5 剣術指南
勇者召喚された2日目。
「騎士コンラットであります。本日より勇者様の剣術指南役を務めさせていただきます」
前日に国王様との謁見で魔王軍と戦うことを約束した僕たちだけど、早速そのための行動を開始することになった。
もっとも異世界物のお約束というわけか、この世界では異世界から召喚された勇者は、ステータス補正を受けていても、実際の戦闘技術は全くもっていない、戦闘のド素人と考えているらしい。
まあ、普通の日本の学生が異世界召喚されて、いきなり剣や槍を振り回して戦えるなんてになったら、そいつはまっとうな日本人でなく、戦国時代からタイムスリップして現代にやってきて、さらに異世界召喚にも出くわすような人だろう。
と言うわけで、素人相手に戦い方を指南するため、僕たちに剣術の師匠として、騎士のコンラットさんがつけられた。
なおコンラットさんだけど、青い騎士鎧を着た金髪碧眼。
年齢は18歳くらいかな?
爽やかイケメンで、白い歯が光り輝きそうなほど眩しい。
そして、
「クッ、身長差が……どうしてここまでの身長差が……」
剣術指南どうこうより、コンラットさんが長身であることに、僕は小さな声で呪詛を呟き続けた。
世の中とは不公平すぎる!
どうして、僕の身長は伸びないんだ!
「勇者様、どうかしましたか?」
「い、いえー、何でもないですよー。アハハハー」
僕の行動を不審に思ったのか、コンラットさんが尋ねてくる。
けど、僕はちっとも気にしてないから。
……身長差の事なんて。
ああっ、自分でも外っ面をよくしようとする自分の性格が恨めしいー。
「ホホホッ、シオン様はコンラット様の身長が羨ましいのですわ」
――グサッ
僕の本心を理解してるリゼが、馬鹿正直に真実を告げやがった。
「なに、勇者様はまだ成長盛り。身長ならば、これからドンドン伸びていきますよ」
「そうですよね、絶対に僕も背が伸びますよね!コンラットさんに負けないくらい!」
「え、ええ。そうに決まってます」
僕が勢いをつけてコンラットさんに迫るものだから、ちょっと引かれてしまった。
でも、僕にとって身長は、超重要事項だから!
まっ、それはそれとしてだ。
「では、まずは勇者様の実力を確かめるため、私と剣の打ち合いをしてみましょう。試合に使う剣は、刃を潰したなまくら剣ですので、当たっても切れることはありません。それでも当たり所が悪いと、死んでしまう危険があるので注意してください」
早速、剣の実力確認ときた。
しかしコンラットさん、最後に物騒なことを言うねぇ。
まあ、魔界だったら、武器なんか使わなくても拳の喧嘩で、
「あ、ごめん。ちょっとミスっちゃった」
ってノリで、死傷者が出ることがあるけど。
でも、コンラットさんと剣の打ち合いか。
僕としては弱い者いじめ。いや、"弱すぎる者"いじめは、したないんだけどなー。
何しろコンラットさんだけど、魔王城の門番より、絶対に弱い。それもただ弱いなんてレベルでなく、超弱い。
それはステータスを確認するまでもない。
例えコンラットさんが100人いたところで、うちの門番一体にすら勝つことが出来ないだろう。
勝つと言うか、プチっと潰されてお終いだ。
何しろ、うちの城の門番だけど、全長20メートルの汎用ミノタウロス型自律オートマーターだ。
つまりは人型巨大ロボ……と言いたいけど、頭はミノタウロスの形をしているので、人型でなかった。
あのミノタウロスロボは、アダマンタイトで全身が出来ていて、一度使うと二度と元に戻すことが出来ない、ロマン仕様のロケットパンチを装備している。
父さん曰く、「これはロマンだから、絶対に外すことが出来ない武器」とのこと。
人間の軍隊相手なら、ただ前進させて突っ込ませるだけで、「見たまえ、人が"蟻"のようだ」って感じで、プチプチ踏みつぶすことが出来た。
もっとも僕だと、ミノタウロスロボ相手に、片手で圧勝することができる。
というか昔お手玉みたいにして空中に飛ばして遊んだら、その後物凄く怒られてしまったことがある。
さて、我が家の門番ロボの話はここまでにしよう。
「本当に、僕と剣の打ち合いをするんですか?」
「ハハハ、手加減はするので安心してください」
……あ、うん。
僕のことを弱いと勘違いしてるね、コンラットさん。
僕、これでも魔界のプリンスだよ。
背丈と女の子みたいな外見のせいで、弱いと勘違いされることが多い。
でも見た目だけで、勘違いしないで欲しいなー。
とはいえ、コンラットさんは僕と剣の打ち合いをする気満々。
「はあ、仕方ないか」
というわけで、僕はやる気が出ないけれど、試合用の剣を手にして、コンラットさんと試合をすることにした。
なお、リゼたちは観客に徹しているけど、戦う前から結果が分かっているので、戦いの中身には全く期待してない様子。
リゼはニコニコと、絶はあまり興味なさそうに、ヤヌーシャは無表情にポッキーのチョコレート部分だけを舐めていた。
「さあ、勇者様、かかって来てください!」
「いえ、コンラットさんの方からどうぞ」
やる気満々のコンラットさんには悪いけど、超手加減してあげよう。
「では行きますよ!」
コンラットさんは僕の実力を全く理解してないようで、笑いながら僕に向かって剣を繰り出してきた。
うわっ、超遅い!
油断しているのもあるけど、コンラットさんの繰り出してきた剣は、僕の目にはスーパースローにしか見えなかった。
僕の速さに関するステータスは、バグ染みた桁数なので、数えてすらいない。
そもそも騎士とはいえ、ただの人間の振る剣なんて、僕からすれば亀が歩く速度より遅くしか見えなかった。
まあ、これはあくまでも例えだ。
本物の亀よりは、剣の速度の方が早いよ。
――ヒュンッ
僕はコンラットさんに合わせて、手にした剣を超スローで振った。
そしてコンラットさんの剣を、剣で受け止める。
――ガキーンッ
と思ったら、思っていたより早く振りすぎたようで、コンラットさんの剣と僕の剣が接触した瞬間、2本の剣が衝撃に耐えられなくて、接触した個所から折れてしまった。
「グウッ、腕が痺れるっ」
剣が折れてしまうほどの衝撃を受け、コンラットさんは腕を押さえて地面に片膝をつく。
「すみません、ちょっと手加減が緩かったみたいです」
「て、手加減!?」
「少し力を入れすぎたみたいです。そのせいでコンラットさんの剣だけでなく、僕の剣まで折れてしまいました」
「……」
いけないなー。
僕は手加減して、コンラットさんの剣だけ折るつもりだったのに、力を入れすぎたせいで、僕の剣まで折ってしまった。
はあっ、ただの"鉄の剣"って、本当に折れやすくて困るなー。
てか、僕が使うとミスリルの剣でも簡単に折れてしまうので、最低でも"不壊金属"製じゃないと困る。
いつも使ってる武器は、"オリハルコン"素材でできているしね。
「コンラットさん、次はうまくやるので、もう1回お願いします」
「えっ、これだけ強いのに、うまくやるって一体何を!?」
「次は、うまくやりますから。ヒール」
まだ腕が痺れていて、満足に動かせないコンラットさん。
もしかすると、腕の筋を痛めてるかもしれない。
僕は回復魔法を掛けて、腕の痺れを直してあげた。
大天使の加護持ちなので、回復魔法は僕の十八番だ。
母さんが大天使なのが、こういう時にとてもありがたいね。
「勇者様は剣だけでなく、回復魔法まで使えるのですか!」
「ええ、これくらい簡単ですよ」
腕の痺れなんてお茶の子さいさい。
それどころか切断された腕を元に戻したり、死にかけの重病人を回復させたり、寿命以外で死んだ人を、集団で蘇らせることもできる。
大天使の加護は半端ないスキルなので、世にいう奇跡と呼ばれる現象を起こすことが出来た。
そのことをコンラットさんに正直に告げるつもりはないけどね。
「では、次は手加減なしで。私の方が、勇者様の胸を借りるつもりで挑ませていただきます」
先ほどはコンラットさんも油断していたけど、僕との実力差を少しは理解したようだ。
僕の方が圧倒的に格上と判断して、次の試合はコンラットさんが油断なく、僕に剣を振り下ろしてきた。
グッ。
僕相手だと身長の差のせいで、コンラットさんは上から下に剣を降り下ろすしか戦いようがないんだ……。
そして先ほどの試合で使った剣は2本とも折れてしまったので、僕もコンラットさんも新しい剣を手にしていた。
でも、僕の目から見れば本気になったコンラットさん剣も、先ほどと変わらず、超低速亀さんの歩行速度に等しい遅さ。
あまりに遅いので、その間に退屈で欠伸しながら、漫画一冊読んでいられるくらいの、超ノロノロ剣だ。
僕が本気になれば、一秒未満で瞬間マンガ読みなんてこともできる。
ま、そんな役に立たない特技を普段から使わないけど。
――キーンッ
そしてコンラットさんの剣を、僕は再び受け止めた。
受け止めるというか、剣が接触した瞬間コンラットさんの剣だけが折れ、僕の剣は折らずに済んだ。
「クッ、またしても剣が折れた!」
「よかった。さっきより力を抜いたので、僕の剣は折らずに済みました」
「……」
よかったよかった。
コンラットさんと僕じゃあ、剣の技量がどうこうの次元じゃないからね。
だけどそんな僕に対して、コンラットさんは金魚の様に口をパクパクさせて、唖然としていた。
「ゆ、勇者様は、自分などとは桁外れに強いのですね」
「ええ、そうですよ」
驚いてるコンラットさんだけど、何を当然のことを驚いてるんだか。
コンラットさんが僕と戦うなら、最低でも魔王と戦うくらいの、悲壮な決意を持って挑んでこないとダメだよ。
僕は魔王ではないけど、それだけの実力差が、僕たちの間にあるからね。
こんなわけで、僕の実力は文句の着けようがないと理解してもらえた。
けど、
「勇者様だけでなく、そのご一行であるリゼ様達も、女性とはいえ戦えるだけの力を持たなければなりません。そうでなければ魔王軍と戦っていくことが出来ないでしょう」
鍛えられる予定だったのは僕だけでなく、リゼたちまで入っていた。
「私たちの実力ですか。フフフッ、コンラット様は面白いことをおっしゃられますわ」
「リゼ、絶、ヤヌーシャ。間違っても本気を出しちゃダメだからね。あと、ちょっと手元が狂って、人死に出すのもダメだから」
「ええ、分かっておりますわ。シオン様」
自分たちの実力を疑われたことに、リゼは笑っていた。
笑っているんだけど、いつものように目だけが全く笑ってないんだよ。
リゼのあの笑顔って怖い。
――ゴクリッ
その笑みに込められた迫力は僕だけでなく、コンラットさんにも理解できたよう。
今更ながらコンラットさんも、不味い気配を感じ取ったようだ。
「コンラットさん大丈夫です。たぶん、死ぬことはないですから。たぶん」
「勇者様、それは一体どういう意味ですか?」
自信が持てないので、たぶんと二度言ってしまった。
まあ、仮に死んでしまっても、僕が蘇生魔法で生き返らせるから大丈夫。
「ウフフッ、相手になって差し上げますから、どこからでもかかってきてくださいな」
と言うわけで、リゼとコンラットさんの試合が開始されることになった。
試合開始。
「ハアアアッ、全力の一撃でいきます」
それと同時に、コンラットさんは僕と戦った時以上の気迫で、リゼに必殺の一撃を入れた。
女の子相手にやる気迫の込め方じゃないけど、リゼが相手だからね。
だけどコンラットさんの気迫は無意味だった。
リゼはコンラットさんの剣を、素手で受け止める。
正確には人差し指と中指の2本の指で挟んで、あっさりと受け止めてしまった。
――ポキッ
そして2本の指の力だけで、コンラットさんの剣を折ってしまう。
「あら、脆い武器ですわね」
「そ、そんな!鉄の剣を指で折るなんて……」
ガクリと両膝をついて、うな垂れるコンラットさん。
でも剣が折れただけでよかった。コンラットさんがリゼに一方的にボコられて、ボロ雑巾にされるなんて展開にならなくて。
そしてリゼの後には、絶がいたけど、
「僕と戦うのは止めた方がいいよ。こうなるから」
そう前置きして、絶は片足を天へと向けて振り上げ、それから地面へ向かって振り下ろす。
いわゆる踵堕とし。
それにしても体が柔らかくて、見事な開脚だ
足を持ち上げた瞬間、絶のゴスロリドレスの下に履いている、純白のシルクパンツが見えた。
ゴスロリドレスを着ていても、リゼとは違って、絶の心は清らかだからね。
――ズドンッ
そして重たい音が下かと思うと、絶が足を振り下ろした地面から、土煙が巻き起こった。
「ゴホッ、ゴホッ、これは一体……」
土煙をまともに吸い込んだようで、コンラットさんは苦しそう。
しばらく舞っていた土煙が晴れた後、そこには絶の踵堕としによってできた、直径1メートルの穴が出来ていた。
「……」
「ねっ。僕と戦ったら、コンラットさん死んじゃうよ。……というか、原型が残るかな?」
「ぜ、絶殿は強化魔法の達人なのですね……」
人間から見ると非常識極まりない絶の攻撃力を前にして、コンラットさんはそれだけ答えた。
「え、強化魔法なんて使ってな……」
「絶、もう勘弁してあげようね」
この一撃だけど、絶は強化魔法なんて使ってない。
魔法抜きの単純な身体能力だけで、この破壊力を持っている。
しかもこれで、全然本気じゃないときた。
世の中には"金持ちの友達は金持ち"なんて言葉があるけど、魔界のプリンスである僕の友達も、これくらいの破壊力を当たり前に持っているわけだ。
とはいえ、これで絶の戦闘力も把握できただろう。
「コンラットさん、あとはヤヌーシャがいますけど、どうします?」
「ポリポリポリ」
「あっ、ヤヌーシャは面倒くさいから嫌だそうです」
相変わらずポッキーにしか興味のないヤヌーシャ。
ただ食べてるだけだったけど、これ以上コンラットさんが戦うのは気の毒すぎるので、僕は助け舟を出してあげることにした。
それにリゼと絶は超手加減していたけど、ヤヌーシャはそういうことをしないので、コンラットさんと試合させると、物凄く不味い。
「ゆ、勇者様ご一行の力は、私などがはかる必要もないですね。ハ、ハハハ……」
コンラットさんにしても、もう僕たちの実力は試すだけ無駄と理解したらしい。
というわけで、戦意喪失したコンラットさんは、ヤヌーシャとの実力試しはしなかった。
ふう、良かった。
ヤヌーシャと戦いになったら、普通のパンチだけで、コンラットさんの体が鎧ごと貫通して、弾け飛びかねなかった。