7-13 錯覚
シトリーの歓迎会は戦技課のメンバーだけではなく、リズやナータも交えてのものとなっていた。
歓迎会自体は演習場で予定しており、準備が整う迄の間、シトリーには先に戦技課技術棟の案内をし時間調整を行っていた。
「これって何に使うんですか?」
「それは、この前の降雨実験につかった魔導板。板状を魔導具を並べることで巨大な魔道具として稼動させるんだよ」
シトリーの質問にトミーは楽しげに答える。
シトリーはそんなトミーの説明を真剣な表情で興味深そうに頷きながら聞いている。
「いいのかよ。あれって一応は国家機密になるんだろ?」
「まぁそうなんだけど……でもほら、殿下もいらっしゃるしね」
ヴァインの問いに、私はシトリーと一緒に来た人物に目をやる。
そこには、シトリーの歓迎会のはずが何故かアイン殿下の姿まである。
『丁度、シトリー嬢と一緒に光魔術の修練を終えてきた所でね。僕も戦技課について知りたいのだが、いいだろうか』
この国の第二王子から直接そう言われて、駄目と断れるはずがない。
(シトリー嬢か)
何日か前までは確かフラウローズ嬢と呼んでいたはずだ。それがたった数日の間で、シトリーを名で呼ぶとは、思った以上に二人の仲は進んでいるのかもしれない。
「これはなんですかトミーさん!」
「それはジニーの試作剣1号で」
「ほう、ヴァージニア嬢の剣か。どういったものなのか教えてもらえないか?」
「あっとこれは、ジニー……ヴァージニアさんと俺……私とで戦技課が始って間もない頃に作った武器でして」
トミーはアイン殿下に対し緊張しながら必死で説明を続ける。
「もっと気楽に話してくれてかまわない。慣れない言葉では上手く説明も出来ないだろ?」
「あ、はい。お心使い有難う御座いますアイン殿下。えっとですね、これは――」
殿下のフォローでトミーは気を取り直し説明を再開する。
あの調子なら滞りなく説明をやりきる事が出来るだろう。もしもの場合私が助け舟を出すべきかとも思っていたが、その必要も無さそうだ。
「ふーん。なんだかアイン殿下って雰囲気変わったよね」
「そう?」
アイン殿達を横目に魔導具の調整を進めている私に、ナータが声をかける。
「ええ。以前はトミーのような相手に、あそこまで気を回したりしなかったんじゃないかな」
言われて見れば確かに今のアイン殿下は、以前に比べて角が取れたというか、かなり人当たりが良くなったように感じる。もしそれがシトリーの影響だというなら、ブリジットには悪いがアイン殿下は良い方に変わったと言えるかもしれない。
「おーいジニー!そっちの準備はどうだ?」
「ええ、準備完了よ。ヴァインそっちを押してもらえる?」
「了解」
トミーの声に答え、私とヴァインは魔導板を何枚も貼り付けた4輪の荷台を技術棟から外に運び出す。
「これは……何をする魔導具なのかな?」
「えっとですね、今俺達が新しく作ってる魔導具なんですが。まぁ、動かしてみたほうが良く分かると思うんで。とりあえず、外に来てもらえますか?」
トミーはアイン殿下とシトリーを技術棟の外へと案内する。
トミーが魔導具の詳細の説明をする間、残った戦技課のメンバーで最終調整を進める。
「じゃぁ起動してみるから、異音とかしたら蒸気の漏れとかあったら教えて」
「了解」
私は荷台の乗り込み魔素を集め始める。集めた魔素を体内でオドに転換し魔導板へとゆっくりと流し込んでいく。
「思ったよりスムーズに起動したみたい。ヴァイン、車輪のストッパーを外してもらえる?」
ヴァインは頷き、荷台の車輪にはめ込まれていたストッパーを取り外す。
すると、荷台はそれを牽く馬や人も無いにも関わらず、ゆっくりと前へと動き出す。
初めての試験としてはまずまずだろう。
「これは一体……」
「はい、ジニーが今動かしているのは自動馬車になります。といっても馬の代わりに魔導板を使ってのオド転換が必要となりますので、まったくの労力無しという訳にはいきませんが」
トミーの説明通り私が今乗り込んでいるものは、魔導具として稼動する自動馬車だ。
技術棟から演習場へ大型の魔導板などを運搬する際、これまでは馬屋で馬車を借り、それに乗せて運搬していたが、今後の実験頻度を考えると学課用の運搬手段が欲しくなってきていた所だった。
そこで一月程前、ドロシー先生に頼み込み、馬車の荷台を購入して貰ったのだが――
『馬の世話って誰がするんだ?』
トミーの言葉に答えられるものは誰一人いなかった。
通常、馬車の運用にはそれを牽く馬の管理が必要となってくる。管理の為だけに人を雇えるほど戦技課の予算は多くもなく、何より馬1頭の値段が私達の想像を大幅に超えて高価であった為、荷台を泣く泣く人力によって牽引し運ぶ事となった。
そうして、向かえた先日の降雨実験。荷台に大量の魔導板を積み込み、全員で荷台を押して演習場まで運んだのだが、その労力は想像以上で、演習場についた私達は実験を行う前から、立つ事さえ困難なほど疲れきってしまっており、疲労が回復するまでしばらくは実験を開始する事が出来なかった程だった。
『もう、誰か自動で動く荷車作ってよ!!』
誰からともなく挙がったその声に、戦技課員の思いは一つになる。
そうして出来たのがこの自動馬車1号だ。
動力はシンプルな蒸気機関。ただし、あちらの世界で発明された蒸気機関とは異なり、蒸気の加熱箇所と冷却箇所には魔導板による制御を組み込んである。それにより本来必要となるはずのボイラーやチラーが無く、その機能を魔導具で制御する為、非常に省スペースで稼動させる事に成功していた。
「思った以上に良さそうね。トミー、アイン殿下とシトリーさんをこちらに」
「了解。ではアイン殿下、シトリーちゃん。ジニーの馬車に乗り込んで下さい。それで演習場に移動しますので」
「「……」」
アイン殿下とシトリーは、馬も無しに動きだす奇妙な馬車を呆然とした表情で見つめている。
私は蒸気を抜いてピストンの稼動を止めた後、車輪に当て板を当ててブレーキをかける。現状急停止はできないため、今後はブレーキ周りの開発が必要になるかもしれない。だが、動力開発は関しては成功したといえるだろう。
「私、ちょっと乗り物は苦手なので……」
「ヴァージニア嬢。シトリー嬢はこう言っている。僕が乗るから彼女は彼らと歩いて来て貰っていいだろうか?」
青ざめた顔のシトリーをアイン殿下が庇う形で、自動馬車への搭乗を名乗り出る。
こちらとしては、荷物運びのついでなのだから、別に乗らないなら乗らないでかまわない。
「ところで、これは暴走したりはしないだろうね?」
「ええ。魔導板に流すオドを調整すれば速度調整が可能ですので、よほど無茶な魔導操作をしなければ大丈夫ですよ」
私の答えにアイン殿下は頷いた後、意を決して自動馬車に乗り込む。
「じゃぁ、先に行ってるね」
「おう。こっちはシトリーさんとゆっくり追いかける。くれぐれも無茶しないようにな」
ヴァインの言葉に私は頷き返す。
そうして私とアイン殿下は、自動馬車に乗り戦技課演習場へと向かう事にした。
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「兄上が君達戦技課の事を私に話してくれない理由が解った気がする。確かにこんなもの、どう説明したらいいか判らないからね」
アイン殿下は苦笑を浮かべながら、私に話しかける。
「そうなんですか?」
「あぁ、兄上は僕にはあまり深く教えてはくれはしない。最初は君達戦技課の事を兄上が独占しているのかと勘ぐりもしたぐらいさ。でも、これに乗ってしまえば兄上が話せない理由も理解できる」
アイン殿下は遠くを見つめながら話を続ける。
「戦技課のする事は僕や兄上の予想の超える事ばかりだ。いや、違うな。そうじゃない――」
「アイン殿下?」
「――戦技課がじゃない。そう君がだよ、ヴァージニア嬢」
殿下は私を見つめ続ける。
「君はあの頃から、ずっと僕の予想を超えた事ばかりする。知ってるかい?僕は最初、君に対してすごく腹を立てていたんだ」
「ええ、きっとそうではないかと思っておりました」
「ははは。ほんと、君はわざと僕を無視するかのように振舞っていたんだ。だから、僕は君に嫌がらせをする為、あの日のパーティーに君を招待した。だけど――」
まるで泣きだしそうな顔で、語り続けるアイン殿下の姿は、なんだかあの日の5歳の彼のように触れれば壊れてしまいそうな、そんな脆さを感じる。
「だけど君はあの日、そんな僕を戒めてくれたどころか、過ちを犯しそうになった僕を救ってくれた。それだけじゃない、ずっと僕は許してもらいたかった。母上に、生きていいと……」
「……殿下」
「君が僕に見せてくれた奇跡。今でも目をつぶればあの日の薔薇園の光景が浮かびあがるんだ。だからかな、君はあの日から僕とって特別だった。僕の予想を超える君を、僕はずっと見続けたいって思っていたんだ」
薔薇園の奇跡。今でもそう語られるあの日の出来事。
それは、私の力なんかではなく、アイン殿下をフォルカス殿下の事を愛していらっしゃったエリーゼ様の力によるものだ。だからその事に対して、アイン殿下もフォルカス殿下も私なんかを感謝に思う必要などないのだ。
「あの日の奇跡は全て、エリーゼ様の意思です。エリーゼ様がお二人を愛されていたから」
「違う!確かに母上の意思だったかもしれない。だが、母上と僕達を導いたのは誰でも無い君なんだ。ヴァージニア!僕にとって君は特別な人なんだ!」
「殿下。急に何をおっしゃられるんですか?」
「急じゃない!僕はずっと君を、君の事を……僕では駄目なのか?兄上じゃなくて僕では……」
アイン殿下とは学友としてよい関係を築けていたのではないかと錯覚していた。
彼が自分の事を思っているなんて欠片ほどにも思っていなかった。
「そのお言葉。お戯れと思い聞き流させて頂きます。そろそろ演習場に到着します」
「……どうして兄上なんだ。どうして……」
自動馬車は風を切り走り続ける。
その音は、彼の嗚咽も怨嗟も何もかもを飲み込みすべてを包み込んでいく。
もうこれ以上、彼には関わってはいけない
当時の私にとって、それが唯一の答えだった。