表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/44

お伽噺は空の上で2 覚醒

 清々しい木香りが鼻孔をくすぐる、ぼんやりとしていた意識はやがて集束し深淵より浮き上がり覚醒してゆく。


 先ず最初に彼女の目に飛び込んで来たのは柔らかい光に照された木製の格子状の壁面であった。


 真ん中に円い傘の様な物体、傘の内側にはやはり円いパイプがふたつ、真ん中には紐が垂れそれが自分に向けられている。


 「なに………かしら?」


 考えてみても判らない、今まで見たことのない物なのだ。


 ゆっくりと起き上がってみる。


 身を起こしてから漸く自分が寝ていた事に気が付いた。



 

 まず最初に必要なのは現状の整理、事ここに至った経緯の確認。

 ゆっくりと、しかし着実に動き出した頭の中でここに至る経緯を反芻する。


 自分はガルガンティスを駈りスナークの迎撃をしていたはずだ。


 スナークは形も能力も様々で常に自分たちを悩ませるが、今回のスナークも厄介だった。


 スコープの正面に捉えたとライフルの引き金を引けば掻き消えガルガンティスの背後に現れる。ならば斬撃をとブレードを繰り出せばまたもや姿を隠し視界外に現れる。


 時空間を好き勝手飛び回るスナークに隊の面々は苦戦を強いられた。


 幸い強力な遠距離兵器は装備していなかったものの、その硬いハサミ状の両腕で部下たちのガルガンティスは次々と戦闘不能へと追い込まれていった。


 隊の副官であり、親友でもあるデボラ・ショウホープ。

 彼女の死起回生、捨て身の一撃がスナークの正面を捕らえたのは偶然以外のなにものでも無かっただろう。


 機体を破壊されながらも射ち放たれたブレードの衝撃にスナークを怯みを見せた。

 

 この好機、逃せば次は無い、と自分はブースターを全開にスナークの硬い甲羅にしがみついた。


 スナークはのし掛かってくるガルガンティスを振りほどこうと暴れに暴れた。

 

 彼女はロデオさながらのスナークの上で振り落とされないよう左腕でしがみつき右腕に握った近接用ナイフで関節部を狙い攻撃を加えた。


 ナイフが装甲と装甲の隙間を抉ってゆく、無重力空間で流れ出た体液は直ぐ様沸騰し霧散する。


 その間にも他のガルガンティスはスナークとしがみついた機体を囲むように周囲に展開。

 所詮取り付いてのちっぽけな刃物による攻撃など時間稼ぎ、本命はその後の四方からの一斉射撃であったのだ。


 全隊員が手順通り配置に就き、銃口がスナークに向けられたのを部下からの通信で確認すると左腕を掛けていた甲羅から離した。

 そのままブースターを灯し離脱行動にはいった。


 しかし。


 離脱は叶わなかった。


 瞬き程の油断。


 スナークは突き立ったナイフもそのままに太い腕を彼女のガルガンティスに廻したのだ。


 しがみつかれまれで抱き締められたような状態。


 引き金を引けば抱き付かれた僚機をも巻き込んでしまう。


 一瞬の戸惑いが全てを決した。


 スナークの体表が歪む、ぼやける、背後の恒星(ほし)の光を透過させる。


 表情のないスナークが嘲笑(わら)った気がした。


 最後に聞こえた来たのは誰の叫びだったのだろう。


 スナークは時間と空間を飛び越えその場より姿を消したのであった。


 その腕の中に一機のガルガンティスを抱えたまま。




 次に彼女の目に飛び込んで来たのは目を焼くような光、そして何処までも続く青、眼下には緑を基調としつつも様々な色の奔流。


 更には座席に押し付けられたような重さ。


 重力。


 何処かしらの屋内に転移したのだと悟った。


 戦闘は続く、重力下での機動も考慮された機体だとは言えそもそもそんなもの士官学校の演習で何度か体験したきり、慣れない状態で苦戦しつつもスナークから離されないよう手にした武器を振るった。


 スナークがまた消える。


 今度は硬い甲羅に手は触れていない。


 どこ!?


 逃げた!?


 突如響く接敵警報は背後を示していた。


 ゴッッ!!


 コクピットを激しく揺さぶる衝撃、モニターの一部が割れ破片が彼女の身体から出血を強いる。


 「きゃぁ!?」


 突き上げられコクピットの上部に頭部を打ち付けた。


 意識が朦朧となる中、加速する落下感に彼女は意識を手放した。


 

 「つまりは……助けられたのでしょうね」


 コクピットが何故か開放され、目の前に迫ってきたスナーク、ガルガンティスに残された全てのエネルギーをライフルに回しなんとか撃退した後、目の前にあった泣きそうな表情の少年は幻覚の類いだったのであろうか!?


 見知らぬ少年にあそこまで心配を掛けてしまった事への申し訳なさと何処か温かくなる気恥ずかしさに心揺れながらも彼女はぐるりと視線を巡らせた。


 周囲は見たことのない素材で囲われている。いや、木であることは理解できる。

 しかし木で部屋を造る!?何とも贅沢な。

 

 それに出入口、驚いた事に紙である。

 木の格子に紙を張り付け扉としているのだ。


 更には寝具。

 

 普段寝起きしているカプセルとは全く趣を異にした柔らかな寝具。さらさらと肌触りも心地好くともすれば一生涯この中で暮らしてしまいそうな安心感。

 

 最後に自分に着せられた着衣を見た。


 ガルガンティスに搭乗時に装備するようなボディスーツ、普段基地内で過ごす際に着る軍装、はたまた年に数える程しかない休日に選ぶ普段着。

 そのどれとも違った前袷の一枚衣(ワンピース)、腰に帯が巻かれている。なるほど、これではだけないようにしてあるのか。

 柄はシンプルに白地に薄い紫色をした花柄があしらってあり美しいと言うよりも可愛らしい。

 

 「素敵ねぇ」


 頼りなくもあるが何ともよい寝衣を着させてくれたものだ、とうっとりと生地に咲く花を撫でる。


 「んにゅがぁ~~」


 花に見とれていると奇っ怪な鳴き声が部屋に響く。


 はっと顔を上げると目の前に巨大な獣。


 何故気が付かなかったのか?紙の扉は閉まったままだ、ならば最初からそこに居たはずなのに。


 「あの……」


 恐る恐る彼女は声を掛けてみる。


 顔は毛で覆われ耳が頭上に生えている。


 何処と無く獣人と呼ばれるズゥ星系の人々に似ているが……


 「貴方が助けてくださったのでしょうか?」


 「ぎゃに"ゃ~」


 困った、言葉が通じない。

 どうやらズゥ星系の種族ではないようだ。


 コミュニケーションの困難さに四苦八苦していると謎の獣は器用に紙の扉を開き出ていってしまった。


 「あのっ、待ってください!」


 怒らせてしまったのだろうか?


 焦った彼女はパタパタと寝具から脱け出し獣の後を追った。



 

 「……………凄い!」


 紙の扉の向こう側、果たして其処には彼女の初めて目にする光景が広がっていた。


 庭園に樹が好き勝手に生い茂り脇には花が咲き乱れる。花の咲いていない葉だけの植物が樹以上に自由に土に根を下ろしそこをひらひらと薄い羽の生物が舞っている。


 遥か向こうに青みを帯びた三角形の壁がそびえその上は水色の天涯。

 そこに描かれた白い不定形の綿は何の意味を持って配置されたのだろうか?


 照明はひとつきり、天上に直視すれば目も焼かんと強烈な光を放っている。


 「あ!もしかしてあれって恒星!?

 それじゃあもしかしてここは………」


 「%☆@!♡¥◇♪☆●★£」


 彼女が結論に至った刹那、脇から不意に声が聞こえた。


 恒星を見るため翳していた手をおろし声のした方角をみればそこに居たのは幻の少年。


 黒い髪に小麦色の肌をした細身のその少年はそのかんばせに穏やかな微笑みを浮かべ口を開いた。


 「〒♪$&◎◎◆₩▲▼」


 やはり初めて耳にする言語だ、どうやら環状銀河統一標準語を習わない種族らしい。


 「ありがとう、大丈夫よ、体内の医療ナノがしっかり治してくれたから」


 言葉は判らない、だが彼が自分を心配しこうして起きている事に安堵してくれた事は表情からも推察できた。


 優しい心根の少年だ。


 「○◎,⋆#%■$@€€」


 少年は両手に持ったお盆を少しだけ持ち上げる。


 お盆には幾つかの皿が乗っており食欲をそそる香りを放っている。

 どうやら食事を持ってきてくれたようだ。そう言えば最後にマトモな食事を摂ったのは何時だっただろうか?そんな事を考えているときゅるると彼女の腹が空腹を訴えた。


 羞恥に頬を赤くし慌てて両手で腹部を押さえると少年はまた白い歯をみせて笑った。


 

 

 再び部屋に戻り寝具に座ると少年は脇に食事の乗った盆を置く。


 不思議な作法だ、この種族は床に盆を置きそこで食事をするのだろうか?

 おそらくそれが正解だろう、盆は四つの脚で支えられ少し低い気もするが座って器を手に取るのに適した高さとなるからだ。


 寝床に座り器を手に取り中の料理を匙で掬い口に運ぶ。


 味蕾が料理の味を感じ取る、瞬間彼女の身は雷に打たれたかの様にびくりと跳ねた。


 美味!!


 食事は今まで彼女が口にしてきたものは何だったのだと驚きを覚える程に美味であった。


 柔らかく煮た穀物の粥は薄味であったが温かくじんわりと体内に染み渡った。


 四角く白いふるふるとした軟体は豆の味が微かにし、舌を楽しませた。


 茶色く濁ったスープ、やはり豆類の味がする。汁に含まれている塩気が疲れきっていた身体に活力を与えてくれた。


 驚いたのは野菜だった。

 細かくした数種の葉を千切り紅い実を柵切りにし、酸味のある液体を掛けた小皿のそれは生の野菜であった。


 彼女は野菜が嫌いな質であった。いや、青臭く苦味が舌に残る野菜が好きと言う者などいない。

 ましてやそれを生のままで食そうなどと……


 栄養価がある、ただそれだけが野菜が廃れずに栽培され続けている理由であり、基地の生産能力の一部を費やしていた理由であった筈なのだが………


 「!!、美味しいっ!」


 恐る恐る口に入れ、咀嚼、咽下するとかっと目を見開き思わず口に出してしまったのだ。


 「美味しい!美味しいですっ!!(わたくし)こんなに野菜が美味しいだなんて初めて知りましたっ!!」


 興奮の余り隣で食事を見守っていた少年に早口で捲し立てた。


 少年は彼女の突然の行動に目を丸くし驚きを露にしたが、やがて言葉は通じずとも理解をしたのか嬉しそうに頬を緩ませ「そうだろう、そうだろう」と幾度も首肯した。


 次いで彼は紙の扉を右手で開け放ち庭園の一角を指差し何事かを言い放った。


 指の先、そこには土が掘り返され黒い小山が整然と並んでいた。山の天辺には青々とした植物。

 どうやら指はその植物を差しているようであり……


 「え……嘘!?」


 彼女はまたも驚きに目を見張った。


 今彼女が口にした野菜が土から生えているのだ。

 

 プラントの蒼白い光の中、ポットに並べられている訳ではなく。


 彼女の常識では野菜とはある種の工業製品であった。

 カルスと呼ばれる細胞を培養し、可食可能状態まで育て出荷しそれぞれの食卓へと並べられる。


 それが土に生けられそこから採取される!?


 無論土に含まれる養分と恒星の光で育成可能な事は承知していたがまさかそのような手間を掛け栽培するとは……


 しかも少年の様子を見るに彼自身が行ったとは……


 あまりのカルチャーショックに彼女は頭がくらくらしてきた。


 くらくらしながらも生の野菜を食べる手は動き続けていた。



 

 「ふう、ちょっと食べ過ぎてしまったかも知れませんね。ありがとうございました、美味しい食事でした」


 くちくなり少し苦しくなった腹部を擦りつつ少年の差し出してくれた熱いお茶を口にする。


 あの後、野菜ばかりを三度もお代わりしてしまった。


 夢中で野菜を頬張る彼女に少年も「それほどに気に入ってくれたのなら」と調理場に走り再度生の野菜の液体掛けを作って来てくれたのだ。


 味に飽きさせない為であろう、液体も種類を変えてきた。


 白い甘酸っぱい粘度の高いもの。


 白い粒の混じった塩気の多いもの。


 ぴりりと舌に刺激のあるスパイシーなもの。


 そのどれもが美味しく初めて口にするものであった。


 

 「#&※▲●◆☆₩¥」


 彼女の言葉に少年はゆっくりと頭をさげた。


 食事の感謝に対する礼の所作であろう。


 言葉は通じずともその行動、表情、そんな些細な事でお互いが通じ合えた。


 ピピ、ピピピ


 開け放たれた扉の向こう、小鳥が数羽地上に舞い降り何かを啄んでいる。


 茶色い小さな鳥だ。

 

 基地やコロニーの好事家が好むような派手さはないが可愛らしい小鳥。


 「ここは、素晴らしい場所ですね。遥か昔、我々の祖先が産まれ育った楽土とはこの様な場所であったのかもしれませんね」


 「★€+◎◎♪☆*■*◆◇@」


 「そうですね、今の私たちには遠い場所です。お伽噺でしか描かれない遠い夢の国」


 「%$、@◇◎■△▽△☆☆」


 「ええ、ありがとうございます」


 和やかな空気の中、様々な事柄を話し合った。

 自分の事、相手の事、目の前の庭園の事。お互い半分も理解出来ていない会話であったのかも知れない。

 それでもゆったりとした心地好い時間であった。


 「タタラ?言い難いのならば無理をせずとも……」


 名前も名乗った、少年はクロサワ・タタラと言うそうだ。


 タタラは彼女の名前、ミューツ・リュー・ミリュノフを幾度も口の中で呟いた。

 どうやら彼の言語では使わない発音が含まれている様で言い難そうにしている。


 タタラ少年は少しの間思案し口を開いた。


 「ミューネイチャン」


 照れ臭そうに、しかし確りとした発音で。


 『ミューネイチャン』


 ミューツを略しなにがしかの愛称を付けたものであろう。『ネイチャン』が何を指しているのかは判然としないが、それでも彼にそう呼ばれると何やらくすぐったくも嬉しさが込み上げて来るのであった。


 そう、まるで弟が居たらこの様な気持ちになったのだろうな。


 と。


 



 


 

 

 


 




 

 

 


 


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ