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神を継ぐ者達  作者: 夢影
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第六話 予兆

 六花が無謀にも穿に挑んだのと、ほぼ同時刻。


「ねーね、にーちゃん」


 音もなく闇夜をかけていた憐牙に、並走していた汀が声をかけてきた。首だけ捻って問いかけると、彼女は遠慮なく自らの欲望を口にする。


「疲れたー。ちょっと速度落とそうよ、ね?」

「……お前な」


 呆れた声は隠せなかった。

 客観的に見れば、確かに二人は原付ほどのスピードで走っている。常人にとって驚異的なスピードなのは確かだが、霊力による肉体強化の恩恵を受けている二人にとっては、食後の軽いジョギング程度だ。


 ぶっちゃけ疲れるはずがない。


「しゃべってると舌かむぞ、汀」


 妹の提案を一瞬で却下し、憐牙は再び前を向いた。


 前々からだが、出来るだけ早く帰ろうとする自分と違い、汀は夜の散歩を楽しみたいらしい。本当は肉体強化すらしたくないとのたまった時は、見回りに何時間かける気だと説教してしまったほどだ。


「ぶーぶー」


 ブーイングだけは絶やさず、しかし汀は大人しく憐牙の判断に従う。兄であり今は隊長でもある男の指示ならば是非もなかった。魔士は完全に縦割りの命令系統なのである。


「じゃ、そのままでいいからさ。おしゃべりしようよ。退屈だし」

「……しゃべってると舌かむって言ったぞ」

「そんな鍛え方はしてないでしょ。お互いに、さ」

「まぁな」


 街灯の上を飛び移りながら、あっさり憐牙は同意した。肉体強化は反射神経にもバランス能力にも効果を及ぼす。全速力でならともかくゆったり走っている今なら、普通の人間が歩いているのと大差ない。


「しゃーない。そのくらいが落としどころか。話は許可しよう」

「わはーい♪」


 何が嬉しいのか、汀は無駄に三回転捻り。

 直後に前方へ十メートルクラスの跳躍、コマのように回転しながら見事に着地を決めた。


「意味解らん」

「いーの」


 何がいいのかはやはり解らなかったため、憐牙は話を本筋へと戻す。


「で、なんの話するんだ?目的地ももうすぐだし、あんま時間ないぞ」

「んー……花っちなんだけどさ、どう思う?」

「イノシシ」


 完璧な回答に、何故か汀がコケた。

 慌てて体勢を立て直す妹が、今更ながら心配になる。


「お前、大丈夫か?」

「そう思うなら止まってよ! なんで先に行くのさー!」

「いや、体じゃなくて頭の方な」

「すごい失礼なことを!?」

「真っ当な指摘だと思うぞ。芸人かお前は」

「仕方ないでしょーが! ってか、にーちゃんのせいだもん! 気遣いが足りないんだよ!」


 ぷくう、と汀が膨れた。フグかお前は。

 気遣いがなんたらは六花にも言われたセリフだが、少しもそう思えないのは何故だろう。


「大体、なんだよ気遣いって。そんなモン、お前相手にはこれっぽっちも持ち合わせてないぞ」

「ちょっとくらい持ってよ!?」

「いやぁ、だっていらないしなぁ。お前に気遣うようになったら世界の終わりと同じだし」

「あたしへの気遣いで世界が滅ぶの!? そんなレベル!?」

「じゃあお前、俺に気遣うのか?」

「へ? そんなわけないじゃん?」

「……お前な」

「てへぺろ☆」


 憐牙は無言で速度を上げた。


「ぎゃー! ごめんなさいにーちゃーん!」

「……ったく。解ればいいんだよ、解れば」


 やれやれと首を振る。やっぱ気遣いなんていらないだろ。


「で、にーちゃん。話戻すけどさ」

「ん?」

「イノシシって酷くない?」

「……何の話だっけ?」

「花っちだよ、花っち」

「ああ」


 そんな話が発端だったな、そういえば。

 もう遠い昔のようである。無駄な会話が多いな。


「一直線に猪突猛進、わき目も振らずに暴走特急。ぴったりじゃないか?」

「せめてさー。バカ犬とかそういう表現は? ほら、散歩行く前のみなぎり感っていうか」

「そんな可愛げないだろ。出る時も酷かったし」

「あー……それはまぁねー」


 兄妹揃って、出発前に見た六花を思い出す。

 動きやすく丈夫そうな胴着と、模造刀ながら一級線の業物。流石は月詠家と思う装備だったが、そんなことよりも注意を引いたのは六花自身――正確にいうならば彼女の状態だった。


「あれは確かに庇えないかなー。やりすぎだよね」

「ああ」


 トレーニングにしても、六花の修行は明らかに限度を超している。憐牙も汀も、一姫だって独自に訓練はしているが、それは戦闘に支障を及ぼさないのが大前提だ。積極的に自らを高めようとする人間にとっては歯がゆいだろうが、最前線の魔士はいつ戦闘が起こってもいい範囲内でのみ訓練を行う。


 その程度のこと、六花も理屈では解っているのかもしれないが――実践できなければ何の意味もなかった。


「でもまぁ、別の見方をすると今のうちってのがあるんじゃない?」

「ん? どういう意味だ?」

「少しでも実力差を縮めてもらうってこと。あたし達の部隊にA3級程度じゃ、大した加勢にもならないし」

「……お前もハッキリ言うよな。まぁウガもそう考えてるんだろうけどさ」


 汀の指摘に苦笑する。

 自分も大概だと思うが、汀は輪をかけて容赦がなかった。まぁこれが一姫だったら“足手まとい”の一言で切り捨てるだろうから、まだマシなのだろうが。


「……にーちゃん、勘違いしないでよ? あたし花っちは好きだからね?ただ、魔士としてそう思うってだけで」

「解ってるよ。お前の意見に全面賛成だ。あそこまで打ち込めるってのはいいことだし、そこは素直に感心してる」

「そだね。でも、魔士としては?」

「そうだな」


 話している内に目的地の傍まで来ていた。

 一瞬だけ考え込んだ憐牙は大きく跳躍。目的地への到着と同時、妹の質問に答える。


「才能はあるけど、覚悟が足りない。今のままじゃ、ただの良家のお嬢様だ」

「……やっぱ、にーちゃんも厳しいよ」


 話は終わりだと目で伝えると、苦笑していた汀も何も言わずに頷いた。


 最初の目的地は神社。特に高くもない山の中腹に作られた小さな社である。もちろん巫女などという洒落た人間もおらず、作るだけ作って放置したのではないかと疑うほどに荒れ果てていた。


「汀」

「あいー」


 中へは足を踏み入れず、入り口たる鳥居にて汀を促す。最低限の指示だったが、憐牙の言葉を間違えることなく、彼女は一枚の紙切れを取り出した。


「ほほほいっと」


 汀がやたらと軽いノリで霊力を通すそれは、一姫(ねむりひめ)特製の呪符である。

 野乃崎家は呪符秘術に長け、結界の構築や異界の解析においては他家の追随を許さない変わった一族だった。それは跡取りの一姫も同様であり、戦闘専門の紫暮兄妹はよく世話になっている。


【開門】


 今回もまた然り。


 一姫の符は宙空に複雑な文様を描き出し、鳥居の先を異界と化した。イメージとしては水族館に近い。神社という聖域を巨大な水槽に見立て、憐牙達はブラックホールのように出現した暗黒の渦から、薄皮一枚隔てた異界の様子を見ている。


 さて、大切な水槽の中身といえば。


「……うわぁ」


 思わず呻き声をあげてしまうほどの大漁だった。若いながら魔士として数々の戦場を渡り歩いてきた憐牙が、目を覆いたくなるほどである。


「そんなに?」

「見れば解る」

「……うっわー。だいぶ淀んでるね、これ」

「だいぶじゃねぇよ。完全にだよこれ。水だったら十センチ先も見えねぇよ」


 ほんの少しだけ予想していたことではあるが、予想以上の結果に嘆息が漏れた。


 視線の先には百を遥かに超える邪悪の姿。異界の住人、化生の顕現たる魔鬼が、結界範囲の敷地を埋め尽くすほど溢れかえっていたのである。見たところC級からB級というザコばかりだが、これほど数が揃っているのを見るのは憐牙も久々だった。


「どうする? にーちゃん。殺る?」

「いや、やめとこう。ここがこの量じゃ、他の場所も結構いる。応急処置だけして、総出でまとめて始末した方が解りやすい」


 汀の案も可能といえば可能だったが、効率を考えて却下。取れる選択肢が多いうちは、安全確実を選ぶのが憐牙の主義である。


「封印強化だけやるぞ。汀」

「了解。二枚でいいよね?」

「念のため三枚重ねにしとこう。そうすれば来週くらいまでは余裕のはずだ」

「あいあいさー、隊長」


 おどけながらも従順に従う汀を見ながら、憐牙は微かな不安を感じていた。


 例年、盆が近い時期は魔鬼が結界基点に集まる。改めて説明されるわけでもなく解りきったことだが、今回の量は明らかに増えすぎだ。


(……斃せないレベルじゃない。それだけが救いだけど)


 こみ上げる嫌な予感を必死に抑えながら、憐牙は胸中で呟く。


 結界基点、重点見回り箇所はあと七つ。

 どうやらいつも以上に、長い夜となりそうだった。

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