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お伽噺は空の上で4 決意

 ミューツが黒沢家に厄介になり数週間が経過した。


 多々良は週に五日朝から外出する。彼は学生であり学校へと通っているそうだ。


 多々良が家を開けている間、ミューツは家事をしたり庭を散歩したり、庭園の一部を開墾し、そこに蒔かれた種に水をやったりして毎日を過ごしていた。


 今日も朝食を済ませ多々良を玄関で見送った後、洗い物を終わらせ、さて一服でも、と急須と茶碗をお盆に乗せ居間へと入ってみればそこには普段ならば弟の登校に合わせ外出する黒沢家長男の姿があった。


 「アラ、テツヒトさん、今日はゆっくりなんデスネ」


 「ああ、ここのところ随分と忙しかったからなぁ、今日は休んだ。久々に家でのんびりするさ」


 「そうだったんデスカ、テツヒトさん、お茶は?」


 「貰おう」


 ミューツは鉄人とはあまり話した事はない。

 あくまでも多々良と比べてであるし、用事がある際は忌憚もなく話し掛けたり掛けられたりはするのだが、それでも。


 「こうしてテツヒトさんとゆっくりとお話しするのは初めてかも知れませんネ」


 「そう言えばそうかも知れんなぁ、普段は多々良の奴が世話ぁ焼いてるしなぁ」


 「フフフ、そうですね、タタラにはイッパイお世話になっていて少し申し訳無いくらいデス」


 「気にする事はねぇさ、アイツもアンタと一緒だと楽しそうだしな」


 「そうでしょうカ!?フフフ、それでシタラ嬉しいデスネ」


 思いの外話は弾んだ。

 その眼鏡の奥の鋭い視線とはすっぱな口調で誤解されがちだが鉄人は面倒見のいい性分であり多少ひねくれているが多々良同様善性の人物だ。


 尤もあくまでも彼が溺愛する弟を害さない友好的な相手に関してのみだが。



 「あちゃ、居たかい!?」


 庭に面した障子戸の向こうから少し嗄れたおとないの声が聞こえる。


 「ハイハイ、少々お待ちクダサイ」


 ミューツが直ぐ様腰をあげ障子を開ける。


 「まぁ、お婆樣、いらっしゃいませ」


 「おはようさん、ミューちゃん。おや、今日は鉄坊も居るんかい。珍しいねぇ」


 「今日はお休みだそうデス」


 「そうかいそうかい、鉄坊はちょっと稼ぎ過ぎだからねぇ、稀にはのんびりしないと身体がまいっちまうよ」


 鉄人は老婆の忠告に湯呑みを啜ったまま手をあげて応じる。


 この老婆こそ男所帯の黒沢家になに暮れと無く世話を焼いてくれる陰の立役者、小田渕タカ 齢81である。


 彼女の助力が無ければ家事全般を苦手とする長男と家事は得意であってもそれ以外、家計やら金銭関係に疎い弟の兄弟は早晩干上がっていたであろう。


 実を言えばミューツをガルガンティスから引きずり出した後、傷だらけのスーツを脱がし治療を施し着替えを着せたのも彼女の功績であった。


 流石に緊急とは言え女性の裸体をあれこれとするのは兄弟には躊躇われ普段から世話になっている老婆に泣きついたのであった。


 鉄人にしても多々良にしても、無論ミューツにしても一生彼女に足を向けて寝られない大恩人なのである。


 

 「それで今日はいかがしシマシタ?」


 「ミューちゃんもねぇ、何時までも着た切り雀じゃかわいそうだからババァが着るもの持ってきたよ。

 全く図体ばっかりでかくなってもこの家の男どもはそう言ったことまで気が回りゃしない朴念仁だからねぇ」


 と鉄人を睨む。


 居心地が悪くなった鉄人は「ちょっと部屋で寝てくる」とささくさと逃げ出した。


 「まぁまぁそんな、お婆様には今でもいっぱいお世話になっているのデス、そんな申し訳無いコト……」


 「気にすることはないさ、ババァが好きでやってる事なんだからね、アンタみたいな別嬪さんに着て貰えりゃぁ箪笥の肥やしにしているよりもよっぽどいいさね」


 よっこいしょ、と縁側に腰を下ろし担いでいた行李をミューツの手を借りて降ろした。


 「ババァのおさがりで悪いんだけどね、ちょっと丈を直せばアンタにも着れるだろう」


 「まぁ、キレイなお着物!こんな素敵な物、申し訳無いデスワ」


 「言ったろう?箪笥の肥やしにするよりはってね。若い者にはズボンやら洋服の方がいいかも知れんが」


 「イイエ、わたくしお洋服よりもお着物の方が好きデスワ、以前頂いたお着物も花の柄がとても素敵で」


 今もミューツは着物を着用している。

 タカから貰った矢絣柄の着物だ。歩き方、長い袖が汚れない様気をつければ自然と楚々とした仕種を身に付けられる着物をミューツはいたく気に入っていた。


 色々とりどり、柄も様々に目を楽しませてくれるところもかつて彼女が住んでいたコロニーの被服にはない特色であった。



 「うわぁ、これも素敵ですネェ、柄もなんだかしっとりとしてイテ」


 「ソイツは小地谷縮だね、麻だから紬よりも普段使いには向いてるかもねぇ、帯はほら、蝋けつ染めの紫陽花なんかがこの時季に合ってて良いかも知れないね」


 タカの言われるがままミューツは着物をとっかえひっかえ姿見の前で幾度もポーズを取りうっとりと己れの姿に見惚れる。


 衣服を選ぶと言った行為は文化の違う国の生まれであろうとも、女性なれば心華やぐモノのようだ。


 ミューツのファッションショーは腹を空かせた鉄人が恐る恐る部屋を覗くまで続けられた。




 「ただいまー」


 「お帰りナサイ、タタラ」


 「うわ、ミュー姉ちゃん何かキレイ!」


 「ウフフ、そうデスカ?お婆様にお着物を頂いてシマイマシタ」


 夕刻、玄関先で元気良く帰宅を告げる多々良をミューツは貰ったばかりの着物姿で出迎えた。


 新緑色に青い格子の柄の湯ケ浜絣、帯は蔓草をあしらった袋名古屋、銀色の長い髪もうなじを晒すように結い上げており性に疎い多々良でもどぎまぎさせるほどの魅力を発していた。


 「げ、玄関先でどうしたの?どっか出掛ける所だった!?」


 「ハイ、少し涼しくなってきたのでお散歩でもト………今日はお婆様がみえて家にばかり居たモノデ」


 「あ、婆ちゃん来てたんだ。それでそんなキレイな着物貰ったんだ」


 「ウフフ、お婆様に頂いてシマイマシタ、嬉しくっテ家でじっとしてるのも勿体なくッテ。

 タタラも一緒にどうデスカ?夕食の用意まで少し時間がありますヨネ」


 「そうだね、姉ちゃんだけじゃ心配だし、一緒に行こうかな」


 「まぁ、わたくしももう地理は覚えマシタ。多々良が心配する事なんて何もアリマセンヨ」


 「そう言ってこの間下の商店まで醤油買いに行って夜まで帰って来なかった。僕とあんちゃんが捜してたら小林のおじさんの軽トラで送ってもらって来たじゃん」


 「うう、ひとの古傷を抉るなんてタタラはたまにスゴく意地悪になりマスネ、だったら今度は迷子にならないようにタタラも一緒に付いてきてクダサイ」


 「ハイハイ、方向音痴の姉ちゃんの道案内、しっかりとエスコートさせていただきますよ」


 「宜しくお願いシマス」


 ぷっくりと頬を膨らませる姉のおねだりにおどけた様子で返すとミューツはしゃなりとした仕種で頭をさげてきた。


 不意に彼の鼻をくすぐった薫風は夕暮れの木々か放つフィトンチッドか、或いは目の前の美女の色香であったのだろうか。




 かろかろと軽やかな下駄の音が舗装もされていない踏み固められただけの田舎道に響く、汗ばむ様な気温も漸く成りを潜め夕暮れの涼風が初夏の背の高い草むらを揺らす。


 普段顔を合わせれば気兼ねなく会話を重ねるふたりにも今は言葉はいらない。


 唯々逢魔ケ刻の長い影を共に歩を重ねるのみだ。


 何時の間にやら朝早く外出していたおやびんも合流しふたりと一匹で沈む夕陽を見送っていた。


 ゆったりとした一日の終わり、心安らかに毎日は何処までも続いて行く。


 不意に多々良が立ち止まる。


 それにつられるようにミューツも歩を停めた。


 「あそこ」


 多々良が指差した方角、そこに建てられた大きな平屋の小屋。


 「あそこにミュー姉ちゃんのロボットが置いてあるんだ」


 ロボット、ミューツたち環状銀河の種族が開発した人型兵器を多々良はそう呼んだ。


 「ガルガンティスが……」


 「ガル?ああ!ロボットを姉ちゃんたちはそう呼んでいるんだっけ。そう、ガルガンティス!」


 数週間前までは毎日のようにそのシートに腰を降ろし訓練に実戦に最早半身とまで感じていた兵器、何時の間にやら幸福な日々に忘れ去り思い出す事すらなかった相棒。


 きしりと彼女の胸に走ったのは罪悪感であろうか。


 「結構ボロボロでさ、残っていた腕なんかも関節部がガタガタになっていてもう動かないってあんちゃんが」


 スナークに向け朦朧とした意識のなか放った三斉射、あれでおそらくは残っていたエネルギーも枯渇した筈だ。

 エネルギーを供給する施設のないこの惑星上では大破していなくともそれは只の屑鉄。


 「あんちゃんが『コイツは未知の技術の宝庫だ!バラしてもバラしても奥から俺の知らねぇ技術が湧いて来やがる』って」


 「つまりテツヒトさんが忙しかったのはガルガンティスを解体していたかラ………」


 「うん、ゴメン、せめてミュー姉ちゃんの許可を取ってからって言ったんだけど、あんちゃんああなると誰の言葉も耳に届かなくなって……」


 ミューツが怒るんじゃないかとオドオドと上目遣いで様子を伺う弟分に彼女は微笑みを向け。


 「構いマセン、ガルガンティスはもう修理不可能だったでしょうし、黒沢のお家に居候させて頂いている家賃代わりだと思えば安いものデス」


 「そんなっ!姉ちゃんは家族だものっ、家賃だとかいらないよっ!!」


 「ふふ、ありがとうございマス、わたくしも多々良を弟の様に思ってイマスヨ」


 「え?あ!そっか、うん、そっかー」


 ミューツの言葉に多々良は嬉しそうに幾度も頷いた。彼は『家族』といった括りに並々ならぬ拘りを見せる様な気がする。

 

 「ミ"ギャーーーゴ」


 「勿論おやびんだって家族だよ!」


 「フン」


 おやびんが「当たり前だ」とでも言うように鼻を鳴らした。


 「ミュー姉ちゃんはさ」


 「はい?」


 「寂しくは無いのかな?」


 「それはどうイッタ……」


 意味だろう?と顔を上げた先に振り返り真っ直ぐミューツを見詰める多々良の視線。

 表情は半分以上隠れた太陽の逆行で黒く隠されている。


 「あっち(・・・)にも居たんでしょう?お父さんお母さん、仲の良かった友達とかが」


 「ああ!」


 そう言うことか!多々良は姉の気持ちを慮ったのだ。ひとりこの様な未知の惑星に放り出され郷愁を覚えたのではないか……と。


 「そう……デスネ、寂しくないかと問われれば寂しいと思う事もありマス。」


 多々良の肩がぴくりと揺れる。


 「家族は随分と前に鬼籍に入りましたが親友が居マシタ、戦場で安心して背中を預けられる頼れる親友。わたくしを慕ってくれている存在も居ましたシ」


 「タタラが弟ならば彼女は妹なのでショウネ」とクスクスとミューツは手で口を覆う。


 「大切な部下も居ました、わたくしこう見えてもガルガンティス隊の隊長だったんですよ」


 「だったら……」


 「ですが帰る手立てもありまセン、救難信号は送っていますが未だ応答は一度たりともなく……おそらくは違う銀河系に飛ばされたのか或いは時間をも超えてしまったのか」


 「…………」


 「そんな顔をしないでクダサイ、ひとりならば耐えられなかったかも知れませんがわたくしの隣にはタタラが居てくれますから。

 隊のみんなには申し訳無い気持ちもありますがわたくしはここで幸せを感じているのデス。

 みんなだって立派な軍人デス、わたくしの事を案じてはいるでしょうがわたくしが居ずとも隊は機能シマス、戦線の維持に不足はないでショウ。

 ……いつも想っていました、戦いがなければ、スナークがわたくしたちの世界を壊そうとしなければ、わたくしはいったいどの様な人生を歩んでいたのだろうト………

 その答えがここにあったのです、初めてなのに何処か懐かしさを覚える惑星上で大好きな家族に囲まれつつがなく送る日々………ありがとう、タタラ、わたくしは今とても幸せなのデス」


 「……姉ちゃん。

 姉ちゃんは強いひとなんだね」


 「そうですよ!女は強し、姉は強しなのデス」


 おどけて力瘤を作るミューツは微笑みを浮かべそっと多々良の手を取り。


 「さぁ、日が暮れてしまいまシタ、きっとテツヒトさんがお腹を空かせて待ってマスヨ。

 家へ帰りまショウ、家族の待つ家ヘ」


 いつの間にか空は満点の星を湛え一日の終わりを告げていた。




 

 

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