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暴力描写がございます

苦手な方はご注意下さいませ

 

 

 

 面倒だな……。


 退屈な時間に、まだ幼いとすら言える歳の王子さまは、溜め息を吐きました。

 恒例の王族によるほどこし。今日は、王子さまの当番でした。


 親衛隊に囲まれて、兵士が平民に食事を与えるのを眺めます。


 平民たちは誰も彼も、国や王子さま、王族や貴族を、褒めそやしました。


 この国に生まれて幸せだ、王さまは素晴らしい、王子さま万歳。


 父上が治めているのだから、当たり前だろう。


 どんな賛美も王子さまにとっては当然で、つまらないものでした。いずれ父の跡を継いでも、同じように治めれば問題ない。そう、思っていました。


 そのときまでは。


「嘘吐き!!」


 甲高い声が響き、賑やかだった場が、しん、と静まり返りました。


「この国は、ちっとも幸せなんかじゃない」

「王さまは最低だ!!」

「貴族は意地汚い亡者ばかり!!」

「王子さまは偽善者だ!!」


 集まったひとのあちこちから、甲高い声が響きました。

 子供の声です。


 大人たちが慌てたように、とんでもない発言をした子供を捕まえ口をふさぎました。


 国と父を批判され、王子さまは怒りかけましたが、彼は、しっかりした教育を受けた王子でした。

 泡を喰ったように平謝りする大人たちを、子供のしたことだからと許します。


「やっぱり、偽善者だ」

「お前!」


 大人たちがほっとしたのも束の間、ひとりの子供がそう呟いて、顔を青くした大人がその子を殴ります。


「子供に暴力は、」

「こんなの、いつもだよ!」


 見かねた王子さまが止めようとすれば、殴られた子供は怯んだ様子もなく言いました。

 ぼろぼろな毛布で身を包んだ、見窄らしい子供でした。


「この国じゃ、子供は大人の奴隷だ!平民は貴族の玩具だ!」

「馬鹿野郎!黙れ!!」


 吐き捨てる子供に大人が怒鳴ります。

 そんな大人を、王子さまは止めました。


「待て、構わぬ。その子をこちらへ。話が聞きたい」

「殿下、」

「良い。早くその子をこちらへ」


 子供は畏れもなく、王子さまの前にやって来ると、ペリドットのような澄んだ金緑の瞳で、しっかりと王子さまを見返しました。


「お前、今の言葉はどう言う了見だ」

「そのままの意味です。殿下」


 平民の、それも子供とは思えぬしっかりした口振りで、子供は答えます。


「富めるものだけが富を独占し、多くの平民は明日の暮らしにも困窮しています。子供すら労働に駆り出され、足手まといと判断されれば食事どころか屋根すら与えられず死んで行く。この国は地獄です。殿下」

「……貧しき者を救うため、貴族も王族も、こうして施しをしているだろう」

「たった一食の施しで、なにが変わると仰いますか?」


 それは、怒りでも、皮肉でも、哀願でもなく、ただ、歴史の教師のごとく、事実をなぞる口調でした。


「確かに、今日の空腹はしのげましょう。では、明日の食事は?夜の寒さからはどう守って頂けるのですか?来年蒔く小麦は、種芋は、どこに行けば施して頂けますか?」


 問い掛けに対する答えを、王子さまは返せませんでした。

 義務だからと仕方なくやっている施しの、その意味を考えたことなど、なかったのです。漠然と、感謝される良いことなのだと、思っていたのです。


 美しい宝石の瞳は怒りも憤りも示していないのに、酷く責められているように感じました。


「殿下、根本的な解決にならない見せかけの優しさなど、何もしていないのと同じです。あなたの心は満たされても、わたしたちの生活は、少しも満たされません。それを偽善と言わずして、なんと言いましょう」


 子供が不意に、にっこりと笑いました。


「今日もまた、平民が餓えで死にましょう。子供が暴力で殺されましょう。娼婦が病で息絶えましょう。幸せなことです。死ねば、地獄のようなこの国から、逃れることが出来るのですから」

「お前、良い加減に、」


 言葉に窮して顔をしかめる王子さまを庇って、親衛隊のひとりが子供へ剣を向けました。

 王子さまがやめろと言うより早く、にこやかな微笑みを崩さぬままに、子供が言います。


「耳を塞げば楽ですね。平民から搾取した税で贅沢をするのに、怨嗟の声は邪魔ですものね。良いですよ。耳障りな言葉を吐く喉は、潰してしまえば良いのです。あなた方に従わない、壊れた玩具なんて、要らないのでしょう?」

「やめろ!」


 叫んだのが、どちらに対してか、王子さまは自分でもわかりませんでした。

 親衛隊に目を向けて、続けます。


「剣を収めろ。嘘でも子供の言ったことだし、本当なら、それこそ、その子を殺してはいけない」

「……今殺されなくてもどうせ、すぐ死にますよ」

「お前、詳しい話が聞きたい。城へ」

「行きません」


 王子さまの言葉を遮って、子供はきっぱりと言いました。


「知りたいなら、ご自身の目でお確かめ下さい」


 否やとは、言えませんでした。

 子供が静かに、告げます。


「そうですね。どうせなら、クリスマスなんていかがでしょうか。聖なる夜にも、餓えと寒さは平民の命を奪いますよ」


 そのとき、強い風が吹き、子供の毛布を翻らせました。

 ぼろぼろの毛布の下は、ぼろぼろの服で、


「ヒトコ!」

「今行く!」


 王子さまと親衛隊が呆気に取られているうちに、子供は仲間と駆け去りました。


「あれは……」


 見たものが信じられず、王子さまが呟きます。


「あれは、私と同じ、ひとか?」


 ぼろの服から覗いた身体、その脚は小枝のように痩せ細り、普通の皮膚が見付けられないほど、全面が痣や傷で被われていました。


 自分の目で確かめろ。子供の言葉の意味を、苦しいほどに痛感します。

 あれを、誰かから伝え聞いても、とても信じられなかったでしょう。


「あれが、この国の現状だと言うのなら」


 王子さまは、両手で口許を押さえました。そうして初めて、自分の手の震えに気付きます。


「確かに、この国は地獄だ」


 クリスマス。クリスマスに、視察をしよう。あの子が、そうしろと言うのなら。

 だからそれまでに、集められるだけの情報を。


 尊敬し、信じていたはずの父へ、疑いの眼差しを。

 たった数分の邂逅が、国の行く末を変えた瞬間でした。




「こ、恐かった……死ぬかと思ったぁ……」


 路地裏でしゃがみ込んだ少女を、手を引いて走ってくれていた少年が呆れたように見下ろします。


「ヒトコは、度胸があんのかないのか、わかんねぇよな」

「でも、すっきりしたぁ。王子のあの顔、見た?」

「おれは、肉屋のおっさんの顔の方が笑えたぜ」

「それ言うなら市長だよ!泡吹いてたぜ、あいつ」


 少年の言葉に続いて、子供たちが口々に言います。しゃがみ込んだ少女、ヒトコは、そんな彼らを見上げて問いました。


「でも、良かったの?みんな、大人に目を付けられちゃったんじゃ……」

「良いの良いの。今さらだし」

「だよなぁ」

「つぅか、汚いガキくらいにしか認識してねぇだろ、どうせ」


 心配するヒトコをよそに、子供たちはあっけらかんと笑います。


「あいつ、第一王子、いつも偉そうに見下してんのムカついてたんだ。一撃喰らわせられたなら、満足だよ」

「……そっか、ありがとう」


 ヒトコがにこっと笑うと、少年が、お前こそ大丈夫なのかよ、と、問い掛けました。


「俺らはその他大勢だけど、お前はしっかり顔見られてただろ?」

「それこそ、汚いガキとしか思われてないよ。女だってことすら、気付かれてないんじゃないかな?」

「だと良いけど」


 少年が肩をすくめ、ヒトコの手を引きます。


「なら、ばれないうちにずらかろうぜ。こんなとこで固まってたら目立つ」

「そうだね。みんな、本当にありがとう」


 もう一度お礼を言うヒトコに手を振って、子供たちが去ります。残ったのは、ヒトコの手を引いたままの少年だけです。


「俺たちも行くぞ」

「うん」


 頷いたヒトコの手を引いて、少年が走り出します。


「クリスマス」

「え?」


 走りながら、少年はヒトコに問いました。


「クリスマス、何かするつもりなのか?」

「どうかなぁ」

「どうかなぁって、お前、あんだけ啖呵切っといて……」


 また呆れ顔になった少年を見て、ヒトコが苦笑します。


「クリスマスなら、奇跡も起こるかなって、思って」

「なんだそれ」

「クリスマスって、特別なんだよ。恵まれた人間にとっては」


 遠い過去を思い出して、ヒトコは目を細めました。


「だからね、クリスマスに不幸な子供を見たら、きっとより、心に響くだろうなって」

「ま、クリスマスだろうがなんだろうが、この国の貧民街が悲惨なのに変わりはねぇからな」

「そうだね」


 この国の貧民街を初めて見たときを思い出し、ヒトコの眉が寄ります。マッチ売りの少女ですらまだ、恵まれている。そう思える光景が、そこにはありました。


「あ、わたし、こっちだから」

「おう。じゃあな」

「またね」


 分かれ道をそれぞれに進んで、ヒトコはひとり歩き出し、不意に、止まりました。

 細い腕を、撫でます。骨と皮ばかりの腕には、びっしりと鳥肌が立っていました。


「恐、かった……」


 剣を突き付けられた喉を、両手で押さえます。


「死ぬかと、思った」


 でも、生きてる。

 まだ、歩ける。


「今度、こそ」


 ぎゅっと両の拳を握り締め、ヒトコは歩き出しました。




 クリスマスの、夜。


 お忍びで視察に来た王子さまの目に、道端に立つ人影が留まります。


 足早に行き交う人波を外れて、ぽつんと佇んでいるその人影は酷く目立ちます。しかし、そんな目立つ人影に意識を遣る者は、王子さま以外にいませんでした。


「おい、お前、」


 人影に呼び掛けた声は、向けられた目を見た瞬間に止まります。ペリドットのような、美しいその瞳は、見覚えのあるものでした。


「お前、は……」

「マッチはいりませんか?」


 人影は王子さまの驚きなど気に留めず、マッチで一杯の籠を差し出しました。


「は?マッチ?」


 訳がわからず首を傾げる王子さまに、その子供は言います。


「このマッチをすべて売り切らなければ、家に入れて貰えません。どうか、マッチを買って頂けませんか」


 真冬の夜、雪さえちらついています。子供が着ているのは薄着のぼろで、寒さがしのげているようにはとても見えません。

 そんな格好で、この寒さのなか出歩いていれば、


「お前、死ぬぞ。おい、誰か羽織るものを、」


 護衛の兵士に命じかけて、王子さまは子供に目を戻しました。

 子供に言われたことを、思い出したからです。


 ここで、服を与えることは、簡単です。籠のマッチを買い占めることすら、王子さまには容易く出来てしまいます。

 けれど、それでなにが解決されるでしょうか。


「これが、この国の現実だって言うのか?」


 王子さまは、ペリドットの瞳を見据えて問いました。子供が金緑を細めて、首を振ります。


「いいえ」


 痩せ細った身体の、ひび割れた唇から、か細い声がこぼれました。


「いいえ、殿下。わたしなど、まだまだマシな方ですとも」


 子供は今にも死にそうな顔でそう言って、にっこりと笑うのです。

 王子さまは唇を噛み締めると、自分のマントを子供に着せ掛けます。


 マントの下も防寒のため着込んでありましたが、それでも冬の風はしみました。


「では、この国の現実を見せてくれ」


 子供は頷くと、王子さまの手を取って、この世の地獄へ向けて歩き出しました。

 

 

 

拙いお話をお読み頂きありがとうございます

続きも読んで頂けると嬉しいです

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