第11話 海の底から
11.
「ミケネコ君。どうやら、誰もいなくなったみたいですよ。それでも、ここにいますかね?もはや『全ての罪』の証でもなければ、希望でも、生贄でもない。それでもまだ、ここにいますかね?」
「マリオン……」
「そろそろ自分のために時間を使っても良いんじゃないですか?」
しゃがれた声。
傷によるものでもなければ、体調の悪さでもない。もはや歳の所為であった。老けたというよりも老いた、と言った方が良いのだろうな、とリオンは隣に座るパンドラを見て思う。
長い時のようであった。
短い時のようであった。
過ぎ去れば刹那であった。出会った時も、それからの日々も。義娘が誕生した時も、神の嘆きに想い出が壊された事も、神様が悲しみに死のうとしていたのも、それを殺し、パンドラが目覚め、その母が亡くなった事も、『希望』として作られ捨てられ、隔離された彼らが旅立ったのもまた昔の事。彼らが旅立った先で成長し、大人になり、子を産んだ。人と交わった者もいるという。そして、産まれた子がさらに子を産み、家族を、村を、集団を作り出した。産まれた集団が、親や祖父の、祖母の恨みを晴らすために、この森へ来たのはつい最近の事だった。
結果、エルフは一人残らず、この森からいなくなった。
虐殺だった。
遠方より現れた大軍が森を焼き、そこに住まう者達を一人、一人殺して行った。矢で射られ爆発するエルフ達。襲う者達はエルフの事を知り尽していた。慈悲も容赦もない。かつてガラテアに殺された男の息子が統制していたエルフの集落は数日の内に跡方もなく消え去った。
遠目から他人事のように義娘と一緒にその光景を見ていた彼は、感慨もなく、これでパンドラが社にいる理由もなくなったのだな、と思っただけだった。相変わらず怒りもなければ悲しみもない。まして、あのエルフ達に同情の余地など持ち合わせていなかった。
何もかもが失われて行く。時の流れと共に、いつしか無に帰る。それはこの大地も同じかもしれない、そしてそれでも自分は死ぬ事はないのだろうか。そんな誰にも分からぬ事を思う。
そして、彼女もまた……終わりの時が近付いていた。
終わりの時と共に、彼女が社に隔離されている理由がなくなったのも運命だったのかもしれない。そんな自分の考えにリオンは苦笑する。運命などという、そんな曖昧で意味のない諦めに似た馬鹿馬鹿しい言葉を信じる程、彼は若くない。
「永遠は長いですねぇ」
「……約束」
「忘れていませんよ。とはいえ、ちょっと負けてしまいそうなので、気を新たにがんばりますよ」
リオンの手を掴むその手も皺が目立ち、触れば、かさかさとした肌触りが彼の指に伝わって来る。だが、これが自然なのだ。エルフだとて年を取れば老いて行く。それが自然。不自然なのは自分だ。
「もうここにいる理由もありませんし、最後に旅にでも出ませんかね?お兄ちゃんの最初で最後のお願いです」
「ふふ……それも良いかもしれませんね。もう、いる意味もありません。元よりあったのかも、今となってはわかりません……私は、誰かのためになったのでしょうか?ねぇ、マリオン」
「私は楽しかったですよ」
「独善的な人」
「昔からです」
「そんな貴方だから、神様を殺せたのかもしれませんね。けれど、だから、神様をなだめ慰める事はできなかったのかもしれませんね」
「かもしれません。まぁ、次に泣いたらがんばってみますよ。出来るかどうかはわかりませんが。まぁ、期待せずに待って……いることはできそうにありませんねぇ」
「……おばあちゃんになっちゃったものね」
「じゃあ、また産まれて来て貰うしかありませんね」
「貴方が勝ったら、ね」
くすくすと笑うその仕草は老婆そのものであった。在りし頃の彼女の姿などもはや見る影もない。だが、それに寂しさを覚えるような事もなかった。彼女が今、こうしてここに居るのだから。寂しい事など何一つ、ない。
「ちょっと、ミケネコ」
突然掛った声はあの頃と何も変わらず、いいや更に美を増したガラテアだった。真新しい服に身を包むガラテアとその肩に乗ったウェヌス。ウェヌスの服に似た意匠の服が旅立って行った子らの行き付いた先で人気が出たとか出ないとかいう話を聞いたのもまた、遠い昔のことだった。だが、少なくとも今彼女らが着ている服は出来たてであった。きっとこれがパンドラの最後の作品になるのだろう。見えない目と想像で、それを作り上げる業だけは変わらずであった。天才、と称されてもおかしくなかろう。現に『万能の天才』などとここにいた子達は呼んでいた。いつしかそういう風に彼女のことが伝わるかもしれない。だが、それは、今の彼らには分からない事だ。彼らにとって重要だったのは、ようやく……二百年近い昔に夢を見たそれが、叶う時が来たこと、それの方が万倍も重要であった。
「そういう事なら最初から全部殺しておけば良かった」
「ティア。駄目ですよ。ミケネコ君に怒られます。……まぁ、結果的には同じ事ですが」
「……二人とも情緒がないわねぇ」
「パパと一緒にしないでよ」
「ティア、ちょっと待ちなさい」
「いやよ、待たないわよ」
そんな二人を見て、パンドラが見えない目を細め、小さく笑う。
「見納め、かしらね」
「ミケネコ、何弱気になっているのよ。まだまだいけるわよ。それに今から楽しい旅が始まるのよ?全く、冒険心はどこに置いて来たのよ」
「過去に置いて来たわねぇ」
「取り戻して来なさい」
二百年掛けて少しだけ器用になったガラテアの作った車椅子にパンドラを乗せ、それをガラテアが押す。パンドラの膝にはウェヌスが座る。その横を、リオンが歩く。車椅子を押すのは私の役目だと言って憚らないガラテアの御蔭でリオンは若干、手持無沙汰だった。
「マリオン、どこにいくのかしら?」
「どこがいいですかね?」
「お勧めは東の街ね。温泉が素敵よ。美容と健康にとっても良いのよ。あれはこっちにも作るべきね」
「掘ったら洞穴にぶち当たります」
「ちっ。これだからパパは」
「ちょっと、ティア。最近私の扱いが雑過ぎませんかね?」
「普通よ、普通」
「まぁ良いです。……そうですねぇ……折角ですから皆が行った事のない所に行きましょう」
「どこよそれ。私、結構色々行ったわよ?」
「この世界にはですね。この大陸にはティアも、この世界の誰もが行った事のない場所があるんですよ」
「マリオン……?」
「世界の果て、です」
―――
『それまで生きていられるかしら?』
そんな言葉と共に始まった旅だった。
空が青かった。
緑が生い茂っていた。
その全てを口で伝えるしかなく、そのことが少し残念だと彼は感じていた。どんなに言葉を尽くした所で、見えない目で何かを見ることはできない。見えない世界にどう言葉を尽くせば見えるよりも鮮明に伝わるだろうか。そんな事を考えながら旅は続いていた。
彼らに敵うような脅威などありもしなければ、不安もない。
途中、出来たばかりの街に立ち寄った。長い耳の者もいれば、短い耳の者もいる。或いは全く見た事のないような亜人と呼ばれる者達もいた。そんな彼らからしても、リオン達のような旅人は珍しいのだろう。物珍しそうに彼らを見ていた。年老いた老婆に、青年、美女、そして小さな妖精。何の共通点があるのかもわからぬと首を傾げ、悩む者達もいた。そんな彼らも遠く月日が流れれば消えて行くのだろう。無に帰るのだろう。永遠は思ったよりも長い、改めてその事を理解しながらの旅だった。
例えば、そう。人里を離れた場所。どこをどう辿りそこに辿りついたのかは彼らももはや覚えていないが、そこに少数の混血エルフの集落があった。一番年老いた者はいつか彼らの下から旅だった者であった。もう二度と会う事もないと思っていた者との出会い。『お懐かしい』そう口にするかつて少年だった老人の姿もそれを助長させた。
聞けばいつだかガラテアが壊した山に住み着いた純血エルフ達の下へ行った事もあったそうだ。パンドラに教わった技術を糧としてそこでやっていこうと思った矢先に放逐された、と。技術だけを奪われ、混血であるが故に奴隷の如き扱いを受けて打ち捨てられた、と。純血の下へ行ったのもそうでれば、生きる技術を教えて貰ったパンドラへの裏切りだと、そう言ってパンドラに謝罪する姿が、印象深くリオンの中に残った。『助けて貰ったのに、申し訳ない』とそんな意味の言葉を、延々と涙を流しながら語る元少年を、パンドラは当たり前のように許し、『貴方が生きていて良かった』とそう伝えた。しようのない子だ、胸元に抱きしめ、むせび泣く老人を慰めていた。いつまで経ってもお人よしだった。
変わる物もあれば、変わらぬ物もある。そんな風に思った。長い年月の中で、変わらない物の尊さを彼は改めて理解した。
形ある物は無くなり、失われて行く。それでもなお、残るものもある。そうでなくても形無くなる前に、失われる前に作り直せば良い。それだけで残る物もある。
ガラテアの服であったり、ウェヌスの服であったり、そしてパンドラの書いた物語。その全て。果てへの旅が終わったら、彼女の本を書き写そう。いつまでも残っているように。いつまでも失われないように。字は汚くても、それでも彼女が作り出した『変わらない物』を残していこう。それに、約束もあった。この世界が再び自殺しようとするのならば、それを止めよう。ずっと、いつまでも違える事のないようにしよう、と。それもまた『変わらない物』なのだから。
もう少し居てください、そんな言葉を残す老人を残して彼らは旅立った。そしてまた人間と、混血エルフと、ドラゴンと妖精、四人だけの旅となった。
東方と言われる場所にも辿りついた。
華が舞い散る美しい場所であった。川の流れは時に激しく、時に緩やかで。華が流れる姿すらもまた、美しいと感じられる場所だった。ガラテアがしきりに言っていた温泉にも浸かった。心穏やかに、勝手に治る体とはいえ疲れた体を癒すには最適であった。湯に浸かり、逆上せるまで話をした。最初に湯からあがったのは意外な事にガラテアであった。『綺麗になったじゃない』そんな情緒の無い発言をする義娘の事を皆で笑った。行き場のない彼女の怒りが向いたのはウェヌスであった。こつん、と叩かれ水面にぷかぷかと浮いた。それを見て、また、笑った。
そうしてまた、旅を続ける。
新たな発見をしながらの旅。
いつまでも終わらない旅。
永遠に続く夢のような旅だった。
かつて彼が夢見たものそのものだった。
安穏で穏やかで、皆で笑い合って、そうして果てを目指して続ける旅。
とても楽しい夢であった。
けれど、夢は覚めるものだ。
パンドラはかつて目覚めた。
神もまた永遠の夢から目覚める時が来るだろう。
なれば、こんな儚い夢が覚めないわけがなかった。
終わりである。
終焉である。
旅の終わりが来た。
―――
流れる水の音。
一面の砂浜にざぁ、ざぁ、と引いては寄せて、寄せては引く。その音が酷く心地良く、彼らの耳に響く。自然、心穏やかになり優しい気持ちが沸いてくる。鼻に響くのは塩の香り。つんと抜けるようなその香りにリオンの食指が動く。照らす陽光に焼けた砂に足が取られ、パンドラを乗せていた車輪もまた、埋もれた。
「奇麗なものです。よかったですね、ミケネコ君が生きている間に辿りつけて」
「なんであんな食事が滋養強壮に良いのかわからないけれどねぇ……結局かなり生きていられたわね」
「まぁ私と違ってミケネコ君は料理が下手ですからねぇ……」
「一つぐらい不得意なものがあっても良いじゃないの」
「それもそうですね。万能の天才さん」
「あぁ、もうおばあちゃんをいじめないで頂戴な。それより聞かせて頂戴。どんな感じなの?」
「神様の流した涙、みたいですね」
視界全てが水だった。青と緑、透き通るような色の水だった。そして打ち寄せる波が作る白い気泡。遠く見渡せば水の平原。地平線、いいや、水平線がリオンの視界を埋め尽す。これをどう言葉に表せば良いのだろうか。そんな事を悩むリオンの横を一人が翅を使い飛んでいく。それを追ってもう一人が走る。
「ちょっとウェヌス待ちなさい!」
「ティア、あまりはしゃがないように」
「パパに言われてもこれは無理!」
初めて見るこの光景に、満面の笑みを浮かべていた。まぁ、仕方ないか、と苦笑しながらリオンはパンドラにガラテアが走って行った事も伝えた。
「ふふ……でも、本当に辿りつけるとはねぇ。マリオン、実は嘘をついていない?」
「酷い疑いもあったものです」
車椅子からパンドラを下ろし、両の手で抱きかかえれば、パンドラが彼の首の後ろ手を回す。
「一度、やってみたかったのよ……おばあちゃんに抱きつかれて嬉しくないかもしれないけれどねぇ」
「何を仰る。いくつになってもミケネコ君に抱きつかれるのは、嬉しいですよ。それに……」
「それに?」
「老いた今だからこそ美しいという言葉もあるんじゃなかったでしたっけ?」
「何よ、その恥ずかしい台詞は……」
ぷいっと顔を背けるパンドラに苦笑する。背けられたまま、パンドラを抱えてリオンは砂の上を行く。二人分の体重が掛り、沈む砂の上を歩き、水辺へと。遠くはしゃいでいるガラテアの近くまで向っていく。
一歩、また一歩と彼の足跡が、砂の上に刻まれて行く。そんな折、
「世界には、果てがある」
唐突に、彼女はそう言った。
「それ、書き残しておきます?ほら、『オケアーノス』にはちょうど良いんじゃないですかね?」
「えぇ。私もそう思った所。それ、最初に、書いておいてちょうだいな」
「また捏造を」
「でも、とっても素敵でしょう?」
「否定はしません」
「ありがとう、お兄ちゃん」
「止めてくれますかね、それ」
「そうね。……最後くらいはね」
「やっぱり……そうですか」
次第に弱る彼女を見ていた。いくら彼の作った怪しげでそれでいて体に良い食事を食べさせられていたとはいえ、それでも限界があった。旅をしている事もそれを助長させたのだろう。もはや、彼女の命は風前だった。
「えぇ……ねぇ、マリオン。私が死んだら、その水の中に沈めておいて……あ、そうだ。神様の、人間を産みだした母の涙、海とでも名付けておきましょうかね?」
「またそんな勝手に……」
「いいじゃない。私達が最初に見たんでしょう?だったら良いわよ」
「そっちじゃありません」
「神様みたいに、見ていられたらなって思ってね」
「それはそれは、約束守り続けないと罰があたりそうですね」
「当然でしょう?」
「分かっていますよ。守りますよ」
「ありがとう」
小さく微笑んだ彼女が、顔をあげたのは違和感を覚えてのことなのだろう。見えぬはずの目を見開き、空を、海を見ていた。
「ミケネコ君?」
「天使が漸く、見放してくれたのかしらね……目に刻まれた痣が消えたのかしら。良く、見えるわ。青くて綺麗ねぇ」
嬉しそうに。
「この世界には、果てがある」
口ずさみ、ただ嬉しそうに。
笑っていた。
「でも……これが神様の涙だというのは悲しいねぇ。どれだけ悲しかったのだろうねぇ神様は。優しい神様だからなおさらだったのかしら?」
「さぁ?あそこでティアと一緒にはしゃいでいるウェヌスさんに聞いてくださいな。私には分かるわけがありませんよ」
「情緒が無いものねぇ、マリオンには……でも、本当、マリオンはあの頃と何も変わってないのね」
「えぇ」
「不老者、ドラゴン、妖精に乗り移った神様、天使に見初められたエルフと人間の合いの子。中々に面白い組み合わせよね私達。でも、楽しくて良いわね……本当、面白いわよね私達」
「ミケネコ君。なんだか浮浪者に聞こえるので止めてください」
「ほんと、情緒が無いわよね。まぁ、その内エルフと人間の合いの子だけは今日この場でさようならね……ピグマリオン」
「あ、あぁ。私の事ですか……あまりにも誰も使わないので自分でも忘れていましたよ名前。覚えていてくれてありがとうございます。まぁ、でもミケネコ君は特別なのでマリオンでいいですよ」
マリオンと呼ばれるのが苦手だった時もあったな、とそんな遠い遠い昔を思い出して苦笑する。
「ふふっ。ありがとう。世界で一番愛しい人」
「それはどうも。永遠に一番愛しい人」
「嬉しいけど……それは良いのに」
「まぁ……私も男ですからね。格好つけたくもなるわけですよ」
「ふふ……こんなおばあちゃんに何を言っているのかしらね。じゃあね、マリオン。先に神様の下へ行くわ。神様と一緒に永遠の夢でも見ている事にするわね。貴方が私に勝つまで貴方は来なくて良いからね?」
「逆ですよ逆」
「あぁ、私が行くんだっけ?」
「そうですよ、忘れないでください。まぁ……いつか神様を救う子が現れたら神様の下へ行けるかもしれませんけど……どうでしょうね?他の神様にも嫌われているみたいですから、神様が救われてもあの世にはいけなさそうですよ、私」
「自業自得よ。自業自得。でも、そんな貴方が大好きよ」
「罪深い男ですからね!」
「そこは格好良くないわねぇリオン」
「まぁ、そうは言わないでくださいよ。妹さん」
「えぇ。そうね。お兄ちゃん。愛してるわよ」
「えぇ。愛してますよ。妹さん」
「罪の証である私を愛してくれてありがとう」
「私の妹に、パンドラ=ミケーネ=コスキーに罪なんてありませんよ」
「貴方こそ、ちゃんと覚えていてくれてたんじゃないの……全く。最後まで情緒がないんだから……ほんと、ありがとう」
そして、パンドラは眠るように息を引き取った。
「さようなら、パンドラ。エルフと人間の間に産まれた最初の女の子」
「パン(全てのもの)が食べられなければドラ(贈り物)を食べればいいってねぇ」
腕の中で息を引き取ったパンドラを抱きしめながら、リオンは浜辺に座っていた。
抱きしめる体から熱が失われて行く。次第、次第と冷たくなっていく。亡くなって行く。命が消えて行く。自然の摂理に従って、消えて行く。幽体など残すこともなく消えて行く。
「パパ、何を馬鹿な事いっているの?馬鹿なの?馬鹿よね。殺すわよ?」
「結局、私が食べたのは神様(送り主)だって話です」
「あっそ。知っているわよそんな事。で。ミケネコ死んじゃったの?」
「えぇ」
「ハァ……お母様を亡くすのは二回目だけど、やっぱり、悲しいなぁ」
気丈に、強がる振りをしても、それでも零れる言葉は、悲しみに満ち、そして震えていた。ウェヌスもまた、その肩で静かに目を伏せ、涙を流す。
最後に二人にしてくれたのは気を使っての事なのだろう。心の中で、リオンは二人に感謝を伝えていた。
「焼くの?」
「沈めておいてとは言われましたが、沈め方は言われていませんし、それに灰にして海に撒き散らせばさらにその海の果てとやらまでいけるかもしれませんね。……女の子の肌に傷を付けるのも可哀そうですから。一気にやってくださいな」
「了解。さようなら、ミケネコおばさん」
「そういえば、おばさんでしたねぇ。ミケネコ君は」
「今更何よ。まとめて焼くわよ?」
「嫌ですよ。熱いんですから」
「その鬱陶しい涙ごと蒸発させてあげるわよ?」
「妹が死んだんですから、私だって悲しくなりますよ」
「あら。パパにそんな感情があると思ってなかったけど?」
「そうですね、私も、です」
涙が、頬を伝う。
産まれて初めての彼の涙が、砂に消えて行った。