3 大公と伯爵
召喚されたその日は、国王様のクソつまりない我が国自慢と、王女様とのお菓子タイムで終わってしまった。
お菓子タイムの後は、もう夜だよ。
「勇者様もお疲れでしょう。部屋を用意しましたので、ごゆるりとおくつろぎください」
城に仕えているメイドさんに案内されて、客間で休むことになる僕たち。
「なぜ、私たちとシオン様の部屋が別なのですか?」
「それはもちろん、男性と女性だからです」
僕とリズたちが別室であることに、リゼが突っかかる。
"男女七歳にして席を同じうせず"。
さすがにそこまでじゃないけど、性別が違うのに、夜に同室だとまずいよね。
「チッ、仕方がないのでシオン様の寝込みを襲いましょう」
「リゼ、聞こえてるから」
「ホホホ」
笑ってごまかせるレベル超えてるけど、ま、いいか。
「……」
なお僕たちを案内してくれたメイドさんは、とてもよく教育されていた。
リゼのトンデモ発言に突っ込みを入れず、沈黙で答えてくれた。
「異世界って、進んでいるのね」
訂正!
部屋に案内した後、別れ際そんなことをぽつりとこぼして、メイドさんはいなくなってしまった。
さすがに地球でも魔界でも、家族でない男女は別々の部屋で寝るからね。
そこは勘違いしないでほしいなー。
そして案内された部屋だけど、大きさはまあまあと言ったところ。
魔界にある僕の寝室に比べればかなり狭いけど、地球に"異世界留学"していた頃に住んでいた部屋に比べれば、かなり広い。
まあ、異世界留学と言っても、実はおじいちゃんの家だけど。
僕の家系って、先祖代々異世界召喚される体質らしくて、おじいちゃんは異世界で勇者した後に日本に帰ってきたパターン。
父さんの場合は異世界に居ついて、そのまま世界征服を成し遂げて魔王に収まってしまったパターンだ。
そして父さんも僕も、普通に異世界転移の魔法が使える。
けど、勇者と魔王なせいで、おじいちゃんと父さんは、微妙に仲が悪かった。
それはそれとして。
「あら、わたくしのベットのシーツに皺がありますわ!」
「リゼ、そんなこと指摘してたら、小姑みたいだよ」
「ホホホ。絶、それはわたくしの事を、年増だと言いたいのかしら?」
「ええっ!そんなこと全然思ってないから!」
僕は一人部屋だけど、リゼたちがいる隣部屋から、壁越しに女性陣のやり取りが聞こえてくる。
「ちょっとヤヌーシャ。ベットの上でお菓子を食べないでくださいな。シーツが汚れるでしょう」
「ポリポリポリ」
「イヤだわ。人の話を全然聞かないんだから」
なんだかんだで、リゼたちの部屋は賑やかだ。
ふうっ、そうなると僕だけ一人部屋なのが寂しいなー。
まあ、この部屋には現在僕だけでなく、
「大公と伯爵は、これから何をすればいいか分かってるよね」
と、僕は自分の影に向かって話しかける。
「クククッ。殿下は、この国を乗っ取られるつもりですかな?」
僕以外の誰もいない部屋の中、影から低くしわがれた声が返ってきた。
「そうだね。とりあえず勢いで、パパーっと乗っ取っちゃおうか」
「勢いで乗っ取る……ですか」
続いて返ってきた声は、先ほどのしわがれたのとは別の声。こちらはもっと若い男の声だ。
ただ、声に呆れが混じっていた。
「父さんも異世界召喚されて正式に魔王になる前に、気が付いたら国を2、3個乗っ取ってたとか言ってたから、僕もそれを真似してみようと思ってね」
「それは愉快、実に重畳ですな。この国を支配した後は、近隣にある国々に攻め込んで、滅ぼしていかれますかな?」
「さすがに僕は世界征服するつもりはないから。でも、この国は僕たちを勝手に召喚したんだから、それくらいされても文句は言われないよね」
"勇者召喚"って言えば聞こえはいいけれど、これって実際には相手の同意なしで、勝手に異世界に拉致してるようなものだからね。
しかも、拉致された世界で「強力な魔王の軍勢と戦ってください。どうかお願いします」って話だよ。
そして昼間の国王様の退屈な話の中には、実はこんなやり取りもあった。
「我々は勇者召喚によって、異世界から勇者を召喚できるが、逆に勇者を元の世界へ戻す方法は知らない。じゃが、魔王であればきっとその方法を知っているはず。もし勇者が元の世界に戻りたいのであれば、魔王を討伐してその方法を知るとよい」
あの国王、無責任すぎんだろう。
勝手に"拉致召喚"しておいて、元の世界に戻す方法を知らないだとか!
この世界と全く関係ない人間を召喚して、強力な魔王と戦えとか、本当にオメデタイ頭している。
まあ僕は異世界召喚魔法を使えるので、魔界にも地球にも普通に戻れる。
なので、世界観の移動に関しては、全く問題ないけどね。
とはいえ、国王の相手の都合完全無視の考え方は気にいらない。
「魔王を倒した暁には、我が娘の婿に迎えて、次代の国王になってもいいぞ。ワッハッハッ」
なんてことも言ってた。
……いらねぇー。
まだ召喚されたばかりで、この国の事は何も知らないけど、国王はこの国の事をミューズハイト市国と呼んでいた。
"市国"ってことは、つまり古代ギリシアにあったポリス。都市国家ということだ。
僕の場合、世界征服済みの魔界の国のプリンスなので、弱小都市国家の国王にならなくても、順当にいけば将来は世界一つ支配してる国の王になるんだよね。
しかも、あの国王の娘って、白豚王女だよ。
何その拷問。
マジ、いらねぇー!
「だから、僕としてはあの無責任国王が、泣いてチビルくらいの目に遭わせてやらないといけないね。とりあえずこの国を乗っ取って、国王を玉座から引きずり降ろしてしまおう。その後は城からほっぽりだして、一般人にしてしまえばいいね。国王なんて人の上にふんぞり返るだけの身分だから、世間に放り出された瞬間に、自力で生きていけるだけの力なんてないだろうし」
「クククッ。国王をただの一般人にしてしまう。良いですな、力ある者を引きずり降ろして見下す。なんと殿下は黒いことか」
「いやー、そこまで黒いこと考えてたわけじゃないけどねー。アハハー」
「クハハハハー」
僕としわがれた声の主――"大公"――は、仲良くそろって笑い声をあげた。
ただ僕の声はいいのだけど、大公の笑いにはものすごい量の魔力が乗っかっている。
膨大な魔力が蠢き、空気に圧力が加わり、まるで重力が数倍に跳ね上がったかのような圧力が生まれる。
さらに、地震が起きたかのように地面が振動し、城全体が揺れた。
「大公、調子に乗った笑いを上げてると、シバキますよ?」
「ゲエッ、リーゼロッテ様!」
調子に乗って笑っていたものだから、壁を挟んだ隣部屋から、リゼのドスの利いた低音ボイスがした。
さっきまで愉快に笑っていた大公の魔力が、瞬く間に霧散して小さくなってしまう。
「せっかく男同士で楽しい計画を立ててたのに、邪魔しないでほしいなー」
「それは申し訳ありません、シオン様。ですが、大公の笑いが不愉快だったのです」
膨大な魔力をもつ大公だけど、そんな相手に対して、リゼは不愉快の一言で済ませてしまう。
魔界は物理で殴り合って、上下関係を決める世界だ。
大公とリゼは昔殴り合いをした結果、リゼの方が勝ったので、大公はリゼに弱かった。
「リゼはあんな感じだけど、2人にはこの国を乗っ取るための準備を任せるね」
「御意にございます、殿下」
「了解しました、殿下」
僕の命令に、大公と伯爵が同意する。
そして僕の影から2つの影が離れて、床の上を滑るように動いていく。
2つの影は、部屋のドアの下を潜り抜け、僕の視界から見えない場所へ移動していった。
さて、仕込みに関しては大公と伯爵の2人に任せておこう。
準備に少し時間がかかるだろうけど、その間僕たちは、暇つぶしに勇者様ゴッコでもしつつ、"異世界観光"を楽しもう。
とはいえ、今日はもう遅いので寝ることにしよう。
「てことで、おやすみなさい」
僕は客間にあるベットに向かってダイブし、この日は寝ることにした。
……のだけど、
「きょ、巨大な魔力が!」
「だ、大地が揺れた!きっと世界が滅びるのだー!」
「魔王だ、魔王の軍勢の襲来だ!」
「城の者を全て起こせ!兵士は武器を持て!陛下の御身を守るため、皆武器を構えよ!」
なんか部屋の外で、物凄く騒々しい叫び声が響きまくってた。
大公の笑い声のせいだね。
大気の圧力が増し、大地が揺れる程の魔力を帯びた笑いだったから。
ただ笑っただけで、城中の兵士がパニックになってるよ。
もっとも"この世界の魔王軍"が襲ってきたわけじゃないのを知ってるので、僕は兵士たちの叫び声がする中、それを無視してグッスリ眠らせてもらうことにした。
てわけで、
「お休みなさーい」
今度こそ、僕はベットの中で眠りについた。