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スパイならぬ魔物園の経営は大変らしい  作者: こすもどり&無頼 チャイ
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 時間は飛ぶように過ぎて行く。

 何せ、渚が置かれた場は想定よりも興味深く、そして何よりも信じ難い夢のような光景だったからだ。

 まず、ここが魔界や人間界ではない、全くの別世界だということ。もはや先ほどの決意などどこかに投げ飛ばして、異世界旅行としゃれこんでしまいたいぐらいだった。

 とは言え、流石に他人の体というのは申し訳が立たない上、自分の体のことも気になるので最悪の事態でもなければ断念せざるを得ないわけだ。いや、最悪であって最高の事態なのか。


「異世界旅行計画は置いときまして……せめて、この森――エントの住まう賢者の森ぐらいは散策したいところですね」

「あ、ナギサっちが早速揺るぎかけてるよ」

「唐真様とは比べようもなく、動じない方ですよね、渚様は」

 既に日が傾きかけている外を見やり、渚はまだ見ぬ世界へ思いを馳せる。

 ヨーンには既に渚の性格が看破されてしまっているらしく、呆れた顔でそちらを見るのはやめてもらいたい。ランが浮かべるのはどちらかと言えば感心だろうか。


 そもそも、人並み以上に大きなルンちゃんやら、獣耳(ケモミミ)と尻尾、アザラシ少女と来ても動揺を見せない渚がいささか特殊すぎるのだろう。

 もちろん、いきなり異世界の別人と体が入れ替わって戸惑わなかったわけではない。魔物とスパイなんぞしていることに加え、これまにも様々な経験を得たので、なんとか表情に出さなかったというだけである。

「賢者様ともお会いしたいところですけどね。夜は危険ということなので、明日にでも時間があれ、ば」

 チラリとランを流し眼で見つめる渚。


 普段の渚本体では仕事仲間の同性愛者一名を籠絡(ろうらく)するのがやっとだろうが、今は吉原(よしはら) 唐真(とうま)という男性の体を借りているわけである。もしかしたら、唐真も渚の体を使ってうまい具合にやっているのではないだろうか。

 操は守っていただきたいところではあるが。

「え、えっと、はい……。お弁当を用意しておきますね」

 そんな様子を見て、ヨーンがアザラシの皮を握りしめながら渚と距離を取ろうとする。


「……」

「ヤダなぁ。さすがの私でも、無理やり皮を剥ぐような真似はしませんよ」

「自主的に脱ぐよう仕向けたりはするんでしょう?」

「ひゅ~ひゅ~」

 どうやってアザラシの皮の下を見るか思案していることがばれていたので、渚は口笛を吹いて誤魔化す。


 そんなことをしている間に、日が暮れて薄闇が森を覆う頃となる。そこで、漸く一人の少女が帰ってきた。待望のキメラの子供を連れて――否、元の体に戻る方法を知っているかもしれない魔女だ。

 見た目は十代前半で、赤いストレートのロングヘアーが特徴的な美少女である。後は緑を基調とした魔法少女スタイルとでも言うべきか。

 総合的に、この森における容姿の偏差値が高すぎる気がする。キメラの子供であるトラ風の子猫と子ヤギを足して割ったような生物も、可愛らしさの中に凛々しさが入り混じり始めている。


 ちなみに、断じて言っておくが、大きさはヨーン、ラン、渚、アルモの順である。

「……ッ」

 一人、どうでも良いことにガッツポーズを取っている渚。

「ただい、ま……。何ですか、アタシの帰りを雁首揃えて待ってたんです? 唐真は何がそんなに嬉しいんですか?」

 当然、何も知らないアルモは不思議なお出迎え程度にしか見えないだろう。


「お帰りなさい、アルモさん。お待ちしておりました」

「アルモッち、お帰り。帰ってすぐで悪いけど、一大事だよ」

 渚を横眼に、ランとヨーンが事情を説明し始める。

「一大事? ついに私がラミージュ様に認められたか? それとも、唐真が何か――そうですね、お風呂でも覗きました?」

 いったい、アルモの中で唐真という人物はどうなっているのだろう。たぶん、ただの友達感覚で発言しているだけなのだろうが。ついつい、ランに叩かれた頬を確認してしまう。


「惜しい。トウマの件なのは間違いないし、ラミージュ様の手を借りたいぐらいなのは確かだね」

「信じ難い話かもしれませんが――」

 しばし説明と、アルモの確認事項ならびにいくらかの問答が続く。

どうやら魔力、渚で言うところのマナをアルモは感じ取れるらしく、唐真から発されるそれが別モノだと確認するだけで直ぐに信じてもらえた。

 ココロはまだ信じ難いと言わんばかりに、渚の周囲をグルグルと移動してみたり、興味深そうに匂いを嗅いでくる。

「……」

 可愛い。


「しかし、魔女だとしたらとんでもないことですよ、それ。無数にある魔術の大系上、精神を入れ替えるものは存在するかもしれません。けれど、唐真の居たと思しき世界とこちらの世界、両方でそれをこなすほどの腕があると見て間違いないでしょう。蜃気楼の魔女ことラミージュ様こそが至高と信じてますが、それに匹敵するだけの存在である可能性は考えておいてください」

 アルモを含む三名が信じられないのは、そっちの方が大きいようだ。


「わかりました。しかし、それは裏を返すと、私が元通りになれる可能性がかなり低いということですか? 魔女の仕業じゃない、という可能性の案が出てこない辺り」

 そう、渚にとって重要なのは戻れるか戻れないか、だ。

「そ、それは……何とも……。これから調査はしてみますが、期待はしないでください、ということです……」

 アルモの自信なさげなセリフに、渚は胸の前で腕を組んで溜息を吐く。


 焦っても仕方ないことなのだろう。

 それに、こちらで解決方法がわからずとも、もしかしたら渚が住む側の世界でなんとかしてくれるかもしれない。そういう、楽観的な見込み、希望的観測が渚にはあってしまった。

『……』

 渚は、ラン、ヨーン、アルモ、ルンちゃん、ココロに神妙な表情で見詰められながら思案する。


「とりあえず、ご飯にしませんか?」

 考えて渚が出した結論は、それだった。

 腹が減っては何とやら、だ。

「えぇッ?」

「うわぁ、ホント動じないね。ナギサッちは」

「いったい何者ですか……渚は?」

 昭和時代のズッコケという三人の見事な呼吸を見つつ、渚は椅子から立ち上がる。ルンちゃんもこういうノリがわかるのか、ズッコケの真似をしてくれている。

一匹だけ、良くわからないといった様子で首を傾げるココロが可愛い。


 しかし、何者かと問われても、ただの二十歳そこそこの女だ。別世界で魔物達とスパイをしているだけの、ただの人間である。

「別に、魔物から見て人間と呼ぶものに違いはないはずだけど?」

 その時の、彼女らの怪訝な表情は忘れられないかもしれない。

 だが、そんなことよりもまず、渚は空腹を満たしたかった。こちらの世界の食事が、いかほどのものかも確かめたかったのだ。

 知識欲とは、いかんとも抑え難いと思う。その所為で、懐きかけたココロに嫌われてしまった話は割愛させてもらう。


§


 素直に表現しよう。

 こちらの世界の食事は、意外と普通だった。渚の居た世界と比較しても、食材の見た目が少し異なることを除けば味は食べたことのあるいずれかに酷似している。この世界独特の食べ物がなかったわけではないものの、劇的に美味しいとか不味いということもない。これまで食べたことのある食材を足し引きして2とか3で割ったくらいだろうか。


「あ、あの……お口に合いませんでしたか?」

「う、うん……いえ、美味しいですよ。見事な腕前と言わざるを得ないくらいに」

 期待はずれだったことが態度に出てしまったのか、不安げなランに問いかけられる。

 渚は心からの称賛を返す。


 食材の味などは想像を逸脱しないまでも、ランの調理技術は相当のものだ。世界的な料理人の料理と比べるのは酷だろうが、家庭料理という枠に留めるのは勿体無い工夫が凝らされている。一介の市民である渚が、世界的な料理人の作ったものを食べられることなどそうそうありはしないが。

「あ、ありがとうございますッ」

 客人に誉められて嬉しいのか、唐真に褒められる形が嬉しいのかは言及しないでおこう。


「ランさんは、料理に限らず家事全般がお得意なんですね。私も家事を手伝うことはありすが、他の方と同じく補佐が精いっぱいといったところですから」

 そう、この家で家事を取り仕切っているのはランだ。それをヨーンやアルモ、唐真がサポートする形で回している。時にはルンちゃんもいるし、癒し担当がココロである。

 かといってランも専業主婦というわけではなく、その獣耳や尻尾に違わぬ狩猟能力もあり、一日の糧を自らの手で採ってきているらしい。いわば、仕事もして家事もやっているわけである。


 果たして、そんなランのために唐真という人物はどんな役割があるのだろうか。

「つかぬことを伺ってよろしいですか? その、唐真さんはどうしてこちらの世界に?」

 あまり唐真達の都合に首を突っ込むのは良くないと思いつつも、渚は気になったことは尋ねなければ気が済まない性分になってしまったのである。

 ラン達の反応は思ったよりも軽いもので、言ってませんでしたか、みたいな表情をしながらも説明してくれる。


「誤解を解いていただくためです」

「誤解?」

「えぇっと、魔物は私達のように人型をした者、ルンちゃんやココロのようにそのままの姿でいる野生の者、と分かれています。魔王が滅ぼされ、人間と争う必要が無くなってから長い年月が経ちました。ですから、私達は人間と仲良く暮らせるのだと、争い合う関係ではないのだと、誤解を解いていただくために唐真様をお呼びしたのです」

「なるほど。それで、上手く行ってるんですか?」

 淡泊に尋ねた言葉だったのは、渚が内心を押し隠そうとしていたからだ。


「まだ、計画の途中といったところでしょうか……。ラミージュ様を含め、何人かは魔物の全てが危険でないことを分かってくださっています。しかし、魔物と関わったことのない人の多くはまだ悪感情を抱いています」

「うん、うん。それで、どういう計画なんですか?」

「動物園というものを模して、魔物園を造るという計画です」

 そこまで聞いて、渚は胸中で溜息をついた。渚の性格が悪ければ、失笑の一つでも浮かべていたかもしれない。


 唐真という人物がどれほどの人間なのかはわからないが、問題は彼の実力や能力といった点ではない。もしかしたら、人間も魔物、どちらをも掌握し得るだけの気質であればそれも可能かもしれない。

 渚とて、それが絶対に不可能だと言いたいわけでもない。

 現にラミージュやアルモ、唐真と言った面々とも分かりあえているし、ここにいないだけでまだ幾人かはいるのだろう。確執があろうとも、長い年月の末に手を取り合える関係を築けるはずだ。


 魔物園というのも、見世物ではなくふれ合い広場といった意味合いだろう。

「上手くいくと良いですね」

 渚が返せる言葉は、それだけだった。

「はい。唐真様なら、やってくださると信じています。唐真様と同郷である渚様は、何か案などありますか?」

 そう問われても、渚に出せる案など一つもない。


「ごめんなさい。動物園とかは小さい頃に行ったきりなので、どうすれば良いとかはわかりません。唐真さんを信じているなら、彼を助けて突き進めば良いと思います。ただ、重要なのはどんな結果でも受け入れる覚悟ではないでしょうか」

 渚が言えるのはそこまでだ。

 人と魔物がわかり合おうとした先にある結末を、ただ受け入れる。その心構えを教えておくぐらいしかなかった。

 唐真がそれを理解しているのか。ランは、それを理解した上で唐真や他の人間を巻き込んだのか。


「そうですか。また、何か思いついたら忌憚なくおっしゃってください」

「はい。でも、大して力になれないと思いますので、期待はしないで欲しいですよ」

「さて、ランランは先にお風呂へ行ってきたら?」

 どこか淡々とした会話に、ヨーンはなんとなく察している様子であった。

 先にランを遠ざけ、話が切り上がったところでアルモも調査のために三階へ向かうと踏んでいたのだろう。ヨーンにソファーへ寝っ転がられてしまうと、渚は唐真の部屋を借りるかリビングで待つしかなくなる。


「寝ていい?」

 この一言がかなりの曲者である。

「どうぞ」

 と答えるワンテンポの分だけこちらの動きが阻害される。

「ここからは寝言なんだけど……ナギサッちはランランのやろうとしてることを良く思ってないみたい。悪いという意味じゃないけど、心底応援したいとは思っていないのかな」

「独り言ですが、私はランさんの目指すものの先に、決して彼女や唐真さんの思い描いているような幸せはないと思っています。いえ、そうはならないと経験上わかっているんですよ」

 しばらくは寝言と独り言の応酬だった。会話のように聞こえるならば気の所為で、ヨーンと渚は互いに目を合わせることもなく口を開いている。あくまで寝言と独り言だ。


「……何かあったんだね。それなら、もっと具体的に忠告してあげたら良いんじゃないかな?」

「自分で気付かないと意味がないことですからね」

「ナギサッちは、優しいけど厳しいよね。ここで教えておけば、引き返せるチャンスがあるかもしれないのに、トウマが戻らないことを前提にしちゃってる」

「どちらか一方が『もうやめる』と宣言して終わる話でもないではありませんか」

「そうだね。絶対にどちらも食い下がるね」

「説得したり、忠告するのに労力を使うほど私に余裕はありませんからね。後、純粋に私がそういう独りよがりな押しつけが嫌いだからですよ。本当にすべての魔物がそれを望んでいるのかも考えずに、大規模にやるべきじゃなかったかと」

「あぁ、ランラン個人が人間と仲良くすることを望むならアドバイスの一つもしてくれたんだ」

「人間と仲良くなることが、全ての魔物にとって必ずしも幸せとは限りませんからね。ランさんは大局を見ている所為で目先にある大事なモノを忘れてしまっています」

「ランランと唐真が幸せにさえなれば大団円ってこと?」

「究極的には」

 締めくくってみて、本当に極論だと渚も呆れる。


 後はいかに副次的な幸福が周囲で生まれるか、それがどこまで広がるかの問題でしかない。幸福を受け取りたくない奴は受け取らずにいて良い。発案者が幸せになれない計画など倒れてしまった方が良い。

「夢を見ちゃうぐらい、唐真さんには期待してしまうんでしょうか」

「さて、ね。それでさ」

「はい?」

 もし元の体に戻れて、向こうでどんな人物なのか話が聞けたのなら良いな。そう思いを馳せていると、ヨーンがジッとこちらを見つめてくる。

「寝て良い?」

 ヨーンのそれが、ローンという魔物としての性質なのか、個性なのかを判別することができなかった。

 渚は、苦笑を浮かべながら「どうぞ」と返すのだった。


後半へ続く。

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