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ピカレスク・ニート番外編 不幸を呼ぶ女〜僕がニートになったワケ

作者: Ginran

ピカレスク・ニートの主人公ナスカ・タケルを掘り下げたエピソードです。

 *


 僕が魔法世界に来てはや一ヶ月。

 最近では日本のことを思い出すこともなくなってきた。

 それでも鮮烈な記憶がただひとつだけ存在する。


 それは、幼馴染の心深との最後の言葉だ。

 僕らのドア一枚を隔てた舌戦はそれはもう毎日の日課だった。

 内容は単純なもので、学校に行け、行かない。

 これだけのものだ。


 ただその日は何故か、いつもよりも激しい言い争いとなったのだ。

 僕は心深が理解できない。

 何故、どうして、こんなにも僕に構うのか。

 もしかしたら僕も意固地になっているのかもしれない。

 学校には行かなくても、高卒認定試験くらい取ろうと考えてはいた。

 それが今では、何が何でも勉強などするものかと思うほどだ。


 それはあれだ、自分がこれからやろうとしていることを先回りされて指摘されたときの、納得のいかなさ、バツの悪さ、カッコ悪さをそれぞれ十倍にした感じといえば少しは分かってもらえるだろうか。


 そして何より、僕は心深と縁を切りたい。

 僕は、彼女の近くにいると不幸になる。

 何かしらよくないことに巻き込まれる。


 学校で僕の席にイタズラされるようになったのも。

 校内サーバのBBSに僕らの写真が晒し者になったのも。

 合格発表当日に、僕が交通事故に遭ったのも。

 元を正せば全て彼女が始まりになっているのだ。


 *


 日本にいた頃は、現実の友達などひとりもおらず、いたのは腐れ縁の幼馴染だけ。

 両親は物心ついたときから家にいることが少なく。

 僕が小学校高学年に上がる頃には海外に長期出張することが多くなり、まったく家に帰ってこなくなった。


 一応、同じ市内に住む父方の弟に当たるひとが面倒を見てくれ、朝晩食事をしに行っていることになっているが、一年も通わないうちに僕は行かなくなってしまった。

 自分の家にいる時間よりも、叔父の家にいる時間が増えると、自分が他所の家の子になった気がして――、捨てられたような気がして嫌だったのだ。


 最初こそ叔父は僕の様子を見に来てくれていたが、僕がひとりで大丈夫だと言い張るとやがて干渉することがなくなった。

 両親が帰ってきて怒られるかと期待したが、なんの音沙汰もなかった。

 だんだん、学校に行くのが面倒になってきた。


 中学に上がった。

 教科書に書いてある勉強はつまらなかった。

 それよりも図書室に秘蔵してあるような学術書がおもしろかった。

 僕は休み時間のたびに図書室へ行き、やがて授業中になっても教室に戻らず、それらの本を読み漁るようになった。

 当然、学校の成績は惨憺たるありさまになった。

 補習も行ったり行かなかったりした。

 両親はもちろん帰ってこなかった。


 夏休みになると、県立図書館に通い、学校の授業にはまったく関係ない本を読み漁った。

 政治経済、世界史、民俗学、軍事専門書、理論物理学、一般相対性理論、量子力学、美術専門書……。

 左から右に流したジャンルもあれば、ちょっと本気を出してのめり込んだものもある。

 そうして読書漬けの毎日を送っていると、補導員に声を掛けられた。

 正確には図書館内にいる巡回警備員だ。

 ……どうやら夏休みは昨日で終わりだったらしい。


 *


 9月2日。

 僕が仕方なしに学校へ行くと、僕の席がなくなっていた。

 席替えでもしたのか、誰かに隠されたのか。

 友達もいないので誰にも聞くことができなかった。

 隣のクラスにいる幼馴染を頼ることだけは絶対に嫌だった。

 そうしてまた図書室で過ごすようになったのだが、あらかたの蔵書は読み尽くしてしまってい退屈だった。

 読むものが無くなって、試しに教科書を眺めてみたが、やはりちっとも面白くなかった。

 なんでこんな簡単なものを一生懸命勉強するんだろう……。



 *


 授業が終わる時間になると、僕は家に帰らず、その足で毎日図書館に通った。

 さすがにその生活態度が目に余ったのだろう、僕は両親と一緒に呼び出しを食らった。

 でも担任もなかなか両親と連絡を取ることができず、ようやく返信が来た時には一月以上が経っていた。

 僕はネグレクトされているんじゃないかと職員会議で話題になったらしいが、親戚が保護者役になっていると言うと、今度は叔父が呼び出された。

 叔父さんも叔母さんも、学校にはきてくれなかった。


 僕は相変わらず授業をボイコットするようになり、やがて担任教師も何も言わなくなった。

 しょせん義務教育。

 あと一年もすれば勝手に卒業しておしまい。

 もう関わることもなくなる。

 それまで面倒な生徒とは付き合わないようにしているんだろう。


 *


 相変わらず図書館に通う毎日だったが、飽きてきた。

 大抵興味のあるジャンルは読み尽くしてしまい、平日に街をぶらぶらするようになる。

 だが、大人の目は意外と厳しいことを知る。

 何度も補導されそうになったり、学校に通報されそうになった。

 なんとか家でできる暇つぶしはないかと探していたとき、インターネットを使ったPCゲームの存在を知った。

 それからは親の仕送りからノートパソコンを買い、ネットを引いてゲームの世界に入り浸るようになった。


 *


 仮想空間はたいそう居心地がよかった。

 誰も僕のことを知らないし、偏見の目でみたりしない。

 向こうから声をかけてきてくれたときには、正直うれしかった。

 初心者やベテランの差はあれど、基本的にみんな平等で紳士的だ。

 中にはもちろん違うヒトもいたけど、学校にいる時みたいに無理やり付き合ったりする必要はない。

 マッチングサーバを変えたり、ブロックをすれば二度と会わずに済んだ。ラクだと思った。


 仮想空間では与えられたアバターを育てることしか強くなる手段はない。

 そして時間とお金をかければ、誰でも確実に強くなることができるのだ。

 そこには大人も子供も教師もサラリーマンも社長も総理大臣も関係ない。


 そうこうしているうちに、僕にも顔の見えない友達ができた。

 そいつから紹介してもらったアニメや漫画を見るようになった。

 学校に行く時間がなくなった。


 *


 中学二年の終わり頃から、毎朝のように幼馴染が家に迎えにくるようになった。

 家の鍵を叔父さんから預かったと言っていた。余計なことを……。


 綾瀬川心深。

 スラリと背が高く、腰元まで伸ばした黒髪が印象的だ。

 僕んちの近所に住んでいて、幼稚園のときから知っている。

 僕から見ても、かなりキツイ性格の女の子だ。

 真面目で勉強ができて、悪いことやズルをする奴を許さない。

 彼女からすれば僕なんて口を出さずにはいられないんだろう。


 だから、そんな心深が男子から人気があるとわかったときは信じられなかった。

 小学生の時は全然モテなくて、よくからかわれていた。

 心深は性格だけじゃなくて、かなりキツイ声をしている。

 怒ったりするとヒステリックな金切り声になるのだ。

 そんなんだから『ギャオス』とか『怪音波女』とか言われて、その度にレーザーメスみたいな声で怒鳴っていた。


 *


 ある時、心深が自分のキツイ声をどう思うのか、僕に聞いてきたことがあった。

 正直、ちょっとうるさいな、と思っていたのだが、本人を目の前に言うのははばかられた。

 だから、「おまえの声はいいから性格を直したらいいよ」というとはたかれた。


 それからすぐに心深は隣町の子役劇団に入った。

 よくわからないが、何か色々と高音域の声をコントロールするトレーニングをしたそうだ。

 そうして彼女の声はすごく落ち着いたクリアな声になった。

 ヒステリックに叫ぶことがなくなった。

 知的で落ち着いた声で注意された男子はもう彼女を『ギャオス』とは呼ばなくなった。

 運動会でマイクの前に座り、プログラムを読み上げる係をやったときには父兄席がざわついていた。


 *


 一緒にいる僕はよくからかわれるようになった。

 中には羨ましいというヤツまでいた。

 心深が注目されるたび、隣にいる僕はイヤな気分になった。

 なんでおまえがその立ち位置にいるのかと、無言で言われている気がした。

 僕は自然と彼女と距離を置くようになった。


 中学になると初めてクラスが別れた。

 最初の頃は心深はよく僕のいる教室に顔を出していたが、一月もすればこなくなった。

 同じクラスに友達でもできたんだろう。

 実際男女五人ずつくらいのグループと一緒に歩いているのを見かけた。

 どうでもよかった。


 *


 中学三年になった。

 相変わらず僕は学校に行ってなかった。

 ネトゲをするようになってから、オタク趣味の友達が増えた。

 その中で声優オタクがいた。

 そいつが最近のオススメという声優になぜか心深がいた。

 今まではガヤ、というエキストラ役ばかりだったが、オーディションを受けてヒロインの座を射止めたらしい。

 作品のタイトルを教えてもらい、動画を検索して見てみた。


 小さい女の子向けのアニメで、女の子が魔法で変身して戦うやつだ。

 バトルはすごいと思ったけど、それ以外は会話のひとつひとつが苦痛だった。

 その中で、メインヒロイン達が集うクラスにやってくる転校生というのが心深だった。

 スラっと背が高くて、帰国子女で、みんなより大人っぽい感じの綺麗な女の子。

 実は彼女は敵側の女幹部で、同じく変身してヒロインたちと戦っていた。


 そして忘れるはずもない、心深独特のあの鋭い声。

 動画を通して聴いてみると凛としていて、確かに一度聴いたら忘れられない声だった。

 あいつ、こんなことをしていたのか……。


 声優オタクの友達に動画を見たと伝えるとすごい食いついてきた。

 聞けば最近売出し中で、かなり忙しいらしい。

 そういえば、放課後を待たずに校門を出て行く後ろ姿をみたことがあった。

 あれは多分、仕事に行っていたのだろう。

 そんなに忙しいならもう朝迎えにこなくてもいいのに。


 翌朝、学校に行こう、と心深がやってきた。

 いつもなら無視するが、ドア越しに「仕事が忙しいならもうくるな」と伝えた。

 彼女は「私の演技を見たのか」と聞いてきたので「見た」と答えた。

 しばらく沈黙したあと、「どうだった?」と聞いてくるので僕は正直に「ちょっと声の感じが怖かった」と言った。

 心深はものすごい癇癪を起こして、僕の部屋のドアを散々に蹴って行った。

 次の日、心深はこなかった。

 もう来ないだろう、そう思っていたら翌朝にはまたやってくるようになった。

 本当に勘弁して欲しいと思った。


 *


 雨ばかりが続く季節になると、自宅にやたらと電話がかかってくるようになった。

 朝昼晩と、あんまりにもしつこいので、電話線を引っこ抜いた。

 そうすると今度はインターホンが鳴った。

 心深はその気になれば合鍵で勝手に上がってきたりするので、勧誘か何かだろうと思った。

 担任だった。

 三年になってから一度も会っていなかった新しい担任教師だった。


 中高年。うだつのあがらない。惰性で教師を選択し、以降出世とは無縁な、そんな男。

 雨に濡れた前髪をハンカチで拭いながら、雑然としたリビングで「そろそろ進路は決まったか」と担任は聞いてきた。

 高校には進学しませんと言うと怒られた。

 若いうちから自分の限界を決めるな、お前にはまだまだ可能性がある、と言ってきた。

 うわ、僕が最も苦手とする熱血系男性教師だ。

 こんなんだったら無関心だった前の女教師の方がよかったな。


 担任はとにかく学校に来て話しをしようと言ってきた。

 来なければ毎日でも家を訪ねるという。

 仕方ないので翌朝、久しぶりに制服に袖を通して朝食もどきを食べていると、心深がやってきた。

 普通に不法侵入だろうというと、叔父さんと両親公認だから問題ないという。ホントかよ……。


 心深と登校するのは入学式以来だった。

 一緒に歩いているとやたらと視線を感じた。

 僕は気分が悪くなったフリをして先に行ってくれと頼んだ。

 心深は「そう言って逃げる気でしょ」と腕を掴んできた。

 周りがザワザワとした、ような気がする。

 僕はそのまま引きずられるように学校に行った。


 心深のクラスの前で別れ、自分の教室に入ると一斉に視線を感じた。

 登校中に感じていた視線よりもずっと悪意の強い視線だった。

 教室中を見渡しても僕の席はなかった。なので図書室に行くことにした。

 蔵書が増えていることを期待したのだが、アニメ雑誌とライトノベルしか増えていなかった。

 何気なく手にとったアニメ雑誌を捲ると心深のインタビュー記事があった。

 大きなたたき文字で現役中学生声優デビューとか書かれていた。

 僕はそっと棚に戻した。


 *


 スマホでネトゲをして時間を潰していると担任がやってきた。

 どうして教室にいないのかと聞いてくるので、こっちのほうが落ち着くからだと答えた。

 そのまま僕の進路相談が始まった。

 相変わらず進学は考えていないと言うと、それは認められない。必ず進学しなさい、とやたら熱く語られた。うんざりする。


 話題は僕の家庭学習の話になった。

 塾には行っていないし、家ではネトゲばかりしていると言うと、担任の表情が消えた。

 少し待っていろ、というのでぼーっとしていると、慌てた様子で紙束を持ってきた。


 最近の小テストだという。

 今からやろう、というので嫌な顔をしたら問答無用でやらされた。

 一枚につき一教科、二十分の小テストだ。

 結果から言うと、僕は半分(・・)しかできなかった。


 一教科の半分という意味ではない。

 出題された全教科の半分という意味だ。

 満点を取ったのは、歴史、社会、理科。

 0点を取ったのは、数学、現国、古文だった。


 担任は頭を抱えて愚痴りだした。

 なんでも僕が二年生の時に受けた最後のテストで成績が学年10位だったらしい。

 それ以前は200位圏内だったのに、いきなり10位。

 勉強も生活態度もダメ、という評価から生活態度に難ありな優秀な生徒という評価に上方修正された。

 授業には出ていないが、自主的に勉強をしているということで進路決定ギリギリの時期まで放っておいたそうだ。

 たださすがに三年生になっても進路が決定していないのはマズいので、急遽進路相談をすることにしたのだという。


 勉強をしてないと言ったとき、担任の顔色が変わったのはカンニングを疑ったためらしい。

 念のため目の前で小テストをさせてみると、これまた意味不明の点数を叩き出す始末。

 六教科合わせて300点。

 学年順位で言えば確実に100位圏外。でもそのうちの半分が満点。


 どうなんてるんだおまえは、俺をバカにしているのか、と大の大人に泣きそうな顔で問いただされ、僕はもう少しだけ詳しく話した。

 最近でこそネトゲばかりだが、それ以前は図書室で本ばかり読んでいたと。

 自分が興味を持って読み進めていた学術書の範囲から言えば、満点を取った教科は簡単だった。

 そして0点を取った教科はそもそもまったく興味がなかったのでわからなかったのだ。

 期末テストの点数が良かったのは、たまたま図書室に読む本が無くなって、暇つぶしに教科書を眺めたからだと答えた。


 その話をした途端、担任は希望に顔を輝かせた。

 じゃあ勉強しよう! 全部の教科の先生に補習をお願いしよう、お前なら短期間で学年トップになれると太鼓判を押された。

 僕は嫌ですと答えた。

 学校の勉強はつまらないのでモチベーションが上がらないと。

 授業に出るのも面倒だと。

 中学を卒業できればあとは別にいい、そう言った。


 それから昼休みを挟んで放課後までさんざん担任に説得をされた。

 昼休みにはカツ丼を持った学年主任がやってきて、食べてる最中にもくどくど説教を垂れた。

 放課後には名前しか知らない教頭と校長までやってきてツインスピーカーになった。


 結果から言うと僕は懐柔されてしまった。

 学校側が勧める進学校に入ること。

 学校には毎日くること。

 ただし授業には出ても出なくてもいい。

 出席だけ取ればあとは好きにしていい。

 テストで結果さえ出せばいいと言われた。


 *


 そうして、翌日から僕の少しだけ規則正しい生活が始まった。

 毎朝のお出迎えはやっぱり心深だった。

 一緒に通学するようになって、心深はポツポツと自分のことを話すようになった。

 昔から自分のキツイ声がコンプレックスだった。

 とあることが切っ掛けで、児童劇団に入った。

 そこで劇団長に声優をしてみないかと進められたこと。

 顔を出さずに演技をするほうが自分には合っていること。

 演技の世界は礼儀作法や上下関係が厳しく、とても勉強になっていること。

 顔出しはしないつもりだったが、所属事務所の社長に説得されて少しずつパブを広げていること。

 僕は適当に相槌を打っていた。

 心深は、どうして私が児童劇団に入ったと思う、と聞いてきた。

 僕はわからない、と答えた。

 途端、唇を尖らせて不機嫌になった。

 でも少ししたら嬉しそうに僕を見ていた。

 よくわからない……。


 *


 心深と一緒に登校するようになってしばらくすると、僕の机がイタズラされるようになった。

 登校中の奇異の視線も、教室の刺すような悪意にも慣れ、

 毎朝心深に引きずられるように学校に通っていたのだが、

 担任が新たに用意した僕の席に――、花が添えられていた。


 花瓶に一輪、大輪の芍薬。

 旬の花だった。

 捨てるのも勿体ないので、そのままにしていたらやってきた担任に見咎められた。

 僕は、芍薬です。中国原産で漢方薬にもなります。根を乾燥させて赤芍、白芍という鎮痛剤にもなります、と言った。

 そうか、お前がそれでいいならいい……。とよくわからないことを言った。

 普通に綺麗な花なんだけどなあ。


 次の日、今度は花の代わりに昨日の給食が机の上に置いてあった。

 水分が飛んでコッペパンがカチカチだ。

 さすがにこれには顔をしかめる。

 臭いが気になるので掃除をしないわけにはいかない。

 手間だがしょうがなかった。


 翌日、再び給食が配膳されていた。

 ご飯の水分が以下略。


 どうやら僕の分のあまった給食を毎度片付けずにそのままにしているらしい。

 昼以降の授業はみんな臭くないんだろうかね。

 さっそく僕は担任に自分の分の給食停止をお願いした。

 学校給食の配膳は厳格に管理されていて、

 人件費や材料費の高騰から余剰分を作る余裕はない。

 惰性で払っていた給食費も払わないよう手続きをした。

 担任は渋い顔をしていたが、もともと僕は給食を食べていないし、

 適当に弁当を作って図書室で食べるというと了承された。


 次の日からは給食の残飯が机の中に入れられるようになった。

 うーん。誰の仕業か知らないが面倒なことを。

 僕はさっさと掃除を済ませると、用務員室から電動ドライバーを借りてきた。

 物々しい工具を片手に戻ってきた僕を、現国の教師が咎めようとするが、構わず作業を始める。

 ネジ止めされていた机の用具入れの部分を取っ払ったのだ。

 大昔の用具入れと机の足が接合されたタイプのものじゃなくて助かった。

 こうして給食のイタズラは鳴りを潜めた。


 *


 心深は毎朝飽きもせずに迎えにやってきた。

 僕が弁当もどきを作っているのを見て目を丸くしたあと、味見と称して玉子焼きをつまみ食いした。

 心深はマズい、と言った。

 当たり前だ。誰が作ったと思ってるんだ。


 イタズラの件は彼女には内緒にした。

 なんとなくもっと面倒なことになると思ったからだ。


 そうして、初夏の日差しを浴びながら登校していると、

 心深が僕の進学先を聞いてきた。

 〇〇高校だと言うとものすごく驚いていた。

 なんで、どうしていきなり、と焦った様子で捲し立ててきた。


 仕方なしに担任から校長にまで説得されたことを話すと、

 唐突に真剣な表情になってカバンから分厚い手帳を取り出した。

 軽く覗き込んでみると、スケジュールカレンダーにはびっしりと文字が書き込まれている。

 収録、レッスン、撮影、などなど。

 一般の中学生には不釣り合いな単語が見て取れた。

 そしてパラパラと何度もページをめくり、口元に手を当ててブツブツと独り言を始めた。

 大丈夫かなコイツは。

 そう思っているとパタン、と手帳を閉じて「よし!」と気合を入れていた。

 本当にわけがわからない。


 そうして再び僕らが歩き始めると、妙な視線に気づいた。

 いつもの奇異な視線が幾分多くなっているような気がする。

 それに合わせてヒソヒソと囁き声も聞こえてくる。


 とても居心地の悪い空気の中、正門前に差し掛かると声をかけられた。

 もちろん僕にではなく、心深がだ。


 相手は分厚い眼鏡をかけた男子生徒だった。

 全体的に肥満体型で、首元のカラーからは贅肉がはみ出していた。

 差し出す手には心深の記事が載っているあのアニメ雑誌。


 男子生徒はサインください、とまるで告白するみたいに言った。

 いいよ、と心深はにこやかに応対していた。

 手慣れた感じがするので、僕が知らないところでこういうのはよくあるのかも、と思った。


 心深が受け取った雑誌にマジックでサインをしていると、遠巻きに人垣ができていた。

 僕は一人でさっさと行こうとしたが、心深がさっと肘を突き出してきた。

 突っ切ってもよかったが、あとが怖いのでやめておいた。


 心深からサイン入りの雑誌を返してもらうと、男子生徒は何度もお礼を言っていた。

 ひとつ聞いてもいいですか、と最後に言った。


「おふたりって付き合ってるんですか?」


 その瞬間、ざわめきが一気に遠のいた。

 心深の顔から営業スマイルが消え、先ほど見せていた真剣な表情になっていた。

 胸の前でギュッと両手を握りしめている。

 そして誰もが息を潜めて心深の言葉を待っているようだった。


「そんなわけあるか、バカバカしい」


 そう吐き捨てて、僕はひとり歩き出した。

 誰も僕なんかお呼びじゃないのはわかっていたが、僕が言うべきだと思った。

 その日を境に、校内に僕達の噂が飛び交うようになった。


 *


 今日も今日とて図書室ぐらしだった。

 卵の殻が入った玉子焼きをボリボリ食べていると、スマホが着信を知らせた。

 僕はびっくりした。

 メールが届いているようだ。

 イベントクエストの通知以外でメールが届いたのは初めてだった。


 送信者は知らない名前だ。

 明らかに偽名っぽい。

 ドメインはフリーメール。

 件名はなく、本文にURLのみが貼り付けられていた。

 なんだろう、ブラクラとかスパムメールかな。

 消そうかと思っていると、リンクのURLに学校の名前が入っていた。


 少し迷ってからURLをタップすると、案の定、学校が設けている生徒用BBSだった。

 そこに、僕と心深の隠し撮り写真がアップされていた。

 僕の家の外観と、玄関から出てくる僕と心深の姿。

 彼女に引きずられる僕の姿は、腕を組んで歩いているように見なくもない。


 掲示板には好き放題書かれていた。

 心深が声優をしてるのは周知の事実で、

 彼女が最近やったあの帰国子女のヒロインの動画や、

 声優雑誌の特集ページの画像も貼り付けられていた。


 なんだこれ、あり得ない、嘘だろう、不釣り合い、彼女は脅されている、早く離れるべき、隣のゴミって何? 心深ちゃんを汚すな、男をぶっ◯せ、死ね死ね死ね死ね……。


 おおよそ掲示板には僕への罵詈雑言で埋め尽くされていた。


 校内で下にも置かないアイドルとして認知されつつある心深と。

 授業をボイコットしてばかりいるネトゲニートの僕と。

 どちらが非難の対象なのかは明々白々だった。

 そんなことはわかっている。

 誰よりも僕自身が一番よくわかっているのだ。


 だから、そんなゴミ野郎にも優しくしてくれる心深を悪く言う生徒はいない。

 そればかりか、声優としての彼女を知り、新たにファンになったというヤツが大勢いて、まあこれはこれで良かったと思った。


 なんとなく。

 なんの根拠もない単なる勘なんだが。

 僕の机にイタズラしたのと、この隠し撮り写真をアップしたのは同一人物だと思った。


 *


 校内BBSの惨状を見た僕は、心深と距離を置くことにした。

 具体的には接点を減らそうと考え、朝、一時間早く家を出た。


 どうせ学校ではクラスも違うし、

 放課後などは声優としての仕事やレッスンがあるので、

 あいつは部活もせずにまっすぐ現場に直行する。

 朝だけ会わないように気をつけていれば、

 彼女との接点は消滅するだろう。


 こんなに早い時間に学校に行くのは初めてだった。

 人影のまばらな通学路を歩くのは気持ちがいいし、

 弁当を作る時間がなかったので、

 途中のコンビニでパンを買ったりするのが新鮮だった。


 久しぶりの開放感に浸りながらつくづく思う。

 心深のやつも本当に、頼まれたからって毎朝僕を迎えに来なくてもいいのに。


 *


 正門をくぐると、グラウンドでは野球部とサッカー部が朝練をしていた。

 それを横目に昇降口を上がり、無人の廊下を歩いて行く。


 図書館に直行するつもりだった僕が、

 何故その時、足を止めてしまったのか。

 素通りするはずの自分の教室を覗いてみると、

 僕の席に誰かが座っているのが見えた。


 教室の一番後ろにポツンとひとつだけある席。

 用具入れを外され、幾分みすぼらしいその天板に足を投げ出し、

 ひとりの男子生徒がスマホをいじっていた。


 短く切りそろえたスポーツカットの髪。

 体格は大柄で、僕より頭ひとつ分は背が高そうだ。

 10番と書かれたサッカー部のユニフォームに身を包み、

「ちっ」と何度も舌打ちしながら画面を覗き込んでいた。


 着信。

 ワンコールもおかずに男子生徒が応答する。


「おせーぞ。早くアップしろよ」


 その一言だけでピンときてしまった。

 早起きは三文の徳ではなく、トラブルの元だった。


「あ? 心深だけ? あのクソ野郎は?」


 おそらく。

 彼は僕の家の近くで張り込んでいるヤツと連絡を取っているのだろう。

 僕と心深が一緒に出てきたところを盗撮するために。

 彼女ひとりだけで出てきて肩透かしを喰らい、指示を仰ぐために電話をしてきたのだろう。


「そんなわけねーだろ、よく見たのか? バカかてめー、あいつと一緒のとこ撮らねーと意味ねーだろうがッ!」


 電話相手が気の毒になってくる。

 僕の気まぐれのせいで、朝も早くから張り込んでいた誰何が怒られているのだから。


「――ちっ、カスゴミがまたサボりか。このまま辞めちまえばいいのに。あーいいよ、心深の写真だけ撮っても意味ねーべ。……撮ってもいいけどよ俺にだけ送れよ。アップなんてすんな、他のヤツらに見せる必要なんてねーだろ。俺の心深だぞ、お前もあとでデータ消せよ」


 なんだろう。

 漁夫の利というか、カモネギというか。

 こいつもちょっと油断しすぎじゃないだろうか……。


 知らなければよかった事実に辟易とする。

 面倒くさい。ただひたすらに面倒くさい。

 もういっそ見なかったことにしてしまおうか。

 そう思い、僕は盛大なため息をこぼしてしまった。


 はッ――と、男子生徒がこちらを見た。

 ドアの隙間からお互いの目がバッチリかち合う。

 向こうは固まり、僕も固まった。

 沈黙は永遠に続くかに思われたが、そんなことは当然なく。

 急激に僕の方がバカバカしくなってしまい、図書室へ向かうべく歩き出した。


「お、おい――待てコラッ!」


 ガダン、ガンッ、「ぐあっ」と盛大な音とうめき声が聞こえた。

 男子生徒は後頭部を抑えながら、猛然と廊下に飛び出してきた。


「待てコラッ、シカトすんな!」


 一瞥も投げず、歩みも止めない僕の前に回り込み、盛大に怒鳴り散らす。


「成華てめえ……、全部聞いてやがったのか」


 いや、そっちが勝手に喋ったんだろうに。

 答えないと通してくれないだろうなあ。


「不本意ながらね。ていうかキミ、誰?」


 あ。

 地雷踏んだ。

 彼が拳を握りしめる。

 額に太い血管がぷっくりと浮かび上がった。


「余裕だなカス野郎。俺を知らないだと?」

「うん、ごめん。キミをっていうか、クラスの誰も名前知らないんだけどね」


 などと言いながら、そういえばサッカー部のエースストライカーが彼ではなかったかと思いだした。

 図書室に掲示してある校内新聞に、彼の活躍が写真付きで載っており、嫌でも目にしていたからだ。


「サッカー部の高山くんだっけ」

「おおよ、てめえみたいなカス野郎に名前を覚えられていても仕方ねえけどなあ」

「そう」


 最初は密談がバレて罰が悪そうにしていたのに、

 今はまるでとって食われそうなほどのプレッシャーを感じる。

 喧嘩になったら一秒で負ける自信があった。


「あの、さっきの誰にも言うつもりないからさ。そこ、通してくれない?」

「何ィ……?」


 先程から僕の発言のなにがそんなに彼の逆鱗に触れるのだろう。

 刻一刻と事態は悪化しているように思える。


「脅しのつもりか、そんな殊勝なこと言っても騙されねーぞ!」


 考えすぎだ。

 そもそも彼の動機は全て心深のためであるのは先程の会話でわかってしまった。

 自分の好きな女の子が僕のようなヤツの世話を焼くのが我慢ならないのだ。

 掲示板の書き込みだって彼が誘導したものだろう。

 盗撮をしたのは悪いことだが、扇動者(アジテーター)として、心深を傷つけることはしなかった。

 その点だけでも彼の心深に対する気持ちの誠実さ(?)が見て取れた。


「脅すつもりはないし、先生にチクったりもしない。掲示板も今までどおり好きなこと書いてていいよ。机を汚されるのは掃除が面倒だからやめて欲しいけどね」


 僕がそう言うと、高山は鼻の頭にシワを寄せた。

 その目が、おまえは何を言ってるんだ、と理解しがたいものへの猜疑心と恐怖心で満たされているのがわかった。

 黒幕に向いてないな。肝っ玉小さすぎ。


「僕がゴミカスなのは反論のしようもない事実だよ。心深が僕なんかに関わるのも間違いだ。あいつは僕の両親や親戚に頼まれて仕方なしに毎朝迎えに来ているだけだよ。それも金輪際終わりにする。だから僕のことは放っておいてよ」


 嘘偽りのない本心だった。そして僕にできる最大の歩み寄りだ。

 だというのに、高山は再び怒りの炎を背負い直し、僕の胸ぐらを掴みあげてきた。


「てめえ、なに余裕こいてやがんだ。おまえが自分のことにしか興味のないゴミ野郎だっていうのは百も承知なんだよ。でもてめえが心深に関わらないだけじゃ足りねえ。今すぐ学校辞めてどっか遠くに転校しろ。それ以外は絶対に許さねえ」

「ええ……?」


 僕が許してもらう立場だったっけ。ちょっと下手に出過ぎたかな。


「ちょ、ちょっと待ってよ。なんでそんな極端な話になるのさ。心深とは毎朝一緒に登校しないようにするし、今後会話もしないし、話しかけられても無視するからさ……!」


 ギリギリと、僕を締め上げる力が強くなる。

 なんだ、火に油を注いでいるのか僕は!? なんだろう、僕は何を見落としている!?


「畜生、畜生畜生畜生ぉ! こいつはこんなゴミカス野郎だっていうのに……! なんで心深はこんなヤツをぉ……!」


 高山は目尻に涙さえ浮かべて僕を睨みつけてくる。

 なんで、どうしてなんだ――!

 どいつもこいつも心深がなんだっていうんだよ!

 あいつは我が物顔でひとんちに上がり込んで、癇癪起こしてドアを蹴ったり、僕を蹴ったりするような乱暴者なんだぞ。それがなんだって言うんだ!


「そ、そんなに心深のことが好きだっていうなら、さっさと告白でもなんでもしてキミが付き合っちゃえばいいだろう……!」


 僕は苦し紛れにそう言った。そうなれば万事解決だと思った。

 校内のアイドルとサッカー部のエース。

 お似合いのふたりじゃないか。


「したさ」

「え?」

「でも仕事もあるし、受験も忙しくなるし、誰かさんの世話もあるわでそんな暇はないんだとよぉ……!」

「……ああ」


 バカだな僕は。

 そもそもこんな状況になった時点で負けなのだ。

 クラスメイトの情報なんてろくに持ってないくせに、憶測と推測だけで物事を判断するからこういう盛大なトラップを踏み抜くことになる。


 高山の拳が振り上げられた。

 骨ばって血管が浮いててメチャクチャ痛そうだ。

 避けたりしたらもっと怒るんだろうなあ。

 でも痛いのは嫌だなあ。

 そんなことを考えていると――


「何してんのアンタたち!」


 ドキンッ――と。

 僕も高山も。

 完全に停止した。


 精錬で潔白でクリアで甘くて怖い。

 色々な情報がたったその一言に込められていた。

 現役声優の本気の制止だった。

 抗いがたい魔力を持っている声だった。


 当然のように声の主は心深だった。

 ここまで走って来たのだろう。

 はあはあ、と肩で息をしている。


 長い黒髪を振り乱しながらツカツカと歩み寄った彼女は、

 僕と高山の間に強引に割り込み、僕を背中に庇った。

 そして事もあろうにこう言い放ったのだ。


「あなたって本当に最低だね、高山くん」


 僕は頭を抱えて天井を仰いだ。


「こんな朝早くにタケルを学校に呼び出して、暴力を振るうつもりだったのね!?」


 いやいや、僕がうっかり失言しただけで彼は悪く無いんだ。


「最近教室でタケルを虐めてるっていうのも、高山くんなんでしょう!?」


 いや、どうしてそれを……。

 断じて僕は心深に嫌がらせされている件を話してはいない。

 だというのに、彼女は僕がされてきた数々のことをどうにも知っているようだった。

 そりゃ、クラス全員が知っていることだし、ヒトの口に戸は立てられないと言うが、心深は心深で情報網を別に持っているのだろうか。


 僕は恐る恐る、心深の肩越しに高山を見た。

 噴火寸前の活火山みたいな顔になって僕を睨みつけていた。


「ごめんねタケル、私がもっと気をつけていればよかったのに。でも安心して、こんなことが起こらないように、もう一度きちんとハッキリさせておくから」


 頼むからやめてくれ。彼のライフはゼロ――


「高山くん、あなたが告白してくれたことは嬉しかったけど、でもこんなことするヒトとはもう友達じゃいられない。もう二度と私達(・・)に関わらないで」


 無人の廊下に心深の声が木霊する。

 まるで汚れの一切を浄化するような美しい声だった。

 こいつ、こんな声出せたんだ……。

 そして私達って。

 一括りにされちゃったよ。


 僕は心深に腕を取られ、引きずられていく。

 僕のせいで心深に二度もフラれることになってしまった高山を、もう一度振り返る勇気はなかった。


 *


 あとで担任から聞いた話だが、心深がそれまでの進路を変更し、

 志望校を僕と同じ高校にしたらしい。

 その情報はかなりの速度と精度で校内を駆け巡り、

 僕以外の全員が知ることとなっていたようだ。

 それは当然、あの高山も知っていた。


 実際、彼女の担任や両親などからも、無茶だと止められたのだという。

 現在はなんとか仕事と勉強を両立させているが、進学先を変更するなら、学業を優先せざるを得ない。

 せっかく声優としても人気が出始めてきたのに、仕事を休むことになってもいいのかと。

 所属事務所からも説得され続けているらしい。


 そして、ネット友達である声優オタクから悲報が届くことになる。

 心深はあっさりと声優業を休止したそうだ。

 学業に専念した後、高校入学とともに幅広い活躍をしていきたいと事務所を通して宣言したそうだ。

 今まで抑えていたパブを全開にする代わりに受験勉強をする時間を得たのだろう。


 僕はもう、言葉もなかった。

 あれ以来、高山はすっかり大人しくなった。

 だがそれは津波の前の静けさに似ているような気がした。


 そうして、これまたどうでもいいことがだ、僕は中間テストと期末テストで一位を取った。

 小躍りする担任に僕はオフレコでお願いし、もうワンランク上の高校に進学することを伝えた。

 次の日には心深の知るところとなり、彼女も同じ高校を選択していた。

 情報を漏らしたヤツを殺したいと本気で思った。


 *


 受験日当日。

 内申書がガタガタのはずの僕は、学校代表に祭り上げられて受験に臨んだ。


 合格発表当日。

 徹夜で時限クエストをこなしていた僕のところに心深がやってきた。

 合否なんていまどきメールで送られてくるというのにどうしてわざわざ見に行かなければならないのか。


 結局心深に逆らえるはずもなく、わざわざ発表会場まで足を運ぶことになった。

 当然のように僕の番号はあった。

 心深は「おめでとう」と言いながらも不安そうにしていた。

 結果から言うと彼女の番号もあった。

 毎日20時間勉強してたのだという。

 待て。計算がオカシイ……。


 さっさと帰ろうとする僕をまたもや引きずり、彼女は学校へ報告に行った。

 僕はおまけだ。当然主役は難関校に努力で合格した心深だった。

 どうでもいいことだが、担任は来春から別学校に移動して学年主任をやるらしい。

 初めての出世。お見合いの話も来て泣いて喜んでいた。

 本当にどうでもいい情報だった。


 心深はみんなに囲まれて身動きが取れなくなったので、

 僕はこれ幸いにとひとりで帰った。

 彼女はこれから所属事務所に挨拶に行くらしいので、

 どのみち別行動をしなければならない。


 これで僕の義務教育が終わった。

 高校に真面目に通うつもりはなかった。

 両親がいつまで仕送りをしてくれるかわからなかったが、

 もらえなくなるまでに、なんとか生活できるような仕事を見つけなくては。


 しばらくは好きなことをしながら、高認でも目指そうかと考える。

 ぼーっと信号待ちをしていると、不意に背後に気配が生まれた。

 心深が追いかけてきたのかと思い、無視していると――


「あ」


 我ながらマヌケな声が出た。

 猛烈な勢いで背中を押され、僕は一瞬浮き上がりながら道路に着地した。

 次の瞬間、真横からものすごい衝撃が来て、目の前が真っ暗になった。


 *


 気がつけば病院のベッドの上だった。

 どうやら僕は大型トラックに轢かれたらしい。

 命に別条はないが、右腕と右足骨折で全治二ヶ月の重症だった。


「このバカ! 私が居ないとホントどうしようもないんだから――!」


 駆けつけた心深に散々罵られたが、僕は黙っていた。

 心配しながら怒るという器用なことをしつつ、彼女はベッドに縋って泣いていた。


 僕は心のなかで固く決意した。

 早くこいつと縁を切らないと、本当に殺されてしまうだろう、と。


 *


 僕はニートである。

 断じてイジメられてなんかいない。

 同情的な目で見られたり、蔑まれるくらいならニートの方がマシである。



長いお話でした。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

この幼なじみとも次のシリーズでどんどん主人公に関わって欲しいと考えています。

どんなに不幸な目に遭っても死ぬことはないですし(笑

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