#3 town
少女を見送った。 少女がいなくなっても呆然と突如出てきた通路を見ていた。
私もあの通路に行きたいと思っていたけど、何故だが行ってはいけないと思った。
本能で思った。 行ってはだめだと、逃げろと。
だが、本能に従ってもあまりいい気分ではなかった。 むしろ最悪と言ってもいい。
おそらく、あの子を一人で行かしたことに後悔しているのかもしれない。 ここに落ちてだいぶ経つが、まだ人間っぽいところが残っててうれしい反面、勇気を出せなかった自分に苛立ちを覚えた。
じっと立てても苛立ちと後悔が募るばかりで気持ちが晴れない。 こういうのは時間が解決してくれると思ったが、検討違いだったようだ。
そうか……、だったらすることは一つしかない。 いや、これしかできない。
くるっと向きを変え、ピアノに向かって歩き出す。
さて、どんな曲を弾くか。 そうだなぁ……今の気分を直してくれる、明るくて元気のある曲がいいな。
左手の人差し指で鍵盤をたたくと、ポーンと音が部屋に響いて消える。
また人差し指だけで音を出す。
ポーン……
音を出す。
ポン、ポーン……
ポーン……ポン、ポーン……
面白いもので単音だったものが、だんだんメロディーとなり曲を作り出していく。
はじめは単音だけでゆったりと落ち着いた雰囲気を出し、次第に複音も組み入れて曲全体を盛り上げる。
イメージとしては、町の朝の静けさから人々が出勤、通学し始め町に活気が出てくる。 そして通勤、通学し終え、また町に静けさが戻ってくる。
弾き終わったと同時にあの子が、通路から出てきて私の姿を見るとこっちに走ってきた。
あの通路の奥でなにがあったのか分からないが、明るい顔をしていた。
怖い思いはしてないみたいで、ほっとした。
私は椅子から立ち上がると、あの子のもとに歩み寄った。
少女は私にタックルするように跳び付くと、通路の奥であったことを話してくれた。
まったく怖くない子供のオバケのこと、私の名前のこと、そして私に不思議な力があるかもしないことと、いろいろ話してくれた。 そして私がもう元の世界に戻れないことも話してくれた。
もうずいぶん前に諦めていたし、薄々感じてはいたから悲しくも驚きもしなかった。
それよりもそうか……私は、この姿の私はクローンというのか……。
それに不思議な力があるかもしない、か……。
あの通路が出てきたのはクローンのおかげかも、と半信半疑で少女は言った。
もし本当に、私にその不思議な力があるということなら、どうして今になって現れたのか。
おそらく一番の原因となったのが、この少女が落ちてきた事だと思う。
この少女が落ちてきてから、あの通路が現れた。 そして話を聞くと、椅子も出てきたと言う。
そうすれば、いま現れたことと辻褄が合う。
それとも……私がこの少女を帰そうと思ったからか……?
いや、それはない。 いくらなんでも夢を見すぎだ。
一通り話終えると少女は、私の手を掴んでピアノのあるところまで引っ張るとピアノをつんつんと指差す。
弾けってことかな?
試しに、ひとつ音を出すとうれしそうに頷いた。
そうか、弾けってことか。
さっそく椅子に座ろうとしたが、ピアノの下に緑色の何かがあった。
気になってピアノの下に潜ってみると、切り株の切れ目から小さな芽が顔を出していた。
少女も私と同じように潜り込み、この芽を見ていた。
本当に私には不思議な力があるのかもしれない。




