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自殺大陸  作者: ししゃもふれでりっく
第一章~パンがなければドラゴンを食べればいいじゃない~
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第5話 それは運命の出会いなの?

5。



 周囲の開けた大樹のふもと。

 天上に昇った陽光の光が木々の隙間を通り、じわりじわりとその熱で雪を溶かしていく。背を大樹に向け、片膝を立てすぐにでも立ち上がれる格好のままに携帯食を食べる。

 乾燥した固形物に周囲の雪を載せれば味気のない、けれど水気のある固形物に生まれ変わる。乾いた喉を潤すように固形物と一緒に雪を喉へと。瞬間感じるひやりとした感覚に全身を震わせる。それと共に脳が覚醒し、意識がはっきりしてくる。神経は過敏になり、周囲の寒さが肌を刺す強さが増したようにさえ感じた。一長一短だなとひとりごちながら顎を動かす。

 すっきりした頭で現状を把握する。今回の依頼目標はアモリイカを十杯…十匹である。今から残り九匹となると、今日中には終わりそうにもなかった。午前の内半分は馬車移動、半分は一匹を捕まえるのに使ったのだから、単純計算で午後は一匹と移動で終わるであろう。夜営の準備はしておらず、いやそもそも夜営用の設備を持っていないので、日が陰れば学園の寮に帰る必要がある。報酬として移動費の提供はあるものの、これは一日分であろうから早くも御先が真っ暗である。


「ふぅ……」


 一日二匹ずつとして、単純計算で五日掛かる計算だ。往復の馬車代金が約1000クレジットであるから必要経費は5000クレジット。その差額から五日で4000クレジットの稼ぎではあるが、そこから食費、ピック代金などを考えれば如何ともしがたい結果になるのは誰が見ても明らかである。依頼を甘く見ていたつもりはなかったが、しかし、心のどこかにやはり甘さがあったのだろう。村で狩りをしたことがあったのもそうだが、奴隷なのに一見して奴隷ではないかのような扱いをされ、憧れの首都暮らしである。浮足立っていたのだろう。全く、度し難いと思う。こんな生活をしていればさぞ自殺洞穴とやらは恐怖であろう。自分を律する事のできない者は堕落し、廃棄される、というわけだ。


「……考えないとなぁ」


 闇雲に行動しても赤字生活が続くだけだ。今はまだ私を買って貰った時のお金が僅かとはいえ残っているから何とかなっているが、それも一月持つものではない。学園寮での生活にも何かと金はかかるのだ。食費や、衣服、洗濯などの滞在費など何かにつけて金は掛かる。だから、もっと効率的に依頼をこなしていく必要がある。だから、考えないといけない。人類に与えられた思考力を使って。

 そんな事を考えていれば敏感になった肌に風の感触。空気の流れが生まれる。風のない場所に生まれる風とは何かといえば……。

 反射的に立ち上がろうとして、その体が止まった。それは突然の事だった。恐らく運命とは、運命の出会いとはきっとそんな風に突然なのだろう。ざっ、ざっと雪を踏みしめる音としゃらんと響く金属音が耳に響く。


「獣が休んでいるのかと思えば人だったのね。驚かせたようでごめんなさい。……あら、貴方リヒテンシュタインの?」


 豪奢な軽装鎧に身を包んだ女が生れた風と共に現れた。

腰に差した剣に片手を添え、警戒するようにしていたが、しかし私の姿を認めた後はその警戒を解く。そして、解いた勢いのままその女性は自身の腕に付いた腕輪を私に見せ、近づいてきた。


「こんな所で何を、と言っても依頼に決まっているわね。ごめんなさいね」


 まくし立てるように、歌を紡ぐかのように女の声が周囲に響く。その声は何処か緊張から解放されたかのような僅かに震えを含んでいた。高価な装備に身を包んでもまだ怖いものなのだろうか。それともまた別の理由なのだろうか。


「はい。つい先日なったばかりですが……買われたの自体は半年前ですけれども。先輩ですね?宜しくお願い致します」


 立ち上がり、向かい合う。


「そうなるのかしら?でも、奴隷に先輩も後輩もないと思うけれど。私達は一律に奴隷。それ以下でもそれ以上でもないですよ」


 くすり、と笑みを浮かべるその容貌は兜に隠れて良く見えないが美麗なものだった。身長は私より頭一つ高いぐらいだろうか。体のラインは女性らしい肉付きで、一見華奢にさえ見えるが、着飾る鎧の隙間から見える肉体は鍛え上げられたそれだった。頭部を守る兜は無骨な、視界の邪魔にならぬように被せただけといった感じ。そんな私の視線に気付いたのか目の前の女は兜を脱ぐ。

 短い薄い色の髪。長い耳の後ろ、添えられた飾りのような三つ網。ほっ白い息を吐く唇は細く淡い色彩。とりわけ目を引くのが黒い瞳。美麗と一言で言えばそうだった。兜で乱れた髪を指で梳かす姿は、例え奴隷の証が付いていても様になっている。瞬間、ふわり、と香るのは香草のそれだろうか。自然、鼻がなる。


「あぁごめんなさいね。虫よけなのよ。この森にはあまりいないとは思うのだけれど、洞穴に入っていたりすると兜を被るときの癖になってしまってね」


 再びくすり、と嬉しそうに笑み向けながらもどこか憐憫を感じる視線だった。


「同じ奴隷と言うならばそんな憐れむような視線は止めて下さい」


 苦笑する。

 装備を比べれば雲泥。背負われた剣と腰元に添えられた剣、防御性能の高そうな防具などなど。リヒテンシュタイン家の銘が刻まれた首輪と腕輪がなければ奴隷だとは全く思えない。帝国騎士団にいてもおかしくないようなそんな印象さえ受ける程に。そんな人が私の全身を舐めまわすように視線を動かし、眦を下げた表情を見せれば、皮肉の一つも言いたくなる。


「ごめんなさい。そういうつもりではなかったのだけれど。折角出会えた御仲間だから私に何か協力できる事はないかなと思って。つい先日奴隷になったなら、お金に苦労しているかなとか思って。お金を上げると問題になるから何か別の事できないかなって思って……その良くお節介って言われるけど性分なのよ。気を悪くしたのならごめんなさいね」


 慌てる姿もどこか綺麗で、こんな人がどうして奴隷に……と思えば綺麗だからこそだと気付く。売り物の価値は高い方が良いに決まっているのだから。


「こちらこそ初対面の方に失礼なことを言ってしまいました。私はカルミナと言います。村出身のしがない奴隷です」


「ううん。気にしないで私が悪いのだもの。勝手に苦労しているなんて何様よって話よね。本当ごめんなさいね。でも困った事があったら言って頂戴ね?……えっと、カルミナさんね。私はエリザベート。一応リヒテンシュタインの名を貰っています。見ての通りエルフ属ですが仲良くしてくれると嬉しいな」


 感情を表現するように先ほどから動いている長い耳。それはエルフ属の証。知性を持ち、国を持ち、繁殖力が人よりもなく、血液が燃える魔法のようなものを使える種族。自殺志願者の中にはその魔法のようなものだけでやりくりをする者もいるようだが、このエリザベートさんはどうみても剣を二本携えた武闘派だった。だからといって、それを使わないという事はないのだろう。手と腕を覆うガントレットの隙間に見える刺し傷はそれが原因だろう。


「こちらこそ宜しくお願い致します。リヒテンシュタインの名前を頂いているという事は洞穴でも活躍されていると言う事なのですね」


 つまり彼女は領主様の仰っていた二人の内の一人。二年の猶予を超え、リヒテンシュタイン家に利益を与えている者の事である。特にその中でも多大な利益を与えている者はリヒテンシュタインの名を名乗る事が許されているらしい。ゆえに奴隷の証を付け、リヒテンシュタインを名乗ればそれ相応の力量を持つ自殺者である事の保証にもなっている。ちなみに、偽証行為は即座に廃棄処分である。そのような輩は真の意味での自殺志願者以外にはいないと思うが。

 しかし、彼女のようなエルフ属でさらに品が良く性格も良い美人であればさぞ高値、私の想像もつかないような、で売却されたであろうに……。それをたった二年で返却するとはさぞ優秀な人なのだろう。 それに比べて、


「私の方は……先が思いやられます」


「あはは、私が単に重度の自殺志願者なだけだけれどね」


「それは、やはり自由を求めてですか?」


「きっと、そうね」


 自分の値段の万倍を超える利益をリヒテンシュタイン家に与えた者には恩賞として自由を与えられる。移送中にメイドマスターが言い忘れた、と言って教えてくれた事がそれだった。奴隷の身分を棄てて好きにするもよし、奴隷の証を外してリヒテンシュタイン家に所属したままでもよし。だから、奴隷達の目標は必然、それとなるはずだが、エリザベートさんの表情を見る限り、ただの虚構なのだろうかとさえ思う。それはただの夢物語。自分の金額だけでも精一杯なのにそこからさらに万倍を稼ぐなど夢のまた夢だという事だろうか。年を取り売れもしなくなった時の言い訳として使われるのだろうか。

少しの静寂。

 言葉に詰まり、詰まっていれば自然と互いに見つめ合っていた。

 綺麗な瞳だと、そう思う。吸い込まれそうな程意思の強そうなそれでいて憂いを帯びた瞳。少し、彼女の事が知りたくなった。


「え、えっと。それはそうとこんな所で何の依頼?」


そんな私の視線にエリザベートさんは慌てるように視線を逸らし、逸らしたと思えばエリザベートさんがはっと気付いたように頭陀袋に目を向けて笑みを浮かべる。


「アモリイカを十匹集めて来て欲しい、との依頼です。」


「何ですかその依頼……アモリイカってあのぬるっとしていて気持ち悪い形状の奴ですよね?いやだわ。たとえ十万クレジット貰ってもやりたくないですよ」


「その十分の一ですねぇ……。学園の掲示板に張ってあった私に出来そうな依頼を探した結果がこれでした。午前中使って漸く一匹でして、まったく先の長い話です」


「私、あぁいうぐにゃぐにゃした骨のない輩って苦手なのですよね。見ただけで怖気が走ります。見ないように落とし穴でも掘ってまとめて埋めたくなりますね。埋めた後に燃やしたいです」


「あ……それ、頂きです」


 瞬間、脳裏に罠の形が浮かび上がる。

 発見だけは時間はかかるが、数匹で一緒にいたりもする。奴らが逃げる時は一直線に逃げ出すのだ。であれば、その方向に向かって追い詰めれば良い。そんな計画が頭の中で構築されていく。一度でうまくいかなくてもこれなら今までよりも効率的だ。

 考え始めた私をいぶかしげに見つめる彼女に気付く。


「ありがとうございました。これで赤字にならなくてすむかもしれません」


「あら?もしかして私役に立ちました?」


 それはとてもとても嬉しそうな笑みで、私も自然と笑みを浮かべてしまう。


「はい。それはもう。値千金のご助言いただきました。気配を察せられると逃げられるなら先に穴を掘っておいてそこに追い詰めてしまえば良いですね。これなら巧く行けば一網打尽ですし」


「そうですか。何だか良くわからないうちでしたけれど、役に立てたのならば嬉しいわ。これで貸し借りなしですね!」


「貸しですか?」


「えぇ、先ほど失礼な事言ってしまいましたから。それの事です」


「それだと私は失礼な事を言いっぱなしじゃないですか。借り一つ出来ましたね。いつか返します。返せるようになるまでまだまだ時間は掛かりそうですが」


 苦笑する。

 全く、人の良い女性だ。そしてそんな良い人が独りでぽつねんと雪深い森にいるのは何故だろうか?豪奢な武器を装備してまで。


「ところでエリザベートさんも依頼なのですか?」


「あ。エリザでいいですよ。皆そう呼びますので。もしくはリリーでも結構です。あまりそう呼んでくれる人はいませんけれどね。それでですね。私も依頼です。こうやってたまには洞穴以外の依頼をこなしているのです。真っ暗闇の中で松明の明かりだけで過ごしていると気が滅入って仕方ないので」


 だからね、と微笑む彼女は酷く、可愛らしいとそう思った。


「ちょっとした気分転換なのです。依頼内容も薬草を探すだけの簡単なものを選んで来ています。気分転換が主なの。依頼主には悪いのだけれどね」


「その割に装備はしっかりしているんですね」


「やっぱりこの格好が一番動きやすいので。いつも持ち歩いているものがありませんと、動きがおかしくなりますので。洞穴の事を忘れるなら外したい所ですけれど、こればかりはどうしてもね。危険がゼロでない限りはこれを外すことはできません」


 楽しそうにほほ笑む。奴隷の証を携えながらも嬉しそうに彼女は生きている。羨ましいとは思わない。ただ、もうしばらくその笑顔を見ていたいなと、私はそう思った。


「何でしたら手伝いましょうか?」


「いいえ、大丈夫ですよ。それに……こんな事で貸しを返してもらっても勿体ないじゃありませんか!」


「意外と根に持つ性格でしたか」


「えぇ、持つんですよ。これが」


 にひっと笑うその姿もまた可憐だった。

 その可憐さが消えたのは次の瞬間であった。


「カルミナさん、私の後ろにっ!」


 焦りと怯えを帯びた声だった。一体全体突然どうしたのだろう?と反応するのもつかの間、空気が流れを作り、風を生み出した。

 兜を被り直し、私の前に立ち両の手を背と腰の剣へと向かわせたと思った瞬間にはすでに抜き身だった。早すぎる。私の認識を超えた一瞬の出来事だった。左手で背負っていた無骨な分厚い剣、右手には腰元に差していた細身の剣。いくら鍛えていたとしてもそんな軽々しく扱えるようなものではなかろう。そんな私の疑問に答えてくれる事はなく、彼女は正面を見据える。


「感じていた気配はカルミナさんのモノではなかったようです。絶対に動かないで下さいね。死にますよ」


 恐怖と焦りだけではなく、それはどこか反省の色を含んだ声だった。巻き込んでごめんなさいとそう言わんばかりだった。が、意味が分からず、いったい全体何のことだと思えば……その正体が正面の木々の隙間から現れる。


「ひっ」


 小さな、人間の子供よりまだ小さい、無骨な形状の牙と二本の小さな角を持った爬虫類、それに自然を声が引き攣り、唇から声にならない声が挙がった。

 そこに……恐怖の体現がいた。


「なんで……こんなところに……ドラゴンがっ!?」


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