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自殺大陸  作者: ししゃもふれでりっく
第一章~パンがなければドラゴンを食べればいいじゃない~
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第8話 夜の戯言

8。



 運命の出会いとはやはり突然で衝撃的なものなのだろう。

 強烈で衝撃的な事象は否が応でも彼女の存在を私の脳裏に刻み込む。そんな運命の出会いが一日で二つも訪れるというのは幸運であり、それはきっと私の運が良い証拠なのだろう。そこに恐らくという言葉を交えたくなるのは些か疲れているためだろうと思う。


「改めて、すまんのぅ」


 告げる言葉はどこか年寄りじみた雰囲気を与えるものだった。

 あれから暫くの時が過ぎた。

 日は完全に沈み、頭陀袋は白濁と中の氷が解けた所為で雪ももう本当に少しになっていた。それでもまだ大丈夫か?と期待しながら向かうのは依頼主の場所。申し訳ないので説明がてらに付いていくと言い、お姫様と共に歩きだしたのがつい先ほど。


「いえ、逃げろと仰っておられたのに逃げられなかったのは手前の不手際です。加えて奴隷に謝罪は不要に御座います。どうか御顔をお挙げください」


 歩きながら先ほどから何度か頂いている謝罪に、一旦足を止め恐縮しながら答える。自業自得である。気を抜いた方が愚かなのだ。加えて奴隷は人に非ず、である。本来この少女は謝罪をする必要もない。それでもこうして謝罪をしてくれる事が、少し嬉しかった。


「卑屈じゃなぁ。奴隷とて木石に非ずよ。こうして意思疎通できているのじゃからのぅ。加えてリヒテンシュタイン家の奴隷ならば自殺志願者であろう?」


「はい。未だ家名も頂けぬ若輩では御座いますが、リヒテンシュタイン家の末席を担う者に御座います」


 態度、様相共に高貴な出の方なのだと、そう思う。故にリヒテンシュタイン家の奴隷として家名を損なうようなことはしてはならない。それゆえの堅苦しい、慣れない言葉尻だったのだが、あまり巧くなかったのだろう、それは少女の苦笑を誘ったようだった。


「カカッ。なれば尚更じゃ。自殺志願に人も奴隷も関係なかろう。……ま、私が言う事でもないがのぅ」


 聞いて、かか、と笑うその姿はやはり綺麗なものだった。透き通るような声。年相応に高く若々しい声。しかしそれでいておばさんのような勿体ない事この上ない口調で喋りながら面を上げる彼女はやはり女神様のようで、先ほどの事は何かの間違いであったのだとさえ思ってくる。が、事実であり、過去である。薄れたとはいえ私の服にはまだ色も臭いも残っていた。

 それから暫く歩き。

 歩いていけば漸くオケアーノス公園……湖の辺りへと出る。風に揺られ、波立つ湖の音がここからでも聞こえてくる。その音を聞いていれば心が落ち着いてくる。それは私だけではなく、少女もそうだったようだ。月明かりに照らされながら、瞳を閉じ音に感じいる姿はやはりどこか物語に出てくる女神の如く、だ。


「なんぞ辺鄙な所だが良い場所よのぅ。お主の……あぁ、すまんの。自己紹介をしておらんかったのぅ。私はアルピナという」


「アルピナ様……なるほど、本当に皇女殿下でございましたか」


 その場で汚れるのも厭わず膝を付こうとするが、その前に止めろと言われ、そのまま直立する。皇女殿下を前にしてあまりに無礼なのではと思わなくもないが、ある意味立っていろというのが殿下の命令ならば致し方ない。


「不思議な物言いよのぅ。ともあれそのアルピナ=セラフィナイト=トラヴァントじゃ。ほれ、もっと驚け。驚くのじゃ。……なんじゃお主鉄面皮と呼ばれる人種かの?」


 トラヴァント帝国最後の皇族、最終皇女アルピナ=セラフィナイト=トラヴァントが目の前に現れてしまっては何から驚いて良いかも分からないというものだ。しいていえば、あの状況から察するに、少女が吐瀉するのは珍しい事ではないのであろう。見世物になっている事を思えば少女が著名な方なのだと推察できる。しかも皆に慕われているそんな存在。そんな存在が早々いるわけがない事を思えば察せたかもしれないが、それどころではなかった。


「驚いてはいるのですが、何から驚けば良いのやらと考え中であります」


 しいていえば、先ほどの吐瀉の方が驚いたといえる。


「護衛の方なぞいらっしゃらないので?」


 いくら王都の中とはいえこのような離れまで来てしまっているのだ。皇女殿下が一人というのは危機管理がなってなさすぎなのではなかろうか。特にこんなわけも分からない奴隷と一緒に歩いているなど本来ならばあり得ない。むしろこの状況であれば発見されたが最後、私がその場で切り殺される可能性の方が高い。


「お堅い質問だのぅ。もう少し面白い質問をしてはどうかの?例えばそうじゃの……ほれ、お主の名前とかの」


「それはもはや驚きでも質問ではないと思いますが……私はカルミナと申します。家の名などもない小さな村出身の奴隷でございます皇女殿下」


「似た名前じゃのぅ。これも何かの縁なやもしれんなぁ……それと、皇女殿下はやめてくれると嬉しいのぅ。別に皇女の立場を嫌っているというわけではないのじゃが、人には名前があるという事でなぁ」


 くすり、と笑みを浮かべる。月夜に映える笑みだった。その笑みに自然と私の口元も緩む。その瞬間だけは首と腕にかかる枷の重みがないように思えた。


「ではアルピナ様と」


「結構。して、カルミナよ。何処に向かうのじゃ?どうも暗がり暗がりを目指しておるように思うのだがのぅ。もしかしてこの機に乗じて私を襲おうと思っておるとかではなかろうな!?」


 その腕で我が身を抱きながら告げる様に、つい笑ってしまう。


「依頼主の所なのですが、どうにも辺鄙な場所だったようでして」


「つれないのぅ。しかし奥まった所じゃのぅ」


「えぇ。依頼書には食堂という事とオケアーノス公園の裏辺りだと記載されておりましたのでとりあえずオケアーノス公園の方へと向かっていたのですが……どうやらこの辺りではないようですね」


 周囲を見渡しても建物らしき物影は見当たらない。しいて言えばアルピナ様のいうように暗がりを作りだす木々の群れが現れ始めていた。その多くは広葉樹であり風にそよいでさらさらと音楽を作り出していた。


「オケアーノス公園の裏に食堂のぅ……うーん。知らんのぅ。王都内の飯屋は全て把握していると思っておったが、そんな所にもあったとはのぅ」


 顎に手を当てながら、しきりに不思議がっているアルピナ様だった。その姿にどこか可愛らしさを覚える。


「やはり国の統治には人手が足りぬといった所よな。ま、それはさておき。オケアーノス公園といえば、この時間ならばちょうど良いかもしらんのぅ」


「ちょうど良い……ですか?」


「うむ。聞いたことはないかのぅ?」


「残念ながら。王都に来てからまだ一週間しか経ってないのでその手の情報に関しては全くです」


 名前しか聞いていない。オケアーノスという名称が地の果てを意味しており、洞穴から一番離れた場所だからという理由で付けられたという事ぐらいしか知らない。時間や現象に類する事は……まだ知らない。


「なるほど。そう言う意味も含めての若輩者であったか。学園生活はどうじゃ?」


 唐突に、しかし紅色の目をキラキラと輝かせて私を見上げてくる。


「不自由はしておりません。しいていえば、学園生であると図書館が利用できるのは大変ありがたいことだと思います。私のように華奢な体躯ですとどうしても力でどうにかできるものではございませんので、先人の英知を得られる事は百の力に勝るといった感じで。もっとも……」


 その私の評価にアルピナ様が気を良くする。キラキラしていた瞳はさらに輝きを増し、表情が柔らかく緩ませ、次は?次は?と先を聞きたがる姿は、容姿相応のそれだった。学園はそもそも彼女が即位した後に発案されたものであり、彼女の業績であるから尚更なのであろう。


「もっとも……何かの?何か問題があるならばすぐに言ってくれて良いのじゃぞ?学園の質の向上はそのまま自殺洞穴攻略の質の向上につながるのじゃから」


「いえ、そういった問題ではなく……まだ読めない文字もありますので」


 御大層な理由を言えず、少し恥ずかしくなる。だが、しかし、アルピナ様にとってその事は重要な案件だったのだろうか。気難しそうに空を仰ぐ。


「なるほどのぅ。この国の識字率はそこまで高くはないからのぅお主に限った話ではないか。どうにか出来れば良いがこれが中々、難しい」


 学園でそこまで出来たらのぅと再び顎に手を当てながらアルピナ様が考える。皇族ともなると多岐にわたる事を考える必要があるのであろう。特に彼女が最後の皇族なのだから尚更か。


「自分への過信、自信が自らを殺す。知っていると知っていないでは雲泥の差よ。けれど、文献を調べると言う事をしない自殺者の多い事多い事。そこを思えばお主はしっかりしておると私は思うのぅ。是非、その意義を示してくれると私は嬉しい。自殺志願者達は功利主義者が多いからの。誰かが意義を示せばそれに連なるのじゃて。……あぁ、そうじゃ。調べごとのついでにドラゴンの呪いについても何か分かったら教えてくれると嬉しい」


「呪い?」


「そうじゃ。先ほどのアレの事じゃの。大したことのない呪いではあるが、中々難儀でのぅ。美味い物以外受けつけぬ体になってしまったのじゃ。あの店主には悪い事をしたのぅ。私の体は美味さの指標になっておるでの……もっとも、八年前よりまともに喰えたものなぞないのだがなぁ」


「八年……もしかして」


 八年という言葉に絶句する。それはつまり、彼女にとって人生の半分。その間まともな食を得られないとはどれほど苦しい事だろうか。食べる事が結構好きな私からすれば尚更にそう思ってしまう。

 そして、八年の時をたった一人最後の皇族として国を潰さずにやってきているのだ。この小さな体のどこにそれだけの強さがあるというのだろう。 周囲の人間に恵まれただけでは決してない。絶対的にアルピナ様の強さがあってこそだろう。


「うむ。だろうのぅ。齢十と六。帝国では大人に分類されるのだがのぅ。栄養がなければ成長もし得ないという事だの。今はあの時のドラゴンの血を飲む事でながらえておるが、それも今しばらくだの」


 私と変わらぬ年齢だった。一回りすら小さく思えるのは八年も前より、一切の成長がなかったからか。強くなろうにも成長期に食事が取れなければ成長するわけがない。それがドラゴンの呪いの所為となればまさに皮肉だ。彼女が皇族として成り立っているのはその力を示し英雄扱いされているからだ。だが、その行為により、その身を呪われたのだとすれば……皮肉だ。私を見上げる視線が奴隷に対するそれではなく、嬉しそうでけれどどこか物悲しそうなのは同じ年頃だと思っていたからだろうか。


「……それはつまり、帝国が無くなると言う事でしょうか?それに……えっとプチドラゴンなどではいけないのですか?」


「在り得る。それと、プチドラゴンも試してみたがあれの血は野菜が腐ったような味でのぅ。美味しいと判断されなかったのじゃ……貯蔵量を思えば後二年という所かのぅ」


「……そんな事を私に話してしまっても良かったのですか?」


 会って間もない奴隷に。いや、だからこそだろうか?と思えば、アルピナ様はそれに首を振る。


「帝国臣民は皆、既に把握しておるよ。長姉のゲルトルード姉様はかろうじて生きてはいるものの呪いで身動き一つできず。私は私で食べるものも食べられぬ状況。理解したくなくてもしてしまうだろうて。だがの。安心するが良い。ディアナにその辺りは任せておるからの」


「ディアナ様ですか?」


「うむ。お主の飼い主だなぁ。あの器量が後を引き継いでくれるならばどうとでもなろう。が、まぁ……いや…ふむ……それはそうとそろそろだのぅ」


 言いづらそうに、言って良いものかと悩むような表情を見せ、しかし口実が出来たとばかりに話を逸らされる。

 気付けば視界が開けていた。

 湖を背景に月明かりと幾つかの篝火に照らされた街路樹。整然と静謐と並び育つ木々の中心。淡い色をした花弁を携えた巨木を前にゆらり、ゆらりと動く物がいた。


「カルミナ、お主は本当に運が良いのぅ……オケアーノス名物、妖精の舞じゃ」


 小さな人と言えば良いのだろうか。それこそアルピナ様の顔ぐらいの小さな人型。背に映えた透き通る翅を震わせ身を宙に浮かべて舞う。ひらひらと、ひらひらと。

 小さな体を着飾るのは民族衣装の類であろうか。煌びやかでいて下品でなく上品でいて豪華ではない。花の装飾がなされた単衣。はらはらと誰にも見守られずただ気の向くままに踊っていた。


「いつ頃からか知らぬがのぅ」


 見惚れていた私に小さく、邪魔をせぬようにと小さな声でアルピナ様が口を開く。


「月の綺麗な夜に妖精があの場所で踊るようになったのだ」


 しばしの静寂の後にどちらからともなく歩みを進める。それは見せ物ではなく、妖精が必死に何かを祈っているに過ぎない。私達が楽しみで見て良いものではない。舞としては見事だが、今この場に観客がいないのもそういう事だろう。これはそういう類ではない。それこそ見せ物というならば先のアルピナ様の吐瀉の方がまだ良いというものだ。


「なんぞ不敬な念が届いた気がするが良しとしようかの。公園裏と言われるとやはりこの辺りだとは思うのだがのぅ……」


 が、しかしその裏、という場所に目をやれば、次第自信が失せていく。

 申し訳程度の街路に湖と木。このような場所に食べ物屋などがあるのだろうか?

 あると言えば湖の畔に立つ古びた木造の建物ぐらいのものだ。


「なんじゃあの怪しげな建物は……もしやカルミナの探す場所というのはあれのことかのぅ?」


 紅色の染料を塗られた木の囲いだろうか?風に晒され腐食したそれが門の如く立っていた。奥に見える住まいのような所は、呆と建物の内側から光る蝋燭の明かりに照らされ、奇妙な雰囲気を醸し出していた。ゆらゆらと建物自体が幻かのようにさえ思えるほどだった。


「……目が…」


 視界が歪む。既に街路に供えられた明かりはなくなり、もはや月の明かりとその建物の淡い蝋燭の明かりだけ。まるで暗い、暗い空に落ちていくかのような、浮いているかのような自分を見失ったかのようにさえ思えるほどで、地面を見ていなければ自分が立っている事すら信じられず、自然と手が頼るように首飾りへと。そんな頼るもののないアルピナ様は私の空いた手を引く。

 二人で歩きながら右へ左へと視線を動かす。紅色の朽ちた門を抜ければ更に異様の一言。

地面に並べられた石の上にはやはり長い年月を風雨に曝され、腐食に侵され朽ちかけた木造の建物。苔の生えるその建物の周りには広葉樹だけではなく、針葉樹からツタ或いは雑草、綺麗な花が入り乱れていた。その中、蠢く物の姿が見えたのはきっと火の揺らぎだけではないのだろう。


「肝を試すには良い場所じゃな……なぁ?」


「そ、そうですね」


 その声が異様に良く通り、互いにびくりとする。

 そして黙れば、世界が静とする。

 いいや、音はある。風の音、湖の作る波の音、葉の擦れる音、自然の作り出すありとあらゆるもの。呼吸すら音となり、心臓の音すらもまたがなり立てるように音となる。

 皇女と奴隷、この場ではそんな身分など全く何もないかのようだった。互いが互いを見つめ合い、頷き、そして小さな階段のついたその建物の扉を……開こうとして気付く。


「横にずらすのですね……不用心にも程があります」


 見れば鍵すらない。いくら治安の良いトラヴァント帝国とはいえこのような誰も来なさそうな場所まで治安が良いかといえばそうともいえない。いや、そうか誰も来ないからこそか。そんな風に変な納得をしながら二人、建物の中へと。

 ぎぃ。

 足を踏み入れた瞬間、音が鳴る。


「ひっ」


 と驚いたのはどちらだろうか。どちらでもあったように思う。ぎし、ぎしと歩くたびに音のなる床を進む。こんな木造の建物、地震が起これば倒壊するだろう。そんな事を思っていれば、祭壇が現れる。

 見たことのない……いいや、正確にいえば祭壇という言葉の意味を知っているだけで、祭壇そのものは見たことは無いが、それでも聞いたことのある祭壇とは違った。


「面妖な……うぉ。こっちにくるのじゃカルミナ。階段があるのじゃ」


 言われ、近づけば確かに祭壇の前に地下へと続く階段があった。石で出来たそれは人口のもの。掘ったというのだろうか。この地で地下を掘ると言う事は洞穴に直結する可能性があり、そこからモンスターが現れてしまう可能性もある。ゆえに、普通は地下を掘る事などない。


「地下じゃと?まるで地獄の入り口のようじゃのぅ……はてさて鬼が出るか悪魔が出るか……」


「アルピナ様、思いの外のりのりですね」


「うむ。私の知らない物があるというのが面白くてのぅ。頭陀袋の中身の謝罪に来たつもりだったが興がのった。カルミナ、感謝するぞ!」


 おどおどとしていたのは誰だったのか?と言わんばかり、一転して、嬉しそうに先行する姫様。好奇心旺盛といえば良いが、怖い物知らずと言った方がこの場合は合っているのではなかろうか。

 すす、と手探りで階段を下りていくアルピナ様の後を続く。階段を降り切った所は当然の如く真っ暗闇だった。建物内の蝋燭は流石にこの場までは届かない。

 全く何も見えない。視界ゼロ。先を歩いているアルピナ様の体臭、それだけがそこにいる事の証左のようだった。


「埒があかんのぅ。階段は終わりのようだが、今度は通路だの。全く……疲れるのだが致し方なしだの」


 瞬間、ため息とともに明かりがぼぅと灯る。

 ぎょっとする。


「エルフ属……ではありませんよね?」


「……ん?魔法じゃよ?」


 何を阿呆な事を言っているとばかり、アルピナ様の指先が光っていた。

 ようやくアルピナ様の顔が見える程度といったところだが、視界が全くなかった事を思えば進化とさえいえる程の前進だった。


「魔法?」


「うむ。魔法じゃ。もっとも私では目の前を照らす事くらいしかできんがのぅ。学園生なら……あぁ、そうか。まだ一週間であったか。その内学ぶぞ?」


「え……魔法って本当にあったんですか?」


 驚きだった。物語の中の世界が本当にこの世になるのだとは思いもよらなかった。そして、所詮私はまだその程度の知識しか手に入れていないと言う事だという事にも気付かされる。


「世間知らずじゃのぅ。まぁ、魔法といっても所詮何かで代用できる生活の知恵程度の事じゃて。知っていれば便利かもしれんが変に疲れるからのぅ。松明一本余計に持って行った方がまだ良いわい。世に聞くウィザードとかマジックマスターと呼ばれている者は天候さえあやつると聞くが、眉つばじゃのぅ」


 私にはそんな事できん、とばかりにカカっと笑う。それが出来ればドラゴンなどに困る事などないと思っているのかもしれない。


「カルミナ。離れないように私の服に捕まっておくのだぞ」


 未だ驚きの取れぬ私は、言われるがままにアルピナ様の服の裾を摘む。先ほどとは逆だった。情けなさの混じった気分に陥りながら進む。

 地下に潜った所為だろうか。肌寒さを覚える。雪の森よりも尚寒いのは暗く狭い気分的なものに違いない。そうして暫く進めば扉が一つ。先ほどとは異なり、こちらはこちらで金属製の重厚な扉だった。ざっと見ただけで二、三は鍵が付いている。

 何度目になるだろうか。互いに顔を見合わせ、アルピナ様が光の灯らぬ方の手でトントンと扉を叩くが反応はなかった。ここまで来ておらぬとは、そんな事でも思っているのだろうか。むすりとした表情を示すアルピナ様の横に立ち、ついで私も扉を叩いてみたものの、やはり反応はない。


「蹴り破るか」


「物騒な」


 好奇心旺盛に加えてこの皇女、大変過激である。

だが、蹴り破る必要もなく、扉の取っ手に手を掛ければ、思ったよりも軽く、まさにするりといった感じで扉が開く。

 隙間が産まれ、内側から蝋燭の光とタンタンと規則正しい音とが漏れてくる。次第、次第にその全容が明らかになっていく。

 その瞬間、突然視界に映った物に私は、そしてアルピナ様は驚きのあまり停止してしまった。


「「…………え?」」


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