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2-6 全力で励もうと思います

 

「うんまぁ、大体……俺のせいだ」

「ははは、師匠……あなた、もう、まじで死んで下さいません?」


 この理不尽な転生の責任がすべて師匠にあると思い込み、どす黒い殺意に飲み込まれたとしても、私は一切悪くはないと思う。


「話は最後まで聞け! そうしなければお前は確実に死んでいたぞ! お前を助けたのは紛れもなく、この俺だ。……とりあえず、その手に持った花瓶は危ないから俺が預かっておこう」


 その後、師匠は怒れる私を諌め、事の顛末を語ってくれた。


 私の魂が何者かの手によって、大きく損なわれた事。

 お父様が私を救うよう師匠に頭をお下げになった事。

 回復の見込みがない私の命を救うため、転換魔法を用いて魔素から魂を練成した事。

 練成した魂を私の魂の欠損部位に融合させた事

 結果、私は一命を取り留めたが、1つの(はく)の中に2つ(こん)が存在する(いびつ)な器になってしまった事


「普通なら、転換魔法で魂に練成しても魂は中身の無いハリボテになるはずだった。だが、結果は本来の魂に異物が混入する事態となった」

「異物……」

「まぁ聞け。お前は傍から見れば、本来のヴァージニアとは別の自我を持つように見える。だが、1つの体に2つの自我を持つことはできない。そんな事をすれば魂は乖離を起こし、オド転換に歪みが生じる。だが、お前のオド転換にはまったく異常が見られん。では、本来のヴァージニアの自我はどこに存在する?」


 師匠の疑問は転生した当時、私も感じたものだった。

 私としての自我と別にヴァージニアとしての自我が存在するかどうか。

 だが、その考えは私の中で否定されていた。


 私自身が無意識に持つ【本能的な欲望】はヴァージニア自身に帰属する。

 それに対し【無意識下の倫理観】は本来はヴァージニアが成長する過程で両親や貴族環境から学び育つものであった。

 しかしながら、その過程を杜 霧守としての記憶が台無しにしてしまった。

 私の内にある無意識下の倫理観は杜 霧守の記憶によって形作られたものなのだ。


 私という自我は【ヴァージニアの本能的欲望】と【霧守の記憶に由来する倫理観】の両者の狭間で私として認識している。

 結局のところは私という存在はヴァージニア=マリノに他ならないのだ。


「師匠、私がヴァージニア=マリノですわ」

「あぁ、俺の考えもそこに行き着く。お前こそがヴァージニア=マリノだってな。だからこそ不思議なんだ。なぜお前はそこまで大人びている? その知識はどこから来ているんだ?」


 結局のところ師匠の疑問はそれなのだ。

 3歳の少女が如何にして、本来持つ事の無い知識を有しているのか。

 興味深げな顔で師匠は私の答えを待った。


「師匠は記憶というものをどのように認識されていますか?」

「記憶? 人が見聞きし、経験して勝ち得るものだ。得られた記憶は各個人だけのものであり、()()()()()()()()()()()()()()()


 さすがに、この世界では電気信号という考え方は存在しないようだ。

 だが、説明を進めるには十分だ。


「私の中には、私以外の人間の記憶が存在します。そこから知見を得る事で今の私が存在しています」


 想定外だったのだろう。師匠は呆然とした顔で私を見た。


「正直信じられん。他人の記憶を得ることなど、物理的にも魔術的にも不可能なはずだ!」

「ええ、私もそう思います。ですが、師匠の手による治療の結果、私にはその記憶が存在しており、おかげで私は……まぁこんな感じです」


 おかげでゲームストーリーを知っていますとは流石に言えない。


「なるほど。練成した魂に記憶が内在していた……いや、練成前の魔素自体に記憶が内在したということになるのか! これはすばらしい発見だ!」

「喜ばれるのは結構ですが、記憶のおかげでいろいろと大変なんですよ、師匠」

「どういうことだ?」

「師匠に相談なのですが、記憶の中に予言のようなものがございまして……」


 乙女ゲームのシナリオから得た知識である事を隠し、未来の内容を予言のよう記憶していると嘘の内容を伝える。

 これは、記憶の主である杜 霧守が別の世界の人間であった事を隠す為だ。


「なるほど。お前は15歳になると学院で断罪され、死ぬ運命にあると……」

「はい、そうなります。私はその未来をなんとしてでも回避したいと考えております」


 師匠は下がっていたメガネを指で押し上げ、眉を厳しく寄せる。


「そのための魔導か?」

「……はい」


 魔導をそんな理由で学びたいのかと、師匠は怒るかもしれない。

 だが、今は少しでも自分の味方を得ておきたいと思った。

 師匠の善意につけ込んで、力を手に入れようと画策したのではないかと疑われれば否定はできなかった。


 それでも私は師匠に話したいと思った。

 1人で抱え続けるより、誰かに打ち明けて楽になりたかったのだ。


「いいだろう。元々、お前に魔導学を教える事はウィルと約束していたからな。それを違える気はない。何より俺とお前はそういう契約をしたわけだしな」

「ありがとう御座います! 師匠!」


 私は嬉しさのあまり飛び上がって喜んだ。

 小さいかもしれないが、未来を変えるチャンスを手に入れたのだ。


「ただし、やるからには全力でやらせてもらう! 学院に入学する迄に王国魔術師クラスの実力を持たなければ、お前には俺の私的な実験動物(モルモット)になってもらう」

「は?」

「まぁ、実力をつければいいだけの話だ。簡単だろ?」

「簡単だろじゃないですよ。どこかの絵描きですか! あと、私的って何ですか、如何わしい響きしかしないですよね? 私、これでも侯爵令嬢っていうか師匠のご友人の娘ですよ? 知ってますか?」

「安心しろ、初めては俺がリードしてやる」

「幼女相手に言っていい事じゃぁないですよね! って言うか、絶対犯罪ですよねそれ!」

「では、明日から本格的に始める。よろしくな、ジニー」

「……よろしくお願いします。師匠」



 当時の私にとって、気にかけてくれる師匠の存在は非常に大きいものだった。

 たとえそれがお父様との約束や、師匠の知的好奇心が理由だったとして。


 だから私はフィルツ=オルストイの弟子の名に恥じぬよう、全力をもって魔導学に励んだ。

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