表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

残酷な描写がございます

苦手な方はご注意下さいませ

 

 

 

 そうして生まれ変わったヒトコの人生は、散々でした。


 そもそも、病気でほとんど病院から出たことがなかったのです。

 辛い労働も酷い言葉も、虐待同然の扱いも、経験したことがありません。驚いて、泣いて、泣いて、泣きながら耐えて、そうしているうちに、クリスマスの夜に家を追い出されました。


 お腹が空いて、寒くて、悲しくて、病気ではなくても健康とはとても言い難いその身体では、満足にマッチを売り歩きも出来ずに凍え死にました。


「何も出来なかったね」

「だって」


 数年振りに会った神さまは、呆れ顔で言いました。ヒトコは唇を噛み締めて俯きます。


「だって?」

「い、一回じゃ、どうすれば良いかわからない」

「普通、人生は一度だけだと思うけれど?」


 ううぅ~っと唸ったヒトコへ溜め息を落として、神さまは、まぁいい、と言いました。


「一度で出来ないと言うならもう一度行きなさい。何度でも、出来るまでやれば良い」


 こうしてヒトコの、繰り返す一生が始まりました。




 何度も繰り返しても、マッチを買ってくれるひとはいません。


「マッチ売りの少女をハッピーエンドで終わらせろ、なんて、どうすれば良いのかわかんないよぅ……」


 ぽろりとひと粒涙をこぼし、それでもヒトコは前を向きました。

 今度こそ、今回こそ、マッチを買ってくれるひとがいるかもしれない。


「マッチは、マッチはいりませんかぁ」


 けれどか細い声に、耳を傾けてくれるひとなんていませんでした。


「うぅうぅ……寒いよぅ」


 ヒトコの視線が、マッチに落ちます。

 何度も繰り返したヒトコは、知っていました。このマッチを点ければ、まやかしでも温かく優しい世界に浸れることを。そして、このマッチを点けたが最後、物語は不幸な結末に向かうしかないことも。


「まだ、まだ、諦め、ない」


 かたかたと震える身体に鞭打って、ヒトコはマッチから視線をそらしました。

 まばらになり始めた人波に、細く震える声を投げます。


「マッチは、いりませんかぁ。マッチを、買って下さいませんかぁ」


 それでもヒトコに振り向いてくれるひとはおらず、気付けば、暗い夜道にヒトコは独りぼっちでした。

 凍えた身体は、もう一歩も歩けそうにありません。手足は変色し、感覚が消え、痛みも寒さも感じられません。


 ああ、また、駄目だった。


 ヒトコは諦めて、かじかむ手をマッチに伸ばしました。

 最期のときを、せめて温かく過ごすために。




 そうして目を閉じたヒトコは、久し振りに明るい場所へ立ちました。


「本当に、如何仕様も無いね」


何生なんしょう振りかにまみえた神さまが、ぎゅっと片目をすがめて吐き捨てます。


「やる気、ある?」

「だって」

「言い訳は、要らない」


 ヒトコが吐き出した声は、取り付く島もなく切り捨てられます。


「あのね」


 呆れと苛立ちを吐息に滲ませ、神さまが言います。


「今のあなたじゃ、たとえ望む世界に望む立場で生まれられたとしても、望む結果には絶対に辿り着けない」


 険のある声に、ヒトコがびくりと肩を震わせると、神さまは顔にすら呆れをあらわにして、また溜め息を溢しました。


「あなたがどう思っているか知らないけれど、私は随分とあなたに優しくしている」


 なにもない空間にどさりと腰掛け足を組むと、神さまは腕組みしてヒトコを睥睨ヘイゲイしました。


「始めの時点で切り捨てて良かった。そうでなくても、チャンスなんて一回で十分慈悲を掛けたと言えるから、何度でも挑戦して良いなんて、破格の優しさだ。それを、あなたは、何度やっても同じ行動、同じ結果。病気でなければ何でも出来るなんて、大嘘だったの?」


 びくりと震えるヒトコに、神さまは言い放ちました。


「何も出来なかった?何もしようとしなかっただけでしょう。言い訳ばかり、頼るばかり、流されるばかり。少しは自分で考えて、動けない?」


 ヒトコの見開いた目から、涙が流れ落ちました。


 そんなヒトコを、神さまは見下ろし、呆れがありありと滲んだ溜め息を吐き捨てました。


「あなたではなくエリカの願いなら、条件なんて出さずに叶えてた」

「えっ?」


 思わぬ言葉に、ヒトコの涙が止まります。


「エリカ……?」


 どうして、神さまから、エリカの言葉が。


 ヒトコの疑問には答えず、神さまはヒトコになにかを押し付けました。埃にまみれた、ノートパソコン。見覚えのある、それは。


「いくらあなたでもマッチが売れないことくらい、気付いたでしょう。ほかの方法を、考えなさい」


 準備が出来たら行けば良い。


 神さまは知らぬ間に出来た扉を指差すと、ヒトコが疑問を投げる時間も与えず、ふわりと消えてしまいました。

 埃にまみれたノートパソコンを抱え、ヒトコは呆然と立ち尽くします。


 どうして、エリカ?


 違う。


 今は、エリカなんて、関係ない。エリカなんて、知らない。


 ノートパソコンを放り投げ、ヒトコは扉の前に立ちました。真っ黒な扉です。ここを潜れば、新しい人生が始まるのでしょう。


 神さまは、考えるように言いました。何を?


「マッチは、売れない……」


 そうです。どんなにヒトコが頑張っても、マッチを買ってくれるひとはいませんでした。何度繰り返しても、一度も。


「みんな、クリスマス前にマッチくらい用意しちゃうから……」


 だから、マッチを欲しいひとなんていない。マッチをいらないか訊いても、マッチは売れない。


「でも、マッチを売らないと、お金が……」


 そう。それでもヒトコは、マッチを売らなければならないのです。

 お金が、家に入れて貰うためのお金が、必要だから。


「いらないものを、買って貰うには、どうすれば」


 必死に考えても、ヒトコには思い付きません。だってヒトコは、買い物なんてしたことがないのです。なにかを買うひとの気持ちなんて、わかりません。


 普通の子でなかったことが、こんなところでも足を引っ張って、ヒトコはまた泣きたくなりました。


 唸ってしゃがんだヒトコの手に、ふわりとしたものが当たりました。それはエリカのパソコンの、


「赤い、羽根……」


『それ、なぁに?』

『赤い羽根だよ。赤い羽根共同募金。知らない?』


 いつかの会話を、思い出します。


『募金すると、貰えるんだ』

『何に使えるの?』

『別になにも』


「そうか、募金……」


 品物が買って貰えないなら、同情を買って貰えば良い。マッチのためにではなく、可哀想な女の子を助けるために、お金を出して貰えれば。


 ヒトコは意を決して、扉を開けました。




 そして、運命の夜。


「誰か、助けて下さい」


 ヒトコは夜道に向けて、今までとは違った言葉を投げました。


「マッチが売れないと、家に帰れません。どうか、マッチを買って下さい。わたしを、助けて下さい」


 ヒトコのか細い声が、夜道に溶けます。


 振り向いてくれるひとは、いません。


 誰も、聞いてくれません。


 道端で途方に暮れる少女など、目に入ってもいないのです。


「誰か、誰か、助けて……」


 亡霊のような声は、闇夜に飲み込まれました。




「……これじゃ、駄目なんだ」


 ヒトコはまた、扉の前で立ち尽くします。


「まず、話を聞いて貰わないと」


 何を言っても、聞いて貰えなくては意味などないのです。


「そうだ、こんなとき、」


 ヒトコは考えます。物語の主人公たちならば、どうしていただろうかと。


「声を、出すだけじゃ、駄目なら」




「助けて下さい」


 目の前に立ち塞がった見窄らしい少女を見下ろして、道を歩いていた男性は驚いたように足を留めました。


 少女は籠一杯のマッチを突き出して、男性を見上げます。


「このマッチを全部売らなければ家に入れて貰えません。この寒さでは、死んでしまいます。どうか、マッチを買って、わたしを助けて下さい」


 男性は僅かに眉を寄せると、くしゃくしゃの紙幣を一枚少女に押し付けました。


「これで、買えるだけ」

「!、ありがとうございます」


 少女が差し出したマッチを受け取ると、男性は足早に歩き出しました。

 少女は深々と頭を下げて、男性を送りました。男性が立ち去ったあと、顔を上げた少女が呟きます。


「はじめて、売れた……」


 今まで一度も売れたことなどなかったマッチが売れて、少女、ヒトコは寒さが理由でなく頬を紅潮させました。心臓が跳び跳ねて、どきどきと騒いでいます。


 今度こそ、マッチ売りの少女を幸せに出来るかもしれない。


 ヒトコは気合いを入れ直して、真冬の街を見据えました。


 けれど、世界はヒトコに、優しくはありませんでした。


 クリスマスの聖なる夜。見窄らしい少女に施しをしてくれるひとは、少なくありませんでした。けれど、ときに邪険にされ、ときに暴力すら受けながらヒトコが奮闘しても、


「売り切れ、なかった……」


 周りにもうひとがいないと気付いたとき、籠にはまだマッチが残っていました。籠一杯からは確かに減って、もう少しで売り切れそうな。それでも、売り切れていないことに変わりはなく、周囲にひとは見当たりません。

 これでは、家に入れて貰えない。

 マッチを売り切らずに戻った少女を家に入れてくれるほど少女の両親が優しくないことは、うんざりするほど理解していました。

 あったのです。もしかしたらと、売れないマッチを抱えて帰ったことも。

 家に入れて貰えたのは売れ残りのマッチだけで、少女は雪の降る野外に蹴り出され、痛みと寒さに苛まれて息を引き取ることになりましたが。


 そして、ヒトコは気付いてしまいます。


「マッチを売り切ったって、幸せになんか、なれっこない……」


 少女の祖母は優しかったけれど、両親も、兄弟も、少女に辛く当たるだけです。どうにかマッチを売り切って戻っても、彼らが少女の扱いを変えるとは思えません。ただ、一年か、一ヶ月か、それともだった一日か、少女の命が失われるのが、遅くなるだけでしょう。


 売り切って、家に帰って、迎え入れられて。

 それで本を閉じてくれるならば、幸せな結末と言えるかもしれません。

 けれど、本と違って現実は、そのあとも続くのです。


「マッチを、売るんじゃなくて、わたしを、助けて貰わないと……」


 呟いて、ヒトコは少なくなったマッチに火を点けました。


 少なくとも、帰るよりここで死んでしまった方が、辛くないとわかっていたからです。




 そしてまた、繰り返しが続きました。

 違うのは、ヒトコが試行錯誤をし始めたことです。


 マッチを売らず、助かる方法はないか。


 修道会や教会の、戸を叩きました。

 一晩は助けて貰えても、その後、家に帰され、マッチ売りをさぼったことで酷く折檻されました。


 道行くひとに、自分の状況を訴え、どうか助けて欲しいと乞いました。

 出来ないと、置いて行かれるばかりでした。


 小間使いにしてくれないかと、裕福そうな家の戸を叩きました。

 どこの馬の骨とも知れぬ子供は雇えないと、門前払いにされました。


 それが、まだましな人生だったのだと思い知るのは、そのあとのことです。


 助けを求める少女に、裕福そうな男が声を掛けました。

 うちで雇ってあげよう。

 何も知らぬ少女は、一も二もなく頷きました。

 "何"として雇われるのか、知らないままに。


 奴隷として拾われた少女は、人間の尊厳が踏みにじられる様を、ありありと見せつけられました。


 助けを求める少女に、真面目そうな男が手を差し伸べました。

 困っているなら、うちへ来ると良い。

 少女は怖じ気付きながらも、男について行きました。


 男が少女をいたぶって殺そうとしているなんて、気付きもせずに。


 助けを求める少女に、優しそうな男が手を差し伸べました。

 温かい食べ物をあげよう。

 少女は警戒しながらも、男について行きました。


 温かい食べ物と寝床の対価に、求められたのは身体でした。


 助けを求める少女に、身なりの調った男が話し掛けました。

 屋根と食事があるところに、連れて行ってあげよう。

 怯える少女に、男が言い募ります。

 大丈夫、きみの様な子が、たくさんいるところだよ。優しいお姉さんが、色々教えてくれるから。


 少女が連れて行かれたのは、低級な娼館でした。

 女性が浪費される場所で、少女は無惨に散らされました。




 扉を、開けなければ。


 思っても、手が動きません。


 ヒトコはすっかり、世界が怖くなってしまっていました。

 

 

 

拙いお話をお読み頂きありがとうございます

続きも読んで頂けると嬉しいです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ