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転―2

 

 

 

 ぼたぼたと、キーボードに涙が落ちました。


 画面が白くぼやけて、文字が読めません。


 拭っても拭っても、涙は次から次へと溢れだし、ヒトコの視界をぼやけさせました。


「ごめん、ごめんね、エリカ……っ」


 神さまの言う意味が、ようやくわかりました。


 病気だから、何も出来なかった訳じゃない。ヒトコが何もしなかったから、何も出来なかったのです。


 エリカは、ヒトコを裏切ったりなんて、していなかったのです。

 ヒトコが、エリカを裏切っていたのです。

 エリカを信じられなかったヒトコの心が、あるはずのないエリカの裏切りを、造り上げていたのです。


「わたし、ぜんぜん、可哀想な子なんかじゃ、なかった」


 神さまに同情されるはずがありません。

 だって、ヒトコには、ヒトコ以上にヒトコを信じて、案じて、愛してくれる、最高の友達がいたのですから。


「メールを、開いていれば」


 七月二十日。それが、ヒトコの命日でした。

 ヒトコは知らない話でしたが、ヒトコの両親は、あと一ヵ月持ちこたえていてくれていればと、血を吐くように嘆き悲しんだのです。どうして外国での治療を勧めてくれなかったのかと、主治医の先生を責めたのです。


 誰かが、エリカのメールに気付いてさえいれば、メールに気付いて、動いていれば、ヒトコは死んでいなかったかもしれないのです。


 ヒトコの命を一番諦めていなかったのは、ヒトコの命のために一番考えてくれていたのは、ヒトコが場違いに恨み、妬んでいた、エリカだったのです。

 自分が病気で苦しみ、恐怖しながら、他人の病気を案じ、治療法が開発されたことを喜び、必死に祈る。そんな友人のいるひとが、どうして不幸なのでしょうか。


 病気でも、エリカでもない。ヒトコを不幸に、可哀想にしていたのは、他ならぬ、ヒトコ自身でした。


 ぐいっと涙を拭って、ヒトコは立ち上がります。


 真っ黒な、恐ろしい扉を、睨み据えました。


 気付くのが、遅くなってしまったけれど。


「わたし、諦めないよ、エリカ」


 これまでの繰り返しを思えば、恐怖に心も身体も震えます。

 それでも、ヒトコは真っ黒な扉に、震える手を伸ばしました。




 視野を広げないと。


 エリカに励まされたヒトコは考えます。


 最後の夜だけ頑張っても、駄目なんだ。


 そうして考えてみれば、愚直過ぎる自分の過ちに気付きました。

 ヒトコは今まで、最後の一晩からあとだけをどうにかしようとし続けていました。

 そこまでの人生も、送っているにもかかわらず、です。


 それはもったいない。エリカなら、きっとそう考えるでしょう。


 そうだよね、そもそも、マッチを売りに出なければ良いんじゃないかな。


 考えたヒトコは、最後の夜を回避出来ないかと、試行錯誤を始めました。




「……どうやっても、マッチを売りには行かされるんだ」


 そうして試して、出た結論がそれでした。


 両親に媚びを売る、他の家の養子になる、裕福な家の小間使いになる、教会の孤児院に保護される、修道女見習いになる、ストリートチルドレンになる、お城に助けを求める、etc.etc……色々と、最後の夜を回避しようと試しましたが、どうしても、マッチを売りには行かされるのです。


 まるで、そう、何らかの強制力でも働いているかのように。


「物語の、強制力……?」


 思い返せば、エリカと読んだ小説でも、そんな言葉が出て来ました。

 物語通りの展開になるように、ひとの気持ちや行動に、無理矢理修正が入るのです。


 小さく息を吐いて、ヒトコは頷きました。


「そうだよね、マッチを売らなかったら、マッチ売りの少女じゃなくなっちゃうもんね……」


 つまり、マッチを売りに追い出されて、それでも助からなければいけないのです。


「無茶だよ……」


 ヒトコは両手で顔を覆い、呟きました。


「どうすれば良いの、エリカ……」


 思わず弱音を吐いて、


 ぱちんっ


 そんな自分の頬を叩きました。


「エリカの方が、ずっと辛い挑戦をしてた。今のわたしは、病気じゃない。走れる足がある」


 エリカは、治る薬のない難病と、ずっと戦っていたのです。暖かく安全な寝床が得られれば助かるのだとわかっている現状の方が、まだ救いがあるでしょう。


「病気じゃなくても、健康でいられるとは、限らないんだね……」


 ずっと病気だったヒトコにとって、それもまた、初めて知ったことでした。


「温かいベッドを得るだけが、こんなに難しいなんて」


 じわ、と、ヒトコの目に涙が浮かびます。ヒトコがマッチ売りの少女でなかったとき、ベッドや食事の心配をしたことなんて、ありませんでした。恵まれていたのだと、今ならわかります。


「なんで、こんな……」


 呟いて、気付きます。


「制度が、間違ってるんだ」


 ヒトコの知っている世界、日本では、子供は守られるべきものでした。

 でも、マッチ売りの少女の世界では違います。


「貧しいから、守って貰えない」


 でも、ヒトコは知っています。


「王さまや貴族やお金持ちは、贅沢三昧だった」


 富がない訳じゃない。ただ、平等に配布されてないだけなんだ。

 気付いたヒトコは考えます。


「どうしたら、貧しいひとが、貧しくなくなる?」


 違う制度に従うためには違う国に行くのが一番、エリカはそう言いました。けれど、今のヒトコにはその方法は取れません。前もって制度を変えるのも、物語の強制力の前では難しいかもしれません。


「王子さまなら、国を変えられる?」


 試行錯誤の途中、王子さまとなら会う方法があると、ヒトコは学んでいました。


「マッチを売りに行くのは、避けられない」


 それなら、どうすれば良い?


「マッチを売りに行く先に、助けが来るようにすれば、良い」


 そのためには、どうすれば?


 必死に考え、考え抜いて、それから、ヒトコは真っ黒な扉に手を伸ばしました。

 

 

 

拙いお話をお読み頂きありがとうございます

続きも読んで頂けると嬉しいです

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