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神を継ぐ者達  作者: 夢影
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第八話 戦端

――そうして、狩りの当日。


「うし。そんじゃ、説明すんぞ」


 結界基点の一つ。

 憐牙が数日前にも訪れた神社へ、人類の護り手達は集結していた。


 その全員が闇色の完全武装。対魔鬼用の戦闘装束に加え、一姫お手製の護符・呪符数十枚、そして形状退行した神器――戦闘用の装備ではなく、全員が超常の力を揮うための戦争装備だった。


「まず、今回の目的は敵の殲滅だ」


 大将は当然、穿。

 鋭い眼差しを険悪なまでに吊り上らせて、彼は部下達へ向き直る。


「一から十まで全部ブチ殺す。休憩もインターバルなしのサバイバルマッチだ。他の基点のザコ共もまとめて空間転移で持ってくるかんな。相当、狩り甲斐はあるはずだ」

「……大丈夫。準備は出来てる」


 補佐官のように穿の横へ控えた一姫が、ぽんと胸を叩いた。任せろということなのだろう。

 この街の結界は作成者こそ違うが、維持と管理は完全に彼女の仕事だ。同一の結界内だけという縛りはあるが、空間転移なんていう離れ業も可能にしている辺り、流石は野乃崎の一族である。


「で、肝心の敵さんだが……六花。どんくらいいると思う?」

「え? そうですね……五百くらいですか?」

「レン、ナギ」

「千ってトコだろ?」

「意外と百とか」

「全員ハズレだ。つかナギ、お気楽すぎる答えはやめろ」

「にゃははー」


 あくまでも楽観的な汀に穿は一瞬だけ苦笑したが、すぐに表情を引き締めた。


「二千。観測しただけでそれだけいやがる」

「……そりゃまた随分多いな」


 流石の憐牙も驚きを隠せない。穿の口ぶりで覚悟はしていたが、思っていたよりも遥かに数が多かった。普通は盆の時期といえど、この半分もいれば結構な溜まり具合なのだが。


「……」

「なんだ六花、びびったか?」

「そ、そんなことありません!」


 絶句し、からかわれた六花が拳を握る。彼女の体が強張っているのは見て取れたが、憐牙はあえて何も言わなかった。自分が助言しても、このイノシシ娘は聞き入れないだろう。


「さて、そんなザコ共だが、B級までは好きに殺っていい。ただA級は俺かレン、S級は絶対に俺へ回せ。もし間に合わないようなら、必ず二人以上で対処しろ。特に六花。慣れねぇお前は、出来るだけ気を配れ。ここの連中は全員お前より格上だし、誰と共闘しても問題ねぇはずだ」

「…………はい」

「不満か?」


 反論こそしなかったものの、表情を見るだけで彼女の胸の内は知れた。思わずため息をつきそうになった憐牙だが、その前に穿が鼻で笑う。


「死にたきゃ好きにしろ。不満だろうがなんだろうが、A級からは次元が違ぇ。上の奴に任せんのは当然だ。俺達も魔鬼も、お前がここにいる理由なんて知ったこっちゃねぇからな」

「……」

「死にてぇわけじゃなら、指示には従え。いいな」

「…………はいっ!」


 とはいえ、六花の気持ちも解らないでもなかった。うなだれる新入りの姿に、遥か昔――華々しく戦場デビューを夢見ていた己を幻視する。


 誰もが夢見る幻想は、やはり等しく木っ端微塵にされるものだ。

 この一戦の後に、月詠六花の真価が見えることだろう。


「陣形は蜂矢だ。前線中央にレン、左翼にナギ、右翼が六花。中衛に俺。カズが後衛だ。前衛はとにかく倒しまくれ。離れねぇのがベストだが、分裂させられそうになったら、レンとナギが組みな。六花は俺とカズが面倒見る」

「了解」

「はーい」


 素直に返事したものの、穿にしては少々固い編成だった。個人の裁量に任せず陣形を取るとは、今回だけは六花に気を使ってやるということか。


「以上だ。質問はあるか?」


 誰も手を上げない。

 頷いた穿が一姫に指示を出すと、ゆっくりとブラックホールが巨大化した。


「……」


 虎穴に入らずんば――の諺通りに、これから自分達は結界の内部へと飛び込むのだ。虎など比べ物にならない化け物の巣へと。


「……ありがと、にーちゃん」


 無言で汀の頭を撫でる。戦いの不安が消し飛ぶように、少しでも良い状態で戦えるように。


「レン。キツいたぁ思うが、汀のフォローは頼む」

「解ってる。お前もじゃじゃ馬と眠り姫、頼んだぜ」


 穿と互いの役目を確認しあい、憐牙はブレスレットを手に取った。

 彼を超人たらしめている神器が霊力と戦いの空気に当てられ、小さく脈打つ。


「――往くぜ!!」


 号令一過。

 特異点の魔士達は颶風となって、死の世界へと突入した。



◆◇◆◇◆



 異界へ入った六花がまず感じたことは、臭気であった。


 冥府の使者たる魔鬼が纏う暗黒の気配。本来、最も清い場所とされる結界は血と腐臭で満たされ、怖気が走るほどの陰惨な地獄と化している。


(気づかれた!?)


 もとより潜むつもりはなかったが、結界門を通り抜けて一秒にも満たない時間である。見渡す限りの魔鬼がほとんど同時にこちらを振り返った。


 大きな獣。

 積木細工のような石の巨人。

 面積の半分を口が占めるもの。

 紫色をした液状の集合体――まさしく多種多様の魔鬼が、同じ意思を侵入者へと叩きつけてくる。


 餓狼が子兎に向けるような。

 無邪気な害意の視線を。


「刻め、龍神刀(クサナギノツルギ)!」


 その視線を真っ向から受けながら、接敵まで一秒を切った刹那に憐牙が吼えた。


 浮かべた笑みは、捕食者気取りの愚か者を嘲るように酷薄。

 魔鬼など足元にも及ばないほど獰猛な笑顔と共に、彼の異能が顕現する。


「行くぜっ!」


 憐牙の手に現れたのは、二メートルを超える巨大な日本刀。斬るというよりも、重量で叩き潰す方がしっくり来るほど巨大な野太刀だ。


 こめられた霊力に刀身が白く脈動し、刀自身から尋常ならざる殺意が撒き散らされる。


「雄オオオオラアアァァァ!!」


 一閃。


 何をしたというわけではない。憐牙が吼え、手にした宝剣を一振りした。言葉にすれば、唯それだけの動作で十体以上の魔鬼が成す術なく消滅する。


「な」


 憐牙の攻撃範囲に殺到した連中は全滅していた。薄紙を斬り裂くよりもあっさりとした一撃に呆然とする六花の横で、またも霊力が膨れ上がる。


「摘み取れ、魂の残照(ハルペー)!」


 声の主は紫暮汀。

 彼女の神名解放に応え、チョーカーが巨大な大鎌の神器へと変貌。


 サイズだけなら憐牙の大刀すら凌駕する死神が、豪快な見た目からは考えられぬ繊細さで魔鬼の首を薙いだ。


「え」


 魔鬼で満たされた異界に僅かな間隙。

 人類を喰らう悪鬼の命ごと削り取ったそれは、しかしまた一瞬もせず埋め尽くされるだろう。


 ……だが心の中で、いつまで経っても空白が消えないことに六花は気づいていた。


「――」


 紫暮兄妹の手に顕現した、失われて久しい神代の武器。


 龍神を斃したスサノオが手に入れたとされる、S4級神器“龍神刀(クサナギノツルギ)”。

 悪名轟く蛇姫を屠った勇者ペルセウスの武装、A0級神器“魂の残照(ハルペー)”。


 広範囲殲滅を可能とする二人の超前衛が、百倍以上の魔鬼を真正面から圧し留めている。


(っ、わ、私も――!)


 二人に遅れること数十秒、やっと六花も動いた。

 左耳のピアスに手を遣り、己の裡に眠る霊力を解き放つ。


「凍てつけ、氷雪の顎(クトネシリカ)!」


 六花の異能が発動すると同時、戦場の温度が幾らか低下した。彼女の手に宿った細身の小刀から冷気が放出され、刀身の触れた大気が瞬く間に霜と化す。


 A3級神器“氷雪の顎(クトネシリカ)”。

 精霊の宿る、氷雪系では最上位に位置する神器。


「へぇ。クトネシリカか。流石は月詠、いいモン持ってんじゃねぇか」


 後方からの声に応える余裕はなかった。遥か先を行く二人に負けぬよう、六花もまた渾身で神器の霊力を撃ち放つ!


「ヤアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 裂帛の気合と共に氷の散弾が魔鬼を襲った。

 クトネシリカは憐牙や汀のように武器としての特性より、特殊能力に秀でたタイプの神器である。見かけ通り殺傷力は小刀程度しかないが、代わりに操る氷雪の威力は絶大だ。


(いける!)


 己の攻撃がもたらした殺戮に、六花は胸中で喝采した。

 分散した氷弾では流石に憐牙達ほど成果はあげられないが、それでも充分すぎるほど攻撃は効いている。やはりB級やC級ばかりなのだろう。


 戦闘前は色々言われたが、これなら好きなだけ暴れられそうだった。


「ふっ……!」


 再び氷弾を撒き散らしながら、左手を掲げた六花は霊力を渾身で練り上げる。


 主の意向を受けてクトネシリカが大きく光り輝き、数メートルにも及ぶ巨大な氷塊がその手に誕生した。


「喰らえェ!」


 先ほどの弾を機関砲とするならば、今度の弾はまさしく大砲である。猛スピードで疾駆する巨大質量が魔鬼を押し潰し、異界を横断せんばかりの勢いで駆け抜けた。


(手応えあり! どんなもんよ……!)


 六花の心が沸き立つ。


 憐牙達と同じような、異界に空いた人類の抵抗を見て。

 同年代最強の誉れも高い二人と同等の戦果を、己もあげられるのだと証明できて。


 無論、敵はまた殺到するだろう。ならば自分もまた排除するだけだ。


「もう一発!」


 その思いが、絶対の隙だった。

 クトネシリカに霊力を送る直前、視界の端が無視できぬ影を捕捉する。


「!?」


 一つ目で三つ首の巨人。先の大氷塊で轢き殺したはずの魔鬼は、しかし頭二つを潰されながらも生きていた。憤怒と怨嗟に染まった眼光で六花を見据え、人の体ほどもある巨大な拳が彼女めがけて振り下ろされる。


「しま……!?」


 間に合わないのは容易に知れた。

 矮小なクトネシリカの刀身で止められる勢いではないし、壁を形成するにも時間が足りない。中途半端な守りを組み上げた所で、それごと破壊されるのがオチだろう。


(っ! こんなところで!)


 死をも覚悟した六花だが、その拳が彼女を捉えることはなかった。


「奔れ――神縛の鎖檻(ムルキベル)


 巨人の拳を拘束するは鉛色の光。

 神名解放の声よりも速く宙を駆け抜けたムルキベルが、六花にとって絶対の死を軽々と受け止めていた。


「ハリキリすぎだ、六花。先は長ぇからな。ちっと手を抜くくらいで」


 “ちょうどいい”――その言葉より先に巨人の腕が落ちる。否、腕だけでなく残った頭までもムルキベルに圧殺されて、A級の魔鬼はあっさりと血の海へと沈んだ。


「他愛ねぇなぁ、おい」


 宙を駆ける鉛色は止まらない。超常の代名詞ともいえるS1級の神器が、ありえない軌道・速度で縦横無尽に戦場を暴れ回って、魔鬼を手当たり次第に束縛・圧殺してゆく。


「カズ。レン達、先行しすぎだ。止めてやれ」


 そんな中、紫暮兄妹の位置を見咎めた穿が一姫へと声をかけた。


 二人は敵に半ば包囲されるような形になっており、気づけばかなりの距離が開いてしまっている。六花が奮闘している間にも、あの二人はそれ以上の成果を持って前進制圧を繰り返していたということか。


「ん」


 結界の保持に集中していた一姫が顔を上げる。未だに六花は彼女の表情が読み取れなかったが、高まる霊力の波動だけは感じ取れた。


「揺らめけ。日輪天象(サルンガ)


 神器の召喚――音を立てぬまま現れたのは弓。いわゆる和弓ではなく、遊牧民族が狩りに好んで使用するような、張りの強い短弓である。


(……どういうこと?)


 しかしそれだけだ。一姫の神器には矢が存在していない。


「ん」


 訝る六花を横目に、彼女は空手のままで弓を引き絞った。堂に入った構えは、一姫の神器が弓矢との証明である。


「行け」


 吐息のような声だったが、その声が大気を抉った。

 抉ったように錯覚した。


 実際は声と共に放った高速の“何か”が、盛大な風切音と共に魔鬼の群れを一直線に貫いたのだが。


「な」


 しかし、その“何か”が見えない。

 瞠目した六花は、その姿に一姫の呟いた名を思い出す。


 救済者たる神が持つという“光”を具現化した弓矢、A0級神器“日輪天象(サルンガ)”。月詠に伝わる伝承によれば、その弓は文字通り光を矢として放つという。


 つまり彼女は霊力によって編まれた光を矢として射るのだ。

 光であるが故に高速で、絶対に見ることの出来ない一矢を。


「なによ、それ」


 続く呟きには多少の苛立ちがこもっていた。


 一姫の異能は六花のクトネシリカに近い。

 だが、ただ放つだけで魔鬼の群れを貫く威力は、今の己にはない。しかもそれを一姫は二つ同時、憐牙と汀の前髪を掠めるという、超人じみた技巧にて放っている。


 神器としての質、所有者としての技量共に、六花より遥か格上と認めざるを得なかった。


「……っと、悪い悪い。先行しすぎた」

「たはー。ごめんねー、姫っち」


 六花に追い討ちをかけるよう、憐牙達が戻ってくる。余すことなく全方位を魔鬼に囲まれていたはずだが、二人共に傷一つなかった。それどころか霊力の消耗も僅かだし、息もほとんど乱していない。


(……すごい)


 誰が、といえば全員が。

 今度こそ完全に呆れ果て、苛立ちすらも通り越して六花は呟いた。


 今まで何回も魔士の戦い見てきたが、ここにいるメンバーはそもそも次元が違う。


 穿は当然として、汀も、一姫も――そして憐牙も。


 競う、どころの話ではない。

 争えるだけのステージに、自分はいないのだ。泣きたくなるほど悔しいが、それを痛感してしまった。


「…………」


 六花がこうしている時でさえ、四人は戦っている。


 未だ衰えを見せない膨大な数を向こうに回し、呆然とした自分まで攻撃が届かないよう全ての敵を捌き、屠り、押し返している。


 未熟な雛鳥を護るように。

 力の差を、見せ付けるように。


「ッ」


 それを看過できるかと言われれば、ハッキリとノーだった。


 クトネシリカですら抑えきれぬ熱が体を駆け巡り、激情という名の衝動が脳髄を直撃する。


「ああああああああああああああああああああああ!!」


 吼えたのは己への叱咤か、神への呪いか。

 砕かれた誇りを意地と矜持で繋ぎ止め、六花は再び戦乱の渦へ身を投じた。

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