#4 name
私がピアノを弾くと少女は切り株のまわりを踊るように回る。
本当に楽しそうにしている。
それに、ここに落ちて間もないのによく笑顔を見るようになった。
いつしか私は、少女の笑顔を見るためにピアノを弾くことが多くなった。
そのせいか、踊りやすく明るくて楽しい曲ばかりを弾くようになった。
そこには何も不満はないが、一つだけ不満というか、不安がある。
それがこの前、発見した芽だ。
どうやらこの芽は私がピアノを弾くたびに、大きくなるようだ。
今はまだピアノに届いてないが、いつかこのピアノを貫いてしまうかと思うと正直に喜べない。
ここでの唯一の楽しみだから、失うのは忍びない。
それにしても、この子の名前はなんていうのだろう?
私はこの姿になったせいで、言葉を発することができなくなってしまった。 だからこちらから名前をきくことはできない。 あの子から言ってくれないと、一生分からない。
もしそうなってしまったら、私の中で勝手に命名するのもいいかもしれない。
「クローン、わたしも弾きたい!」
これから弾こうと思ってたら、少女が初心者用の楽譜を持って突然言い出した。
そういえば、私が弾いてない時は必死にピアノに関する本を読んでいたな。
そうだな……、楽しみなんてこれぐらいしかないから、きっと聞いてるだけでは退屈してきたのだろう。
私は少女を抱きかかえて椅子に座らせると、少女から楽譜を受け取り読む。
……これぐらいなら簡単だろう。
楽譜をピアノに立てかけて少女の演奏を見守る。
数回深呼吸してから、ピアノの鍵盤に両手を乗せて弾きはじめた。
生まれて初めてピアノに触ったのだろうか、所々途切れてしまっているがそれでも、なんとか一つの曲になっていた。
初心者で、ここまで弾ければ上出来だ。 才能があるのかもしれない。
目を閉じて音だけに集中していると、ブァンと低い音が鳴った。
目を開けてみると、目に涙を貯めながらも顔を真っ赤にしてこっちを見ていた。
どうやら押す鍵盤を間違えたみたいだ。
「っ!? クローン!!」
椅子から跳ぶように下りると、よっぽど恥ずかしかったのか私に抱き付いてきた。
頭をポンポンとたたいてから少女を抱え上げ、さっき間違えたフレーズを確認して弾いてみせた。
少女の顔を見てみると、まだ涙は貯まっていたが鍵盤に目を向けていた。
もう一度弾いてみせたあと、少女を椅子に座らせた。
そして、間違えたフレーズを指でなぞり、「もう一度弾いてごらん」と少女の手を鍵盤に持っていた。
少女は私の顔を見てから、涙を拭いて顔引き締めて鍵盤に指を沈める。
ゆっくりだけど、今後はちゃんと間違えずに弾けた。
うれしかったのか、ぱぁっと顔を輝かして楽しそうに弾き続けた。
少女の初演奏が終わると拍手を送った。
うしれしくも恥ずかしいのか、顔を赤くしながら喜んでいた。
「そうだ! まだわたしの名前言ってなかったね!」
パンっと両手を合わせた。
「はじめまして、クローン。 わたしはソアーヴェ。 ソアでいいよ」
にっと笑って私たちは握手した。
これで互いの名前を知ることができた。
それしても、「ソアーヴェ」か……。
ソアーヴェは、曲想に使われる音楽記号で意味は確か……
愛らしく
だったかな?
きっと素敵な女性になってほしいと願ってつけたのだろう。 いい名前だ。