プロローグ
かつて人は大いなる戦いの渦中にあった。
記録などなく、記憶すら誰もが持ち得ないほどに昔のことではあるが、人は戦いを繰り返していた。
人と、ではない。
獣と、でもない。
斃すべき敵は人ではなく獣ではなく――この世界の住人ですらない、まさしく異形の怪物共だった。
古より魔界と呼称された異界より、鬼門と呼ばれし闇の扉を潜って奴等はやって来る。人の都合などお構いなしに、ただ己の欲望を満たす贄を求めて。
悪魔、魔神、堕天使――後世に纏めて“魔鬼”と呼ばれるそれらの存在と、人が戦いになるまでそれほどの時間はかからなかった。
……が、強大無比な魔鬼を前にして、人はあまりにも脆弱すぎた。
例え下級の魔鬼であろうとも、それを滅ぼすために必要な犠牲は数十を超える。まして上級魔鬼が相手ともなれば、その十倍にも達する戦士が世の礎となり果てた。
このまま何の策もないままに戦い続ければ、いずれ破滅が訪れるは必定。
――故に、人は考えた。
出来る限り人が犠牲にならない方法を。
少ない犠牲で魔鬼を滅ぼし得る手段を。
人類という種が生き残るための戦術を。
戦闘技術を、血筋を、武器を――それこそ魔鬼の死骸から神話や寓話までのありとあらゆる超常を研究し、生まれたのが“魔士”と呼ばれる者共だった。
人の身でありながら、魔鬼と互角の戦闘力を持つ者。
霊力を以って神代の武具を操り、人のために戦う者。
――彼等は魔鬼と戦う傍ら、異界の門たる鬼門を封じ、結界を張る手段を編み出した。
それら新たな秘術の訪れに、これまで日常的だった戦いの規模は縮小され、やがて人の目に留まらないほど小さくなった。
だが魔鬼は消えず、それ故に魔士も消えず。
……大多数の人間が魔鬼の存在を忘れた今も、戦いはまだ続いている。