第1話 天使喰いあるいはただの飲んだくれ
この物語は百合成分47%+洞穴成分10%+うざいドラゴン20%でできております。
1.
薄暗い店内。カウンターに座る異質な存在、対峙するのはカウンターの内側にいる私と、小さな妖精。しんと静まり返った店内は不気味な程、否。不気味を通り越し、恐怖すら感じる程だった。
言われるがままにグラフを取り出し、氷を入れ、慣れない手つきで酒を注ぐ。そのグラスを相手の目の前に、コースターの上に置けば、相手はそれこそ慣れた手付きでからん、からんと氷を鳴らし、グラスに赤い唇を這わす。柔らかく形を変える唇はグラスの端に付いた酒を勿体ないと啄ばむように堪能する。宛ら接吻のような、そんな仕草に頬が熱を持ち始める。首筋から汗が沸き、自然、激しく動悸がする。それを見透かしたかのようにちらりと出てきた舌が、伸ばされた舌が酒を舐め取る仕草に至っては、つい視線を逸らしてしまう程だった。次いで、グラスを傾け、喉が艶めかしく動き、ごくりと鳴る。
「流石天使の酒ねっ!いやー、これは両手できゅっと絞るのが大事なのよ。分かってる?これを作れるようになるためには修行が必要なのよ?この私でも結構掛ったのだからね!貴女だったら百年は修行しないとね!」
そんな雰囲気や仕草とは対照的にぺちゃくちゃと良く回る口で小煩い台詞を吐くのは当然の如くガラテアさんだった。ちなみに、ティアというのはパパ専用らしいとのことでガラテアと呼ぶようにと窘められたので以後そういう風に呼ぶようにする。怖いので。
「そういう修行をしに来たわけではないんですけどね……」
何故バーテンダーをやっているのかと言えば、来て早々酒を注げと言われた結果である。横暴だった。
「じゃあ、やることも終わったので、約束通り魔法を教えてください」
「は?何言ってるの?貴女は人間なんだし、魔法なんか教えても意味ないじゃん」
鼻で笑われた。
笑いながら彼女が、グラスを親指と人差し指だけで持ち上げ、からん、からんと鳴らす。並みの男なら、否。人間ならば、それだけで誘いこまれるだろう。それぐらい彼女は人間から逸脱していた。だから、そんな仕草に一瞬見惚れてしまい、返す言葉に躓いてしまったのも致し方ない。一瞬、思考が完全に停止したように思う。
ともあれ、確かに彼女の言う通り、魔法は種族でその程度が決まるのだ。ならば、それを私が学んだ所で結局小さな種火の代わりぐらいにしかならない…………いや、それだと意外と重要なのではないだろうか?などと考えながらも口から出たのは納得の言葉だった。
「……あぁ、やっぱりそうですよねぇ。じゃあ、何の弟子なんですかね私。バーテンダー?」
「違うわよ。鍛冶よ、鍛冶」
「家事?ゲテモノ料理屋だけに?」
「武器とか作るあれよ、あれ。糞真面目な顔して何が『家事?』よ。そんなにしたけりゃするのね!寧ろしてくれると嬉しいわっ!パパがいなくなってどうしようかって思ってた所だものね!ねぇ、そうよね、ウェヌス……ちょ、ちょっと!何顔背けてるのよ。私は関係ないとかそんな事言ったってどうせアンタの着物だって溜まってんでしょ!」
えらく家庭的というか人間らしいドラゴンと妖精だった。加えて幽霊がいるのだからほんとここは見世物小屋としか思えない。良くこんな所で店主やってたなリオンさん。
「あ、いえ。そんな家庭の事情はどうでも良いですし、ここに住まわせて貰うという事になりましたので、それぐらいはやりますから……」
そんな見世物小屋の鍵を預かった以上、ここに住めと言われたようなものだった。
エリザも城に行ったわけで、一人で住むには広くかつお高い部屋を思えば、ありがたい話だった。私の懐事情的な意味で。それを思えば、家事は対価としては十二分。と、そんな事を考えていたわけではないが、昨日の今日になって、店に顔を出せば、早く開けなさいよーと扉の前で二人して待ち惚け状態だったのは驚きを超えて苦笑であった。
ともあれ、リオンさんに鍵を渡されたという事を説明すれば歓迎はされたらしい。が、けれど何とも言えない。いや、言えないというか言いたいというか。……なんでこの人達……いや、人じゃないけれど……いやもういいや。この人達はこんなにも平常運転なのだろうか。
家族が捕まり、拷問でも受けているかもしれないのに、どうしてこんなに冷静に馬鹿をやっているのだろう。話を聞いて慌てていたのがテレサ様だけというのはどうなのだ。慌てた結果、身分違いの恋故に!という阿呆な台詞を吐いてまたぞろ引き籠ってしまったのはどうかと思うけれど。未練が増えて何よりではあるのだが、状況は考えろと言いたい。
「ウェヌス、何よそのガッツポーズ。やっぱり溜まっているんじゃない……ま。それだったらやっぱり御代として色々教えてあげないと駄目ね。で。謎のお抱え魔法使いだったり、相談役だったり時折意見を求められる立場ではあるんだけど、私の副業は鍛冶よ。武器の作成って奴よ。でも防具は勘弁してねっ!だって私、不器用だものっ……お代わり!」
姦しい発言を終えて、たんっ、とグラスを私の前へ置き、催促する。
グラスの中の氷を確認し、天使を絞った出汁と酒精を混ぜた瓶を傾けグラスへと注ぐ。白濁としたそれが氷の上に広がり、透明な平野を白く染めていく様を見詰めながら、マジックマスターが作成した剣といえば皇剣というのがあったな、と思い出す。
「……あぁ、面白機能付き剣って噂の」
注ぎ終わり、瓶の蓋を閉めて棚へと戻す私の背中にガラテアさんがケタケタと笑いながら、グラスをからんと鳴らす。奇麗な良い音だと、そう思う。鈴の音のような、響く音。それが私は嫌いではなかった。
「そりゃそうよ。遊びで作ったんだもの。面白くなければ何の意味もないじゃない。それを何あいつら。ありがたがっちゃってさ。ほんと、人間って良く分からない価値観しているわよね。特にあの種馬皇帝。なんだって9本も作らせやがってねぇ?かなり儲かったわよ!おかげで悠々自適に旅できたわっ。いやー、持つべきものは金よね!ありがとう種馬!」
がっくり、ガラテアさんへと背を向けたまま、酒棚に寄りかかる。
「……聞かせられない」
このズレっぷり、あの親にしてこの娘である。と、本当に思う。が、血縁関係も種族的繋がりもないリオンさんとガラテアさんの間に何があるのだろう。何があったのだろう。異種族間で意思疎通を行い親子として居られるなど、少しと言わず、かなり気になる。そもそもにして、
「本当に……ドラゴンなのですよね?」
振り返り、他には何があるのだろうとカウンターの内側を探れば何やら酢漬けの内臓のようなものが置いてあった。あぁ、私への置き土産なのだなと勝手に解釈し、お腹もすいてきた事だし、とそれを指でつまんで食べる。見た目とは違いシャリ、シャリとした揚げた衣のような感触が中々良い。が、何の内臓なのだろうこれ。ちなみに妖精さんとガラテアさんは、私がそれを口にした瞬間、うわぁという表情をしていた。そんなご大層な物なの?
「ぅへ……私は正真正銘ドラゴンよ。産まれも育ちもね。疑っているの?何ならその頭齧ってあげようか?天使みたいにガリガリって。ま。人間食べるとパパが煩いからやりたくないんだけどね。もっとも貴女がそういう趣味の人なら、お願いされたら吝かではないわよ?どこでも齧って食べて感想伝えてあげるからすぐに言って。今すぐに。ほら、早く。逝きたいんでしょ?私に喰われてイキたいんでしょ?この変態!」
嬉しそうに微笑むガラテアさんの刃の如き歯を思い出し、身震いする。
「遠慮しておきます。我が身喰われて悦ぶなんてそんな変質的な趣味はありません。あのそれで……その」
「何よ。遠慮せずに言いなさいよ。炊事洗濯掃除が出来る奴隷はどこでも重宝するんだからそれぐらいの待遇は認めてあげるわよ。ほら、この私のローブとか!素敵ドレスとかねっ!痛まないように洗ってよね!一応お気に入りなのだからっ。パパみたいに素敵仕上げでお願いするわねっ!」
ドラゴン的には話を聞くという時点で良い待遇だというのだろうかというか。まぁ、奴隷の身の上で何を今さらと言った所ではあるし、居場所を提供してくれる以上何も言う必要はない。あぁでも、そうか。種族的な事を言えば良い待遇か。殺されていない時点で。
「あいや、そのパパさんですけれど……助けなくて良いんですか?」
「は?パパなんか助けてどうすんの?」
物凄く真剣に不思議そうな顔をされた。隣でぱたぱた浮かんでは沈むという無意味な上下運動を繰り返している妖精さんも同じく不思議そうな表情をしていた。頭おかしくなった?と小首を傾けているのがこれまた可愛らしい。先輩に見せてあげたい所である。
ちなみに加えて『パパなんか』である。この娘にとって父親とはその辺のネコとかマムシぐらいの扱いなのだろうか……。
「だって、拷問とかされるかもしれないんですよ?殺されるかも……知れないんですよ?心配にならないですか?……ガラテアさんならリオンさんのこと助けられますよね?」
「ぶふっ。……えっと、心配?パパが殺される事を?あー、もう笑える。馬鹿を言っちゃいけないわよカルミナちゃん。うちのパパは殺しても死なないっての。だってこの私のパパなのよ?」
ケタケタと笑いながら、カウンターをばしばしと手で叩き、さもおかしそうに笑うドラゴン娘。酔っ払いにしても埒外だった。私には到底そんな行動は出来ない。自分の親が苦しんでいる事を想像してこのように笑い転げられるなど……それは絶対的な信頼の証なのだろうか。自信なのだろうか。それこそ言葉通り、リオンさんが殺しても死なないとでもいうかのような。馬鹿馬鹿しい。けれど、そんな私の考えこそが馬鹿馬鹿しいとばかりにガラテアさんは笑う。そして、妖精さんもどこかおかしそうにしていた。
だから、だろうか。人間だって互いを理解し合えないのだから、人間以外の生物の考えなんて、人間には分からないのだなと思った。
「ひぃ、ひぃ……ウェヌス。この子面白いわよ?私、笑い殺されちゃう。…………はぁはぁ。落ち着いてきたぁ。そんなに心配なら面会にでも行ってあげれば喜ぶんじゃない?カルミナちゃんの予想通り、死んでるかもしれないけどさぁ!アハハハハハ」
その笑いに、私はつい台所に置いてある包丁を手に取ってしまった。こんな人の感情を理解できない生物なぞ殺してしまわなければならない……と。
「あぁ、腐れドラゴンの呪い喰らってるんだっけ?良いわよ。いつでもどこでも刺し殺してみなさいな。大丈夫、大丈夫。全力で侮ってあげるから。優しく時間をかけてじっくりねっぷりと楽しんでから殺してあげるから。私、あなたを丸齧りってね!良かったわね。顔見知りで」
ケタケタと笑うそれがとても楽しそうだった。私の殺気などそよ風にも満たないのだろう。いや……殺す気など私には、ない。目を閉じ、深呼吸する。そしてゆっくり手に持った包丁をまな板の上に。そうしてやっと、心を落ち着かせる。
「……いえ。大丈夫です。失礼しました」
難儀な呪いだった。もっとも、ガラテアさん以外のドラゴンに対しては別にそれで良いやといった程度ではある。ただ、冷静さを欠いてしまうのが厄介だと、思う。それさえなければ……いや、それがなければ呪いでもなんでもないか。
苦笑する。
「ほんと、面白い。堪える必要なんてないのに。呪いの所為なんだから気にする事もないのに。どんと来いよ私?そんな包丁程度じゃ死なないし」
「そんな言い訳を私に与えないでください。何かの所為にするのはあんまり好きじゃないので。特に呪いに掛ったのも自業自得だと思うので尚更です」
「アハハハ。ドラゴンなんて殺してしまえばいいのに。目の前の恐怖を排除しないと生きていけない生物。それが人間でしょ?」
「それって生物全般なのでは……」
「さぁ?私には恐怖なんてものがないから知らない。あぁでもそうね。お酒は怖いわねっ!だから私を殺したければ、もう一杯よ!」
言われ、棚から再度瓶を取り、グラスを受け取り、小さくなった氷を捨て、再度新しい氷をグラスに入れてから注ぐ。そして、今度は棚へと返さず、そのままカウンターの内側へと。
「飲みすぎ注意です」
「どれだけ飲んでも大丈夫よ。人間じゃあるまいし」
言った傍から前言が覆された。ほんと、その場の勢いでしか話していないのではないだろうかこのドラゴン。
「そういえば、ドラゴンが酒飲まされて殺される物語がありましたね」
「あんな弱いのと一緒にしないでよ、カルミナちゃん。私は酔っても強いのよー。ねぇ、ウェヌス?」
うんうんと頷く妖精さん。やっぱり妖精さんよりも強いのね、とは思うものの、どちらにせよ私には分からない世界の尺度だからそんな事言われてもどうしようもない。あまりに程度の差があり過ぎて恐怖も湧かない始末である。いや、殺気を出されたら分かるのかもしれないけれど、今の私に分かるのは精々彼女の言葉の表側くらいのものだ。
「で。弟子一号のカルミナちゃん。貴女は珍しい類のトチ狂った人間だから色々聞いてみたいんだけど?」
前言撤回である。言葉すら良く分からないらしい。
「トチ狂ったって……私っておかしくみえますか?そんなにおかしい人間のつもりはないんですが」
「自覚がないのが玉に疵よねぇ。この手の人間は。自分が犠牲になるのは厭わないくせに、誰かが犠牲になろうとすると手を出したがる。庇いたがる。それで結局自分を犠牲にしようとするんだから、ほんと、人間らしくない。その呪いを受けたのだって別に貴女の所為じゃないでしょ。ま。人間としては大概、欠陥品よね。貴女」
「ドラゴンに登ったのは自業自得かと。それと、程度の差はあれ、人間ってそういうものじゃありません?」
エリザだって、だから体を壊した……いやエリザはエルフだけれども。先輩に聞いたゲルトルード様だって、死んでしまった皇族だって同じだと思う。大なり小なり人というのは自分を犠牲にして利他行為に及ぶものだ。リオンさんだってある意味そういう事だろうと思っている。
「貴女の場合、度が過ぎる」
「と、言われましても……」
「だから、自覚がないって言っているのよ。貴女はそんなにもこの世界が憎い?急いで死んでしまいたいぐらいに憎いの?そんな真黒な髪に産んでしまった世界が憎いのかしらね?産まれてからどんな事があった?試しに言ってみない?ねぇ、どうなのよ。ね?早く話しちゃいなさいよ。楽になれるわよ?」
「いやいや、そんな厭世感は抱いてないですよ。ただ、いつ死ぬとも分からない身の上なので、せめて笑って死ねればとは思います。……あとこの髪の色、村だとわりと普通というか」
そういえばいい加減伸びてきたなぁと思い、髪を触る。手入れをしていない所為で艶もなければ潤いもない。まぁ、手入れた所で洞穴に潜るのが生業なわけで意味もなく……邪魔にならない程度に今度切ろう。ともあれ、黒い髪なんてあの村では珍しいものではなかった。それで恨まれるような事はなかった。妬まれるような事もなかった。この街が過剰に反応し過ぎなだけだ。黒い色の髪なんて何も珍しくない。
「へぇ……村でねぇ。そんな村、見た事も聞いた事もないけど。まぁでもそうよね。父親か母親は黒くないと黒くはならないか。あぁでも先祖から突然ってのもありよね。……んー、面白そうね。そんなに黒いの一杯なんて。ハシブトガラスの集団みたいねっ!今度案内しなさいよ。大丈夫、大丈夫。殺されそうになったら助けてあげるから。なんて……言うと思う?」
突然、ガラテアさんの笑みが止まり、グラスの音も止み、しん、と店内が静まり返った。薄暗がりに爛々と輝く爬虫類の瞳。それが、私を射抜いているような錯覚を感じた。いや、事実射竦められた。
結果、しばし時が経ち、
「えっと……どういう事ですか?」
漸く紡げたのはそんな場当たり的な台詞だけだった。
「そんな真黒な髪の人間が大量にいる村なんてあるわけないじゃない。どこの邪教の村よ。貴女自覚が無いようだから、いや違うか。自分にも嘘を吐きたくなるぐらいに嫌いなんでしょう?憎いんでしょうその色?不幸の証だものね?それでどれだけの人に卑下されていたの?どれだけ見下されていたの?その所為で誰がどうやって不幸に陥ったの?教えてよ。ねぇ?どう?どうなの?その辺が一番楽しそうなんだけど?」
「いえ、私の村だと黒いのは多かったですよ?だからそれで何があったなんて事もありませんよ。大体、あの村は祭りで交わって子を作るという女卑風習が残っている村なんですから。それこそあちらこちらに髪の黒い子はいましたよ」
「じゃあ貴女は、親は違えど血を分けた兄弟や親戚とか残して自分を売って奴隷になったの?へぇ。先日の貴女を思えばらしくない行動よねぇ!皇帝陛下ちゃんの前で啖呵切った貴女は、全ての罪を被った貴女はとっても素敵だったのにね?ま。それは置いといて…………黒に近いのは、の間違いよね?」
「……それは、見解の相違といいますか」
自然、ガラテアさんから視線を逸らし、白に染まった酒瓶へと目が向く。そうさ、これを白と呼ぶのだ。普通、人間は濁った白でも白と呼ぶのだ。黒に近い茶色を、黒に近い灰色を黒と呼んで何が悪いというのだろう?黒の成分が強い事に違いは無い。世界には無限に色が存在するのだから。そんな程度の差、分かる人なんていないのだから。黒と白しか分からない人でもいればまた別だけれど、そんな人なんて……いるわけがない。だから、そう。
黒い髪の色は、あの村特有の色に違いは無い。
違いは……ない。
「アハハハ。中々面白い表情になってきたわね。言われたくない事だった?聞かれたくない事だった?アハハハ。私人間じゃないから気なんて遣えないからねっ!あ、でもどう?貴女も飲まない?流石にモツ酒はないとは思うけど……なんだったらそこの妖精漬けてみましょうよ!まずは塩漬けにして水分抜いて。あ、それとも絞った方が良い?手できゅっとやっちゃった方が良い?妖精初絞り、なんだか語感が卑猥で素敵ね!」
ひぃ、と顔を引き攣らせて妖精さんが逃げて行った。が、行く所もないのか私の頭の上に着陸し、なぜか私の頭を撫で始めた。いや、虐められてはいませんよ?私。
何も、何もガラテアさんが言うように表情が歪む事も、感情に支配される事も何もないんですよ。だから……そんなに優しく撫でないで欲しい。まるで、いつかのように、慰めるように、その髪は奇麗だよ、だなんて言わんばかりの……そんな触れ方は止めて欲しい。
「……いえ、奴隷の身分で酒は流石に」
だから、少し上擦った声が出たのは、多分その所為だ。妖精さんの、所為だ。
「お堅い子よね。どうせ今日からここに住むのだから別にいいじゃないのよ。街中と違って誰に襲われるわけでもないでしょ?何よ、寧ろ襲われたいの?」
「そんなわけないじゃないですか……あの、妖精さんそろそろ止めてくれると……」
手は止まったものの、居心地が良かったのか妖精さんは頭から離れない。……まぁ良いか、と載せたまま再び視線を酒瓶へと。
リヒテンシュタインの奴隷は酒を禁止されているわけではない。けれど、奴隷が大手を振って酒を飲んでいるというのは対面が悪いというか、奴隷を良く思わない人間など腐るほどいるのだ。その発端を自ら作る気はなかった。だから飲んではいなかっただけで……どちらにせよ、
「どちらにせよ、初めて飲む酒が天使とか妖精を絞った酒というのはちょっと」
「何事も初めてが大事ってね。ちっ。生娘の癖に生意気ね。悔しかったら私みたいに卵生になってみなさいな!この胎生生物!」
どういう脅しなのだろう。けれど、そうか卵生か……。この美の化身からは卵が出てくるのか……。卵……ごくり、と状況も考えずに唾を飲んだのは秘密でもなんでもなく本能の表れである。なお、ガラテアさんは私の様子に若干引いていた。
「……あげないわよ?まぁ、その無意味に余裕な所を見せて私を責めない辺りがまた面白いのよね。貴女は人を責める事って殆どないんじゃないの?とっても優しいものね。とーってもね。いえ、お人よしといった方が良いのかしらね、パパの言葉を借りれば。世界を憎んでいるくせに大好きなのよね、貴女。死に急ぎたいぐらい嫌な事ばっかりな人生だったのにそれでも世界が大好きなのよね。マゾヒストの鑑ね。それこそ周囲が狂って、皆が皆不幸になるぐらいに貴女はお人よしだわ。その村から逃げたってのも村の人達を自分の産み出す不幸から守るためとかそういうノリじゃないの?ねぇ、どうなの?教えてみてよ」
肩を竦める。
私はお人よしでも、優しくもない。皆が皆死にたがるから、そんな馬鹿な人は殴らなきゃって思うだけだ。ただ、それだけ。だから、ガラテアさんの指摘なんて全くの見当違いだ。私は私が思うがままに生きている。不幸だとも思ってないし、世界が憎くいとも思っていない。なんでこうなるんだって嫌になる事もあるけれど、でも、それでも人生なんてそんなものだろう。だから……私は、この世界を憎いなんて思っていない。
「単に借金のためですよ。自分を売ってお金を手に入れたんですから、当然の結果です。あぁでも産む道具にされるのが嫌だったのはありますけどね。ほんと変な風習です。元々、16になる前には村から出ようと思っていましたし。逃げると言った方が良いかもしれませんが。……でもそうですね。最近の二つ名とかいう何とも言えない呼び名を考えると、私が村にいると不幸になっていたかもしれませんね。そこは否定できません。実際、地震にもやられたりしましたしね……育ての親が死んだのはそれが原因なわけですし、やっぱり否定できませんよねぇ。私だけ助かっているんですから尚更というか」
ふいに育ての父の言葉を思い返し、笑う。
「ふぅん。そういう返し方ね。良しとするわ。ま、聞きたい事はある程度聞けたかな。人間じゃないから私分からないのよ。人間の心境っていうのがね。軍事、政治ぐらいの人数になるとまた別だけれどね。だからこそ御意見番にもなっているわけだし。一方で私は、私の種族はお母様と私だけ。だから、今はもう一匹だけ。最後のドラゴンね。なんだか格好良いわねこれ。ラストドラゴンガラテア。うん。マジックマスターよりもさらに格好悪い。どうせなら、天使喰いガラテアと呼んで欲しいわ。ちなみにパパ命名ね。でね。一匹だけだから他者の理解なんて必要ないの。でも、貴女みたいなわけのわからない面白い人間は流石に興味深いのよね。だから色々聞いてみたくなる。まるで、そう、パパみたいって言ってあげる。アハハハ」
「喜べばいいんですかね、それ?……あぁそういえば、天使喰いは良いとして、ガラテアさんの御名前ってどこかで聞いたか見たような記憶が」
「あぁ。神話でしょ。自分の作った像を愛した人間の物語。ウェヌス、ガラテアときたら、最後はキプロス島の王ピグマリオンってね。もっとも、私はパパの作った理想の像じゃないけどね。アハハハハ。ま、でも美しさは神造って感じでしょ。どう?この身体。ドラゴンの神様が手ずから作った……のはお母様だけれど、そのお母様から出てきたのがこの私。ちょうつよいすてきびじんよ!崇めるのね!貴女なら許すわっ」
「このドラゴンめんどくさい……」
つい言ってしまった結果、頭上にいた妖精さんがわざわざ目の前まで降りて来て、うんうんと同意して再び頭上へ戻っていった。リオンさんが騒がしい娘が云々と言っていたのも良く分かる。本当に、良く分かる。
「ちょっと、失礼よ。殺すわよ」
「なんて衝動的な!」
「何言っているのよ。私に理性を期待する方が無理ってものでしょう?理性なんて人間が持ってる変な性質でしかないんだから。そりゃ、無理ってものよ。私これでもドラゴンよ?超素敵美人でもね!」
「…………そうですね。って。昨日は天使相手に待っていたんですよね?我慢できていましたよね!?」
「そりゃ、パパに言われたら仕方ないじゃないのよ」
「実は意外とパパっ子?」
「だ・か・ら。パパに言われたら仕方ないじゃない。パパに助けて貰わなきゃ私はのたれ死んで悪魔の餌になっていたんだし、それぐらいの孝行はするわよ。その辺り、従順でけなげよね、私」
悪魔の餌といえば、そうか。あの場所は母親の墓だと言っていた。その場でのたれ死んでいたかもという事は、そこでリオンさんに拾われたという事でもあり、墓場で出来た親子関係……何とも言えない気分になる。けれど、でも二人の関係は良く知らないけれど良い関係なんだと、そう思う。もっとも聞いている感じ……
「それって刷り込みでは……」
「煩いわね。基本私は爬虫類なんだからそんなもんなのよ!刷り込みの何がいけないのよっ。生物の本能馬鹿にしないで頂戴!ほんと、小うるさい人間ね。この欠陥品がっ」
あぁ、本当に刷り込みなのか。であれば、リオンさんはドラゴンの死に目と孵化を同時に見るというなんとも稀有な体験をしている事になるわけで……。なんというかあの人個人は誰も知らない知識を持ち過ぎの変な人間ではあるものの人間なわけで……でも、やっている事のスケールは埒外。……まぁでも、それぐらいじゃないとこの人達と一緒にはいられないのかな。
「いえ、ですから。欠陥はそんなにないと思うんですけど」
「何よ。こうして私の、私たちの所に来ている時点で大概おかしいって事に気付きなさいよ」
「……えっと?」
「皇帝陛下ちゃんと一緒に慰め合ってりゃ人間らしいって認めてあげたわよ。皇帝陛下ちゃんを罵っていてもそれでも人間らしいって認めてあげたわよ。パパと一緒に投獄されたらそれはそれで馬鹿だけど人間らしいって認めてあげた。けど、貴女は違った。ここに来た。パパに貰った鍵を持って私達に会いに来た。それがきっと貴女の中での最適解だったのでしょうね。短期的ではなく長期的な、ね。ま、そんな貴女だからこそ弟子にするんだけどねっ!」
「……」
アルピナ様の事情も分かるから、アルピナ様を、帝国を怒る気はない。一方でリオンさんが私達の知らない事ばかり知っている事に恐怖を抱く事もない。それを長年隠していた事に怒りを抱く事もなかった。
けれど、もしかしたら私以外は、彼が今まで何も行動していなかった事に対して、何もかもを知っていて見過ごしていた事に怒りを感じていたかもしれない。私は彼女らではない。彼女らのような立場などない。だから、助かったんだからいいじゃないか、なんてそんな気軽に思っていた。けれど、現実は違った。アルピナ様は心で泣いて、リオンさんは投獄された。
そんな中で、私は、私が彼を表に出してしまったのではないか、そんな事を気にしていた。私の所為で彼はそうなってしまったのではないか、なんて……そんな自己中心的な事を思っていた。いや……きっとその事よりも、直後にリオンさんに託された事の方が気になっていたのだろう。だから私は、やっぱりガラテアさんの言うような優しい人間なんかじゃ、無い。
「冷静な子は好きよ。喰べてあげたいくらい」
「私は美味しくありませんよ」
「喰えない人間もまた、嫌いじゃないのよ」
「……」
「貴女は迷っている、と私は思ったわけね。ドラゴンなりにがんばったのよっ!?帝国側の意思に沿って皆で一緒に自分達の行為を慰め合う。それが一番自然よね。御友達一杯なんだもの。で、一方でパパの側に付くのはあまりにも危険が過ぎる。知り過ぎる者は使い捨てられるか殺されるかの二択だものね。それに協力すれば貴女は殺される、と判断した。でも、貴女はパパが嫌いではない。だから知識を提供しただけのパパを傷つける帝国にも納得がいっていない。だから、私の所へ来た。どちらにも顔が利き、どちらにも意見を言う事のできる、あるいは実力行使を出来るこの私の元へ来た」
「……どうでしょう。単にリオンさんの言葉が気になっただけだと思いますよ。他の事よりも……けれど、そうですね。リオンさんがあのまま殺されるのは忍びないな、とは思います。それだけは間違いないです」
だってそうだろう、リオンさんがいなくなったら誰が私に美味しい内臓料理を食べさせてくれるというのだ。
「ほんと、嘘の下手なお人よしね。貴女はパパの行動に意図があると思っている。だから、今この場にいる。皆で一緒に悲しんで慰めあってれば一番楽だったのにね。ほんと、お人よしで、馬鹿馬鹿しい程、優しい子」
「私のどこが優しいのか分かりませんけど……それにお人よしでもありませんよ。人それぞれ大事にしたい人は違います。私、別に博愛主義者ではないですよ。ほら、村の人達は見捨てて来ましたし」
「あっそ。でも、だったらとりあえず言っておいてあげる。パパの優先順位は下げておけばいい。ものすごーく下げておけばいいのよ。あんなの心配するだけ無駄。気にするだけ無駄。だから、貴女は好き勝手に行動すれば良い。それが結果として良くなると、私もパパも……ウェヌスも思っている。だから、好きになさい。パパの発言の真意を求めるも良し、皇帝陛下ちゃんと一緒になってパパをいたぶるのも良し。私が許すわ。どんどん好きにやりなさい。あ、でも掃除炊事洗濯だけはお願いね!」
「……締りませんねぇ。というかリオンさんの言葉の意味教えてくれないんですか?あんな訳のわからない事言われてもどうしようもないでしょう。リオンさんしか知らない言葉で語られても私に分かるわけないじゃないですか……料理ぐらいにしか興味がないと思ってたのに何なんですかって話ですよ」
前は、リオンさんの第一位優先は料理なのだと思っていたけれど、あの場であのような態度を取るという事はきっと違う。もっと別の何かなのだろうけれど、その何かがあやふや過ぎて私には分からない。……しかし、私には人を見る目がないなぁと思った。
「えー。いやよ。面倒くさい。自分で調べなさいよ。でも、貴女は私の弟子なんだから師匠を認めさせるぐらいの働きをしたら教えてあげなくもないわ!だから聞きたければ働く事よ!馬車馬のようにね!この胎生生物!」
「……良く、こんなドラゴンの父親やってられましたねリオンさん」
「ちょっと、貴女、殺すわよ?」
「喰えない私を殺すなんて弱肉強食の摂理に反していますよ。この卵生生物」
「中々やるわね、貴女!それでこそマジックマスターの弟子ね!」
「マジックマスターの弟子なのに魔法使えないとか何なんですかね……」
「それもありよっ」
「面白ければなんでも良いんですね、結局」
「その通り!だって私はドラゴンだものっ」
やいのやいのと姦しく、語る彼女はとても楽しそうだった。そんな楽しそうな彼女がぼんやりと空を見上げる。酒に酔ったのだろうか。それとも地下にあるこの店の天井に何か見ているのだろうか。ただの土壁が彼女には何かに見えるのだろうか。少し物悲しそうに思えるのは、今ここにいない父を思っての事なのだろうか……いや、違うか。そんな感傷なんてありそうにもない。
「あぁ、でもそうね……少しだけ。気分が良いから、少しだけ教えてあげる。……ドラゴンの神様は言いました。お前の作ったものは何て貧弱なんだ。ちょっと触っただけで壊れるじゃないか。そんな危なっかしいものは壊してしまえば良い。そんな馬鹿な者を作る奴もまとめて壊してしまえば良い」
どこかで聞いたような物語が、けれど、聞いた事のない物語として語られる。
「横暴ですね」
「ドラゴンだもの。頭の足りない馬鹿ばっかだしね。でも、私ほどじゃないけど強いわよ。……ま、つまり壊してしまえば良いと思ったのね。そのドラゴンの神様は」
「はぁ……」
「けれど、壊せなかった」
「人の神様が強いって話ですか?」
「違うわよ。全然違うわよ。これぐらいで十分よね?私の弟子なのだもの。がんばりなさい。この世界で起こり得ない事なんて何もないってことさえ理解してれば、すぐわかる事よ。パパは十分に言ったのだからね」
ケタケタと笑うガラテアさんがとても楽しそうだった。これで酔っ払っていないというのならば酔っ払ったらどれぐらい酷い事になるのだろう。ともあれ……今は分かるきがしなかった。
いや、分かりたくなったと言った方が良いのだろうか……。
リオンさんは殺す事しかできなかったと言った。大陸の自殺を止めて下さいと言った。大陸というのはきっとこの世界そのものであって、大陸の自殺とは地震の事であり、それは……神様の嘆きであって悲しみの表れだと言われている。だったら、リオンさんが殺す事しかできなかったと語ったのは神様なのだろう。神様なんてものを人が殺せるのだろうか?馬鹿馬鹿しい。でも殺せたのならば神様は何故今も生きているのだろう?殺した存在が生き返るなんてありえるだろうか?加えて、人の神様がリオンさんに殺されていなくなったから、ドラゴンの神様が殺せなかったなんて、そんな更に馬鹿な考えが正しいわけがない。だって神様なんて、元々いないのだから。都合の良い時に都合の良い風に信じられるのが神様という存在だ。神様なんてものは抽象化された物語の登場人物に過ぎないはずだ。そう……だって、そうじゃなかったら。神様が人を見捨てたってことなのだから。
でも。天使の話は本当だった。……いや、あれも証拠があるわけじゃない。結果としてゲルトルード様は治ったように思うけれど、けれど連れ去られた人が天使に作り返られるなんて話は本当かどうかなんて確かめようがない。このガラテアさんの話だって本当かもしれないし、そうではないかもしれない。逆に、リオンさんが殺したというのも本当に……神様なのかもしれない。でもならなぜリオンさんは神様を殺したのだろう?
分からないし、考えるだけドツボに嵌って次第に馬鹿馬鹿しくなってくる。物語を真実だと思って語っているかのようなそんな馬鹿馬鹿しさに笑いさえ込み上げてくる。
どちらにせよ、今この段階で私には結論以前に情報の整理すらもできそうになかった。
悩む私を余所にガラテアさんが自分で酒瓶を傾けていた。ほんと、絵になるドラゴンだった。
「ま、考えてみなさい。好きに考えて、好きに行動して、好きにやって頂戴。あぁでもそうね。忘れていたわ。パパから貴女用に武器を作れとか言われていたんだった」
「武器ですか?」
「そうそう。なんか私が貴女に迷惑かけたとか訳のわからない事言って無理やり作らせるのよ。横暴だと思わない?しかもあの白い子用にも作れとか言うのよ?横暴過ぎると思わない?」
「……いえ、別に」
「何よ。私の弟子の癖にパパの味方なの?酷いわねっ!でもパパに言われたら仕方ないのよね。だから、とりあえず、その材料集めてきなさい。弟子としての最初の仕事なんだからちゃんとやるのよ!」
結局、私に返ってきましたよリオンさん……今度面会に行ったら一言言わせて貰いますね、と心に誓いながら……でも、そんな事していたら普通の依頼を受けられないのではなかろうか。それに今まさに悩ましい課題を出された挙句の果てである。このドラゴン本当、面倒くさい。ドラゴンは課題を出すのが好きな生物なのだろうか。いや、どうだろう。単に適当に言ってみただけな気がしないでもない。
「……いや、集めるのは良いんですが、奴隷稼業の方しっかりやらないと私の首が飛びます。物理的に。加えて、リオンさんという依頼主がいなくなったわけで依頼主探しからはじめないといけなくなるので時間が」
「マジックマスターの弟子って名乗っておけば殺されはしないでしょうに。それでも殺すようなら、それこそ、先に私が殺すわよ」
「いや、そんな戦争でも起きそうな発言は控えてください。貴女が帝国貴族であるディアナ様を殺したら帝国は貴女を退治しないといけなくなるじゃないですか」
「帝国ぐらい潰れてもいいんじゃない?私ならやれると思うのよ。8年前に出てきたとかいう馬鹿ドラゴンよりはきっと私強いわよ?」
「いえ、それは流石に止めて頂けると嬉しいです」
「私にとっても収入源だし良いけどね。お金は大事なのよっ!というわけで了解ね。はー。なら依頼でもなんでも出してあげるわよ。でも依頼ってことは……適正価格とかなんとか言われるのよね……あぁもう面倒。……というか今私城行って大丈夫なの?なんか変な目で見られそうな気がするのだけど。そういうの面倒で嫌なんだけど……」
「マジックマスターとしての仕事はして貰わないと駄目なんじゃないですか?帝国としても」
「ただの客分よ。人のパパ捕まえておいてそれでも客分でいろとか言う事はないでしょ流石に。そこまで厚顔無恥じゃないでしょ。しかし、あれよね。私がパパの娘だと判明してもそれでも捕縛したというのは私に対して喧嘩売っていたってこと?それとも私が前にでないと分かっていたとか?人間って時折良く分からない事するわね、ほんと」
「後者じゃないですか?普段から表に出る事はなかったのですから、暴れて自分の身を晒す事は控えると、良識あるドラゴンだと判断したとか」
「見る目あるわね!」
「なんで喜んでいるんですか……」
「ま、実際にはパパを人質だと思っているんでしょうけどね。あんなの人質にもならないって話よねっ!じゃ、やっぱり面倒なんで止めたから、材料を集める合間に依頼をやってきなさい!」
「……修行と思ってがんばりますよ」
「それでこそ私の弟子ねっ!」
ケタケタと笑うガラテアさんを見ていると、何だか少し落ち着いてきたように思う。焦っていた自分が落ち着いていく。娘が父親を信じているのだから、他人である私も信じていて良いんじゃなかろうか、と。
これから色々調べたりしなきゃいけないのだろうな、と酒を飲んでいるガラテアさんを見ながら、思う。私としてもやはりリオンさんの発言は気になるのだ。知的好奇心のようなそういう面も確かにあるのは否めないが、一体彼は私に何を伝えたかったのだろうか。私に何を期待したのだろう。まさか、本当に神様の相手でもしろという話なのだろうか?
「妖精さんはどう思います?」
それに返る言葉はなく、優しげにぽんぽん、と小さな手で頭を叩かれた。
「どういうことですか……」