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自殺大陸  作者: ししゃもふれでりっく
第二章~パンが食べられなければ天使を口に突っ込めばいいじゃない~
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第13話(終) 自殺大陸

13.



 ゲルトルード様がほぅと頬を赤らめながら食事を終え、しばらく前に眠りについた。血色は即座に良くなり始めている事を思えば、天使の呪いが活発化しているのだろう。あまりにも急激な再生に体が追い付かず眠りについたが、次に目覚めた時は元気になっているだろうとはリオンさんの言。医者のような人だなこの人と思いながら後片付けを行う。

 結局、皆が手を付けた。だが、楽しい食事会とはならなかったと思う。味に不満はないだろう。けれど、それの意味する所に皆が沈痛な表情を隠していたと、そう思う。

 殺す事は食べる事と変わりはない。動物であればそれは等価だ。ここで食べられないならば次に天使が来たときに天使を殺せない事と同じだ。結果、ゲルトルード様が連れ去られ天使となるだけだ。

 そういう意味ではゲルトルード様が死の運命を受け入れて食べないという選択肢がない限り、皆が食べないという選択肢は最初から存在していなかったともいえる。いや、真実を語られた以上、ゲルトルード様が天使となる事を是とする判断はなく、速やかに死ぬか、食べるかの二択しかないか。その二択であれば後者を選択するのも当然だろう。結果、天使に連れ去られたとしても今この場ではその選択以外あり得ない。

 こうなると分かっていてリオンさんは真実を語ったのかもしれない。そうすると私のしたことには何の意味もなかったのだろうか。


「そうでもありませんよ。言い訳の余地があるという事は精神安定を考える上では良い事ですから」


「いきなりなんですか?」


「いえ、悩んでおられる様子でしたので。ヤマを張ってみただけです」


「悩んでなんかいませんよ。自分が思える最高の食事を用意して、皆に振る舞った結果、その反応がちょっと怖いというだけです」


「それは料理人の責だと思いますけれど」


「料理人を選ぶのは主催者の権利ですので、責任は私です」


「強情ですねぇ。ほんと……」


「なんですか?」


「なんでもありません」


 くすり、と笑みを浮かべる。それがまた憎らしくて顔を背け、片付けの続きをする。他の面々は既にいない。妖精さんはティアさんについていってしまった。一応元々の店員は彼女なのだけれど、日雇いの助手は上司である妖精さんには逆らえない。ので文句を言ったりはしない。えぇ。

 そんなこんなで片付けが終わり、後は帰るだけとなった状態で……私は、私とリオンさんは先日の謁見の間。赤い絨毯を敷かれた場所へと呼び出された。

 そして……。


「すまんが、リオン。お主を帰すわけにはいかない。この場で捕えさせてもらう。これは私個人の判断ではない。これはこの国を預かるものとしての、皇帝としての判断だ。マジックマスターの事だけならばどうとでも出来ただろう。が、お主に関しては……何者か分からぬ以上、そのままにするには……お主の存在は危険すぎる」


 苦虫を噛潰したような表情でアルピナ様が口にする。両隣に立つヴィクトリア騎士団長とメイドマスターの表情も良くはない。他に立ち並ぶ者達もまた沈痛な面持ちだ。エリザの時とは全く違う。

 当然だ。当たり前だ。今しがた8年の長い間苦しんでいたこの国の皇女を助けた救国の英雄を捕え、拷問に掛ける必要があると皇帝自らが口にしたのと同じなのだから。


「依頼を受けた段階で、こうなるだろうという事は予想しておりましたよ。アルピナちゃん。ですから、勿論、構いません。もっともそれほど語る事はないのですけどね……ま。何年でもどうぞ。死ぬまでお付き合いしますよ?死ぬまで……ね」


 くすり、と笑うリオンさん。


「お主、分かって……」


 それは、『いたのか』だったのだろうか。『いるのか』だろうか。彼は、こうなる事が分かっていて依頼を受け、皆に真実を伝えたのか。そして一度産まれた疑心が払われることは決してなく、知らぬ事をも吐かされるまで拷問をされる可能性があると分かっているのか。

 逃げる事もできたのだろう。ティアさんの手を借りれば幾らでもそんな事は可能だ。加えて彼女はその地位故に他国に顔も効く。逃げ伸びる事なぞいくらでも彼にはできるはずだ。それゆえにアルピナ様は娘でなく、マジックマスターの事ならば、と言った。他国に顔の効く者を捕える事はそれこそ国として容易ではない故に。

 けれど、彼は立ち止った。この場に。この場で捕えられる事を甘受した。何も知らず、いつもの通りいつものように訳知り顔で料理人ですから!などと適当な事を言っていれば良かったのだ。そうすれば語る必要も、疑われる必要も、何もなかったのだ。

 けれど、表に出てきた。

 8年間ずっと、表に出る事のなかった彼が表に出てきたが故に、こうなった。

 それは、もしかして私の所為なのだろうか。私が彼を不幸にしてしまったのだろうか。そんな事がない……とは言えなかった。


「……っ」


 歯を食いしばった音が聞かれたのか。その音にリオンさんが振り返る。

 とても優しい表情をしていた。


「カルミナさん。これを。そして、どうか……」


 店の鍵と共に小声で伝えられた言葉の意味を、私は、理解できない。理解するにはしばらく、時間がかかりそうだった。

 その間に、衛兵に捕えられる。大人しくそれに従い、連れられて行くリオンさんに現実感が喪失していく。さっきまで私に騙されて皆で一緒に食事をしていた。

 それが何故、こんな事に。

 縋るようにアルピナ様を見上げれば、彼女は顔を俯かせ、両の手の平で顔を覆っていた。

 誰のせいで!なんて言う気は毛頭なかった。恨む気持ちもない。彼女とてやりたくなかったに違いないのだから。

 彼は知っている事を口にしただけ。それも善意故に行った行為でしかない。そして自分が疑われる事も分かった上で、何もかも行動していた。そんな人物を何故、捕え、苦しめる事があろうか。

 彼を疑う事を皇帝として選ばざるを得なかった。それがこの国を支えてきた者の使命でもある。惚れた男に騙されるのは構わないとアルピナ様はそう言った。けれど、アルピナ様はただの恋する少女ではいられない。この世界が、彼女に皇帝としての責務を果たさせた。

 なんでも知っている彼に聞けば何でも解決するんだ。なんてそんな恋する乙女でいられるような、そんな甘い幻想はこの世界では通じない。そんな英雄物語なんてこの世界には似合わない。疲弊する国の中で、それでも国を救うために必死だった彼女は、どこかの誰かのために必死だった彼女は、彼の知る事が国にとって必要ならば、如何なる手段を使っても手に入れなければならない。彼の知る事が国にとって不利益となるようであれば如何なる手段を使ってでもその口を塞ぐ必要がある。

 国と個人の間に信頼関係など成り立ちはしない。

 その気持ちを、その判断をした彼女の事を私が理解できるかといえば、理解はできない。だが、あぁして涙を隠す少女の心の内だけは理解できる。

 ごめんなさい、と必死で謝り続ける彼女の胸の内ぐらいは。

 全ては自己の責任。泣く事も、叫ぶ事も許されぬ。泣くならば、叫ぶならば最初からやらなければ良いのだから。けれど、それでも……彼に謝りたいと願う彼女の心ぐらい、奴隷の私にも、分かる。

 でも、彼の心は私には分からなかった。きっと他の誰にも分からないだろう。


「私に、何を期待しているんですか……リオンさん」


『そして、どうか、この大陸の自殺を止めてください。私には、殺す事しかできませんでした。けれど、貴女なら、あの子を泣きやませる事ができると……そう思います』


 その日、人の神様が悲しみに泣いた。

 それはとても、とても小さなもので。きっと気付いた人なんて殆どいない、そんな、けれど……いままでよりもずっと長く、長く続いていた。



第二章 了



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