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自殺大陸  作者: ししゃもふれでりっく
第一章~パンがなければドラゴンを食べればいいじゃない~
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第7話 世にも汚い見世物

7。




『また一緒しようね』


 そう言って分かれた。

再会を誓い、いつか二人で洞穴に潜ろうと約束して。二人で一緒に。そのためにも私は早々に洞穴に潜る許可を得ねばならない。その依頼に関しては……結局、エリザが手伝ってくれた。

 サマ付けで呼んだ結果、サマ禁止!呼び捨てに!と言われてしまい、結局お互いを名前で呼ぶことになった。そんな議論の後に二人でプチドラゴンを解体し、角を切り落として穴を開け、その場で首飾りを作った。二人してそれをきゃっきゃきゃっきゃ言いながらお互いの首に巻いた。肉に関してはエリザに渡し、内臓は私が貰った。昔からモツが好きなのだ。その事を伝えたらば若干エリザの顔を引き気味だった。ともあれ、エリザが持っていた袋に詰め込み中身が漏れ出さないように締め、頭陀袋の中へと。

 その後、結局アモリイカ集めに関してはエリザが手伝ってくれた。手を怪我したままで、と思ったが……何やらドラゴン同様エリザも回復機能がついているらしい……エルフ属は謎である。もっとも、エルフ属というよりもエリザ場合には、胸元に付いた痣の所為らしい。天使の祝福と呼ばれる悪魔の痣だとか名前だけは教えてくれたが……詳しくはその内教えてもらうつもりだ。痣の存在自体秘密ね、と言われ承諾した結果、その見返りというよりも単にもう少し一緒にいたかったという理由でエリザにアモリイカ集めの手伝いをお願いし、了承されたのだった。


『ぬめぬめする……すっごいぬめぬめする……』


 そんな台詞を何度も吐きながらも手伝ってくれたエリザに感謝し、一緒に馬車に乗ってトラヴァント帝国首都に到着した所で、再会を誓ったり、また、近々会おうとも約束して御別れ。別れ際、お互いに首飾りを見せ合って笑いあって……それで一時の御別れ。

 そして現在である。

 日は既に暮れ、陽光が沈み始めた頃。

 肩から伝わる頭陀袋の柔らかい感触に気持ち悪さを感じながら王都を歩く。行き先は学園。一旦帰還報告をしなければならないのは奴隷としての義務であった。エリザは既に学園生ではなく自前で宿を取りながら洞穴に潜っているらしい。

 歩いていれば所々が壊れており補修中なのが分かる。ドラゴンの爪痕。それは洞穴を中心として円状に広がるこの都市の端まで届いているのだ。

 身震いする。先の小さなドラゴンでさえあれだけ恐ろしい存在なのだ。この王都を襲ったぐらいのドラゴンとはどれほど大きく、どれほどの恐怖を人々に与えたのだろう。想像するだけで身震いする。なまじ実際のドラゴンを見た所為で想像図が明確になったようだった。一見に如かずとはやはり良くいったものなのかもしれない。

 だが、しかしそれでも人は建物や道路を修理し、そこに住見直すのである。恐怖を忘れたわけではなかろう。洞穴に人気があるからだけではなかろう。この土地で生まれ、育った者達にとってそこは恐怖だけでは語り切れない場所なのだろうと、そう思う。そして、それが人の強さなのではないかと、そうも思う。私もいつか、この場所をそう思えるようになれるだろうか。災害に侵された村を捨てた私に、そんな権利はあるのだろうか……。今は、まだ分からない。


「さて急いで報告にいかないと……」


 洞穴を中心として作られた街、その洞穴を管理するための場所であるため、学園は洞穴を囲むように作られている。洞穴を囲むさながら城壁の如き学園と都市を分かつ壁は洞穴内に住まうモンスターを外に出さないようにドラゴンの蹂躙以後に作られたものだそうだ。未だ作りかけの部分もあるし、ドラゴン相手には無意味な代物との事であるが、しかしそれでも無いよりましなのだろう。

 からん、からんと時刻を知らせる鐘の音に合わせるように足早に。そうして暫くすれば学園の入り口へとたどり着く。学園の正門、巨大な扉の横に備え付けられた警備員の下へ向かいながら息を整える。一日中動いていた所為かもはや足が言う事を聞かず、生れたての子牛のようだった。


「……ちっ」


 首輪と腕輪を一瞥し、隠す事なく舌を打つ。学園で座学を指導してくれる講師などであればもう少し露骨ではないが、奴隷への扱いは得てしてこのようなものだった。エリザと出会えてうれしい気分だったのが少し萎えてくる。が、エリザはこれを数年も続けていたのだ。一緒な経験をしているのだと思えば気分が軽くなってくるから不思議なものだ。


「奴隷らしくしてろっ!」


 びくり、とする。声の発信源に目を向ければ怒り心頭な男の姿。エリザの事を思い返し笑みを浮かべていたからだろうか……。ため息が出そうになるのを無理やり止め、無表情を作る。


「それで良い。奴隷なんざ、花街以外で役に立つわけないんだから、さっさと売られちまえばいいんだよお前も。そしたらちゃんと人間扱いしてやるからな!ははっ」


 村の男達と何も変わらない。どこもかしこも男というのはこんなものなのだろうか。口を開けば生殖の事ばかり。物言わぬ獣と何が違うというのだろうか。いいや、獣の方が子孫を残す事のためにしか生殖行為を行わないのだからましだ。けれど、自分で自分の身を売ったのは私だ。本来ならばこのような者達の相手を行っていく必要があったのだ。それをリヒテンシュタイン家は猶予という形で洞穴に潜る事を許してくれているのだ。私は運が良かったのだ。こんな風に憤れるのは運が良かったからに過ぎないのだ……エリザに会えたのも運が良かっただけなのだ。

 黙る私に気を良くした男は下品な台詞をかけ、それの気が済んだ所で漸く、帰還報告にチェックをしてくれた。今度から依頼を受けた場合には常にこの男が待っている事を思えば辟易する。が、それもまた一緒な経験なのだ。

 チェックが終わり、後は寮に帰るなり、依頼報告にいくなり自由だ。そして、私は一刻も早くと後者を選択する。


「雪が……」


 溶ける。

 頭陀袋の中には、罠で捕まえたアモリイカを十と数匹、さらにはドラゴンの内臓……加えて罠に引っ掛かっていた甲殻類が一匹入っている。おかげで雪の分量が減っているため、雪の解ける速度は想定よりも早い。いつのまにか日は沈み、それゆえに多少は日の熱が減ったとはいえ急がないと水だけになってしまう。そうなってしまっては依頼は未達成になってしまうのだ。依頼条件はあくまで雪漬けなのだ。


「反対側の……えっと、オケアーノス公園裏」


 依頼主の所在を思い出す。

 場所は王都に入った所とは全く反対の方向だった。オケアーノス公園は公園とは名ばかりの湖とその周辺の事を言う。明確な領土境界を決めていないトラヴァント帝国らしいといえばそうなのかもしれない。だから、その公園の裏といっても正直、分かりかねる。観光案内用の簡易な地図は学園へ入った時に貰ってはいるものの王都の地理に明るいわけでもない。


「とにかく……まずはそっちの方に行かないと」


 周囲には篝火が灯り始め、いくらか屋台が出始めていた。自殺志願者相手の飯物屋。店によって特徴があったりはするが私には良く分からない。寮では寮食があるため、そちらの方が安価である事を思えばそちらを選ばざるを得ない。だから、まだ屋台というのは経験したことがない。

 屋台から匂う芳しい香りに心揺らされながらも、それに負けるわけにはいかないと小走りに王都の削り出した岩石を敷き詰められ整理された道を行く。屋台が並ぶ御蔭で自然と人が集まっているその隙間を、ぶつからないように避けながら、走る。

 そんな私に、幾人かが視線を向けたと思えば逸らす。先の男は仕事故に対応していたが、奴隷は基本的に人扱いされない。だから視界に入ったとしてもそこらの犬猫と変わらぬ扱いだ。先ほどの男のように絡む輩などは仕事かよほど奇特な人……図書館の人達のような……だけだ。犬猫を虐める事に喜びを感じる輩もいるように奴隷を虐げる事に快感を覚える者もいるのかもしれないが、ありがたいことに今この時はいなかった。

 時折視界に映る壊れた建物を尻目に淡々と走り続けていれば、人だかりが視界に映る。

 村社会出身とはいえ、人が集まれば何かがあるのだという事ぐらいは分かる。そして、そんな風に集まっていれば好奇心がわき、視線が誘導されてしまうのは致し方ない事だと思う。走りながら視線を向けていれば自然、歩みが遅くなり、終いには足が止まり、人だかりに目が、耳が向く。

 そこは一種異様にさえ思えるほどに静としていた。道の傍ら、美味しい香りを漂わせる屋台を囲むように人が集まっている。老若男女は問わず小さい子から大人まで。亜人もいれば人間もいる。男もいれば女もいる。ざっと数えて二十人以上の人間が声も立てずただ静かに、何かが起こるのを今か今かと待っている様子だった。

 何かを囲むように、その中心を見つめて嬉しそうにしている。ただ、それだけの人だかり。ますます奇妙で、異様だった。

 急ぐ心を好奇心が覆っていく。異様なほどこそ人の心をくすぐるというものだ。それに薄く輝く篝火がゆらゆらと風にゆれ、それがまるで私を誘っているかのようにさえ思える程で。だから、自然と私は人だかりの方に足を向けていた。ほんの少しくらいならまだ持つはずだと自分へと言い聞かせながら。

 近づくにつれ、並ぶ人の隙間から屋台の店主らしい体格の良い年配の男の姿が見えてくる。幾分緊張した面持ちの店主。戦士や鍛冶屋が似合いそうな筋骨隆々の厳つい男が屋台を背に何を緊張しているのだろうか?そんな事を思いながらもう一歩近づいてみれば、男の正面には神妙な表情をした背の低い少女がいた。

 気付き、周囲を見渡せば皆の視線はその少女に向かっているのが良くわかる。期待に満ちた目。慈しむような瞳。我が子を見守るかのような優しげな視線。悲しげな憐れみを帯びた視線。様々だった。一つ分かるのは、その全てが善意により向けられた視線だという事だけだろう。誰もその少女に対して悪意を持っていない。それだけは私にも理解できた。

 並ぶ人の隙間から見えるその横顔はとても端正で、エリザとはまた違った感じの、物語に出てくるお姫様のようだった。透き通るような淡い金髪が篝火に映える。そのお姫様が、何ゆえ屋台の店主の前でこれまた神妙な顔をしているのだろう。不思議に思っていれば、ゆっくりと呼吸に合わせて動く小さな肩と胸。額からは脂汗が。

 さらに近づき、立ち並ぶ人達の合間に顔を入れれば、手にお椀をもったお姫様の姿と同時にお姫様の息を飲む声が聞こえてくる。


「………っ」


 息を飲む音と恐らく同時だっただろう。お姫様の腕が動き、手に持っていた湯気の立つそれを口元へと運ぶ。熱に反応するように一瞬びくりと体を震わせ、続いてごくり、ごくりと喉を鳴らしながらお姫様がそれを体内へと流し込む。音が鳴る。音が鳴る。その音に自然、私の喉も鳴る。そんな私とは違い、見守る人々はお姫様の喉の動きに合わせるように息を飲む。動きは硬く、けれどそわそわと期待に満ち溢れているようだった。だが、人々の反応を気にもせずお姫様は喉を鳴らし続けていた。

暫くの後に唇から器を放し、小さな舌で唇についた液体を舐め取る姿など艶かしいとさえ思える程に扇情的だった。


「は……ぁぁ」


 零れる吐息もまた艶かしい。

 吐息が僅かに白い。

 恍惚とした瞳。

 そのすべてがまるで物語のようだった。

 きっとここからでは見えないもう片方の瞳を見れば、きっと私は古の神々に魅入られるかのように、魅入られてしまうのだろうなどという変な妄想に駆られてしまう。そんな自分自身に何を考えているのだと苦笑し、脳裏に浮かんだ妄想を振り払いながら、再びお姫様の表情を見れば、ふいに片手で周りを払うような仕草を取る。

 それを待っていたのだろうか。

 屋台の周りにいた男女が一斉にその場から離れていく。少し残念そうな表情をする者、楽しそうな者、やはりと諦めの表情をしている者。十人十色の表情で、しかし全員同じく脱兎の如くかけていく。それは屋台の店主にしてもそうだった。しいていえば、彼が一番悔しそうな、今にも涙を流しそうな表情だった事だけが気に掛かる。

 私の横を抜けていくそんな人達を見送り、再び御姫様へと視線を向ければ、瞬間、お姫様が驚いた表情を見せたのも束の間、焦るように手を振る。それはきっと、私にも早くどこかへ行けと伝えているのだろう。けれど、私はその時、初めて正面からそのお姫様を見て呆然としてしまった。

 あぁ、さっきの妄想は妄想ではなかったのだ。魅入られる。悪戯心溢れる神様が人々への悪戯のために手慰みに作ってしまったのではないだろうか?そんな風にさえ思える。すらりと伸びた鼻梁。きりっとした眼は一見目付きが悪いような印象を与えるが、意思の強さの表れだろう。真っ赤に染まった瞳もまた、彼女の意思の強さの表れか。多少青み掛かった白色の豪奢な服もまたお姫様の清楚さ高潔さを助長する。

 まさに地上に降りた女神といっても過言ではない。女神など見たことはないし、いないかもしれない。しかし、女神がいれば必ずこのお姫様に嫉妬するであろうことだけはわかる。

 呆然とする私に、変わらず手を振り、逃げろと伝えるお姫様。

 そんなに心配せずとももう少しすれば足が動くようになるだろうから、もう少し待って欲しい、などという私の思いなど伝わるわけもなく、とうとう痺れを切らせたのか慌てて私の方に近づいてきて、苦しそうに口を開き、


「お、お前様、早くにげっ……」


 そんな言葉を喋っている最中、突然、お姫様が目を見開き、赤に染まる瞳を更に赤くし、痛みに耐えるように表情を歪めた瞬間だった。


「げほっぁ!?」


 ツンッと鼻に響く匂いに表情が歪んだのは刹那の時。

 その瞬間はまさにスローモーション。これが死の間際にみるという走馬灯と呼ばれるものか、そんな阿呆な思考ができる程、余裕すら感じられる程の時間感覚の鈍化。あぁいや、そんな事を考えている暇はない。視線を目だけを動かし、彼女の口腔を見つめる。次々と中から我先にと飛び出してくるそれは空中で広がり、形を変えながら、さながら私を敵と見定めたかの如く襲い掛かってくる。あぁ、恐ろしい。ドラゴンよりはまだマシとはいえ逃げられるのならば逃げたい。しかし、魅了の力は強く、私の足はまだ地面に張り付いたままだった。故に、逃げ事など出来はしない。放射線を描き、白く濁った、恐らくぬるりとした液体、その第一陣が私へと到達する。

 まず襲われたのは村特有の黒い髪。黒に白は映えるのだといわんばかりに私の毛先から順番に上へ上へと上っていき最終的に頭頂部まで髪を白くどろりとした液体で染め上げていく。続いてどろりと首輪を通り鎖骨を、胸元を通過していき、エリザと一緒に作った大事なアクセサリを濡らしていく事に憤りを感じながらも、それはさらには服の内側にしみ込んでいく。躰を這う敵に怖気が走る。だが、今は鈍化された時間。怖気の走る速度は遅い。遅い。遅い。気持ち悪さを助長させ、私を発狂させる気なのかと思わんばかりに時間が遅い。そんな状況下でしかしまだ敵の攻勢は止まない。まだ次が襲ってくる。けれど、きっとこれで最後。お姫様の口腔から飛び立つ姿はもう見えない。それが最後の敵。その敵の向かう先は頭陀袋と靴。靴はまだ良い。しかし、頭陀袋はまずい。反転し頭陀袋を庇おうとするも体を振り向かせる時間はない。こんなことならば好奇心に身を任せるのではなかった。好奇心に囚われ気を抜いたのが間違いだった。気を抜くことなかれ……そんな後悔の念が浮かぶが、後悔は後からしかできない以上、私はもうこの最後の敵に屈するしかない。反撃を試みるも、いいやその反撃なぞただの自爆だろう、そんな事も分からないくらいに頭の回転は遅く、遅くなるくせに全身を犯す気持ち悪さだけは一瞬だった。


「あ……うん……」


 どろどろだった。

 女神とさえ思えるほどに美麗なお姫様の口腔から飛び出た吐瀉物で私の全身白濁だった。そんな状況だとて叫び声をあげる事もできず、こんな事で慌てるわけにはいかないのだ等と場違いな事を思い浮かべていれば次第、時間感覚が戻ってくる。それと同時にドサッと音を立てて御姫様が崩れ落ちる。

 とりあえず、現状の把握も巧く行かぬ頭で考えた結果、私は後頭部から倒れていった綺麗なお姫様の無事を確認しようと苦しそうな表情で倒れこんでいる彼女の元へと近づいていったのだった。



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