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神を継ぐ者達  作者: 夢影
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第一話 出会い

 ――非常に唐突ではあるが。


「…………」


 今、彼はとても危機的な状況にあった。十七年の人生でそれなりに死線を潜り抜けてきたが、今回はその中でも五本の指に入る危うさである。


「……えーと」


 縋るように周りを見渡しも結果は同じ。広がっているのは、特徴のないことが特徴の見慣れた部屋である。大いなる力によるなんやかんやで別の場所という可能性を探ってみるも、自分の部屋で間違いなかった。


「はぁ」


 ため息を一つついて、彼は頭を掻いた。

 無造作に切られた銀髪と黄の双眸を備えた、それなりに目立つ容貌の青年である。その銀髪をかき回し、黄色の眼を困惑に歪め――紫暮(しぐれ)憐牙(れんが)は自室で絶望的な状況に陥るという、レア体験の真っ最中だった。


「…………」


 さっきからもういっそ知らない振りをして出ていこうかとか思っているが、その後のことを考えるとそれは下策と言わざるを得ない。


「仕方ない、か」


 何か色々と諦めて、憐牙は視線をベッドに移した。

 ――正確には彼のベッドに横たわるモノに、だが。


「すぅ……すぅ……」


 人のベッドを占領し、穏やかな寝息を立てるそれは人間だった。しかも生物学的に分類するならば女の子で、しかも下着姿。外聞が悪いことこの上ない。


「……うーん」


 少しだけ照れながら、憐牙はその艶姿を観察する。

 艶やかな長い黒髪と、閉じられていてもややキツい印象を与える目元。攻撃的な美人とでも称すればいいのだろうか――身近な環境に美人が多い憐牙がそう思うのだから、ルックスに関しては文句つける人もそういないだろう。


「知らない娘……だよなぁ?」


 だがルックスが例え極上であったとしても、見たことがない少女には違いない。

 身長や体型――主に胸――を見てみるに年上ということはないだろうが、どちらにせよ憐牙の記憶に彼女は一切合財含まれていなかった。


 つまりまったくの初対面。これがもし道端ですれ違ったりしての出会いならば全然まったく問題ないのだが――。


「……俺のベッドに寝てるから問題なわけで」


 問題だ。ついでに下着姿なので大問題だ。

 とはいえ、憐牙自身に覚えはまったくなかった。下着姿で寝てるということは恐らくそういうことなのだろうが、本当にこれっぽっちも覚えがない。


 大体、これだけの美少女と一夜を共にすればそうそう忘れられない体験になるだろう。もし単に忘れているだけでなら、憐牙は自身を阿呆に認定する。


「いや、そんなこと言ってる場合じゃなくて」


 憐牙はその場で思いっきり頭を振った。

 振られる事で活性化した脳は、これからどうするべきか即座に答えを――。


「……そうなったら苦労はねぇよ」


 出してくれるはずもない。

 現状の危険さを認識させるだけ、主のピンチに役立たないとは能無しもいいところだ。その能無しというのが憐牙自身だというのは言うまでもないのだが、皮肉の一つでも言わなければやってられない。


「あー、くそ。マズイなぁ」


 ふと思い出して時計を見てみれば、もう十時を過ぎている。今日は日曜日なので学校に遅刻する心配はないが、共同生活を営んでいる身としてはそろそろ起きないと誰かが起こしに来てしまう。


 しかもそれはかなりの確率で妹の汀で――。


「…………うわぁ」


 部屋を見られた場合を思わず想定してしまい、憐牙は思わず身震いした。汀の行動に関して予想が外れることはまずないから、このままだと絶望的な状況がさらに悪化して致命的な状況になってしまう。


「ま、まずいっ。急ぎどうにか……!」


 と憐牙が立ち上がった瞬間、扉が開き始めた。


(しまった!?)


 咄嗟のことで反応が遅れた。冷静なら少女を布団で隠すなり、扉が開くのを押し止めるなり出来たのだろうが、半ばパニックに陥った頭では振り返るのが精一杯である。


 まるで地獄の扉が開き始めたような恐怖感。その向こうから現れるのは、まさに羅刹のように恐ろしい表情を浮かべた(本来は)可愛い妹――。


「レン、まだ寝てんのかー?」


 と思っていたのだが、入ってきたのは汀ではなく見慣れた男だった。


 逆立った金髪と皮肉気に吊りあがった蒼眼が特徴の、二メートル近い長身の男。黒のタンクトップを着ていると格闘家に見えるからやめろとみんなから言われているのだが、今日も着ている辺り改める気は全然ないようだった。


 彼は氷室(ひむろ)穿(うがち)、通称“ウガ”。

 兄代わりのような、昔からの馴染みである。


「う、ウガ……驚かせないでくれよ」


 心底ほっとして憐牙は息をついた。最悪の事態にならなくて良かったという安堵と、彼ならそう面倒にはならないだろうという安心で。


「何言ってんだよレン。お前が起きてこねぇからナギに頼まれて、わざわざ起こしに来たってのに――」


 そこまで言って、穿はきょとんとした表情で固まった。視線は憐牙の後ろ、ベッドで眠っている少女へと向けたままである。


「…………レン」

「……なんだよ?」


 憐牙の問い返しに、彼はうんうんと頷いて。


「お前も女を連れ込むようになったんだなぁ」


 そんなことを言い出した。

 しかし穿の性格から言えばこの程度の反応は予測範囲内だったので、憐牙もまた落ち着いて返答する。


「俺は誰も連れ込んでない」

「いや、どこからどう見ても連れ込んでるだろ」

「気のせいだ」

「ンじゃ、あの下着姿の女はなんだよ?」

「そ、それは………」


 図星を突かれ、憐牙は思わず口ごもってしまった。それを肯定と取ったのか、それとも最初から言い分を聞くつもりはなかったのか――穿はやはり二度三度頷くと、肩を軽く叩いてくる。


「何も言うな、レン。解ってるぞ。俺は解ってるからな」

「……本当かよ?」

「ああ。当たり前だろ。ただ……避妊だけはしろよ?」

「それが教師のセリフかぁぁぁぁぁぁ!」


 叫びながら思い切り枕を投擲するも、当たり前のように手の甲で無造作に撃ち落された。

 まったく無意味に終わったものの反抗されたのが意外だったのか、自分で撃ち落した枕を見ながら穿が眉根を寄せる。


「ンだよレン。教師だからこそ、生徒の相手が堕ろしたりしないようにだな――」

「だから俺は何もやってねぇ!」

「照れんなよ。ンな必死になって隠さなくても、その辺の教師連中と違って俺はお前の味方だからな。女の一人や二人連れ込んだくれぇじゃ別にどうこうしねぇさ」

「まずその認識から改めろ!」


 あくまで少女を連れ込んだと思っている穿に対し、憐牙は声を張り上げた。状況から言えばそう思われても仕方ないのだろうが、冤罪で勘違いされたままは嫌過ぎる。


「いいかウガ? 俺は本当に何もしてないんだよ。朝起きたらその子が下着でベッドに潜り込んでたんだ。気付いたのだってお前が来るちょっと前なんだから、何かする時間なんてなかったんだよ」

「おいおいレン。だから恥ずかしがるなって」

「……解った。あくまで俺の意見は無視するっていうなら、こっちにも考えがあるぞ」


 穿には話を聞く気がない。

 そう判断した憐牙は、自らのブレスレットへと手をかけた。


「――――レン。本気かよ?」


 部屋の空気が急速に張り詰める。軽い雰囲気だった穿も、流石に顔をしかめた。


「……お前が俺の話を信じないから悪いんだろうが。信じるんならやる気はカケラもない」

「照れ隠しにしちゃやりすぎだぜ?」

「っ。まだ言うか!」


 長い付き合いだ。穿がこっちをからかっているだけだというのは解っている。解ってはいるが、なんか本当に腹が立ってきた憐牙にとっては関係なかった。


 より強くブレスレットを握り、怒りのままにそれを解き放とうとして――。


「ウガっちー」


 響いた声に、体が固まった。穿への怒りも忘れ、慌てて扉の方を仰ぎ見る。


「にーちゃん起きたんでしょー?」


 そう言いながら、開けっ放しの扉から現れたのは今度こそ汀だった。


 片方だけが編みこまれた肩口までの長さの銀髪、憐牙と同じ色の瞳、動きやすさを重視した服装と飾り気のない黒のチョーカーを身に纏った、この世で一番見慣れた少女。


 紫暮(しぐれ)(なぎさ)。同月同日に生まれた正真正銘の双子の妹は、無造作に部屋へと足を踏み入れて。


「何で朝から霊力が――」


 それだけ言うと入り口で固まった。

 兄と同じように、動きの一切が一瞬で止まった。


「……」


 だが憐牙は確かに聞いていた。汀が停止した瞬間に、ビシ、と空気が歪んだ音を。物理的に鳴るはずのない音が、確かに耳にまで届いていたのだ。


「…………」


 再び数秒ほどの沈黙。ひたすらに冷や汗を流す憐牙と苦笑いを浮かべる穿を尻目に、臨界へ達した汀がゆらりと一歩を踏み出す。


「にーちゃんの…………」

「ちょ、ちょっと落ち着け汀! 気持ちは解るが、それは誤解だ!」


 必死に弁解するも、彼女は聞く耳を持っていないようだった。憐牙の釈明をよそに本棚から辞書を抜き出すと、ゆっくりとだが大胆なフォームで振りかぶる。


「にーちゃんのぉ……!」

「な、なぎ――」

「にーちゃんの色情魔ぁ!!」

「おごっ…………!?」


 閃光、そして衝撃。

 汀の渾身の投擲は憐牙の顎を正確に撃ち抜き――その意識を奪ったのだった。

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