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7-12 相談事

 

 シトリーの歓迎会を翌日に控え、私達戦技課はその準備に追われていた。


「そんなに、大層な事をしなくてもいいんじゃねぇか?共通講義での様子を見る限り上手くやってるみたいだし」

「馬鹿野郎!それは健気なシトリーちゃんが必死で周りにそう見えるよう演技してるだけに決まってるじゃねぇか!俺達が分かってやんなくてどうするんだよ!」


ヴァインの言葉にトミーが鬼の形相で食ってかかる。


(いや、別段そんな気配は一切見られないのだが)


 先日もアイン殿下と共に、魔術課演習塔で楽しそうに光魔術の修練を行っていたのを目撃している。例の大穴事件以来、アイン殿下とシトリーの修練はヴァイス様が当たられる事となった。


『お前はいい意味でも悪い意味でも、フィルツ()の弟子に違いない』


 先日伺った時、ヴァイス様はそうおっしゃりながら修繕に来ていた大工達に指示を出し続けていた。あの日以降も、殿下とシトリーの両名は光魔術の修練を積んでおり、その学習速度は他の魔術課の課員達と比較して遜色が見られない程であった。1年もすれば、アイン殿下とシトリーはゲーム【ピュラブレア】で見せた主人公とその仲間としての実力を示す事になるだろう。


(1年か)


 あと1年。それがゲームにおけるヴァージニア=マリノとしての終焉(リミット)になるはずだ。だが現状、私を取り巻く環境は全くといっていい程、ゲームの流れと乖離していた。いや――


(シトリーとアイン殿下の仲に関してはゲーム通りなのかな?)


 本来ならシトリーとアイン殿下の仲を邪魔するはずのヴァージニアが存在しないだけで、二人の進展はゲームと同様、非常に順調に見える。そう、()()()だ。


「少し、お時間を戴けないかしら?」


 だからこそ、思いつめた表情で私を訪ねてきた来訪者の存在を私は無碍には出来なかった。

 リズやナータ、アンナに次ぐライバルキャラであり、日頃から私を敵対視している少女。

 ブリジット=フォルカーがこの私をわざわざ頼ってやって来たのだから。


 ■■■


 戦技課が借りている技術棟3Fの作業用の一室。私はブリジット嬢をそこに案内した。

 普段は使われていないその部屋は、元は技術課の機材置き場であったが、この場所を見つけた私の手で、こっそりと調理場件休憩場として改造されていた。ちなみにデイジーやアンナはもちろん、ドロシー先生やヘレナ先生もこの場所の事は知っている――それどころか私達はここで頻繁に魔導加熱機の実験を行っているのだが、男性陣には一切秘密の隠れ家となっている。


 私は、ブリジット嬢を椅子に座るように促し、小型の魔導加熱機で沸騰させた湯をティーポットに注ぎ込む。ポットの中の茶葉が十分に蒸らされたところを見計らい、用意した2つのカップにゆっくりと注ぎ込む。1つをブリジット嬢の目の前に差し出し、もう1つを手に私は彼女の向いの席に着く。

 ブリジット嬢は、テーブルに置かれたその紅茶を口にし、ゆっくりと息を吐く。


「少しは落ち着かれましたか?」

「ええ、有難うマリノ嬢。私の為にお時間を割いて下さるだけでなく、こうして紅茶まで入れて頂けるなんて」


 別段、大した事はしていないだろう。だが逆に、この程度の事を有難がる程、彼女は追い詰められていたのだろう。


「アイン殿下がおかしく成り出したのは、彼女――フラウローズ嬢が学院に来てからになりますわ」


 ブリジット嬢はゆっくりと私に話し始める。


「最初は、極偶(ごくまれ)にですが私達の言葉が届かないように感じる事がありました」

「届かない……ですか」

「ええ、聞こえていないというのではなく、まるでアイン殿下に認識されていないような、そんな風な事が何度かありましたわ」


 聞こえないというなら、ただ周り喧騒にかき消された等、いくらでも理由付けが出来るだろう。だが、ブリジット嬢は()()()()と言っている。一見、同じように見えるその事象は全く別のものと言えるだろう。


「……そうですか」

「それだけじゃありません。マリノ嬢はフィリップやケーニッヒの事をご存知ですわね?」

「ええ、確かアイン殿下の取り巻き……おっと失礼」

「いえ、それで結構です。彼らの目的はアイン殿下に近づき、少しでも自分達の家の心象を良くしようというものですから。かくいう私も似たようなものですけどね……」


 そう言って自らを卑下するブリジット嬢の瞳から、大粒の涙がこぼれ始める。


「でも、それでも私はアイン殿下の事が……なのに」


 泣き崩れるブリジット嬢に、そっとハンカチを差し出す。何時もは周りに厳しい彼女も、こうして見るとただの14歳の女の子だ。


「ありが……とう……御座います」

「気にしなくていいわ。そんな弱気な貴女が相手だと私も張り合いがないもの。しっかりしなさいブリジット」

「……マリノ嬢?」

「ヴァージニアでいいわ。私もブリジットって呼ばせてもらう。いいでしょ、どうせここには私と貴女の二人だけしかいないんだし。それで話がずれたけど、レミングトン君やフィーゲル君がどうかしたって?」


 私の態度の変化に、ブリジットは驚きながらも、それを受け入れ話を再開する。


「え、ええ。それまでアイン殿下の傍にいる事だけを優越感に感じている彼らだったのですが、フラウローズ嬢が来て数日たった頃から、アイン殿下の取り巻きを辞め、執務課の生徒らしい行動を取るようになりました」

「良く分からないのだけど、それはいい事ではないの?」

「ええ、普通に考えればそうだと思います。ただ、彼らと実際に話して見ると『執務課の課員として当然の事をしているだけだ』とだけ言い、これまでの彼らでは考えられない程に、殿下に対して無関心になっていたので……」


 ブリジットの言葉に、流石の私も違和感を覚えた。学生が学務に対して真面目に取り組むのは素晴らしい事だ。だが、それほど急激に変化をするというなら話は別だ。


「その変化は、レミングトン君とフィーゲル君の両方が?」

「ええ。二人共ですわ」

「ブリジット。貴女以外は彼らの変化に違和感を覚えたりしていないの?」


 流石に2人の人間の性格が同時に変わるような事になれば、違和感を覚える人間が1人や2人いてもおかしくは無いだろう。そういった違和感を持つ課員がもし存在するならば、そんな彼らがブリジットの見ていない場面でレミングトンとフィーゲルの2名が変化した兆しを目撃しているかもしれない。


「彼らは執務課の他の課員達とはあまり付き合いがありませんでしたので。その……言い難いのですが、あまり周りからは好ましく思われはいなかったようでして。他の課員達もやっと二人が真面目に執務課生として学び始めたか程度だと思います」

「そう、なら、何か彼らに起きていただとか、そういうのは覚えていない?」


 私の言葉に、ブリジットは自らの記憶を必死に呼び覚まそうを頭を捻る。


「そういえば、魔術課の演習塔を訪れた時、まだ二人に変化は見られませんでしたわ。あの日、私達ヴァイス様に連れられマリノじょ……ヴァージニアさん達の元を尋ねたのですが――」


 降雨実験の日の事だろう。確かあの日、ヴァイス様とアイン殿下は戦技課のテントを訪れている。殿下達がテントを出た後に、人の声が聞こえていた事からブリジットやお供連中がいるのだろうとは予測していたが。


「あの後、私はそのまま執務課に戻っておりました。課題が残っていましたし、魔術が使えない私では、再び魔術課演習塔に向かわれた殿下の後を追うのも憚られたので」


 こういう変に真面目な所が、彼女の良い所であり、悪い所なのかもしれない。

 私はカップに口を付けならが、目の前の少女に対する認識を新たにする。


「後で聞いたのですが、フラウローズ嬢もあの日、再び魔術課演習塔を訪れたようで。あの日、私達は一度は戦技課の演習場の出口で解散したんです。殿下はその足でそのままヴァイス様と魔術課演習塔に行かれました――」


 ブリジットは顔を上げ、私を見つめながら真剣な表情で続ける。


「――どうしてフラウローズ嬢はその時、最初から一緒に演習塔に行かず、わざわざ後で演習塔に行ったのか、今思うとそれがなんだかおかしいですわ」


 ブリジットはシトリーが彼らに何かをしたとでも考えているのかもしれない。

 だがそれはシトリーの気が変わって、再び魔術課演習塔を訪れただけかもしれない。


(今のブリジットには冷静さが欠けているのかもしれない)


 何より、ゲームのシトリーでさえ人を操るなんて真似は出来なかったはずだ。ゲームのシトリーは単純にステータスを磨き、選択肢を選び、そしてイベントを立ち上げるだけしか出来ないごく普通の少女のはず。


(いやまて。どうしてそれが()()なんだ?)


 ゲームのシトリーという存在があくまでプレイヤーのキャラクターである。それ故、深くは認識していなかった事であるが、ステータスを磨いたり会話の選択肢を選ぶ事で相手の好感を上げるという行為自体、普通の事だと言い切れるだろうか。


(考えすぎだろう。だが)


 例えば相手の好感をあげる力が主人公キャラには存在しており、それはゲーム上には明記されないだけで、力としては発揮されている可能性はあるかもしれない。

 例えば魅了やそういった能力。


(でも、この世界の魔術に魅了というものは存在しない)


 この世界の魔術は魔素をオドに転換し、オドを事象に基づく形に具現化する事で発動する。

 そのため、いわゆるゲームの魅了のように、相手の精神に働きかけるものは存在しない。

 もしそんなものが存在するなら、現存する事象を目撃したものが、その事象に精神を取り込まれるという事さえ起きるはずである。


「ヴァージニアさん?」

「あ、うん。なんでもない。ちょっと考え事をしていて」


 もし、ブリジットが言う通りにシトリーが何かをしているというならば、彼女の目的は一体なんだというのだろう。

 彼女は、私と同じようにあちらの世界の記憶を持つ存在で、ゲーム【ピュラブレア】のように、アイン殿下とのエンディングを望んでいるのだろうか?


 もしそうなら、シトリーとは出来る限り関わらないようにすればいいだけかもしれない。現状、シトリーとアイン殿下との仲を割こうと考えているのは目の前の生真面目な少女ただ一人なのだから。


(それとなく探ってみるか)


 明日、戦技課で行われるシトリーの歓迎会。

 そこで、それとなく彼女を観察してみてもいいかもしれない。

 もし、彼女があちらの記憶を持つ人間であるならば、私はどう彼女と向き合えばいいのだろう。


「ブリジット、この件はしばらくは私と貴女だけの秘密にしておいてくれるかしら?」

「は、はい。勿論です」


 私は席を立ち、魔導加熱機とカップを片付ける。


「あ、あの。またご相談に乗っていただいても宜しいでしょうか?」


 おずおずと、口にする少女の姿に、なんだか久しぶりに庇護欲が刺激される。


「何言ってんの。友達の相談なんて受けるに決まってるじゃない」

「友達……ですか?」


 不思議そうな顔をするブリジットの頬に触れながら、私はにっこりと笑い口を開く。


「もともと学友でしょ、私達。そして今は名前で呼び合う友達。それでいいじゃない」

「……はい」


 弱ってる少女の心に漬け込むようで少しアレだが、こうしていつでも相談出来る相手がいると思わせるほうがいい。


「じゃぁ、また連絡するわ!頑張って、ブリジット!」

「はい、ありがとうヴァージニアさん」


 技術棟を後にする彼女の表情は、私を尋ねに来た時とは比べ物にならないぐらい、明るいものに変わっていた。


(とりあえず明日の準備……か)


 今頃、準備を抜け出した私の事をトミーあたりが必死に探し回っている事だろう。

 私は部屋に鍵を閉め、明日の準備を進める戦技課員達と合流する事にした。

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