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#8 Sound Tree

 さっきクローンが弾いた曲でわたしは帰れるようになった。

 クローンの最後の曲がどんな曲だったのか、よく覚えてない。

 いや……もうどうでもいいや……。

 これでわたしだけが帰れるんだから……。




 クローンはわたしを持ち上げて、近くにある枝に乗せてくれた。

 わたしはクローンの顔も見ずに、お礼も言わずに登った。

 木の枝が梯子のようになっていたので、比較的簡単に登れた。

 クローンの分からず屋! 帰れるなら帰ればいいのに!

 せっかくクローンと話せたのにケンカみたいになっちゃうし、もう最悪……。

 怒りと寂しさが混ざり、複雑な感情を抱いたまま窓を目指してひたすら登る。

 だいたい半分ぐらいまできたところに、赤くて大きな木の実が一つあった。


「それは、ぼくからの餞別(せんべつ)だよ。 ソアーヴァ」


 ふわふわと漂いながら、あの通路の奥であった子供のオバケがどこからともなく出てきた。


「せっかく帰れるのに、浮かない顔しちゃって。 そんなんじゃ、ダメだよ。 心残りは取り払わないとね」


 心残り……。


「あのクローンがなんで帰りたい、と言わないか知りたくない? 知りたいなら、その実を食べてごらん」


 「まずくないよ」と付け足し、にこっと笑った。


 クローンが帰りたいと言わない理由。

 家族に会いたいけど、会いたくないと言う理由。

 わたしは……

 知りたい!

 枝から実をもぎ取り、服で拭いてから一口齧った。

 すると、頭にここではないどこかの映像が流れてきた。




 暗い夜の街道、蛍光灯の明かりも少ない暗い夜道を一人の男性が歩いていた。

 黒いスーツをビシッと着こなした30代半ばの男性だ。

 手にはケーキの入った白い箱を持って、嬉しそうに歩いていた。

 この様子から見ると、この男性の家族の内の誰かが誕生日を迎えたのだろう。

 それで、この人は嬉しそうにしているみたい。

 しばらく、ただ歩いているだけの映像が流れていた。

 しかし、後ろから赤い車が突っ込んで来た。

 危ない、と思った瞬間わたしは目を瞑ってしまった。

 恐るおそる目を開けると一人の男性が血を流して倒れていた。

 ()いた車の運転手が出て来て、様子を確認していたが慌てた様子で車に乗って走り去ってしまった。

 一人取り残された男性は血の池を広げるだけで、ぴくりとも動かなかった。

 せっかく買ったケーキも潰れ、血に染まっていた。

 わたしはこの状況から目を離せなかった。

 だんだんと呼吸も早くなるにつれて、鼓動も早くなっていく。

 胃液がこみ上げてくる思いさえした。

 すると、男性の下から白い光が灯ったと思うと、その男性は落ちた。

 よく見ると、落ちた衝撃で窓が揺れていた。

 これからわたしが目指す窓と同じ形をした窓だった。

 映像が変わる。

 今度は見覚えのある、あの場所。

 クローンと初めてあった場所だ。

 そこには今と変わらず、最初からピアノと本棚があった。

 さっきの男が海に沈むようにゆっくり落ちてきた。

 落ちながら身体が黒くなっていく。

 まるで影のように……

 黒く、なによりも黒く染まっていく。

 そうして、男性は地に足が着く前に全身が影のように黒くなると、姿勢を直して足から地に着いた。




 ここで映像は途切れた。

 あの姿って……

 

「どう? なんで帰りたいと言わないか分かった?」


 どんな映像が流れていたのか知っているはずなのにニコニコしている。


「クローンは……自分が死んでるって知ってるの……?」


 何も答えずにニコニコしている。


「さぁ、きみの心残りは取り除かれた! それじゃあ、もうさようならだ」


 手を振ってスッと消えていった。

 心残りは確かに無くなったけど、言わないといけないことはできた!

 わたしは窓とは反対方向に進み始めた。

 言わないといけない。

 クローンに

 感謝を

 今までありがとうって


「クローン!!」


 クローンが乗せてくれた枝まで下りると大声で呼んだ。

 クローンは椅子に座って木を見上げていたが、声が聞こえるとすぐにわたしのところに駆け寄ってきた。


「降ろして!」


 戸惑った様子を見せたが、もう一度言うと降ろしてくれた。

 降ろしてもらうとわたしはクローンに抱き付いた。


「クローン、ありがとう。 わたしね、元の世界に戻ったらピアノを始めるの。 それでクローンに負けないぐらい上手になって、絶対にこの世界にわたしの音色を届けるの。 だから待っててね」


 クローンは優しくわたしの背中を叩いてくれた。

 あぁ……クローンが死んでるなんて嘘だ。

 今もちゃんとクローンの鼓動が聞こえる。

 たとえ人間としての一生を終えていても、クローンは生きてる。

 人間以上に優しく、今も生きている。

 クローンは突然わたしを抱えると、本棚に連れていった。

 その中からボロボロの楽譜を取ると、わたしに差し出してくれた。


「貰っていいの?」


 こくんと頷いた。

 

 楽譜を見るとたくさんの音符が書かれ、一目見ただけで難しい曲であることが分かった。

 



 そしてわたしはもう一度クローンに連れられ木に登り窓に触れた。

 クローンのくれた「Sound Tree」という楽譜と共に……。

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