酔狂
「アッハッハッハハハハハ!アッハッハッハ!アッハハハ!アーッハハハ!クッ、プフッ、アーハハハハ!」
一人酒。
こんなに酔っ払ったのは久しぶりだ。
普段酒なんて付き合いでしか飲まないのに、
付き合いの時より飲んでないのに、
酔っている。
「アッハハハッハ!最高っ!最っ高じゃないか!クククク、素晴らしい世の中だ!アハハハハハ!あが、あぐぐぎぎ、あげげげ、おごごごご、くきききき、ぶっはははは!」
止まらなかった。
止められなかった。
発端は、酒とジュースを間違えただけ。
今日は給料日。
この頃暑くなってきたので、買って帰って飲もうと思ったのだが、帰り道に迷った。
たかだか家から5分もしない道を。
角が多いなんて言い訳だ。
普段から行かないのも。
今から行こうと思えば行けるほどには覚えてるはずだ。
だがその裏腹に帰ってこれる気はしなかった。
帰り道が分からないのだ。
家からコンビニ着く道の、家に着くまでの帰り道が。
最初は酒とジュースを間違えて買った事に腹を抱えていたが、今は先述の様な普段の俺のおかしな当たり前の日常に抱腹絶倒してる。
たかだか1本の酒で。
何が面白いって?
何か面白いんだよ!
アッハッハッハッハ
帰るのに手間取って晩酌が遅れたのが原因で既に日付は変わっていた。
寝なきゃ起きれないのに眠れない。
いつもの事じゃないか。
酔っ払ったら眠れるはずじゃないのか?
一人の晩餐はまだまだ終わりそうになかった。
が、
さすがに夜中に一人で騒ぎすぎたようで
警察に通報された。
最初は冷静さの中欠片も無く、ただ警察が来たことに笑っていた。
だが、その様子を少し危惧したのか2人組の警察官は、1人は暴れ出さないように抑え、もう1人は警察手帳を目の前に突き出し状況を説明する。
白けてくる。
酔いも覚めてきて、夜風で体が冷める。
そしてこれからを説明され任意同行の下、交番に赴くことに。
そこで事情聴衆をするとの事。
大家さんに鍵を任せ寒い夜闇へ連れ出される。
他人の車に乗るのは久しぶりだ。
笑えてくる、先ほどよりは幾分白けているが。
いつぶりだろう。
いつぶりだろう、酒を飲んだのは。
そういえば最近いつ付き合いで飲んだ?
自分から飲む事は滅多に無かったが、そもそも酒自体、いつぶりだ。
移送中何かを話しかけられたが、「もう少しだから」と聴こえた時だけ理解出来た。
その間、だんだんと冷静を取り戻す脳で、えんえんと記憶を探っていた。
見つからない。
そもそも記憶が見つからないのだ。
靄がかかっているみたいに、何もない霧の中を手探りで、空から濁った水の中を見つめるようで、水の中から曇った星空を眺めるようで、何もハッキリとしない。
自分はまだ酔っているのかさえ。
随分長くかかったように感じる。
「ふぅ」と一息吐き降りるように指示するドライバー。
抵抗や反抗する気はさらさら無く、ただ体がハッキリ動くか不安だった。
しっかりと動くか、自分でも確証が無かった。
警察官の1人に肩を借りながらようやっと降り、中まで連れられた。
自分ではただ座ったつもりだが、ドカッと腰深く勢いよく腰掛けたそうだ。
そこから事情聴衆が始まった。
自分の名前や年齢、職業など身分証明が始まった。
車は無いが免許があったのが幸いした。
そして、最後に、警察官の好奇心からだろうか、何が可笑しかったのか尋ねられた。
確かに、別に酒には極端に弱いわけではない、が。
あそこまで酔いが回ったのは久しぶりだ。
ただ、会社への、会社での不満が爆発しただけだと思う。
仕事は上手くいってないわけではない。
だが、確かに会社の不満は溜まっていた。
でも、溜まっていたモノはそれだけじゃなかった。筈だ。
何かが引っかかる。
とれそうで中々とれない。
そんな所に爪楊枝が差し出された。
「あなたはどんな生活をしているんですか?」
さっき事情聴衆をしたばっかりじゃないか。
でも、それはそう思っただけで、ただ素直に答えた。
「1人暮らしです。」
何かが胸の中で騒つく。
何かに気付けている。
爪楊枝でもとれないのであればと糸ようじが差し出される。
「今、ご家族は?」
警察官は恐る恐る確信を得ようとしている。
「げん、げんきで______ 」
酔いの醒めが記憶を覚ます。
「げんき、な、はずで、す。」
気付けば身体が震え出し、言葉も満足に出せなかった。
目頭も熱くなり、その熱の所為か
嘘が漏れてしまった
。
ここは言わば小さな警察署、そんな所で警察官2人に見守られながら嘘を吐いた。
その事が更に頭を混乱させる
酔いは醒めてきているのに頭がグラグラする。
座っているのに立ち眩みしているような。
「おたく、大丈夫?」
少し心配そうに声をかけられた。
「は、ぐっ、はい、グスっ」
鼻水も垂れてきた。
スッともう一人がティッシュボックスを差し出した。
「ぐっ、うっ、ずず」
言葉の代わりに頷いて礼を示し2、3枚もらって鼻をかむ。
「落ち着きましたか?」
「は、はい、うっ」
嗚咽を堪え切れない。
「失礼ですが、おたくの両親は元気ですか?」
また、同じ質問をしてきた。
「…」
答えられない。答えたくもなかった。
今さら嘘だったなんて言えないし、自分でも忘れてた事だ。
どうすればと迷った挙句どうする事も出来なかった。
「…」
警察官の目つきが少し変わる。
1人が奥からメモ用紙を取り出しに行った。
「どうかしましたか?」
「い」
言葉が詰まりとっさに首を振った。
「本当に大丈夫ですか?」
「…」
頷けない。
自分でも分からなくなって来ていた。
自分は大丈夫なのか、どうしてここにいるのか、今何が出来るのか、今両親は元気なのか。
だんだん思い出が邪魔をする。
正常な考えが出来なくなっている。
「うっ、うっ、」
ただ膝に手を強く押し当て涙を流すしか出来なかった。
もはや決壊して勝手に流れている。
一度、こうなってしまうと止む事なく、さらに勢いがついてしまう。
「くっ、ぐぅっ、ああ、あっ、んぐ、あ、くっ、」
思いは言葉にならない。伝わらない。
言葉は全て感情に奪われた。
過去が頭を埋め尽くす。
記憶が発掘され顔を出す。
僕は今、
俺は昔、
これからの 、
分からなくなる。
混乱する。
狂乱する。
おかしくなる。
可笑しくなる。
オカシクナル。
おかしいな、何でだろう。
どうしてだ。
先日、電話を好まない親父から手紙が来た。
今度、家で飲もう。
それだけ書いたものが。
何時にするか返事をした。
親父は長年溜め込んだツケが回ってガンで他界。
後を思うようにお袋が寿命でもないのに突然倒れて、打ち所が悪くそのまま死亡。
返信はそんなものだった。
二人とも俺が知らないまま死んだ。
二人とも僕を知らないまま死んだ。
振り込み続けた金も殆ど帰ってきた。
こんなのは要らない。
返して欲しいモノは他にある。
僕を甘やかしたのに、
どうして、
俺に甘えてくれなかった?
俺が今までやって来たことは?
親が今までやって来てくれたことは?
今、昔、今日、昨日、
いままで、これまで、
「あ、あああ、あっ、ああ、あああ、ああ、が、あ あ、ぐぁ、あ、ああ」
押し殺した叫び。
今にも発狂しそうな叫びを堪え、溢れるのは感情に任せた鳴き声。
無様にまた鼻水も垂らしながら、それでも縋るまいと顔を伏せて膝の上の拳を強く握るだけ。
警察官は黙って俺を見つめている。
30分は経っただろうか、
「親は、2人とも死にました…」
嗚咽の間隔に余裕が出始め、その隙間に押し入るように搾り出した声で真実を言った。
「そうですか。」
向こうも疲れているだろうが、僕の言葉に反応した。
「最近、亡くなって、それでも、ぅぐっ、まだ実感が、無くて、」
力が入る拳から無理矢理力を抜こうとする。
「まだ、元気だと、おも、思ってて、でもっ、本当は違くて、ぅ、ただそう思いたく、て」
仕事に没頭してたんじゃない、没頭しようとしていたんだ。
そうする事で、考える暇をなくし、暇をなくす。
今まで同じようで変わらない。
変わってないはずだった。
警察官は黙って見守る。
「さっきはすみませんでした。」
俺の謝罪に警察官は頷く。
「大丈夫だよ。そういう事情があったんだね。」
大人ではなくどこか子供に接するように言った。
それに対し僕は少し…
「はい、ごめんなさい。お騒がせしてここに来たのに、また。」
「いいや、もう理解してるなら大丈夫だよ。」
少し微笑んで許してくれた。
一人が出口を開けてくれた。
「帰れるかい?」
座ったままの警察官が問う。
「大丈夫だと、思います。」
答えて立ち上がる。
正直不安だ。
「タクシーでも呼ぶかい?」
「家、少し、足で帰ります。」
「そうかい、気を付けてね。」
「はい。」
2人にそれぞれ向き合って頭を下げる。
「ご迷惑をおかけしました。ありがとうございました。」
「うん、それが私らの仕事だからね。もうここには来ないといいね。」
向こうも立ち上がって笑顔で小さく手を振った。
出る時、開けてくれている警察官に、
「お気をつけて、頑張って下さい。」
少し無表情に言われ、
「はい。」
"普段"の笑顔で応えた。
尚も薄暗い沈みかけた月夜の夜道をひとりで歩く。
帰り道、分からないが、迷うかもしれないが、
帰る。
明日は仕事、じゃなかった。
所内工事で珍しく休みだったはず。
乱れた生活リズムが乱れた体は気怠さに襲われていた。
それでも帰り道をゆく。
歩きだと少し長い。
いや、迷ってるからそう思っているだけかもしれない。
車でも迷うかもしれない。
もはやただの自己証明でしかないこの証には後悔しかない。
それでもそれは財布に入れたまま。
家に着いたら、帰ったらまずは整理しないとな。
そして、
それから
それでも体を冷ます明るい夜闇に時折体を震わせた。
…
お疲れ様です。
この作品に目を通して頂けた事をこの場で感謝申し上げます。
思い付きはお盆の最中で、仕事が嫌になって書き始めて寝落ちし、それから今でも仕事に自己中な理不尽を感じた際に続きを書き貯めて完成しました。
細かい所にツッコミ箇所があるかも知れませんが、調べて書くよりも感情的に書きたかったので、そこには目を瞑って頂けたら、と思います。
それでは、
ありがとうございました。