#5 World End
どうやら、私に不思議な力があるのは本当みたいだ。 確信した。
私ではなく、ピアノに力があるのではないかと思っていたのだが、ソアが弾いた後の芽は1ミリも成長してなかった。
私が1曲弾くたびに5~10センチぐらいの成長を見せたのに、ソアの時はしなかった。
となると、ピアノではなく私に力があることになる。
未だにどんな力なのかは正確には分からないが、今のところ確認できているのは、通路や椅子を出現させることと、この芽を成長させることだけ……。
急に目覚めた力……。
こんなことを思うと、少しだけ童心のころに戻れた気がする。
私も小さいころは、手から見えない光線を出して友達とヒーローごっごで遊んでいた。
怪獣役とヒーロー役を交代してやって楽しく遊んでいた。 あの頃は時間なんて気にしないで、気が済むまで思いっきり遊んでいた。
今も日がな、ピアノを弾いてるから昔と変わりはないが、子供のころに憧れていた力とはかけ離れた力を持ってしまった。
それにこの力はピアノがないと働かないのかもしれない。
椅子のことは分からないが、通路や芽はピアノを弾いた後にそこにあった。
つまり、弾いてる間に変化が起こったことになる。
原理なんてものは分からないが。
「ねぇー! クローン、ちょっと来てー!」
本棚からいくつかの楽譜を床に並べ、手招いている。
「この中で弾けるものある?」
床をバンバン叩きながら興奮気味に聞かれた。
一つ一つ見てみると、どれも暗い感じの曲だった。
その中に私が以前書いた曲も広げてあった。
手に取ってみると、その時の気持ちや想いがよみがえってきた。
元の世界に戻りたいと想うが、手段がなく諦めかけていた。 ただ想いが重なるだけで、苦しかった。
「それ弾けるの? それ、曲名を見た時にどんな曲なのか気になったの!」
手に持っていた楽譜の曲名に目を落とす。
『World End』
直訳すると、世界の終わり。
込めた意味は、もう諦めろ。 元の世界を諦めて、この世界で生きていけ。
正直ソアには聞かせたくない曲だが、目をキラキラ輝かせて見られると断りにくい。
心の中でため息をつき、楽譜を持ってピアノに向かった。
ソアは走って私を追い抜くとピアノの横に座った。 曲が曲だけに踊らず静かに聞くみたいだ。
弾く前に手を握って準備運動してから、10本の指すべてで鍵盤を同時に沈める。
低い音と高い音、ドやレやミ、いろんな音が混ざって一つの大きな音を出す。
あの時の想いを、苦しみを一つ一つの鍵盤に乗せて弾く。
妻はどうなっているのか、子供はどうなっているのか、元の世界で最も愛した人たちのことを想いながら作った曲。
私は死んでいるのか、生きているのか、元の世界に戻れるのか、調べるすべも、確認するすべもなく、ただ不安で苦しかった日々を暮らしながら作った曲。
それを今、想いを乗せて弾く。
感情を乗せて弾く。
身体全体で弾く。
今、私の心に湧き上がる感情、想いをすべて鍵盤に乗せ、曲として表現する。
私は生きている! 元気にしている!
だから、私の愛した人たちよ、さらば!
私は、いつまでもお前たちのことを想っている!
こんなに感情的に弾いたのは生まれて初めてかもしれない。
心が晴れ渡ったようにスッキリして気持ちがいい。
いいものだな……。
ふと顔を上げると、まだ葉が生えそろってない大きな大木がそびえ立っていた。
大木の様子を見ると、根元にあるピアノのほとんどが、飲み込まれていた。 元々こういうものだったというように、鍵盤のあたりだけが綺麗に取り残されていた。
この大樹は、ピアノの下にあったあの小さな芽から成長したものなのだろうか……。