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ストーリーハント

 世界には多くの職業がある。人の暮らしを向上させるために働く者、娯楽を提供する者、病気を治す者など数えきれないほどの職種が存在している。

 数多の職業がある中、ここ数年で急速に発達してきたものがある。その職業の名は“ストーリーハント”。今までにない新種の職業である。



 暖かな日差しが注ぐ庭で、地面に座りこみ木に背を預けて読書をしている青年がいる。小さな木陰の中で真剣にページを捲る彼の横顔はとても端整で美しい。

 青年が本を読み進めていると遠くから声が聞こえてきた。

語里かたりー! かーたーりー! どこー?」

 青年が声の聞こえてきた方向に顔を向けると、1人の少女がこちらに駆けてくるのが見えた。

「見つけた! 探したんだよ。こんなところで何してたの!?」

 青年――久語語里くごかたりは目を吊り上げて怒鳴る少女から視線を外すと、緩慢な動作で立ち上がった。

「何って読書だよ」

 青年の言葉に少女は苛立たしげに眉をよせ、青年と向かい合うように立つ。

「そんなの見たら分かるよ! そうじゃなくて、もうすぐ始業でしょ!? なんで会社の庭なんかで本を読んでいるのかって聞いてるの!」

「だって、暇だったし。 始業まで本を読んでようかと思っただけだよ。外は暖かくて読むのに最適だったしね」

 淡々と答える語里の様子に呆れたような表情をした少女は、語里の手を強引に掴み会社の玄関に向かいに歩き出す。

「遅刻したらどうするつもりだったの!?」

 足早に歩く少女に引かれ転びそうになりながらついていく語里は、彼女を落ち着かせるための言葉を考え話す。

「仕事が始まる前には戻るつもりだったよ。小桃こももちゃん、怒らないでよ」

 説田小桃せったこももは語里の言葉を聞いて反論する。

「語里は本を読んでると時間を忘れちゃうでしょ!」

「……そんなことないよ」

 自信がなさそうに答えた語里に小桃は得意げな顔をした。

「そんなことあるでしょ。だから私が迎えに来てあげたんだから」

 小桃は一通り説教をして落ち着いたのか、語里の腕をつかんでいた手を離した。語里は慌てて自分の腕を引き寄せた。

 玄関から会社内に入った小桃は、歩きながら語里に問いかけた。

「今回は編集部に寄らないで、直接作業室に集合だよ。覚えてた?」

「うん。覚えてたよ」

 語里の言葉に小桃は胡乱うろんな目を向ける。

「本当に? 語里は1人ならいつも通り第3編集部に行っちゃってたんじゃないの?」

 なかなか信じてくれない小桃に語里は眉を下げる。語里は自分が少々ぼんやりしたところがあることを自覚しているため、強く反論できず黙った。

 2人が話していると3階にある作業室に到着した。扉を開けて中に入ると、すでに2人以外のメンバーは8人とも揃っていた。

 そのうちの1人が語里に話しかける。

「よお、語里。また小桃と一緒かよ。仲良いなぁ」

 語里の友人で同期の伝村遊記つたむらゆうきは2人でやってきた語里をからかう。小桃は遊記の言葉に目を吊り上げて怒った。

「だって語里が来ないんだもん! 別に仲良しってわけじゃないから!」

 小桃の言葉に語里は肩を落として溜息を吐いた。

「え……。仲良しじゃなかったの? もしかして俺、嫌われてる?」

「別に嫌ってなんかいないよ! ……す、好きだけど」

 頬を染めて口ごもりながら告げた小桃に、語里は破顔する。

「よかった。嫌われてないんだね。安心したよ」

 小桃は語里に対して恋愛感情を抱いているが、彼はそのことには全く気付いていない。好きだというのもあくまで友人の範疇の話だと思い込んでいる。

 小桃の気持ちを知っている遊記は2人の様子を眺め、にやりと笑う。すると、そのやり取りに気づいた編集長の創地纏そうちまといが会話を中断させた。

「そこの3人。そろそろ始業だからいつまでも遊んでないでよ」

 纏の言葉に3人は話をやめ姿勢を正す。彼女はそれを見届けると再び口を開いた。

「じゃあ、今から作業を開始します。各自、対象図書を探してください」

 号令と共に室内にいた全員が動き出す。作業室は図書館のようになっており、並べられた棚にはびっしりと本が置いてある。なぜ本が大量にあるのかというと、それは仕事をする上で最も大切なものだからだ。



 語里たちの仕事は“ストーリーハント”と呼ばれるものである。そしてストーリーハントをする者たちを“ストーリーハンター”と呼ぶ。仕事内容は世界に数多あるすばらしい作品から新たな作品を作り出すというものだ。いわゆる二次創作を作る仕事である。著作権切れなどで著作権がない作品や、著者がストーリーハントを許可している作品が対象になっている。二次創作を作ると言っても、本を読んで語里たちが物語を考えるわけではない。彼らは基本的には“記録者”だ。ハンターたちは本の世界に入って物語を記録していく。人気の高い職業だが、本の中に入るのには魔法の才能が必要で、才能のない者たちはストーリーハンターにはなれない。非常に狭き門である。



 作業室を1周した語里は対象図書を決め、その本を手に取る。童話が好きな語里は今回も童話を選んだ。あの有名な“赤ずきん”だ。

 語里よりも以前に赤ずきんのストーリーハントをした者が数人いて、いくつかの作品が出来上がっている。同じ題材を複数回ハントすることは禁止されていないため、人気のある有名な作品ほど多く存在しているのだ。

 赤ずきんの本を手にした語里は作業室の中央にある広いスペースへと足を運ぶ。他のメンバーも続々と集まってきた。

「よし、みんな決めたね。では、ハントを開始してください」

 纏の言葉で全員が床に本を置き、鞄から万年筆のようなものを取り出した。語里たちは自分の対象図書の表紙にそのインクを1滴垂らす。すると本が光りだし、インクが中に吸い込まれていった。

 彼らの持っている万年筆のようなものは、“物語撹乱用筆記具ものがたりかくらんようひっきぐ”という魔法具だ。通称“撹乱具”と呼ばれ、ストーリーハンターには必要不可欠なものだ。撹乱具から特殊なインクを1滴垂らすとその本の内容を改変することができる。登場人物のシャッフルや性格の変更などをすることができるのである。撹乱具で改変しても、元の物語が消えるわけではない。原作を改変した違う世界が、新しくもう1つできるのだ。

 語里は光の放出が止まった本の表紙に撹乱具で大きく円を書く。すると今度は本の上に魔法陣が出現した。

「じゃあ、行ってきます」

「頑張ってきてね」

 語里が挨拶をすると、纏が笑顔で返事をした。

 深呼吸をした語里は魔法陣の中心に足から飛び込んでいった。

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