第七話 始動
その日の教室は、いつも以上に騒がしかった。
同僚からも放任主義と揶揄される穿のクラスは基本的にいつもやかましい。しかし、それを考えても今日は度が過ぎている。
「あー、解ってるたぁ思うが」
とはいえ気持ちが解らないわけではなかった。過去は穿も通ってきた道である。正直な話、この宣告を下す瞬間は中々に気分が良いのだ。
教師の醍醐味である。
「来週から期末試験が始まる」
『ギャー!!』
学生最大の戦いの発表に教室が吼えた。
魔鬼の咆哮にも劣らない音の爆弾だったが、平然と受け流した穿はチョークを手に日程を書き始める。
「……やっぱ面倒だから口頭な」
『ええええええええ!?』
一日目を書き終えた所で飽きた。抗議の視線と声は当然のように無視して、矢継ぎ早に日程を口にする。一姫は例外だったが、いつもは寝ているような連中も真面目にノートへメモしているのは、何回見ても新鮮だった。
一分もかからず伝達終了。メモし切れていない連中もいるにはいるだろうが、学年共通の日程など誰かに訊けば事足りる。特に言い直すこともなく、穿は話を始めた。
「――――――と、火曜から都合四日間。ま、明日から土日だし、無駄な努力すりゃいいさ。諦めてる奴らも一夜漬けはやれよ? 赤点なんて出したら問答無用でダブらせるからな」
憐牙と汀が顔を背ける。
似たもの兄妹に苦笑して、穿は最後の寮生へ視線を移した。
「六花。転校してきてまだ一週間だし、お前は免除……」
『なにいいいいいいいい!』
「……じゃないんだな、残念ながら」
『いえええええええええええい!!』
なんて外道な連中だ。
流石は自分が担当するクラスだけある。
「ま、だるいたぁ思うが諦めろ。授業の進みは同じっくらいのはずだから、精々がんばんな」
「…………はい」
だが、六花は冷え切った声で返答するのみ。
一昨日、戯れに稽古をつけてやってから、彼女は四六時中こんな感じだった。正面切って文句をいってくることはないが、どうにも態度が刺々しい。
(なにを怒ってんのかね?)
無論、彼女はおざなりな稽古に怒っていたのであるが、そんな些細なことに穿が気づくはずもなかった。そもそも絶対零度の視線すら気にしていないし、稽古自体が気まぐれである。
六花のことはさっさと記憶の片隅に押しやり、日直へ号令をかけるように促した。
「じゃあな、悪ガキ共。精々がんばれや」
怨嗟の声を背中に浴びながら退場。
ようやっと学園での一週間が終わり、凝り固まった首を穿は回した。表と裏、半々といった頭でぼんやりと思いを巡らす。
(これで教師の方は終わりっと。後は……)
もう一つの顔。
部隊長としての魔士の方が問題だ。
先日の憐牙からの報告。さらに週末、一姫を伴って穿自らが確認した結果も非常によろしくない。
(すぐにどうにかしねぇと、ちっと面倒なことになるな……)
動くのも面倒だったが、流石にそうも言ってられなかった。
いくら放任主義、面倒くさがりの穿とて、魔士としての矜持や部隊長としての責任感がある。
(憐牙達にゃ可哀想っちゃ可哀想だが、やるしかねぇか)
腹は決まった。
即座に隊員の恨めしそうな顔が脳裏に浮かんだが、決めてしまえば揺らぐ男でもない。配慮を一番後ろに放り投げ、頭の中でスケジュールを組み立てる。
(やれやれ……忙しい週末になりそうだな、こりゃ)
教師としても。
特異点を預かる魔士の長としても。
◆◇◆◇◆
そんな風に穿が予定を立てた日の夕餉。
『ええええええええええええええええええええええええええええええええ!!』
平和な下宿の食卓が揺れた。
昼間、教室で起こった叫びすら比較にならない。
「……うるさい」
「……」
「○×▽□☆」
それぞれ一姫、穿、六花の反応である。
全員が迷惑そうに顔をしかめていたが、六花だけは許容量を超えて星が瞬いていた。いわゆるピヨり状態。
「アホか!」
しかし、そのいずれも気にしていられない。
音波の発生源その一、憐牙は平然と味噌汁をすする穿へと噛み付いた。
「ウガ、俺らの成績知ってんだろ!? みすみすダブれっていうのか!?」
「そうだよ!」
音波発生源その二、汀も続く。
「何考えてんのウガっち! そんな、そんな無茶ってないよ!」
彼女はぶおんぶおんと頭突きのように頭を振り乱していた。
「横暴だー! 職権乱用、独裁者ー!」
「そうだ! 今ここに横暴を見た! これが絶対君主制ってなら、そりゃ革命くらいは起きるよな!」
「立ち上がれ日本! 今こそ遺憾の意を越えろ! がんばれ侍!」
「あーうるせぇうるせぇ。静かにしろアホ兄妹」
変なテンションでまくしたてる憐牙達へ、流石の穿も反応する。
「お~」
「ノるんじゃねぇよ、カズ」
何故か拍手を始めた一姫にデコピン。
不満げに――だが大人しくなった彼女には構わず、部隊長はこちらへ向き直った。
「騒ぐな。騒いでも無駄なんだよ。いいか? こりゃ決定だ――明日の夜、総出で"狩り"を行う。文句も仮病も異論も認めねぇ。解ったか」
「う、ぐ」
静かな――だが、反論を許さない声。
「……に、にーちゃん……」
怯えたように汀が憐牙を見上げた。
何とか応えてやりたいが、彼女と同じ隊員の憐牙に決定権はない。騒ぎ立てることは出来ても、本当の意味で止めることは出来ないのだ。
それに、結界の淀みは憐牙自身も解っている。
"狩り"――魔鬼の一斉殲滅が必要なのは痛いほどに理解できた。
「……来週じゃダメなのか?」
しかし、それでも憐牙はそう提案する。
来週に入れば期末試験――人様に誇れるような頭をしていない紫暮兄妹にとって、この土日は最後のチャンスなのだ。通常の巡回ならばともかく、あれだけの魔鬼を相手にすれば、勉強に回すエネルギーなど残るはずがない。
学生と魔士。
どちらが優先されるべきかは言うまでもないが、出来れば両立させたい――。
「カズ」
「……無理。今週掃除しないと、容量越える」
という憐牙の想いを汲み取って尚、穿は容赦がなかった。
結界の専門家たる一姫の意見を法廷に持ち出し、提案を一蹴する。
「レン、ナギ。お前らの気持ちも解らなくもねぇが、優先順位を間違えるんじゃねぇぞ。俺らは魔士だ。教師も生徒も関係ねぇ。そっちを優先すんのは当然だろ」
「……解ったよ。そこを間違えるほど落ちぶれちゃいない」
魔士としての覚悟。
超常の力を手に入れた者の義務疎かにする気はない。
やらなければならないなら、やるだけだ。
「大丈夫。テストなんて楽勝過ぎて鼻で笑うレベル」
「腹立つなおい!」
「姫っち、それ軽くイジメだよ!」
くそう。これだから優等生は始末が悪い。
なんで一姫は授業中寝てるくせに、学年トップレベルなんだ。納得いかん。
「あ、う……こ、この……なんて声出してんのよ……」
似たもの兄妹が世を呪い出した頃、ようやく六花が衝撃から立ち直った。しかし本調子には程遠いのか、涙目のまま耳を押さえている。
「と、ところで部隊長。それって私も……?」
「総出っつったろ。当然、参加だ。まさかレン達みたいなこと言うんじゃねぇだろうな?」
「まさか!」
今度は憐牙が耳を押さえる番だった。興奮した六花は意外と声がデカい。
「逆に連れてってくれなかったら怒りますよ!」
「……ま、そういうとは思ったけどな。お前、テストは大丈夫かよ?」
「テスト?」
ちらりと流し目。
可哀想な子を見る目で、数秒――六花は憐牙と汀を順繰りに視界へ収め……鼻で笑いやがった。
「余裕ですね。月詠の後継者たる私が、勉学を疎かには出来ませんから」
「こ、このやろう……やけに自信たっぷりだな」
「当然。何なら教えてあげよっか?」
鬼の首を取ったような上から目線。汀と共に頬をひきつらせながら、しかし憐牙は自重した。ここで騒いでも余計に惨めなだけである。
「……結構だ。俺らには姫先生がいるからな!」
「だよね! 今回も頼むよ姫っち!」
他力本願のあたり、情けないことに変わりはなかったが。
「…………面倒」
そして肝心な一姫先生は、非常に迷惑そうな顔をしているが。
「ハッ」
楽しそうな顔をしているのは穿だけだった。
テスト前といえば問題を作ったり教師にも色々あるはずなのだが、彼は何故かその役目を免除されている。学園の上層部が魔士に協力ということで配慮しているのだろうが、ならいっそテストそのものをなくしてほしかった。
「ンじゃ、明日は夜七時にリビング集合。解ってるたぁ思うが、完全武装だ。神器を忘れたなんつったら、ムルキベルで絞め殺すからな」
「流石にそれはない」
「ならいい。それまでは自由時間にしてやっから、ま、精々がんばれ」
穿の適当なエールに、低いテンションで了解の合図を返す。
久々の狩りだ。
気分が沸き立たないわけではないが、その後の結果を考えてしまうと、どうしたって気は重い。
(クソ。こうなったら思いっきり暴れてやる)
それが完全な八つ当たりと解っていながらも、憐牙は固く決意したのだった。