#?? Thank you
暗くなるまで家族と一緒にいたが、空も暗くなってきたこともあってパパとママは名残惜しそうに帰っていった。
そして、また日が昇りわたしは退院した。
一応検査もしたが、目立った外傷もおかしな点もなく無事に病院を出れた。
外では、パパが車で待っていた。
「今日は、聞かせてくれるんだろ?」
バックミラー越しにわたしに視線を飛ばしてきた。
わたしは大きく頷いて「OK」と伝えた。
クローンの音楽を聞いて、クローンに教わって、何度もイメージトレーニングしてきたから大丈夫。
わたしはできる! 弾ける!
「その前に退院祝いしないとね。 ソア、何かほしいものない?」
助手席に座っていたママが顔を覗かせてニコニコしていた。
「うぅん、ほしいもの……。 ない、かな?」
今すぐぱっと思い浮かばない。
「あらら……。 食べたいものでもいいのよ?」
「あっ! だったら、モンブラン食べたい!」
ママはクスクス笑うと、パパも声を出して笑っていた。
そこまで笑わなくても……。 モンブラン好きなんだしいいじゃん……。
「ですって、パパ」
「はいよ!」
そんなわけで、モンブランを含む6つのケーキを買って家に帰った。
家に着くと、さっそくわたしはピアノを弾くことになった。
パパは居ても立っても居られない様子で、私の背中を押してピアノのある部屋に連れていき椅子に座らせると、本棚から楽譜を選び始めた。
「うぅん……、どれがいいのかな……。 ソアは、なにか弾きたい曲ある? こんな雰囲気な曲が弾きたいでもいいよ」
わたしは答えることができなかった。
クローンがそばにいないだけで、こんなにも心寂しいなんて……。
ちゃんと弾けるのか、クローンに音色を届けることができるのか、そもそもわたしはピアノを弾けることができるのか、不安でいっぱいになっていた。
ピアノの前にいるのが怖い。
なにも、今日届けることができなくてもいいと思うかもしれないがクローンとの記憶が、想いが薄れていきそうで怖い。
はやく届けないと
はやく……。
「ソア」
パパがわたしの肩に手を置いて呼びかけた。
「ピアノの音色は不思議でね。 演奏者の気持ちや想いを乗せて響くんだ。 寂しく暗い気持ちで弾けばどんよりした音色になって、楽しく明るい気持ちで弾けば晴れやかな音色になるんだ。 ソアはどうしたい? どんな音色を出したい?」
わたしは……
あの世界でわたしは、クローンに出会った。
そしてクローンに元気づけられ、勇気をもらった。
子供のオバケにも会った。
はじめは怖かったけど、話しているうちにそんな気持ちはどっかにいってしまった。
クローンの前で演奏もした。
間違えてしまったけど、バカにされなかった。
ケンカもした。
わたしの一方的な想いでケンカになってしまった。
でも、ちゃんと仲直りできた。
わたしは、あの世界でいろんな想いをした。
不安や恐怖、勇気や楽しさ、好きや嫌い。
「そうだよ、ソア」
パパに言われて初めて気付いた。
わたしはいつの間にか、ピアノの鍵盤を指で沈め演奏していた。
楽譜もないままで弾いていた。
わたしの想いに反応して手が勝手に動いているみたいだった。
でも、技量がないためか所々、詰まってしまうが想いは詰まらなかった。
とめどなく溢れてくる。
「本物のピアニストは楽譜を見て弾くんじゃない。 気持ちで、想いで弾くんだ」
気持ちが曲を作り、想いが音色に乗る。
そうやって、音楽は生まれるんだ。
「きっとソアが眠っている時に、本物のピアニストになったんだ。 パパのおかげでもママのおかげでもない、ソアの夢の中で誰かがそうしたんだ」
夢の中……
それは違うよ、パパ。
わたしは、あの世界に行って
あの人の、クローンの演奏を聞いて
クローンのようになりたくて
でも、クローンのいない世界でどう弾いたらわからなくなった時に
パパが助けてくれたんだよ。
わたしはね、パパとクローンのおかげでピアニストになったんだよ。
だから、届いて
私の音色よ
届いて
私の想いよ
他人のために頑張れる、心の優しいクローンにわたしの精一杯の想いを
一音一音に想いが乗り、部屋に響く。
わたしはクローンに何もしてあげられなかった。
だから、せめてこの音だけは届いて
届いて
届いて……
お願い!!
演奏が終わると拍手を送られた。
いつの間にかママが部屋の入り口に立って拍手していた。 パパはわたしの後ろで。
「すごいじゃない、ソア! ママ、鳥肌が立っちゃったわ!」
「届くといいね。 クローンって人に」
わたしの頭に手を置いて一言だけ言うと、ママのところに歩いて行った。
「ソア、紅茶用意したからケーキ食べましょ!」
「うん!」
そっか……、パパには届いたんだ。
ねぇ、クローン……。 わたしの音楽はあなたの元に届きましたか?
番外編として「同じ花は咲かなくとも」も公開していますので、よろしければそちらも。




