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起―1

病気の描写があります

が、作者は病気や病院について詳しい訳ではありません


間違った描写、おかしい描写がある可能性があります

ご了承の上お読み下さいませ

 

 

 

 ヒトコ、と言うのはマッチ売りの少女の名前ではありません。


 今はマッチ売りの少女になっている少女の、前世での名前が、ヒトコ、と言うのです。

 現世になってから一度も名前を呼ばれないので、ヒトコは前世の名前を、今も自分の名前として認識しています。


 そんな可哀想な少女は、前世でも、可哀想な少女でした。


 生まれたときから難病を抱え、数えるほどしか病院から離れることが出来ず、痛い注射に苦い薬、恐ろしい手術に耐え、それでも身体は良くならず、中学生にやっとなれるような歳からはついにベッドからろくに起き上がれもしなくなり、ようよう高校生になれる歳を迎えたと思えば、命を失ってしまいました。

 ろくにベッドから離れられもしないヒトコの友達は、両親や祖父母が持って来てくれるたくさんの本です。学校に行くことも、運動をすることも出きず、大人しく本を読むか、絵を描くか、それしか出来なかったのです。


 だからヒトコはたくさんたくさん本を読みました。


 どれだけ読んでも、読んでも、本は尽きることはありません。


 可哀想なヒトコを哀れんで、両親も祖父母も、たくさんたくさん本を持って来てくれたからです。


 寝て、起きて、少しばかりの食事をして、診察を受けて、本を読んで。その繰り返しが、ヒトコの生活でした。


 そんなある日、ヒトコに本以外の友達が出来ました。

 ヒトコ同じように、難病を抱えて入院して来た、ふたつ歳上の女の子です。

 彼女もまた、運動が出来なくて、たくさん本を読む子でした。


「あの子も本が好きなんですって」


 看護師さんの声にその女の子と喋りたいと思ったヒトコでしたが、あまり他人と話したことのないヒトコにとって、二歳も歳上の知らない女の子に話し掛けることは、とてつもなく難しいことでした。


「あなた、本が好きなんだって?」


 もだもだと話し掛けられずにいたヒトコと違い、その女の子はあっさりとヒトコに話し掛けて来ました。

 ヒトコと違い、病症が重くなかったことのあったその女の子は、学校に行くことも出来ていて、同年代の子に話し掛けるくらい、大したことはなかったのです。


「わたし、エリカって言うんだ。あなたは?」

「ヒトコ……」

「ふぅん。ヒトコは、どんな本を読むの?」


 おどおどと答えるヒトコを気にした様子もなく、エリカは気軽に話します。


「えっ?ふ、普通の本……?」

「あはっ、普通の本ってなんなの。どれ?見せて」


 エリカはヒトコの本棚を、ひょいっと覗きました。


「モモ、不思議の国のアリス、ナルニア国物語……児童文学ばっかりじゃん」


 ヒトコの本棚を覗き込んだエリカが、うえーっと顔をしかめます。

 ヒトコはびくりとして、眉を下げました。


「わ、悪いの……?」

「んー?悪くないよ。ただ、真面目だなあって。わたしなんか、最近読んでるのラノベとマンガばっかりだもん。親からは、もっとまともな本読めって、怒られてばっかりだよ」

「らのべ……?」

「知らないの!?」


 首を傾げるヒトコに、エリカは驚いた顔をしました。

 ヒトコは怯みながらも頷きます。ヒトコが知っているのは両親と祖父母が持って来てくれる本だけで、ほかは知らないのだと。


「うわー……え、じゃあ持って来られたの黙って読んでるの?それ、面白い?自分で読みたい本とか、ないの?」

「でも、病院、出られないし」

「病院出なくても本くらい売店で売ってるよ!ネットだってあるんだし、今時イマドキ本屋なんて行かなくたって、いくらでも小説くらい読めるじゃん、紙にこだわらなければさ。紙の本だって、通販で買えるし」


 エリカはヒトコのあまりに小さな世界に驚いて、呆れたように言いました。


「でも……」

「あーそっか、全く知らないから、興味もないんだ!良いよ、あたしのオススメ貸してあげるからさ、読んでみなよ。気に入ったなら、もっと色々貸すし」


 さらなる言い訳を重ねようとしたヒトコに、エリカが笑って言いました。どこまでも明るく、病気なんて思えないくらい溌剌ハツラツとした女の子でした。


 エリカに借りて読んだラノベ、ライトノベルは、とても面白くて、ヒトコはエリカにたくさん本を借りました。あっと言う間に仲良くなったふたりのことを、ヒトコの両親はとても喜びました。病気のせいで友達すら作れないヒトコを、可哀想に思っていたからです。


 エリカはいつでもにこにこして明るい女の子でしたが、ときたまパソコンを覗いて、難しい顔をしていることがありました。


「エリカ?どうしたの?」

「ん?ああ、なんでもないよ」


 けれどヒトコが話し掛ければにっこりと笑って、今日は何を読む?と訊いてくれたので、ヒトコはあまり気にしていませんでした。


 エリカと過ごすのは楽しくて、病気のことすら忘れてしまうようでしたが、病気はヒトコの身体を、着実に蝕んでいました。

 ベッドから出られなくなったヒトコにも、エリカは変わらず話し掛けてくれました。パソコンも貸してくれて、ネット小説を読めるようにもしてくれたので、ヒトコはベッドから出られなくても、ちっとも苦になりませんでした。


 けれど、そんな日常は突然、裏切られたのです。


「ヒトコ」


 いつものようにパソコンを持って来たエリカが、ヒトコを呼びました。


「なあに?今日は、何を読ませてくれるの?」

「今日は、ううん、今日からは、ヒトコが何を読むか決めな」


 いつもと違った静かな声に、ヒトコは首を傾げました。


「どうして?」

「わたしは、いなくなるから」

「え……?」


 目を見開いたヒトコのベッドに手を突き、エリカはヒトコの目をしっかりと見据えました。


日本ココじゃ、わたしの病気は治らない」


 普段の明るさや溌剌さが嘘のように、低く重い声でした。


「日本は医療後進国だ。他国で画期的な薬や治療法が開発されても、日本で認可されるのは何ヶ月後、ううん、下手すれば数年も先になる。わたしは、そんなに待てない」


 いつもと全然違うエリカの声は滑るばかりで、ヒトコの頭には理解出来ません。


「スイスに、わたしがかかってる病気を研究してる施設があるんだ。そこに、被験体として名乗り出た。……実例は多いほど良いからね。受け入れて、くれるってさ」


 ベッドから手を離し、エリカは自分のてのひらを見つめました。


「そんなとこ行っても、何も変わらないかもしれない。むしろ、実験で使い潰されて早死にするかも。でも、今のまま、日本の病院(ココ)でただ死ぬのを待ってるより、ずっと良い。被験体なら真っ先に、新薬を飲めるんだから」


 きゅ、と手を握り締め、エリカがまたヒトコを見据えました。

 いつものように、にっこりと笑います。


「向こうには、服くらいしか持ち込めないんだ。だから、このパソコンはヒトコにあげる。ちゃんとネットに繋がるように設定してあるし、もう、使い方はわかるでしょ?」


 初めて会ったときより少し痩せた手が、ヒトコの肩をなでました。


「小説を読んでも良いし、何か調べても良い。メールだって出来るし、やろうと思えばチャットもスカイプも出来るよ。ベッドを出られなくたって、ネットがあればヒトコは世界中と友達になれる。だから、ちゃんと、自分で考えて、どうするか選びな」


 頭が真っ白で、ヒトコは何も言えません。

 エリカはそんなヒトコに笑い掛けて、こん、と閉じたパソコンを指の背で叩きました。


「ヒトコが、自分で選べる子になることを、祈ってるよ。さて、両親が少しでも長く一緒にって煩いからもう行くよ。じゃあね」


 軽く、ほんとうに軽く、いつもみたいな別れの言葉を唇に乗せて、エリカはヒトコの病室を出て行きました。

 お別れなんて嘘みたいな口調でお別れを口にして、そうして、エリカは二度とヒトコに顔を見せませんでした。


 ふさぎ込むヒトコを慰めようと、両親や祖父母がたくさんの本を持って来ます。

 ヒトコはエリカのパソコンに触れることはせず、持って来てもらった本を読み漁りました。


 エリカのこと、すべてを忘れるように、読み漁りました。

 病気に蝕まれた身体がぼろぼろになって、起き上がることすら出来なくなっても、萎えた指でページをめくり続けました。


 でも、ヒトコが死んだとき、思い出したのは、エリカと一緒に読んだネット小説のことでした。


 可哀想な死に方をしたひとが、転生して幸せになる。

 そんなお話が、ネット小説には溢れていました。

 理由はわからなかったり、神さまが哀れんでくれたからだったり、色々でしたが、可哀想と言うなら、ヒトコほど可哀想な少女もいないでしょう。

 ずっと病気で、治療に耐えるだけの人生で、たったひとりの友達にも置いて行かれて、幸せなことなんてなんにもないまま、二十年にも満たないうちに死んでしまったのです。


 わたしも、幸せになれるのかな。


 転生出来るとしたら、主人公になりたいお話がたくさんありました。

 あのお話も良いし、あのお話でも良い。いちばんは、そう。


 ひとりぼっちで死んだ女の子が、転生して、親友を得て、たくさんの仲間を作って、勇者として世界を救うお話がありました。主人公の親友は主人公がどんなに辛い状況に陥っても、見捨てたりせずに励まし、共に戦ってくれるのです。

 ヒトコを置いていなくなってしまった、エリカとは、違って。


 転生するならあのお話が良い。


 ヒトコが思った、まさにそのときでした。ふわりと視界が明るくなり、目の前に、言い表し様のないほど綺麗なひとが現れたのは。


 思わず、ぽかん、としたヒトコを、綺麗なひとが見下ろします。

 はっとして、ヒトコは声を上げました。


「神さまっ」


 なんて言えば良いのだろう。


 言葉に詰まって、ヒトコは、はく、と口を開閉します。それでもどうにか、ヒトコは言葉を継ぎました。


「わ、わたし、願い事が、あって……」

「そう」


 綺麗なひとは、声までこの世のものとは思えないくらい綺麗でした。

 またほうけてしまいそうになったヒトコでしたが、ふるふると頭を振り、お腹に力を入れました。


「わたし、転生したいお話があるんです。『ライカ・ギュスターヴの数奇な一生』って言うお話なんですけど」

「ふぅん」


 気のない返事に、ヒトコは困りました。小説の神さまは、もっと友好的だったように思うのに、この綺麗なひとは綺麗なばかりで、ちっともヒトコに優しくありません。

 困り果てて目を泳がせるヒトコに、綺麗なひとは首を傾げて見せます。


「それで?」

「えっ?」

「願い事があって、転生したいお話があって、だから?」


 雲行きが怪しいことに、ヒトコは気付いて不安になりました。

 この綺麗なひとは、ヒトコの願いを叶えるために現れたのでは、ないのでしょうか。


「だから、あの、」


 不安を覚えると、お願い事を目の前のひとに言うことが、とてつもなく図々しいことのように思え始めます。


「願い事を、叶えて欲しい、です」


 綺麗なひとは、ゆっくりと、目を瞬きました。

 

 

 

拙いお話をお読み頂きありがとうございます

続きもお読み頂けると嬉しいです

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