7-11 光魔術
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エドマンド=ウェイシー視点
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魔術課演習塔2F。ある一室の前には多くの魔術課の課員が部屋の前で中の様子を伺っていた。
「気持ちは分かるが、他人の事を気にする前に自分の修練をしなさい」
エドマンド=ウェルシーの言葉に部屋の前で聞き耳を立てていた課員達は驚き、蜘蛛の子を散らすように慌てて逃げ去る。そんな彼らの姿にエドマンドはため息を漏らす。
課員達が部屋の中を気にするのも仕方が無い。
部屋の中には、エドマンドの上司である魔術師団長ヴァイス=オルストイの他に、この世界で珍しい光の魔術の素養を持つ生徒が2名、そして天才フィルツ=オルストイの愛弟子にして、何かと噂に名高い彼女がいるのだ。
(私だって覗いてみたいぐらいだよ)
天才フィルツ=オルストイの存在は、ヴァイス=オルストイとは別の意味で魔術師達の憧れだ。
魔術師としては弟子らしい弟子を取ろうとしなかった彼が、何の気まぐれか数年にわたり示教した存在。それがヴァージニア=マリノという少女だ。
マリノ侯爵家令嬢でありながら、魔術師としての2つ名を持つ彼女は、たったの5歳でオウスの戦術兵器キマイラを相手に魔術の力で勝利を収めている。
同じく5歳だったヴァイン=オルストイと合体魔術を発動させ、フィルツ=オルストイと共にキマイラを撃破した話を聞いた時、エドマンドは大いに驚きそして興奮した。
そんな彼女と、光魔術の素養がある人物2名、それが目の前の扉の奥にいるのだ。
魔導を学ぶ者ならば興味が惹かれても仕方が無い。
(団長の機嫌が良かったはずだ)
中で何が行われているのかはエドマンドも興味があったが、今は自分を待つ学課員達の元に行かなければならない。
エドマンドは苦笑を浮かべ、自らの学課員達の元へと歩き出した。
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ジニー視点
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「光魔術の難しさは存在する精霊の数が少ない事と、本質の認識の難しさにあります」
「本質の認識?」
「はい、光とは一体何か。目に見えずそして触れられず感じられない光というものを認識する事は非常に難しいのです。同じ事は、闇魔術にも言えるのですが――」
私の言葉をアイン殿下とシトリーは真剣な表情で頷き聞いている。
ヴァイス様にボイル陛下誕生祭の件に関して話したい事もあり、私は魔術課演習塔を訪れた。
ちょうどその時、ヴァイス様に光魔術を師事する為に訪れていたアイン殿下とシトリーが居合わせたのだった。
『あぁ丁度良い。ヴァージニア嬢、もし時間があるなら、先日のお願いを聞いては頂けないだろうか』
アイン殿下からの言葉に、私は一瞬ためらいを隠せなかった。というのも私よりもずっと師事すべき方であるヴァイス様を目の前にし、流石に差し出がましいのではと思ったからだ。だが――
『ふむ、私も君の話を聞いて見たいな。どうだねヴァージニア嬢、時間はあるのだろ?』
――とヴァイス様本人からもそう言われ、結局私は断る事も出来ず、こうして彼らの前で魔導についての講義を行っていた。
「光を認識か……光とは明かりの事ではないのかい?」
「はい殿下、その通りです。ですがその認識が強すぎれば、攻撃魔術として適用する事は出来ません。認識を変える事がまず第一に必要となります。光とはエネルギー……力の塊とお考え下さい。たとえば日の光を浴びて、殿下は暖かさをお感じになりますよね?」
「あぁ、感じる。それが光の力というものなのかい?」
「正確には少し違いますが、そう認識していただく事が、光の認識への入り口となります」
太陽の暖かさは赤外線によるものだ。赤外線を吸収した分子が振動しその運動エネルギーが熱エネルギーとして放出されている。だが、そんな事を一から説明する訳にもいかず、何より先程から殿下の後ろでにやついた顔で私の話す内容に頷くヴァイス様がいらっしゃるのだ。
下手な事を言えば、どこから得た知識なのかと、追求を受けるのは目に見えている。
光自体は、赤外線を含め電磁波の一種で光子の集まりだ。光子が物に吸収される事でその物はエネルギーを得る事が出来る。光を明かりと認識してしまうと、そこからエネルギーだと捉えなおす事が難しくなる。そこで、私は最初から光を力の塊としてイメージするよう、彼らに伝える事にした。
「太陽が照らす光の暖かさは、小さな光が発する力の塊の集まりだとお思い下さい。光の魔素を吸収しオドに変換する時、光をただの明かりという訳でなく小さな力の塊の群れと認識する事で、現出させられるオドは、実際の光に近いものになります」
「力の塊の群れですか。目に見えない光がそんなものだなんて……ヴァージニアさんは物知りですね!」
シトリーは屈託の無い笑顔で私にそう言う。だがやめて欲しい。先ほどからヴァイス様が物言いたげな目で私をにらみつけている。
「オド転換に関してはすでにヴァイス様から教示されたと聞いております。ですので、まず光の魔素を集めオド転換し、光に明確なイメージをもって現出してみましょう」
私の言葉にアイン殿下とシトリーは頷き、魔素を集め始める。
光の封剣守護者と光の巫女姫
二人とも通常では考えられないほどの光への適正を持つ人材だ。それは今、目の前で起きている事からも証明される。本来は非常に困難な光の魔素を集めるという事を二人は容易く行っている。
(すごいな。これがゲームの主人公達の力)
私が光の魔素を集めようとすれば、彼らの5倍から10倍は時間を要するだろう。師匠でさえ倍の時間はかかると思われる。
「見事なものだな」
「ええ、本当に。アイン殿下とシトリーさんの才能には脱帽です」
私はヴァイス様の言葉に頷き応える。だが――
「私が見事だと言ったのは、ヴァージニア嬢。君に関してだ」
予想外のヴァイス様の言葉に私は目を見張る。
「魔術課の課員達、いや王国魔術師団員達の中でさえ、君程に光という物に対して認識している人物はいないだろう。光の魔術の難しさは光への認識の難しさが第一にある。目で見えない事象を現出する事は、人間では難しいからな」
人間は目に見えるものに対して認識する事は容易である。たとえば炎を見て、そこから熱や燃焼をイメージする事は容易く、また水を見て冷たさや流動、浸透をイメージする事も容易い。
だが、目に見えないものに対しての認識となると、人間のイメージ力は極端に低下する。
光と闇
明るさや暗さという事象として存在する2つの要素は特に人間にとって認識しづらいものだ。
「し、師匠からいろいろと教えて頂いておりますので」
「ふむ、そうか。そうだったな。そういう事にしておこう」
ヴァイス様はなんだか歯切れの悪い言葉を口にされるが、聞き流してしまおう。
下手に口出しすれば、藪蛇になりかねない。
「ヴァージニアさん!あ、集まったと思います!」
「あぁ、こちらもだ。ここからどうしたらいいのか教えてくれるか?」
二人の周りに十分な量の光の魔素を感じる。火や水の魔素を集めるのと同程度の時間で、異常な量の光の魔素を集めた二人に、私は少しだけ嫉妬している。
「ではその魔素をオドに変換していただきます。イメージするのは小さな力の塊。そしてその奔流」
「力の……塊……」
二人の身体に取り込まれていく光の魔素がオドへと変換される気配が伝わってくる。
彼らの身体を駆け巡る光の大河。まぶしい程に感じるその力に私は畏怖さえ感じる。
「何でもいいがヴァージニア嬢。彼らのこの魔術。どうするつもりだ?」
「え、どうするとは?」
ヴァイス様が少し青ざめた顔で、彼らの様子を見ている。
「私は光魔術というのだから、てっきり最初は【小灯】辺りでも教えるのかと思っていたのだが。あれは誰が見てもそんなちゃちなモノではないのが解る」
「……」
「で、どうするつもりだ?」
ヴァイス様の言葉に、私だけでなくアイン殿下とシトリーさんも、逼迫した状況にある事を理解したようだ。途端に二人が慌て出す。
「わ、わ、わ!ど、どうすればいいんですかヴァージニアさん!!」
「お、おぃ!力が今にも溢れ出しそうだ。これ、どうするんだ!」
ヴァイス様と私は顔を見合わせ青ざめる。このまま放って置けば演習塔の倒壊も免れない。
「て、手を向こう側の壁に突き出して!!そこに力を集中して!」
「お、おぃ、ヴァージニア嬢!何を言い出すんだ!!」
私の言葉にヴァイス様は慌て、必死に取り消させようとする。
五月蝿い!今は生き残ることが先決だ!
「わ、わかった!」
「うん!」
「ば、馬鹿な、止めろ……」
必死で止めようとするヴァイス様を無視し、アイン殿下とシトリーは壁向けに手を突き出す。
そして次の瞬間、眩しい光が部屋全体を包み込んだ。
ボボボボオボボオオオオ
「うわあああああああ!!!」
「キゃアアア!!」
「「……」」
轟音と閃光が暫く続いた後、光は収束し始め、あたりには静寂が拡がる。
手を突き出した状態のままで、アイン殿下とシトリーは呆然とした表情で壁があったはずのその先を見つめている。
そして、私のすぐ後ろには今にも怒鳴り出しそうな表情で、怒りに震えるヴァイス様の姿があった。
「ヴァージニアアアア!!!」
「ひいいいい!!」
その翌日、魔術課演習塔には、突然開いた大穴を一目見ようと詰め掛けた他の学課の課員達と、修繕に訪れた作業員達の姿で溢れかえる事となる。