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1-1 プロローグ

 

『私は間違ってなんておりません。信じてください!』


 画面に映る金髪の少女が必死に自らの潔白を訴えている。それを冷めた目で見すえる1組の男女。

 金髪の少女ではなく、その男女こそがゲームの主人公達だと後から聞いた時、俺は大いに驚いた事を覚えている。


 床に這い蹲る少女を見下す男女の姿は、俺の目にはまるで人の情さえ失った機械のように映って見えた。

 それ対し断罪の少女は、衆目に晒される中、必死に自分の言葉を相手に伝えようと踠き続けていた。

 その姿を見る者は、少女の事を酷く惨めで無様に思えるかもしれない。だが、俺の目にはその姿が生きる事に真剣に向き合い、必死に現実に立ち向かう泥臭い人間味があるように見え、少なからずその姿に共感を感じていた。


『言い訳は無用だ。貴様の処遇はすでに決定している』

『お待ち下さいアイン殿下!私は――』

『黙れ。貴様に名を呼ばれる事さえ不愉快だ!衛士ども、この者を縛り上げ牢につれていけ!我が婚約者シトリー=フラウローズを落としいれようとした罪、貴様の身に刑が処されるその日まで、存分に悔い改めているがいい!』


 少女は衛士達に引きずられながらも必死に男に訴えかける。

 だが、その声が彼に届く事は無く、少女は無残にも部屋の外へと連れ出させてしまう。


 彼女の悲痛な叫びを聞く者は誰一人いない。

 そしてその叫び声さえ、やがて遠くなり消えていく。

 しばらくし、室内には穏やかな音楽が流れはじめる。

 そうして、先ほどとは打って変わり和やかな雰囲気の中、先ほどの男女は寄り添い合い、どちらからともなく口付けを交わす。


 まるで先程までの断罪劇など無かったかのように、異様な雰囲気の中、物語は進んでいく。


『シトリー。君に嫌な思いをさせてしまったね。だが、これからは君をこんな目に合わせたりしないと誓うよ』

『有難う御座います、殿下。でも彼女もきっと殿下の事を愛していたから、こそあんな事をしたのだと思います。ですから殿下。どうか彼女をそれ以上悪く言わないであげて下さいませんか?』

『慈悲深いシトリー。君がそう言うのなら、僕はその言葉に従おう。だが今だけはこの僕のわがままに付き合って貰うよ』


 そうして再び男女は口付けを交わす。

 その瞬間、二人のこれからをまるで祝福するかのように部屋一杯に音楽が鳴り響く。

 煌びやかな王城の一室。


『さようなら、ヴァージニア=マリノ様』


 主人公が最後に口にした少女の名前。そこに秘められた思いは何だったのだろう。

 和やかな雰囲気に包まれた空間。

 その場にいる全ての者達の記憶の中にはもう、惨めで哀れなあの少女の姿は無いのかもしれない。


 だが、必死で涙を堪える少女の姿が、物語の彼らと違い俺の記憶の底にはしっかりとこびり付き続けた。

 少女があの時何を思い、そして最後に何を口にしようとしていたのか。俺にはわからない。


 ただのゲームの1シーン

 たったそれだけの事。だがその1シーンが妙にくっきりと思い出される。

 

 それを今、思い出したのは、きっと目の前で必死に大事な人の名を呼び続ける男の姿がなんだかあの少女の必死な姿を連想させたからに違いない。


「ジニー、 聞こえるか? ジニー!」


 貴族のような服装の外国人の男性が先程から、大声で喚き立てている。


 ヴァージニア=マリノ


 それが自分の名を意味する言葉だと初めて知ったのは暫くたってからの事だった。

 そしてそれは杜 霜守()という人間が、この世界に存在しないと初めて自覚させられた瞬間だった。




 ■■■ 数刻前

 


「杜。お前はどう考えているんだ?」


 昼食を終え、喫煙コーナーで一服していると、同僚の榊が声をかけてきた。


「お前があいも変わらず、気持ちの悪いオカルトヲタって事だけは理解した」

「違う! そうかもしれないけどそうじゃねぇ。俺が聞きたいのは――」


 つい先ほど、榊は俺を見つけるとスマホの画面を見せながらこう言い出した。


 『おい杜、見てくれよ。俺が手に入れたこの最新のソースを!』


 いつものこいつの病気だ。榊は重度のオカルトマニアで、こうしてオカルト情報を見つけては嬉しそうに俺に見せようとしてくる。

 俺は、胸ポケットから二本目のタバコを取り出す。

 どうせ話は長くなる。付き合うならもう一本ぐらい吸って行ってもかまわないだろう。


 榊とは同じ時期にこの会社に入社した、いわゆる同期だ。

 初めから妙に馴れ馴れしい奴で、あまり人付き合いが得意でもない俺には珍しく、不思議と嫌いにはなれずにいた。まぁ、根は悪い奴じゃない。ただひとつ、このオカルト病さえなければの話だが……。


「――魂の存在について、どう思うか聞かせろと言っているんだよ」


 榊が俺に見せたソースは、人が死んだときに減る体重についての内容だった。

 何かの本で調べたのだろう、人は死ぬと体重が21g減少するらしい。

 榊はそれを魂の重量だと訴え、魂の存在が証明される重要なソースだと騒ぎたてていた。


「やっぱり、魂ってのは存在するんだよ。だから俺は期待しちゃうね。もし俺に何かあっても、俺の魂はこの肉体を離れてどっか別のとこで転生なり転移なりして、それで新しい人生が始まるんだってさ!」


 これはあれだ。漫画か小説でも読んで嵌った口だ。

 そういえば、前に転生系のそういったのが逸っているって()()()が言っていたな。


『転生するならやっぱりチーレムでしょ!』


 俺の脳裏には能天気にそう叫ぶ彼女の姿が浮かぶ。

 あいつといい榊といい、どうして夢見がちな奴ってのは四六時中夢想家じみた事を口に出すんだろう。


「いい加減、お前の言葉がいかに現実と乖離してかってのを理解したほうがいいぞ」


 俺はタバコを揉み消しならが榊にそう言いはなつ。


「現実だけじゃ、生きてる張り合いってもんがないだろ!」


 いや現実をちゃんと見て生きていこうよ、特にお前は。


「……知ってるか? どうもそれ汗の重さらしいぞ」


 ずっと黙って聞いていた田村が俺達の会話に口をはさむ。

 俺達が二人で言い合ってる間にグー○ル先生で調べてくれていたようだ。有能だよな先生。


「た、田村!なんだよお前。 そんなの夢も希望も無いじゃないか!」


 魂とか転生に夢や希望を持つほうが完全におかしいだろう。 


「田村の言うとおりだ。榊、お前の日頃の言動は見てるこちらが本気でお前の将来を不安に感じる程だぞ?」


 夢や希望で食べていけるのは、一部の才能と運を兼ね備えた人間だけだ。

 俺達のような才能も運にも見放された人間は、あくせくと毎日必死に働くしか道はない。


「俺達は夢や希望を語るより、今月のノルマについて真剣に考えたほうが身の為さ」

「田村の言うとおりだ。榊はもっと現実を知ったほうがいい。今月の生産は先月の2割増だ。お前の担当なんて、かなりきつくなるんじゃないのか?」


 榊は田村と俺の言葉に一瞬キョトンとした顔をしたあと、急に顔を青ざめさせて叫び声を上げる。


「まじかあぁぁぁ!!」

「お前な。朝礼で丸山さんが言ってただろ。ちゃんと聞いとけよな……」


 会社や上長の匙加減次第で、俺達末端は途端に困窮してしまう。

 もう少し、こちらの状況を把握してスケジュールを組んでもらいたい所だ。


 俺はスマホを取り出し、時間を確認する。

 そろそろ午後の業務開始のベルが鳴る時間だ。


 オーバーアクションぎみに頭を抱える榊を、俺と田村は放って仕事場へと歩き出す。

 いや、正確には歩き出そうとした。


「おい、困ってる親友を置き去りにするなよ2人とも! ってあれ、なんかアレおかしくね?」


 最初に気がついたのは榊だった。

 俺たちが向かっている第二工場の辺りの空が妙に明るく光って見えた。


 バアアァァァン!!


 その途端、大きな破砕音が辺り一面に響き渡る。

 音に紛れ、同時にあちこちから悲鳴の声が上がり出す。


 これは普通じゃない。

 頭の奥で警鐘が鳴り響く。


「おいやばいんじゃないか?」

「どうすんだよ、杜!!」


 どうするもこうするも無いだろう。

 緊急時には退路を確保し移動するようにって、毎年ちゃんと避難訓練を受けてるじゃないか。

 その通り逃げるしかないだろ。当たり前だ!


「早く逃げようぜ……っておい、どこにいくんだ杜、そっちは第二工場!」


 あれ。俺、何してるんだ?

 田村に言われるまで、自分がどこに向かおうとしているか分かっていなかった。

 だが、再び聞こえた悲鳴の声に、自分が何をしようとしていたかを理解する。


 (そうか、俺には聞こえたんだ)


 頭の中がクリアになり、すべき事が明確に脳裏に浮かび上がる。


 そう、聞こえてしまった。


 大音量で響き渡る破裂音に、かき消されそうになった彼女の悲鳴を……


「見知った人間が【助けて】って言うなら見捨てられないよな」


 たとえ相手が、先月別れた彼女だったとしても。

 杜 霧守という男は、他人を見捨てる勇気を持ち合わせない臆病者だ。

 結果を後悔するより、見捨てたせいで後々、後悔する事を酷く辛いと感じてしまう弱い人間だ。


 だから、俺は……


 だから、()()そのとき死んだんだ。

初投稿作品です。

最後までお付き合いいただければ幸いです。


2019年3月21日:1-1を大幅改稿しまいた。

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