#7 chain of heart
もう一曲弾けば、あの窓に届きそうだ。
そうとなれば、さっそく弾いてしまおう。 そしてこの子を、ソアーヴェを帰そう。
椅子から立ち上がり、本棚で楽譜を選んでいるとポンっとピアノの音が聞こえた。
「ねぇ……、クローンは帰りたい?」
ピアノの影でソアの姿は見えなかったが、声が落ち込んでいた。
手に取っていた楽譜を本棚に戻し、ソアのもとに行く。
ソアはさっき出した音の鍵盤をずっと押したまま虚ろな目をしていた。
「クローンが作った道だよ……。 クローンが使わないでどうするの……?」
泣き出しそうな顔をしながら言われた。
しかし、私はただ首を横に振るだけ。
すると、椅子から跳び下りて私の服を掴んだ。
「なんで? クローンは帰りたくないの! クローンにも大切な人がいるでしょ? 会いたくないの!」
ものすごい勢いで言われても、私はただ首を振るだけ。
私に失望したのか、服から手を離し力なく座り込んだ。
それを尻目にピアノに手を伸ばした。
今までの経験から私の力がだいたい分かった。
通路ができた時は、ソアに諦めてほしくないと願ったことで新しい道ができた。
その道でソアはこの世界のことを知り、なにより帰れるという希望を知った。
次に椅子の出現は、おそらくソアがいない時に弾いてた時に出現した。
あの時は、落ち着いた気持ちで弾いたことで、ゆっくりできる椅子が出たのではないかと思う。
そしてあの芽が出たのは……、すべての曲を弾く時に「ソアを帰してあげたい」との想いを込めて弾いた結果、出てきた。
芽が急に成長したのは、私の感情によって起こったことだろう。
つまりは、私の想いや感情によってあらゆることができるということだ。
だから、こんな使い方もできるだろう。
ポーンと音を出し、ピアノを弾きだす
ソアと繋がりたいと想い、音を出す。
すると、私の胸から白い線が出てソアの胸まで伸びて繋がった。
「ソア……聞こえるかい?」
白い線が心音図のようにトゲトゲしく波を打ってソアに届いた。
はっと顔を私の方に向けたのをピアノが写してくれた。
「クローン……話せたの……?」
「話せない。 ただ音に声を乗せてるだけ」
「そう……もう一度聞くけど、クローンは帰りたくないの……?」
一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに沈んでしまった。
「そうだな……帰らなくてもいい、と思ってる」
「それでいいの……? 家族に会いたくないの……?」
「会いたくないと言えば嘘になるが、もういいんだ」
もう決めたことなんだ。 私はここで生き、ここで死ぬ。
家族のことはもう忘れる……。
それでいい……。
「もういいってなに!」
ソアは声を荒げ立ち上がると、私の顔が見えるところまで歩み寄った。
「……私がここに来てずいぶんの時が経った。 本当に長い時が流れた」
きっと私のことなんて忘れている。
それに戻ったところでどうなる。
ここで過ごした時間が向こうでは経ってない、なんてことはないだろう。
もしそうであるなら、元の世界で私はすでに死んだことになっているだろう。
良くても、行方不明……
だから、もういい。
「私は……帰らない」
「分かんない! なんで、この木が成長すれば帰れるんだよ! 家族に会えるんだよ! なのに……どうして、そんなこと言うの……?」
私は何も答えずに、ただ木の成長を見ながらピアノを弾き続ける。
木は目に見える早さで成長していった。
枝が伸び青い葉を生やし、大きく育っていく。
そして……
「私の役割は終わった」
木は窓まで届いた。