起―2
ゆっくり目を瞬いた綺麗なひとは、心底わからないと言いたげに問いました。
「誰に?」
ヒトコは怖じ気付きながらも、答えます。
「あなたに」
「どうして?」
「だって、あなた、神さま……ですよね?」
ヒトコの問いに、綺麗なひとはよくわかっていない顔で頷きました。
「確かに、ヒトの言う、神に相当する存在ではある」
目の前のひとが神さまであることに安堵して、ヒトコは続けました。
「あなたが、神さまだから、お願い事を叶えて欲しいんです」
「……」
神さまは、不可解そうに眉を寄せます。
「どうして?」
どうして?
問い返され、ヒトコは言葉に窮しました。
「それは、えっと」
だって、神さまだから。神さまだから、そう。
「神さまだったら、叶えられる、から……?」
自信なさそうに答えたヒトコに、神さまは不可解なものを見る顔を崩さないまま、頷きました。
「確かに、叶えられることではあるけれど」
神さまは、疑問も露に続けました。
「叶える理由がない」
「え……?」
呆然とするヒトコに、神さまが言います。
「ヒトの願いくらい叶えられるし、願い事を叶えることもあるけれど、それは叶えるだけの理由があればの話。理由もなく願い事を叶えることはない」
「理由……」
「あなたは神さまに願いを叶えて貰えるだけの、なにをしたの」
なにをしたのか?
ヒトコは、違う、と思いました。
「わたしは、なにも、出来なかった」
ヒトコの目から、ぽたりと涙が溢れました。
「普通の子が出来ること、なにひとつ、病気のせいで、出来なかった……!」
もっと外に出たかったし、運動もしたかった。遊園地も動物園も海も山も、色々なところに行って、色々なことをしてみたかった。
なにより、学校に、通って、たくさん友達を作りたかった。
「やりたいこと、なんにも、出来なかった……っ!」
しくしくと泣き出したヒトコを神さまは静かに見下ろしました。
「つまり」
静かな声が、ヒトコに落とされます。
「病気で、何も出来なかったから、願い事を叶えて欲しいってこと?病気で苦しんだ、可哀想な子だから」
感情のない声でした。
哀れみも、同情も、蔑みもない、無色透明な声。
そうだ、と、ヒトコは思い、けれどそうだとは言えませんでした。
「病気でなければ、なにか出来たの?」
病気でなければ?
普通の子みたいに、健康な身体があれば?
「なんでも」
そう、病気なんてなければ、なんでも出来た。
病気だから、なんにも出来なかったのだ。
泣き腫らした顔を上げたヒトコを、神さまは棒に留まったトンボのように見返しました。
「わかった」
感情のない声のまま、神さまは言います。
その無機質な声は、温かさも冷たさもなく、なぜか神さまらしいと痛感させられるものでした。
「あなたの願いを叶える」
顔を輝かせかけたヒトコを咎めるように、神さまはただしと続けました。
「ただでは叶えられない。理由がないから。だから、条件を出す。病気でなければなんでも出来たと言うなら、出来るはず」
「そっ」
「嫌だと言うなら、それでも良い。代償も用意出来ない者の願いなら、叶える必要もない」
そんなと反論しようとしたヒトコの言葉を遮り、神さまは言いました。
「願うには対価がいる。それくらい、ヒトにとっても当たり前の話でしょう」
言葉を封じられたヒトコに、神さまは条件について説明しました。
「あなたを物語の主人公に生まれ変わらせる。病気ではない、健康な身体に。あなたはあなたの物語を、幸福な結末に導きなさい。それが出来たら、あなたの願いを叶える」
「物語……なんの?」
「マッチ売りの少女」
そんなの無理だ。ヒトコが言う暇も与えず、神さまはヒトコを生まれ変わらせました。
誰もが当たり前に知っている、不幸な物語の主人公へと。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
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