7-10 兆し
「はっ、やぁ!」
木剣を振るい剣筋を確かめる。剣術の修練は反復練習が重要とウィリアム叔父様からは強く言われている。ゆえに今でもこうして毎日、時間を見つけては剣を振り剣筋にぶれは無いかを確認しながら木剣を振っている。
戦技課の為に用意された王立学院戦技課実践演習場。
私はそこで何時もの日課をこなしている。
剣術と魔導学
それぞれの分野で師を得られた幸運を喜びつつ、師からの教えを思い出して修練に励む。
この場所は、元は王国魔術師団の人達が殲滅魔術の実験を行う場として準備された演習場である。だが、殲滅魔術の開発自体がここ10年以上滞っており、敷地を無駄にする事もないだろうということで、4年前から戦技課の演習場として利用されていた。
(というのはきっと、表向きの理由なんだろうけどね)
この場所が開放された時期から、むしろ戦技課の演習内容を回りに隠匿する事が第一の目的になっている節がある。というのも、この場所の管理体制が学院の他の学課に比べ、著しく厳重である事、そして何よりも――
「よぅ。なんだよ、お前一人かよ。さびしいなら俺が相手をしてやろうか?」
「はぁ……またいらっしゃったんですか。暇なんですか、近衛騎士って」
そう、普通なら学院の一学課になんて用が無いだろう王国近衛騎士までもが、こうしてわざわざ時間を割いてやって来る程なのだ。誰かの頭の中では、この場所は学院の一施設という以上に、重要な施設として認識されているのではなだろうか。少なくとも、そう勘ぐられても仕方ないと考える。
「そんな訳ねぇだろ。こう見えて俺もいろいろ忙しい身なんだよ。だが、こうしてわざわざお前の為に時間を割いてやってるのが分かんねぇかなぁ?」
「はいはい、軽口はそこまでにしておいても頂けますか?でないと、またサイファ様にゼクスさんが演習の邪魔をしに来たって言いつけますよ?」
この演習場には近衛騎士である彼が、頻繁に訪れていた。
王国近衛騎士にして黄の封剣守護者ゼクス=クロイス
王国が有する5人の封剣守護者の一人であり、黄色――土の加護を受けた存在。
ゲーム【ピュラブレア】においては学院の生徒以外の年上攻略対象として、一部で人気を博したキャラだ。
(まぁ、ゲームとは性格がぜんぜん違う気がするけどね)
目の前の彼の性格に関しては、ゲームのゼクス=クロイスと大きく異なっており、フォルカス殿下から初めて紹介され時には、私は彼がゲームで登場してきたゼクス=クロイス本人だという事に自己紹介されるまで全く気がつかなかったぐらいだ。
「ちょ、やめてくれ。それでなくても近衛騎士長からも目を付けられてるんだから」
「自業自得です。どうせ、近衛の仕事さぼって女官の方でも口説いていたんでしょ」
「あ、わかる?いやぁ、やっぱり働く女性ってこう、凛とした魅力があるよな!」
「はぁ……」
全くこれである。ゲームの中の彼は、守護対象であるフォルカス殿下に絶対の忠誠を誓う騎士の中の騎士そのものであり、主人公が声をかけても『任務中ですから』の一言で、徹底して塩対応を行うというクールな堅物キャラだったはずだ。
それが、どう間違えばこんなに適当な人物になるというのだろうか。
「うん?なんだよ人の顔をじろじろ見て……ははぁん、あれか。気持ちはわかるぞ。俺クラスになると、いるだけで周りに色気をばら撒いちまうからなぁ。だが残念だったな、お前は俺の好みじゃねぇ。ここは一つすっぱりと諦めてくれ」
「貴方は何を言ってるんですか?とりあえず殿下に『ゼクスがまた馬鹿な事を言いにきて演習の邪魔ばかりする』って密告しておきますね」
「え、流石にそれは冗談だよな?」
「ついでに『お前は好みじゃないから諦めろ』ってちょっかいかけられましたとも言っておいていいですか?」
「やめろおおお!」
必死で頭を下げるゼクスを横目に、私は汗を拭き木剣を脇に置き、木製のベンチに腰かける。
「で、本当の所、何の用ですか?」
「なんだ、もう少し遊ばせろよ。お前って見た目と違ってほんっと真面目な奴だな」
「余計なお世話です。とりあえず、何か伝えるべき事があっていらっしゃったんですよね。いつもなら修練中だけは邪魔してきませんし」
「ほう、意外に見てるんだな。あぁ、お前に用があってきた」
先ほどとは違い真剣な彼の表情に、ゲームのゼクス=クロイスを思い出す。
今の彼とゲームの彼とでは根にあるものはやはり同じなのかもしれない。
私はベンチの開いた場所を指し示し、彼に座るように促す。
彼は苦笑を浮かべた後、指し示した場所ではなくわざわざ私の隣に腰をおろした。
「月の終わりに予定されている国王陛下の誕生祭についてだ。誕生祭が開かれるタイミングでアイニスが仕掛けてくるという情報を得た」
「それは本当なの?!」
アイニス共和国。ギヴェン帝国の北東に位置するこの国は、東のオウス公国と同様、ギヴェン王国へと過去数度にわたり侵攻を繰り返す王国の明確な敵である。
5年前のオーガスト邸襲撃事件において灰燼のトレニーという2つ名つきのアニエス聖教教団教士をギヴェンへと送り込み、ドライ=オーガストの命を狙っている。結果として、アイニスの目的は当事者であるドライ=オーガストと当時偶然にもオーガスト邸に滞在していたリーゼロッテ=ヴェーチェルの手で潰える事となる。
そのアイニスがあれから5年たつ今、再び王国へとその魔手を伸ばしているらしい。
「でも、よくそんな情報を手に入れられましたね」
オーガスト邸襲撃の際、アイニスの侵攻は実際にオーガスト邸を襲撃されるまで、気づく事が出来なかったはずだ。にもかかわらず、今回はこんなに早く、襲撃の可能性ある事を知ることが出来たことを不思議に思う。
「あぁ、この襲撃は予定されたものだからな」
「それはどういう?」
「襲撃はこちらから誘導して行わせようとしている。理由は2つ。1つはギヴェン王国が大義名分を手にするためだ。襲撃というテロを企てたアイニスに対して報復攻撃を正当化する。もう一つは王の力を示すため。未だボイル国王の事を快く思っていない前王派の貴族は少なくはない。彼らは今は反戦派を名乗り、他国への侵攻に対して否定的な立場を貫いている。今回の襲撃の首謀者を彼らにする事で、敵対勢力を削りつつ、王の力を回りの貴族に指し示そうとお考えだ」
「そんな、無茶な」
ゼクスの言葉に、私は眉を顰める。
いくら何でもその為に、自らの命を囮に使うなど、冷静な王の行動とは思えない。
「本来ならアイニスへの侵攻は、数十年先を考えられていたおられたはずなんだが、ここの所、オウス公国に気になる動きが見られる。王はそれを懸念され、オウスが動くより先にアイニスの喉下に剣を突きつけようとお考えなんだろう」
「それでも、無茶すぎる」
「あぁ無茶だ。だからこそお前に事前に伝えておく事にした。襲撃の際、武器を持参できるのは俺達近衛と衛士達だけになる。もちろん、俺達だけでなんとかするつもりだが、いざとなればお前とヴァインの力が必要だ」
フォルカス殿下がわざわざ演習場においでになり、陛下の誕生祭へ出席を促されたのはまさにこれが理由だろうか。最初から予見される襲撃に対し、最大の戦力を持ってこれに当たろうとお考えになのかもしれない。
「しかし、襲撃の有無が最初から分かっているなら、私やヴァインではなく他の魔術師でもよろしいのでは?」
「お前達以上の魔術師となると、あとは天才フィルツ=オルストイか、魔術師団長であるヴァイス=オルストイ殿だけになるんだがな。まぁ、それ以外の理由としてお前達の魔術の相が理由だ」
「魔術の相……ですか」
「あぁ、お前達の魔術の相は破壊活動ではなくどちらかといえば制圧に向いている。今回の場合は特にそういった要素が得意な魔術師が求められる」
「それは、相手を生かして捕縛する為ですか?」
私の言葉にゼクスはにやりを口角を歪め笑みを浮かべる。
まるで出来の悪い生徒が、自分の求める答えを述べたかのようなその表情に、私はっ少し苛立ちを覚えた。
「何人かは生かして捕える事。それが陛下からの指示だ。お前には王国に仕える者として、その責を担ってもらう。安心しろ、何かあればこちらでフォローする」
「本当に頼みますよ。フォルカス殿下の身はお守りしますが、陛下やアイン殿下までは流石に守りきれませんから」
「フォルカス殿下を守りきる自信があるという点だけでも、お前は普通ではないよ」
そう言うとゼクスは立ち上がり、こちらを見下ろす。
「この事は内密にして貰う。あと誤解があるかもしれないから言っておくが、今回の件はフォルカス殿下は一切関わっていない。あくまですべては陛下の御意向だ。フォルカス殿下はお前を荒事の前面に押し出すような真似をなさる方ではない。あの方は、あれでお前の事を大事に思われている。それだけは自信をもっていいぞ」
そう言うとゼクスは私の頭を軽くたたく。
その手を払いのけ、私はゼクスをにらみつける。
「陛下やアイン殿下は、そっちで守れるのよね?」
「陛下のほうは任せてもらおう。俺達が全力をもって当たるつもりだ。アイン殿下に関しては、ヴァイス殿がなんとかして下さると聞いている」
「ヴァイス様が?」
先日、ヴァイス様とお会いしたとき、特に何もおっしゃらなかったが……。
「そちらはヴァイス殿におまかせしておけ。お前はとりえず、そのボリュームに欠ける身体をどうやって誤魔化すかでも考えていろ」
「五月蝿い!」
悪態を着きながら、ゼクスは笑って演習場を去っていく。
私はベンチから立ち上がり、木剣を握り締める。
ブォン!
振りおろした木剣が風を切る。
「アイニスへの侵攻……か」
ゲームよりずっと早い情勢の変化に、私は言い知れぬ不安を感じていた。