#1 hope
来る日も来る日もここで曲を作り続けた。
ここはこの世でもあの世でもない、不思議な空間。
ここには大きな切り株に乗ったグランドピアノとたくさんの本、そして空にあるひとつの窓だけしかない。
私が落ちてきた窓だ。 あまりにも高い位置にあるので開けることはもうできないだろう。
もう帰るのは諦めた。 それに私はここに来て変になってしまった。
全身は影のように真っ黒になり、手足は細く長くなってしまった。 それに口も鼻もなくなり、目もただ白い丸が付いているだけだ。 笑顔を作ることも、しゃべることも、においを嗅ぐこともできない、ただ物を見ることか音を聞くぐらいしかできない身体になってしまった。
おそらく、元の世界に戻ってもこの姿は変わらないだろう。 確証なんてものはないがそう感じた。
私はここで曲を作りピアノを弾き、そしておそらく死んでくだろう。
今日も今日とてピアノを弾く。 感情も想いもなにも込めずに機械的に弾く。
すると、空の窓が開き、一人の少女が落ちてきた。 私は演奏を止め、少女を抱きかかえるように受け止めた。
落ちてきた少女は、目の端に涙を貯めきつく目を瞑っていた。 私は涙を拭いてやると、そっと目を開けてくれた。 髪と同じクリーム色の目をしていた。
少女は私の姿を見ても恐れるどころか、周りをきょろきょろしながら不安そうな表情をしていた。 きっと知らないところに来て不安なのだろう。
少女をピアノの上に座らせると小さい手をぎゅっと握りしめ足の上に置き、今にも泣き出しそうな顔をしている。
私は少女の手を取ると優しく握った。 「大丈夫」と心込めて握った。 ここに来たらきっとこの子も帰ることはできないがほっとけなかった。
椅子を引き鍵盤に触れる。
『Hope』と名付けた曲を奏でる。
ここに来て最初に作った曲。 まだ希望を持っていた時に作った曲。
誰でもない自分のために作った曲をこの子のためだけに奏でる。
ここに来て初めて誰かのために演奏する。 ここに来て初めて心を込めて演奏する。
私のように諦めずにあがいてほしい。
元の世界に帰ってほしい。
希望を持ってほしい。
と心を想いを込めた奏でた。
演奏が終わるとパチパチと手を叩く音が聞こえた。 表情こそ堅かったが、確かに私の演奏を賞賛してくれた。
私の想いが届いたかどうかは分からないが,元気づけることはできただろう。
私はすっと小指を立てて少女の前に突き出す。 目をぱちくりさせて私の指を見ていたが少女も小指を立て指を絡めてくれた。
この子に私の意志を伝えることはできないが、それでも自分に誓いを立てながら指切りをした。
「私が君を帰してあげる」
と。