第11話 オブシディアンの少女
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「面をあげよ。……それで、どういう事か説明してもらおうかのぅ?エリザベート=リヒテンシュタイン」
事が終わり、トラヴァントに帰った私達にアルピナ様が声を掛け、結果……城へと連れて行かれた。説明もなく連れて行かれ、連れて行かれた挙句の果て数日城内に軟禁され、そうして漸くお呼びがかかった。その間、私と先輩でエリザを延々と虐めていたのは秘密でもなんでもない。やっぱりエリザは駄エルフというのが二人の共通見解となったのもまた事実である。
呼び出された先はアルピナ様の執務室ではなく、謁見の間。
赤い絨毯が敷かれ、質素ではあろうが、けれど一見して高級そうな陳列物とそこに立ち並ぶこれまた錚々たる面々に戦々恐々とする。
知らない人が多いが、知っている人も幾人か集められていた。その筆頭としてはディアナ様である。少し顔色が悪いように見える。そんなディアナ様がいる事に先輩は驚いていた。あの引き籠りが呼ばれる程のことなのか?とぼそっと言っていたのが気になった。そして、メイドマスターやヴィクトリア学園長は当然の如くその場におられ、騎士団の副団長なども並んでおられた。そして……場違いな人達としてはいや、元々の謂れからすればいてもおかしくはないのだが、今この場にいるのはいささかおかしい人物……ジェラルドさんとアーデルハイトさんまで並んでいた。アーデルハイトさんは私達を見るに、似合いもしない目礼をする。だが、それに返すわけにもいかず、さてどうしたものかと悩みながら先を進めば、ちょうどメイドマスターの隣だった。
黒い豪奢なマントに同色のフードを被った人がいた。一見して、あぁこの人が噂の……と気付けるぐらいに魔法使い然とした格好だった。フードの中は、目元が仮面で覆われており、顔は見えない。全身を覆うマントからはその体型も分からず。性別も何もかもが不明だった。
そうした人達の間を通り、豪奢な椅子に座るアルピナ様の前に膝をつき、面を挙げよと言われ、言われた直後の発言がそれだった。
皇帝の証たる冠を、小さな冠を載せたその姿は普段見るアルピナ様とは一線を画していた。公式の場故にか帝国印の入った重そうなマントを羽織り、その手には9種の宝石を携えた杖。
そんなアルピナ様に声を掛けられたのはエリザだった。
「どういう事かと問われましても……申し訳ございませんが、私には陛下のご質問の意味が分かりかねます」
慣れない言葉遣いに苦慮しながらエリザがそう返す。
「あぁ、そんなに畏まらなくて結構。内容が内容なだけにこの場に呼んだだけじゃ。ゆえに、お主らも楽にせよ」
と、言われた所で出来るはずもなく。エリザも、先輩と私も揃って膝をついたままである。正直な事を言えば面を上げる事すら許されるとは思っていない。この場で面を上げられるとすれば既に奴隷ではないエリザだけだ。
「全く。お堅い輩じゃの。とはいえ、こちらにも理由があってのぅ。少なくともエリザベート=リヒテンシュタインには起立願いたい」
そのエリザは呼びかけに応え申し訳なさそうに立ちあがる。しなっとしたエルフ耳がいまのエリザの気分を如実に露わしていた。なんだかとっても怖いんですけど……と。
周囲の者達もエルフがこの場にいる事を好ましく思ってはいないのだろう。知人は良いとしても、その他の人たちの視線は厳しいものだ。いや……知人達とて、厳しい表情をしていた。ディアナ様に至っては悪そうだった顔色が更に真っ青と言って良い……真っ青?
「僭越ながら、陛下。今の私はリヒテンシュタインの名を返しておりますので」
恭しく、申し訳なさそうに告げる。そのエリザの言葉に悪戯を思いついた、とばかりにアルピナ様が笑みを浮かべる。
「そうか。それでは、こう呼べば良いのかのぅ?エリザベート姉様と」
「……はい?」
絶句というか、思わず目を見張ったのは私だけではないらしい。先輩もぎょっとして、こちらに視線を送ってくる。いや、知らないですよそんな事という視線を返したりしながら成り行きを待つ。
そもそも言われた本人が一番吃驚しているのだから外野が訳が分からないのも仕方なかろう。
「陛下……仰られる意味が……」
「エリザベート=オブシディアン=トラヴァント。それがお主の本当の名前よなぁ?」
前皇帝陛下の隠し子。オブシディアンの名を持つ少女。それがエリザだって?いや、しかしそれは……?
「まさか、よもやな。エルフとの間に産まれた子とは思わなんだぞ。前皇帝時代のエルフは申し訳ないが完全に差別対象でしかなかったからの。今でもそれが根絶していないのは私の不徳の致すところではあるが、いうなれば……その、いや私の口から出して良い言葉ではないの」
奴隷よりも尚訳が悪い。家畜と交わったのと同じ事だ。
「エルフ属の成長は人よりも遅いというが……お主の年齢を思えばゲルトルード姉様と同年くらいだろうかの?だったら長女かもしれんな。カッカッカ」
あれ、エリザってもしかして結構年上なのだろうか。成長が遅いという話は前に聞いていたがそういえば年齢を聞いた記憶は……ないかもしれない。そうすると、かなり年下の子らから駄エルフ駄エルフ言われていたわけか。可哀そうに。同情にも値しないが……などと戯れた思考をしていても仕方ない。
「陛下……何をおっしゃっておられるのか私には……何か根拠があられるご様子ですけれど……」
「ある。まず間違いなく皇族の血が入っている事を示す証拠がある。ディアナがこれを知っておったとすれば懲罰ものよなぁ?」
かかっと笑うアルピナ様とは対照的に更に顔を青くするディアナ様。顔色が悪かったのはこれが原因か。それも当然。エリザが本当にオブシディアンだとするならば、知らぬとはいえ皇族を奴隷として扱っていたのだ。許される事ではない。
だが……ディアナ様がエリザを買っていなかったら、今のこの瞬間はない。それもまた、事実だろう。
「ジェラルドとアーデルハイトも……知っていたとしたら同罪じゃのぅ」
うぐっと鳴るアーデルハイトさんとこれまた顔の青いジェラルドさん。元騎士団長故に皇族への忠誠心は高いはずだ。知ればそうもなろう。
だが、アルピナ様はころころと笑いながら嬉しそうにしているだけだ。言うほど怒ってもいないし、どちらかといえば喜ばしい事なのだからそうやって部下を虐めて楽しんでいるだけに違いない。
「秘中の秘という奴じゃ。誰も彼もというわけではない。だが、それがある者は必ず皇族の、特に直系の血筋じゃ」
それは……おかしい気もするがそうでもないのだろうか?
直系と傍系を誰が区別するというのだろう。だが、自信満々に告げるアルピナ様もそしてそれを聞いている聴衆も誰もそれに対して疑問に思っていない様子だった。
「天使に見染められたものはいつか天使に連れ去られる」
アルピナ様の口から出た言葉に、エリザがひきつった表情を見せる。
「……母さんの言葉」
覚悟して再び痣を得たとはいえ……当然だろう。産まれてこの方ずっと言われ続け逃げ続け諦めと共に甘受していた言葉なのだから。
「天使の痣。これが刻まれるのは皇族のみじゃよ。エリザベート姉様」
あの時、アルピナ様が驚いたのはだから、か。
そして、そうか……見染めるのは天使で、だから直系だけを狙って……という事は悪魔のみならず、天使まで本当にいるという事の証明でもあるのか。故にアルピナ様は教会に対してあまり良い顔をしていないのかな。親族を殺す宗教を認められるわけもなし。
「私の姉妹。エリザベート姉様を合わせ9名の姉、兄。その中で天使の痣が刻まれたのは……ゲルトルード姉様のみ。そしてゲルトルード姉様はお主のように華奢な割に巨大な剣を振り回しておったのぅ」
はっと声を上げたのは先輩だった。先日聞いたゲルトルード様の話。深窓の令嬢のようであったと、そう告げたのは先輩自身。よもやエリザが、と思っていなかった所為でそれが繋がらなかったに違いないが、華奢な体躯で巨大な剣を振り回せるというのはまさにエリザと同じではないか。
「あ……でも、これはきっとエルフの呪いで……だから、違うんじゃ?」
「発言の許可を」
アーデルハイトさんがいつになく真剣な声で挙手する。
「許可する」
「ありがとうございます。陛下。……エリザベート様。エルフの呪いとは……そのようなものではありません。彼の者達の言う呪いとは、人の世で言う流行り病に過ぎません」
「あれ……え……でも……」
言われ、エリザの言葉が萎んでいく。
「呪いの所為で隔離され売り払われたと言われたエリザベート様に、例え傷つける事になったとしてもお伝えすれば良かったと今になって後悔しております。申し訳ございません。それが出来たのは呪いなどないと分かっている私だけでした……ごめんね……」
それもまた優しさ故の行動だったに違いない。自分が捨てられた原因が村人たちの勘違いで、それももはや取り戻す事の出来ない状況でそれを伝えられたとしても苦しいだけだ。悲しいだけだ。呪いなどではないと説明したとしてもそれを理解してくれるわけがない。わけがないから……エリザは売られたのだ。だったら、そんな事知らない方がましだ。
「でも、でも……私には両親が……」
「であれば母親がトラヴァントにいた事があるというだけじゃの。時勢を思えば出稼ぎにでも来ていたのかもしれんのぅ。あの時代ではそれも大変じゃったろうがの……その折に前皇帝に見初められたという事じゃろうな。ゆえに……それゆえのオブシディアンなのじゃろうか?……ん?」
だからといって家畜と同じ扱いだったエルフに手を出すのだろうか?血の燃える生物の純潔を散らす行為は自身を焼く事に相違ないはずだが……それでもなお、手を出さずにはいられない理由があったのだろうか……私には分からない。分かりたくもない。
母親の不貞を知り、自分が人とエルフの合いの子であり、さらに本当は呪いなんかなくて……それで皇族だなんて突拍子もない話を延々とされて、きっとエリザの頭の中はしっちゃかめっちゃかだろう。表情を見るまでもなく、それが分かった。
「いや、良いか。……さて。今日ここに来ていただいたのはのぅ。エリザベート姉様。出自に思う所はあろうかと思う。それ以外にも色々と思う所もあろうと思う。だが、どうか……どうかこの国を守るために、その力を貸してほしい。皇族として……城にいてほしい」
―――
「なんとまぁ……エリザベートさんが」
「いや、絶対、知っていたでしょ。リオンさん」
エリザは城に軟禁されたので、そういえば、と私は依頼の報告にリオンさんの所へ。先輩はゲルトルード様の所へと顔を出しに行ったらしい。奴隷なのに病床の皇族の所へ行けるというのは何だろう。特別な関係なのだろうか。少し気にはなる。ともあれ、復活したエリザと先輩の二人がいればもはや何の恐怖も恐れもない、とあの後、でかぶつを殺し、依頼を片づけたのだった。その後にお城に連行されたわけである。
「その心は?」
「ゲルトルード様が寝込んでいる原因は、天使の痣による呪いとドラゴンの呪いの合併症だとリオンさんは判断されたから、だと私は考えました」
「はい。それは確かにその通りですね。それで?」
「それで、じゃないですよ。今、自白したじゃないですか。天使の痣の事を知っている時点で」
「なんという誘導尋問でしょう。ま、ウェヌスさんがこんな事聞いたよーといっていましたからねぇ」
……いや、確かにエリザの所で先輩に痣の話をした時には妖精さんは顔を出さなかったけれど、聞いていたのかもしれないけれど……いや、その……ほんとに意思疎通できるのかこの人と妖精さん。そっちの方がびっくりである。
「エリザベートさんにそれがあるのは知っていますし、ゲルトルードさんが同じ様な剣を振り回しているのは見た事も聞いた事もありますしねぇ。人間の体躯でそんな事、普通はできません。何がしかの原因があると考えた方が妥当でしょう。そうと考えれば必然です。それが皇族だけに、というのは……まぁ、蛇の道は蛇といった所で勘弁を」
「あ。それは別に。人の口に戸は立てられませんので。……もしかしてゲルトルード様と知り合いなのですか?」
「知り合いというわけでもありません。学園長さんと確か近い年齢なのですよ。ゲルトルードさんが。で、何度かお見かけしたり、話を聞いたりした程度ですね」
そんな相手でも8年気にしてなかったというのだから……ほんと私が言う事ではないけれど、大概な人である。
「それにしても、エリザベートさんがオブシディアンの少女だとは思いもしませんでしたねぇ。私はてっきり……」
「てっきり?」
「いえ。なんでもありません」
口を紡ぎ、情報料とばかりにカップに飲み物を入れてくれる。この飲み物がまた何かわからない飲み物な辺りが流石である。一体何なのだろうこの飲み物。
「アモリイカを腐らせた後に乾燥させて、それを砕いて粉末状にして作ったお茶です」
「それはもはやお茶でも飲み物でもありません!貴方はお茶を馬鹿にし過ぎです。いえ、全ての料理人に対して何もかもが馬鹿にし過ぎです」
突然の声はテレサ様だった。その給仕姿を見るのもなんだか久しぶりだった。
「案外、まろやかで美味しいですね。この微妙に香る烏賊臭が中々」
「ちょっとカルミナ!?私今止めたつもりだったのだけれど!?」
「あぁ、それはお気遣いありがとうございます。けれど、私テレサ様のお願いはきかないと決めておりますので」
「あーもう。ほんと、私を成仏させる気がないわよねぇカルミナは……酷い子よね」
「えぇ。私は優しくないので。でもそうですね。今さっきお伝えした事ですけど、オブシディアンの謎は解けましたので、それはお伝えします。まぁ、お伝えしなくてもすぐに分かる事ですし特別です」
「ほんと!?それは是非教えて頂戴!」
「えーとエリザベートという……見た事はありません……ね。たぶん。私のお友達のエルフが皇族である事が証明されたんですよ。で、隠し子で皇族と言われたらオブシディアンの少女以外にはいないわけで。それにエルフというと秘められた感が高いじゃないですか。なおさらオブシディアンっぽいといいますか」
「それは流石にはしょりすぎよカルミナ。説明する気ゼロじゃない。……まぁでもエルフというのでしたら。カルミナの言いたいのはこんな感じかしら?エルフさんの親御様が、トラヴァントへ出稼ぎに来て、そこで出会った皇子様と恋仲になって純潔を散らしたというわけね。二人の初めての時にその御子はお体に宿り神の祝福を得たのでしょうか。燃える純潔の火。二人は恋に焼かれ愛に焼かれながらも成し遂げたのね。あぁ、なんてロマンティックなの。その御子を宿したまま村へと帰り、そこで嫌々ながら結婚させられ、その御子を生み育てた。たった一夜限りだけれど愛した男の面影をその子にみながら。そして……愛したエルフが一人去った事を悲しむ皇子。いつしか皇帝となり、彼女への愛を忘れられない皇帝はあの時に子は成されたと信じ、皇剣オブシディアンを作り出した、と。身分違いの恋物語。という感じかしら?」
「……いや、そこまでの詳細は知りませんけれど」
というか適当に考えた割にはそれなりに合っている気がしてびっくりである。
「テレサさんには戯曲作家の才能があるかもしれませんねぇ。是非それで物語を書くのをお勧めしますよ。この店、副業は幾らでも許可しておりますので」
「あらそう。ではそうさせて貰おうかしら。でも……」
「でも?」
「いえ、気の所為かしら。ちょっと自分で言っていて違和感があったわね」
「オブシディアンが秘められた恋を意味するのは、原因と結果が逆です。それの事では?」
リオンさんの言葉に、テレサ様があぁ、と声を大きく上げて納得していた。
「逆……ですか?」
「えぇ。そうね。この国でオブシディアンが秘められた恋を意味するようになったのは皇剣オブシディアンが表に出るようになってから。だから……オブシディアンをその子に名付ける必然性はない、ということね。別にアレキサンドライトでも、セラフィックナイトでも良いわけですし」
「……言われてみればそうですね」
「まぁでもそれこそ些細な事かもしれませんわね。戯曲とするのでしたらむしろ皆が既に知っているイメージを基に作成した方が良いわけですしね!がんばるとしますわっ」
さっそく、と内側に消えていくテレサ様。何気にイノシシ系だなぁと思う。自殺を決めた事といい。
「……未練が増えて何よりです。いやはやしかし……オブシディアンかぁ」
そういえば頭陀袋に入れたままで許可すら取ってなかったなぁ、と思い取り出し。カウンターへ置く。
「オブシディアン……ですか。なるほど。あそこですね」
「はい。例のあそこです。ほんと黒いだけの石ころですよねぇ。……オブシディアンといえば、例の依頼どうなるのかなぁ。既にオブシディアンの少女は見つかったわけだし……」
「あぁ、皇族が探していたかもしれないという?」
「はい。それですそれ。結局、エリザの母親さんに送るつもりだったのですかね。皇帝さんが」
「そういう事になるのでしょうね……」
「今度依頼主に確認してみます。しかし……これどうしましょう?リオンさん食べます?」
「んー。私には宝石を齧る趣味はないですねぇ。料理に使えない事もないんですけれど。……あぁ。ちょうど良いのかもしれませんね。それ、譲っていただけます?この間のお詫びも兼ねて娘に良い物を作らせますので」
「譲るのは構いませんが、一応許可は取らないといけないみたいなので、その後になりますけど……って譲渡ってできるんですかね、これ?……しかし、良い物ですか?」
「良いものです。それは楽しみにしておいてください。……んー。譲渡よりも最初から私が取ってきたとした方がよさそうですね。ま。とはいえ今更な気はしますね。オブシディアンの少女が見つかったわけで、今まで集めていたものもばら撒くんじゃないですかね?即位記念ということで」
「あーありそうですねぇ。しかし、エリザは受けるんですかねぇ。アルピナ様の要請を」
「受けるのでは?というか受けざるを得ないと思いますよ。時勢的にも。エルフの村に戻る事もできない彼女の立場的にも。そのあたりはアルピナちゃんも強かです。エリザベートさんは既に公的には奴隷ではないですし、それに……貴方の事を思えば……皇族側に席を置いた方が色々便宜は図れるでしょうし?」
「そんな打算的な……」
というか私のためというのはやめてほしい。が、けれど、先輩のいうような皇族の気質を思えば、あり得るかもしれない。
「うーん……うーん」
「ま。考えてもはじまりませんし。始める事ができる事をやりましょうかね。即位記念にもう一つおまけを追加させるといいますか」
ゲルトルード様の復帰、と。