニアさんじゃなくても、ヴァインさんは立ち直れたんじゃないでしょうか」

「貴女に何が分かるの?ヴァインはずっと苦しんでいたのよ!」


 急に声を張り上げたせいで、周りの戦技課の課員達の視線が一気に集まる。


「ナターシャさん、どうかしましたか?」

「大丈夫。ごめんね、なんでもないから」


 心配そうに気遣うアンナ達に大丈夫だと笑顔で応える。


「すみません。私、配慮に欠けてしまっていて……」


 目に涙を溜め謝るシトリーに、ナターシャの怒気は薄れる。


「いいわ。気にして無いから」

「でも、私はナターシャさんに伝えたくて……ヴァインさんが苦しんでいた時、きっと一人じゃなかったって――」


 堪えきれず涙を零し、必死で自分に語りかけるシトリーの言葉に、ナターシャの心は揺れはじめる。


「――だってそこにはナターシャさんがいらっしゃったんじゃないですか!ずっと苦しんでいるヴァインさんを何とかしたいって心を痛めて」

「どうして……そんな事を貴女が」


 大事な人が苦しんでいるのに、何も出来なかった自分を不甲斐なく思っていた。

 救えるものなら、誰でもいい。彼を救ってくれと願わない日は無かった。

 だから彼を救う人物が現れた時、ナターシャは心の底からその事を喜んだ。だけど――


『だから、お前が困ってるならどんなことがあってもお前を助けたい。いや、助けるから』


 今まで一度だって自分には向けられた事のない、彼からの真摯な言葉。

 それを受けるのが自分ではなく如何して親友(ジニー)なんだろうか。


 彼女(ジニー)の復帰祝いを行ったあの日、途中ではぐれた二人を探し何本かの路地を曲がり戻るとそこには、泣き崩れる親友の姿と、それを優しく慰める彼の姿があった。

『ジニ――』


『ありが……とう……ヴァイン』


 大粒の涙を流しながらもヴァインに微笑みかける親友(ジニー)の姿と、それを優しげに受け止める大事な人(ヴァイン)の姿にナターシャは声を失った。


 ――どうして私はあそこで隠れてしまったんだろう


 ナターシャにとって、4年前のあの夜の出来事は今でも心の底で棘のように刺さり続けている。


「ずるいですよね、ヴァージニアさん。ヴァインさんを一番に見ていたのはナターシャさんなのに」

「……そんな事は」

「いえ、私にはわかります!でも、ヴァージニアさんはナターシャさんの親友だから。言いたくてもいえない気持ちも分かります」

「違……」

「でもヴァージニアさんにはフォルカス殿下っていう婚約者がいらっしゃるのに、ヴァインさんまで縛るなんて」

「ちが……」

「フォルカス殿下と一緒になるのに、いつまでヴァインさんの心を縛りつけるのかな?」


 パンッ!


 突然、乾いた音が周りに響く。


「違うから!私の親友(ジニー)の事、知りもしない癖にそういう事を言わないでもらえる!」


 自らの手で張った頬がじんじんと痛み出す。

 一瞬、親友を信じれなくなりそうだった自分にナターシャは恐怖した。


「ご、ごめんなさい!ナターシャさんを怒らせるつもりなんて無くて……」

「おぃ、流石に揉め事はやめろよな」


 そんなナターシャをヴァインが諌める。


「貴方には関係ないでしょ!」

「っち。シトリーさんこっちにきな。ナターシャ、お前は一人で頭冷やしてろ」


 ヴァインの言葉に苛立ちを隠せず、ナターシャは地面を蹴りつける。

 気がつけば先ほどまで心を締め付けていた、親友(ジニー)への嫉妬の思いは嘘のように消えていた。


(何だったんだろう)


 冷静になって考えても自分の心が何故あれ程に乱されていたのか分からない。

 ただ、乱され痛んだ心の傷の残滓は、今でもじくじくと疼いている気がした。



 ■■■

 ???視点

 ■■■


 少女は木陰に腰を下ろし、隠れ潜む自らの同行者にそっと声をかける。


「あっちはどんな感じかな?」

「予定通りかと」


 同行者の言葉に、少女はにやりと口角を上げる。


「そちらの首尾はいかがですか?」

「うーん、思った以上に頑丈だねぇ。少し揺さぶれば直ぐに嵌りこむかなって思ってたんだけど。彼女への友情がそうさせてるのかな。ほんと面白いね」


 くすくすと笑う少女を、同行者は訝しげに見つめる。


「あ、そうだ君にはそろそろ戻って調べてほしい事があるんだ」

「アイニスですか?」

「うん、今回は僕も参加すると思うから、情報は手に入れておきたいんだよね。あまりイレギュラーな要素を増やしたくないしさ」

「了解しました。こちらにはザレオスを付けましょうか?」


 同行者の言葉に少女は眉を顰める。


「あいつは、すぐボロ出しそうだしいらない。まぁこっちは僕だけで十分だよ」


 少女の言葉に同行者は頷き姿を消す。


「もう少し調律を進めたい所だけど、これ以上は今は難しいかな」


 あまり派手に動いては、折角のパーティーの準備を気づかれてしまう。

 まだ準備は整っていないのに、ここで気付かれては面白くない。


 今日は調律がこれ以上進まないなら、折角だし後は楽しむだけ楽しんでしまおう。

 少女はそう考え、腰についた草を払い落とし立ち上がる。


「そういえば、甘いものって用意してくれてるのかな?」


 ほんの少しだけ期待を胸に抱きながら、少女は彼女を待つ人達の下へと駆け出してゆく。

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