表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自殺大陸  作者: ししゃもふれでりっく
終章~でも、やっぱり私はモツが食べたい~
81/87

第4話 第七の鐘

4.



 翌々日。

 先日よりさらに腕の調子は良くなり、後は多少の違和感を残すのみとなった。

 ディアナ様に頂いた包丁を携え、ドラゴン師匠に作って貰った新品の鍋の取っ手に紐を通して腰にぶら下げ、ジェラルドさん作のガントレットをつけ、首にはエリザとお揃いのプチドラゴンの飾り。そしてアルピナ様から頂戴し、アーデルハイトさんに直して貰った服、そんないつもと同じで、いつもと少しばかり違う装備。けれど相変わらず黒過ぎる格好で、いつかと同じ様にリオンさんの隣で、あの時とは違う傾いた城を見上げていた。

 メイドマスターからは『マジックマスター様も是非』という言葉はあったものの、師匠は洞穴に行ったまま、まだ帰って来ていない。結果、またしても私達は二人で城に訪れていた。

 もっとも、私がいる必要性はないのだけれども、リオンさんが是非というのでついてきたというわけである。別段来たくない理由もないわけで、誘われるがままに城へと。

 門番に話をすれば、脱兎の如くその場を離れ、暫く待てばメイドマスターが現れた。一瞬、残念そうな表情を浮かべたのはまぁ、ある意味、当然だったのだろう。


「リオン様。お待ちしておりました。……それと、カルミナ、何故貴女がいるのかしら」


「師匠の代理ですかね?」


 舌打ちと共にため息を吐かれた。


「一応、許可を頂いておこうと思いましてね。ついて来て頂いた次第ですよ」


 庇うようにリオンさんがメイドマスターへと。


「許可、ですか?」


 何のだろう?ディアナ様からは既に勝手にしろという言葉を頂いている。それに例の件はテオさんには明日、お願いしているから、それが終わればちゃんと許可も出るわけで……誰に断る必要があるのだろう。


「皆さんへのご挨拶程度の意味です。ちょっとカルミナさんを連れまわしますので。まぁ、御友達に会いに来る理由付け程度に思っておいて頂ければ」


「それは……ありがとうございます」


 エリザやレアさん。そして、先輩もまだお城にいるかもしれない。だから、リオンさんのその好意を素直に受取った。

 メイドマスターに連れられて、城門を通過し、城まで向かう。

 先日ドラゴン師匠と来た時と大して変わらなかった。割れた地面には申し訳程度に石が詰められ、崩れた建物はその瓦礫を隅に寄せられていた。長く会わなかったわけではない。けれど、眼前に佇む廃城のような光景を目にすれば、エリザ達とももう何年も、或いは何十年も会っていなかったようにさえ錯覚する。

 大陸の崩壊と共に想い出が失われて行く。いつだか同じ事を思った。その時は悲しさに絶望しそうになった。けれど、今はこの光景を受け入れる事が出来た。もう、こんな事にならないように、そう願いながら。

 失ったものは元には戻らない。

 だが、形を変えて残る事もあるのだ。リオンさんが延々と本を写し取っていたように。永遠のように遠い昔からずっと続くものもある。きっと、この場から産まれるものもあると思う。この世界に住まう人々は、絶望に打ちひしがれているわけではないのだから。

 ふいに隣を向けば、いつもと同じリオンさんがいた。猫の耳の様な髪型に、いつもの笑みを浮かべ、ただただメイドマスターの後に続く。

 リオンさんはこんな光景を何度、見たのだろうか。

 この人はトラヴァントの歴史のその十倍近い時間を生きている。それこそ数限りないほどだと思う。


「どうかしましたか?」


「いえ、リオンさんは凄いな、と思いまして」


「……今日はカルミナさんが意味深ですね」


「嫌になって、諦めようと思った事はないんですか?……ないから今があるわけですけど」


 それは自分でも酷い質問だと思った。彼らがやらなければ私たちはいなかったのだから。


「ははっ。約束がありましたので、そういう事は無かったかと」


「約束……」


「はい。あの子が望んだのです。だったら、兄としてはがんばらないといけません」


 それはきっと、永遠に続く呪いだ。

 永遠に解かれる事のない呪いだ。解かれる事がないと知っていても、それでも尚、妹の願いを叶え続ける。それのなんと途方もない事だろうか。それでも笑っているリオンさんに、自然、言葉が詰まった。


「強い、ですね」


 暫くの沈黙の後、城の中に入り、ようやっと紡ぎだせた言葉がそれだった。不気味なほどに静まり返った城の中、そこに私の言葉が響き渡る。


「いいえ。単に私が人でなし、だからですよ。私なんかより、カルミナさん、貴女の方が強いですよ」


「……どこがですか。自分だけ幸せになって周囲には不幸を招く性質たちですよ?」


 それも、今なら笑って言える。皆の御蔭だった。


「そういう所が強いと思いますけどね。まぁ、ちゃんと言葉にしましょうか。貴女は、決して不幸の源ではありません。少なくとも私やティアにとっては希望です。あの子が望んだ事を真に叶えられる者がいるとすれば、今の所、貴女だけです」


「真に……」


「泣いた神様を慰めてあげて欲しい、そんな他愛のない、けれど、途方もない話です。私には、私達には無理でしたよ」


「私は殴りに行くつもり満々なんですが……リオンさんは私の事を買いかぶりすぎじゃないですか?」


「こんな状況、というとちょっと違いますね。この世界の事を全部理解して、全部信じて、それでもなお」


「はい?」


「何処かの誰かの心配ができる人はいませんよ?ましてその相手には幽霊やら神様が含まれているんですから、尚更です。そんな心を持った貴女はやっぱり強いと、そう思います」


 紡がれた言葉は、先日、私がリオンさんに対して思ったことだった。


「私そんな博愛主義じゃないんですけど……自分の事もちゃんと考えていますよ?」


「そういう事にしておきましょうかね。さて、そろそろ到着ですか」


 辿りついた。

 以前も見た豪奢な、しかし以前とは違い傾き、ひび割れた扉。


「既に、ゲルトルード様、アルピナ様、エリザベート様、エルフの姫君が集まっておられます。警護としてヴィクトリア騎士団長に来て頂いております」


「お堅い言い方ですねぇ。ともあれ、それは勢ぞろいですねぇ。ちなみに、白い御姫様は?」


「ゲルトルード様がおられる所が、彼女のいる場所ですから」


 いる、という事だ。


「良かったですね、カルミナさん」


「といっても私、そんな場所で気軽に喋られる立場では」


 苦笑された。


「何なんですか」


「全員、カルミナさんのお知り合いと御友達じゃないですか」


 言われてみれば、確かにそうだけれど。

 などと考えていれば、メイドマスターが扉を、立て付けの悪くなった扉を開けた。



―――

 


「やぁやぁ、アルピナちゃん。賭けは私の勝ちですねぇ」


 扉が空き、視界にアルピナ様が見えたと同時だった。皇帝の間、赤色の絨毯を挟んで、リオンさんの第一声がそれだった。不敬だった。いよっと軽く手を挙げて挨拶している辺りが更に不敬だった。


「リオン……お主、本当に……」


「だから、言っていたじゃないですか。嘘は言っていませんよ、私。私はもはや人でなしです。いえ、元々人でなしでしたっけ?……と、聞く相手がいませんでした。やっぱりティアにはついて来て貰うべきでした。……こういうお堅い所は私、苦手です」


 言いながら、メイドマスターに付き従い、絨毯を行く。

 リオンさんの後ろから、様子を伺ってみれば……一瞬、目を惹かれ、手が腰元へ移動しそうになったのをぐっと堪えて、隠れるようにリオンさんの後に付き従う。


「何故、ここに」


 呟いた言葉に応えたのは先を歩くリオンさんだった。


「おやまぁ、ミケネコ君の……ディオーネ君もいなくなった事ですし、そろそろ返してもらうのもありでしょうかね?」


 薄いベールに包まれた、幼少のドラゴン師匠が描かれた絵画。それがここにあった。危うく走って行って切り刻みそうになった。ちなみに状況も状況故に包丁や鍋やガントレットは装着したままだった。まぁ、もっとも、私一人がどうこうした所でこの人達に止められるのだろうけれども。

 リオンさんが足を止め、絵画に目を向けながら、『国が亡くなるまで待とうかと思っていましたけど……』とぼそっと呟いたのを確かに聞いた。そんなリオンさんへの返答ではなく、今先ほどの私の疑問に関してメイドマスターが振り返ることなく、答えてくれた。


「私が、こちらにお持ちいたしました。マジックマスター様がおられれば、それだけで十全な証拠になると思いましたので」


 納得した。

 納得と共に……再び、立ち並ぶ人達に目を向ける。

 豪奢な椅子に座ったアルピナ様。その両隣にはゲルトルード様とエリザがそれぞれ立っていた。そしてゲルトルード様の後ろには一歩引いた形で先輩が、エリザの後ろには隠れるようにレアさんがいた。絨毯の横には控えるように学園長がいる。そして、メイドマスターがアルピナ様の椅子の前で、一度膝を折り、頭を垂れてから再度立ち上がり、学園長の隣に立った。

 そして、暫し、沈黙の時が流れる。


「下げる頭もない。……ただ、お主が無事でよかったと、それだけは言わせてもらいたい」


 最初に口を開いたのはアルピナ様だった。


「下げる必要がないのですよ、アルピナちゃん。それよりも、カルミナさんに聞きましたけど、私の所為でお姉さんと仲違いしたとか。ちゃんと仲直りしたんですか?喧嘩する日もあるかもしれませんが、許しあってこそですよ。家族は大切に、です」


「あ、あぁ……ゲルトルード姉様とは」


 そんな場違いな物言いにアルピナ様が、どもった。


「えぇ。もう大丈夫ですよ」


 普段は深窓の令嬢然としているゲルトルード様が何故か、煌びやかな軽装鎧に身を包んでいた。やっぱりあれか。今すぐにでもエルフとの抗争の先陣を切ろうとでも言うのだろうか。そんな懸念を浮かべていれば、リオンさんが、一瞬私の方を向いてから、再度ゲルトルード様へと声を掛ける。意味深で、不思議な動きに思えた。


「ご体調は宜しくなったようで何よりです。また調子が悪くなってきたら言って下さいな。……それと、髪を切られたんですね……そちらの方がお似合いですねぇ」


「あら、ありがとう。私もこっちの方が楽で良いですからね。気に入って頂けたようで嬉しいですね」


 深窓の令嬢然とした笑みが眩かった。正直、私は長い方が良かったと思うのだけれども。あぁ……そういえば、髪を切るのを忘れていた。御蔭でやっぱりゲルトルード様と同じ様な髪の長さだった。


「それと、エリザベートさんもお久しぶりで。そちらが妹さんですか?」


 リオンさんが再び口を開けば、それに反応してレアさんがエリザの後ろへと、エリザの腕を掴まえて、隠れてしまった。


「はい。お久しぶりです……その。レア。安心して下さい。あの方は大丈夫だから」


「……はい」


 おっかなびっくり、そんなレアさんの姿がまるで栗鼠さんのようで、ちょっと面白かった。本人にとっては大層な事なのだろうけれども。


「仲が良さそうで良いですね」


 その言葉を最後に、再び場は静まり返った。

 きっと誰もが何を言えば良いかが分からないのだ。ある意味で自分達が殺した者がこうして生きて戻って来る事など埒外でしかない。アルピナ様も、ゲルトルード様も。口を開こうとしては躊躇っているように見えた。呼び出しておいて今更これか、なんて事は私には思えなかった。だからといって私が口を挟む状況でもない。どうにかなりませんか?と視線で先輩に伺ってみたものの、首を振られる始末だった。

 重苦しい空気だった。

 ひびの入った壁に、壊れかけの城にお似合いの空気だった。そんな空気が嫌で、皆が皆、沈痛な表情を浮かべるのが嫌で、だから結局、私に出来ることはリオンさんに口を開いて貰う事を即すぐらいだった。リオンさんに強いる事しかできなかった。


「リオンさん……あの……」


「優しいですねぇ、貴女は。大丈夫ですよ。私に気を使う必要もありません」


「すみません」


 苦笑された。


「というわけで、ですね、アルピナちゃん」


「……なんじゃ」


「賭けは私の勝ちで良いですよね?イカサマでしたけど、勝負の間にばれなければ問題ないのでしょう?」


「そう……だの。お主の勝ちじゃ。望むがまま、思うがまま申してみよ」


「では。エルフとの抗争の件、お任せしますね。私は……ちょっとカルミナさんを連れて大陸の揺れを止めて来ますので。そういう瑣事は、全てお任せします」


 あまりにいきなり過ぎて別の意味で場が静まり返った。


「あれ?アルピナちゃんには軽く説明したような?……カルミナさん、皆さんご存知ないんですかね?」


「先輩は知っているはずですけど……」


 視線を向ければ、一歩前に出て先輩が口を開く。


「ゲルトルード様には全てお伝えしております。エリザベート様やレア様はカルミナから聞いてある程度はご存知かと思われます」


 なんだかそういう礼儀正しい口調の先輩の声を久しぶりに聞いた気がする。ある意味似合うのだけれど、似合わない。えぇ、似合わない。似合わない。『面倒な事こっちに振るなよ、カルミー』とか言われた方が似合うというものである。


「えぇ、この子に聞いて話は伺っております。ですが、本当にそれでよろしいのですか?貴方だけがずっとずっと辛い思いをして……何か、私達に出来る事はないのですか?」


 いつでも出られますという感じの格好なのは、もしかしてこっちの事が原因だったのだろうか。


「ですから、エルフ達のお相手をお願いしております」


「元よりそれはやるべき事故に、問題はない。だが、リオン、護衛の必要はないのか?……伊達や酔狂で自殺洞穴などという名前がついているわけではないのだぞ?」


 続くアルピナ様の言葉に、リオンさんが苦笑していた。当然、知っている、と。およそ一番あの場所で死んでいる人間はリオンさんだろうから。


「無駄に死人を増やしたいのでしたらどうぞ。最初は地上に沸いて来たものとか、第一階層でしたっけ?あの辺りの露払いをお願いしようと思いましたけれど……無駄に死人が増えるとカルミナさんに殴られそうなので止めました」


「……私、殴りませんけど」


 また、変な所から矢が飛んできた気分である。

 ともあれ、発言は不遜だが、それが事実だ。誰も彼もが死に至る場所に何十人、何百人と一緒に居た所で、ドラゴン師匠の邪魔になるだけだろう。


「といっても沸いた奴ぐらいはお願いしますね……ま、これも言わずともといった所ですかね」


 押し黙る皇族二人。人として、その立場として何かできないものだろうか、そんな事を考えている様子だった。優しい人達だと思う。ドラゴンを前に先陣を切るような気概の持ち主達が邪魔だからといわれて簡単に引くわけもないだろう。


「私は別にどうでも良いのですが、お二人には是非、カルミナさんが帰る場所を守ってあげて頂きたいのです」


 エルフのことも正直にいえばリオンさんはどうでも良いのだろう。国がどうなろうとエルフがどうなろうと。そういう意味では前にドラゴン師匠が言っていたように、リオンさんは博愛主義というのとは違うのだな、と理解した。リオンさんにとって大事なのは妹の、パンドラさんの願いを叶える事だけ。

 そんなリオンさんが私の為にそう言ってくれるのは、嬉しかったけど、ちょっと恥ずかしいやら、視線が怖いのが幾つか飛んできておっかないやら。

 そんな中、一人が動いた。

 さらり、と流れる綺麗な白髪の持ち主。

 先輩だった。


「私が行くよ……カルミーがヘマした時に手助けはいるだろう?貴方やマジックマスターと違って、カルミーは一般人なんだからさ。それに……一緒に行ってやるって約束したしなぁ」


 言って、私を見て、にやっと笑う。

 その仕草が、ちょっと格好良いと思ってしまった。


「約束ですか。そういう事でしたら……じゃあ、白い人にはお願いしますか。どうかカルミナさんを守って下さい」


「わ、わたしも!」


 先輩に次いで、そう口にしたのはエリザだった。その申し出はとても嬉しくて、心が暖かくなった。けれど、今の状況でエリザが私達と一緒に来ることは出来るはずもない。


「エリザはここに居て。一国の姫がついてくるような所じゃないから」


 しゅん、とエリザの耳が下がった。

 そんなエリザの姿に、心の中で謝る。それに、きっと怪我に弱いエルフにはただでさえきつい道程が更にきつくなるだろうから……

 納得できないような表情を浮かべるエリザに、アルピナ様が駄目押しとばかりに声を掛ける。


「そうじゃ。お主には今回のエルフとの戦いを率いて貰わねばならぬ。オブシディアンの少女として、な」


 きっとそれだけが理由ではないのだろう。とはいえ、オブシディアンの少女としてエリザが表に出るには良い機会というのは確かだと思う。

 ちなみに、天使の痣云々に関して私は口にしていない。リオンさんが言うにはアルピナ様には伝えたらしい。が、天使の痣について公表した所で、そんなもの誰も幸せにならない。状況証拠のみだけれど、エリザが前皇帝の娘であるという証拠はあるのだから。それで良いのだろう。それで良いとアルピナ様も判断したのだろう。だったら、これ以上私がその事に口を挟む理由も必要もない。


「アルピナ。私は?」


「ゲルトルード姉様は好きにすれば良い。どうせ聞かないのじゃろ?……それに、答えも分かっておる」


「流石、私の事、分かっていますね。では、お言葉に甘えて。今回は……待つ事にします。洞穴となればこの子の方が動けます。ですから、私はこの子の帰る場所を守る事にします」


 くしゃくしゃと先輩の頭を撫でるゲルトルード様。撫でられた先輩はくすぐったそうで、けれど、どこか嬉しそうで……何故だか、ちょっといらっとした。


「……先輩が幸せそうで何よりです」


 そんな毒を吐き捨てるぐらいに。


「と、いうわけでエルフの方は現状どうなっているかは知りませんが、というか興味もありませんが、積極的に対応をお願いしますね。あと……ゲルトルードさん」


「……私のことも『ちゃん』で良いですよ?」


「でしたら、ゲルトルードちゃん。……今更ですが、カルミナさんをお借りしますね」


 『え、私の時はマリアちゃんって呼ばなかったのに、何故?』とかぶつくさ言っている学園長はさておいて、である。

 なぜ、ゲルトルード様にそんな事を言うのだろうか。私のことをゲルトルード様に言った所で何だという話である。


「なぜ、それを私に?」


 言われた本人も疑問符を浮かべていた。当然だと思う。


「一番偉い方ということで御納得頂ければ。まぁ、皆さんでも良いんですけどね。挨拶程度ですし」


 ……今すぐ殴ろうかなぁ、と思った。えぇ、今すぐに。


「カルミナちゃんの事ならディアナに言った方が良いと思いますけど」


 言いながら、頬に手を宛て、ゲルトルード様が困ったような様子を見せる。


「そちらからは既に許可を頂いているようなので」


 そんな困った様子を気にするでもなく、リオンさんが言う。


「私がどうこういう立場とも思えませんが、カルミナちゃんが宜しければ宜しいのではないでしょうか?恩人にはそういう危険な場にあまり行かないで欲しくはありますけれど……そういう事を言ってしまうとこの子にも、貴方にも行って欲しくありませんしね」


「それはどうも。いやー、ありがとうございます。というわけで、改めて皆様。カルミナさんと白いお姫様をお借りしていきますね。さてこれで余談は終わり、と。……では、本題のドラゴンゾンビについてですが」


 あぁ、やっぱりリオンさん的には本題はそっちなんだ、と思いつつ。はぁ、とため息一つ吐いてれば、耳に、先輩の声が響いた。


「店長……貴方……気付い……いえ、何でもありません」


 


―――



 ドラゴンゾンビの骨を持ってほくほくとした表情で先に帰ったリオンさんとは別に私は暫く城に居た。エリザやレアさんと何だか久しぶりに会話をして、引きとめられたり、行く!と抗弁したりと、何その鍋?火が出るんだよ、とかそんなやり取りをしながら、のんびり時間を過ごした。

 そうして日が沈む少し前に、城を後にした。またね、そう言って。

 明日はテオさんにディアナ様の所に一緒に行って貰う約束をしている。その関係もあって今日はそれこそ久しぶりに街の宿屋へと泊まろうと考えていた。

 街は少しばかり落ち着いた様相を見せていた。露天商が店を出したり、屋台が準備されていたり。そんないつものトラヴァントへと戻ろうとしていた。壊れても形を変えて元に戻る事はある。まさにそんな感じだった。神様の嘆きが止まればきっと、前と同じ姿を見せてくれるのだろうと、そう思った。

 露天商の品揃えを見たり、屋台で少しお腹を膨らませたりしながら宿屋へ向かって歩く。

 その道すがら、テオさんを見かけたのは、本当に偶然だった。

 車椅子を自分で動かしながら、手に持った箒で教会の前を掃除していた。見るからに難儀しているのが分かった。痛みもまだ取れきっていないだろうその体でそれでも教会のためにことを成す姿勢には尊敬の念すら沸いてくる。時折、通る人々に声を掛けられては笑顔で答え、小さな子供達が近寄って来ては優しげな表情でそれをあやしていた。

 それを遠目に私は見ていた。

 立ち止り、呆とテオさんを見ていた。

 近づいて声を掛けても良いだろう。けれど、そんなテオさんの姿が見ていたかった。苦しんで死にそうになって、助かって、けれど命を放棄しようとして、それでも無理やり引き連れて、結果、生き延びて、ギルドの皆とまた会えた事に喜びを覚えていて、そして、今、痛みに耐えながら誰かのために頑張る姿。それを見ていたかった。

 見ていれば、いつしか掃除を終えたテオさんが教会の中へと戻って行った。教会の入り口は段差があり、そこは他の教会の人達に手伝ってもらっていたが、それがまた仲が良さそうだった。

 教会にはあまり良い印象を持っていなかったし、今も持っていないけれど、そこに属する人達は全員が全員悪い人ではないのかな、と思った。


「天使は嫌いだけれど……」


 それを信仰の対象としている時点で私とは反りは合わないけれど、完璧な人間なんているはずもない。私と全く同じ考えを持って行動する人間が居るわけもない。だから、それ以外の所で一緒に話ができればな、と思う。

 別段、私は喧嘩をしたいわけではないのだから。私にとっては彼女ももう『皆』の内に入っている。だったら、一緒に笑いながら過ごせたらな、と思う。


「でもやっぱり、天使は嫌い。……食材としては認めるのもやぶさかじゃないけれども」


 愚にもつかない言葉を吐く。

 どんどん『皆』の輪が広がって行く。時間と共に夢がどんどん大きくなっていく。それはきっと悪い事ではない。きっと、その夢が叶う事は幸せで、叶えば更に次の夢に、幸せに繋がる。

 そのためには、自殺洞穴と呼ばれる洞穴の奥深くまで行かないと駄目なのだ。一緒に行く人達がいる。その事に安心こそすれ、不安はなくならない。自然、ガントレットへと視線が向く。ドラゴン師匠がいなければ無くなっていただろう。妖精さんがいなければそもそも生きてすらいなかっただろう。その時の事を思い出し、身震いする。


「ついて来てくれるってさ……」


 他人事のように呟けば、今ここにはいない白い人が脳裏に浮かぶ。

 巻き込んでしまったという後悔はなかった。きっとそんな事を言ったら怒られるに決まっている。

 そうではなく、ただそこには嬉しさがあった。

 ただただ不安が和らいだ。

 この感情は甘えなのだろうか。


「……今度こそ、名前を教えてもらわないと」


 ただ、呼んでみたかった。

 呼んだ時にどんな風に応えてくれるのか、それが見てみたかった。

 何度も呼びかける私に、煩いと言って怒る姿が見てみたかった。

 ただ、それだけ。

 それ以外なんて、きっと、ない。


「行こうかな」


 テオさんが教会の中に入った以上、もう見るものもない。精々、あと見られるものといえば陽が沈む所ぐらいだ。

 そう思えば自然、地の果てに沈む陽を眺めた。

 呆と眺めて居れば、ふい、リオンさんは、ドラゴン師匠は、パンドラさんは地の果てで沈む陽を直接見たのだろうか?そんな事を思った。地の果てに沈むのならば、あの陽は世界の果てに落ちて行っているのだろうか?こんな遠くからでも大きい円を描いているのだ。近くで見ると物凄く大きな物なのかもしれない。目の前に酷く大きな陽の光があれば大層眩しいだろう。

 一度、見てみたいと、そう思った。

 脳裏に描いた人と一緒に。


「……さてと。そういえば、あの宿の人の名前なんだっけ……アナ、アナ……」


 未来を想うのは後で良い。今は進もう。

 そう思い、止めていた足を動かそうとした時だった。

 カラン、カランと音が鳴り始めた。

 大きな音だった。辺り一面に響き渡るような音だった。

 教会の建物、その頂上と呼べば良いのだろうか。地震を受けて尚、そこには鐘があった。それが揺れていた。葬送の鐘ではなく、時を刻む鐘。一日の始まりからその終わりを定期的に知らせる鐘の音。陽ももう沈みかけている。きっと今日、最後の鐘の音だろう。人々が寝静まる時間にはその音は鳴らない。確か、一日の最後は七回鳴るのだったか。その数字に何の意味があるかは分からない。神様の数との奇妙な一致には流石に関係はないだろう。

 カラン、カラン。

 その音は街に住む人達にとっては当たり前の音で、今更気にするようなものではない。あぁ、鳴ったな、という程度の認識でしかない。だから、こうやって態々、鐘が動いているのを見るような酔狂な人間はあまり居ない。私とか。

 けれど、今は、私以外にも……居たようだった。

 それは先程テオさんに声を掛けていた小さな子供達。鐘の音が煩いのだろう。両の耳を両手で押さえ、けれど、それでも鐘が気になると天を見上げていた。

 そんな子供たちの姿に、自然、笑みが零れた。


「あれ……何かな!」


 鐘の音に負けぬようにとばかりに一人の少年が、天を指差して叫ぶ。

 その声に、いつもと同じ音に混ざった少年の声に、誰もが皆、誘われるように少年の指先を伝い、天を見上げた。

 そして、私もまた。



「なん……なんで……」


 恐怖に怯えるように零れた言葉は私の口から。

 私の口以外からは、喜色が浮かんでいた。皆が皆、笑みを浮かべて居た。



「もしかして天使……様?」


「天使って……本当にいたの!?」


「この世界の崩壊から天使様が救って下さるのだ。……教会の言っていた事は本当だったんだ!あぁ天使様、我らをお救いください!」




 鐘の音に呼ばれたかのように。



 天使が、空を埋め尽していた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ