1 謁見の間
僕たちを勇者召喚した地味なお姉さん――名前はカリンお姉さんと言うそうだ――に案内されて、僕たちは王様に会うことになった。
「ワシがこの国、ミューズハイト市国の国王ガイゼンである」
とは、謁見の間での国王様のセリフ。
白髪に白い髭を蓄えた貫禄のあるお爺さんだけど、体型はやや太め。
ついでにその傍にお后様と王女様がいたけど、2人はさらにぽっちゃり体型だった。
「フフフッ、肥え太った白豚が二本足で歩いてますわ」
「リゼ、心の声を口に出さなくていいから」
「ええ、わたくしは場をわきまえておりますので、周りに聞こえないよう小声で話しています」
リゼの言う二足歩行する白豚だけど、后様と王女様のことだ。
僕も声には出さなかったけど、あの2人ってオークの親戚か、でなければ近似種かなって思ってしまった。
白いので、ただのオークでなく、レア種なのは間違いない。
「えーっと、初めまして。異世界から召喚されたシオンです」
場所が場所なので、リゼとの雑談はほどほどにして、僕は国王様に自己紹介。
「リーゼロッテ、リゼとお呼び下さいな」
リゼは軽く膝を曲げて、カテーシで挨拶。
僕たちはここに召喚されるまでは日本にいたので、今のリゼは、周りに不信感を持たれないよう、セーラ服を着ていた
もっとも本人が美人なのと、銀髪のせいで、セーラー服を着てても外人がコスプレしてるようにしか見えなかった。
「絶だよ」
そして絶は元気に挨拶。
なお、格好はゴスロリドレス。
日本なら、秋葉原にでもいれば目立たないんじゃないかなー。
まあ、絶は道行く人からスマホを向けられて、パシャパシャ取られていたけどね。
あと、観光で日本にきている外人さんたちから、なぜかやたらと高いテンションで話しかけられることが多かった。
「……」
最後にヤヌーシャだけど、我関せずを貫いていて黙っていた。
なお、ヤヌーシャの格好もセーラー服。
そして僕も、日本での変装というわけで黒の学生服を着ていた。
見た目が10歳時に見えるからって、僕は15歳だからね。
年齢的に、学生服を着ていて問題ない!
間違っても小学生じゃないからね!
「この子はヤヌーシャです。シャイなので、こういう場所では喋らないんです」
しゃべらないヤヌーシャなので、国王様には僕がフォローしておいた。
「まあ、黒髪の女の子が2人。もしかして、姉妹なのかしら?」
「ううん、僕とヤヌーシャは姉妹じゃないよ」
そして2人に興味を持ったのが王女様だったけど、それには絶がきっぱり否定。
「そうなのですか。ですが黒髪とは珍しいですね。勇者様の世界では、このような髪の人が多いのでしょうか?」
「そうですね。(地球だと)割と多いですよ」
王女様は、黒髪に執心のご様子。
もっともそんな風に説明する僕だけど、僕は銀髪に青い瞳をしている。
僕は父さんでなく母さんに似ていた。
なので白い雪のように肌に、中性的な美貌。背が低いことがあって、悲しいことに少女と間違えられてしまうことが多かった。
そのせいで、リゼと双子の"姉妹"なのかと尋ねられることもある。
ただ、言っておくけど、僕とリゼは姉妹じゃない!
血もつながっていない。
第一、僕は男だ!
尋ねるにしても、姉妹じゃなくて、"兄妹"と聞いてほしいね。
僕の見た目が女の子に間違われることが多いからって、その質問はNGだ。
「ウオッフォン。勇者一行と王女よ。話はそれぐらいにして、まずは勇者たちをこの国へ召喚した理由を、ワシから説明することにしよう」
「すみません。つい話がはずんじゃってー」
おーっと、いけないいけない。
王女様と話し込んだせいで、肝心の国王様が完全空気状態になっていた。
召喚された理由は、ここに来るまでの間にカリンお姉さんから聞いたけど、同じ説明を改めて国王様からされることになった。
ふあーっ。
同じ話を二度聞かされるなんて、物凄く面倒だね。
しかも目の前にいるのは国王様なので、その説明は無駄に装飾華美で、仰々しい言い回しになる。
「我がミューズハイトは強国であり、長年魔王の軍勢に対して一歩も引くことなく国を守り続けてきた。だが、それでも戦争が30年も続けばさすがに疲れが出てくる。これ以上の長期戦は避けるべきであり、ゆえに状況打開のためにそなたら勇者を召喚して……」
以下、なんたらかんたら。
学校の校長先生の話より退屈だね。
僕は魔界のプリンスだけど、小学校は日本で通っていたから。
父さん曰く、
「シオン、お前には常識が必要だ。このまま魔界の大魔族どもの中で育ったら、どこまで危険な方向に育つか分からないからな」
とのこと。
魔界って、基本的に物理で話し合いをして、それで上下関係を決めないといけないんだ。
僕は魔界のプリンスなので、子供の頃から有象無象の雑魚(大魔族)どもが、ワラワラと挑戦状を叩きつけてきた。
まあ、とりあえずボコって、相手が泣いて土下座するまで追い詰めたら、直ぐに大人しくなってくれるけど。
でも、そんな環境にずっといたら、確かに僕ってかなりヤバい方向に育ってただろうねー。
小学校とはいえ、日本に"異世界留学"しておいてよかったー。
しかし、こんなことを考えてしまうのは、国王様の話が長すぎて、退屈だから。
退屈を紛らわせるための、ちょっとした現実逃避ってやつだね。
「はーっ、しっかしこの玉座の間、狭いなー」
そんなわけで、僕は半分夢見心地になっていた。
気が緩んでいたからか、つい僕の家(魔王城)と比較してして、そんな言葉が出てしまう。
――ギロリッ
あ、ヤバイ。
意外と声が大きかったようで、国王様だけでなく、周りにいる国の重臣や護衛の騎士の方々に睨まれてしまう。
でも、本当の事なんだよ。
魔王城の玉座の間は、黒大理石を敷き詰めた黒一色の悪趣味空間だけど、それでもこんな"ヘッポコ王国"の玉座の間より、物凄く広い。
体長10メートル越えの、ギガント種と呼ばれる巨大魔族たちが、頭をぶつけることなく整列できる高さと広さがあるからね。
しかも父さん(魔王)ってば世界征服どころか、『天上・地上・地下世界。三界全てを征服した偉大な大魔王』だ。
魔族の住む魔界に、人間や獣人の住む地上どころか、天使のいる天上世界まで征服済み。
「勇者よ、貴様に世界の半分をくれてやろう」
なんて言って、いちいち妥協する必要がないほど父さんは強くて、三界の大王として世界に君臨していた。
そんな大征服を成し遂げた魔王の城と比べると、本当にこの国の城は小さかった。
「シオン様、心の声をわざわざ口に出さなくていいのですよ」
「……そうだね、リゼ」
ムムッ。
最初に僕がリゼに言ったセリフが、そのまま僕に返ってきてしまった。
いないな。気を抜いてしまうと、つい本音が口から出てしまう。
「ゴホン」
「あ、すみません。話を続けてください」
気まずげに、国王様の話の続きを促す僕だった。
ハー、しっかし国王様の退屈な話って、いつまで続くの?
国王様だけど、
「我が国は世界一偉大な国で、世界で最も素晴らしい国で……」
なんて感じで、ものすごい我が国の自画自賛まで始めたんだけど。
僕たちを召喚した話と、全然関係ない方向に突き進んでるんだけどー。
「ポリポリポリ」
あまりに中身のない退屈な話だったので、マイペースを極めるヤヌーシャが、ポッキーを食べ始める。
ポテチパーティー用にお菓子を買いに日本に来ていた僕たちなので、その時に買ったものの一つだ。
「ヤヌーシャちゃん、ボクにも1本頂戴」
それにつられるのは絶。
「「ポリポリポリ」」
2人がポッキーを齧る音が、玉座の間に木霊する。
「お、おいしそうなお菓子ですわね。ぜひともわたくしにもくださいな」
そこに王女様まで加わる有様だった。
僕たちだけでなく、王女様も国王様のクッソ退屈な話に飽き飽きしてたんだね。
「話はこれくらいにして、お菓子タイムにしませんか?」
僕もこれ以上、国王様の我が国は世界一自慢なんて聞きたくないので、そう提案した。
しかし、なんだろうね。
「日本は素晴らしいですねー。とっても素敵ですねー」
って、ひたすら同じセリフを繰り返してるテレビ番組みたいに、国王様は露骨に自分の国を自画自賛していた。
「しかし、ワシの話はまだ途中で……」
「わたくしも、お菓子に興味があります」
話を中断させられて国王様は気分を悪くしたけど、そこに割り込んだのはお后様。
「フッ、さすがは白豚一号。娘と一緒で、甘い物が弱点なのですね」
リゼが面白そうに鼻で笑っていた。
「リゼ、頼むからそんなセリフを大声で言わないでよ」
確実に面倒なことになっちゃうから。
「ええ、もちろんですわ。今のは誰にも聞かれないよう、小声でしたでしょう」
注意する僕に、そう切り返すリゼだった。
りぜって、かなりちゃっかりしてるね。