第9話 不幸を招く幸運の少女
9.
「カルミー、ひとつ聞く。あれは本当に人か?」
「かなり規格外な気はしますが人でしょう?」
「見た目の話じゃない。人間があんな魔法を使えるとでも?」
「使えてたわけですし……使えるんじゃないですか?アルピナ様でも松明にも満たない程度でしたけど、アーデルハイトさんはもうちょっとすごかったので、使える人も中にはいるんでは……?ほらなんでしたっけ、えーとマジックマスター?とかいうのかもしれませんよ実はあの人」
風に乗ってというと格好良いが、風に飛ばされた私達二人は私が落ちる前の場所へとたどり着いた。いや、正確には崩壊した元の場所ではあるが。加えて言うならば、今飛ばされてきた穴が、一緒に舞い上がった土やら白骨やら何やらで埋められた場所とも言う。
「マジックマスターは男だって聞いているけどな。性悪メイドの妄想かもしれんけど。………ともあれ、今はそれで納得しておくとしよう。カルミーがどうとも思わないみたいだしね。で、カルミーの知り合いみたかったけど」
幾分か良く分からない台詞だった。私の一存で何が決まるというのだろう。
「私の知り合いというか、リオンさんの娘さんというか」
「また、店長かよっ。やっぱあいつ刻んだ方がいいんじゃないの?」
悪態をつく先輩というのもまた珍しい。そんな悪態を聞きながら、震える体と痛む体を引き摺って洞穴の中を行く。戻れぬ場所に、得られなかった物への未練など持っている暇はない。先へ、先へと進み続けなければ死に絶える生き物の様にただ先へと。ただ、一人ではない。行きとは違い、一人ではない。それだけがそんな生き物とは違う所なのだろう。やはりどこか私は安心していた。
「ゲルトルード様が治ったら覚えておけよ……」
希望を謳う。先輩の希望とは夢とはこれなのだろう。
「さしあたっては何でしたっけ?卑猥ワーム捕まえてから帰りますか?」
「それも是。だが、カルミーの体調が悪すぎるからね。無理はしない。それに……こっそり水は確保したみたいだから依頼の一つは完了しているだろう?欲張る事に意味はないよ」
だったら、戻ろう。
どちらともなく、道を行く。今にも倒れてしまいそうな私の代わりに先輩が周囲の警戒をしてくれている。何もかもが見えている先輩が、警戒してくれる事ほど楽な物はない。私の警戒なんてそれこそ塵芥にしかならないのだから。
「言ったら悪いですけど、便利ですよね」
「はんっ。使える物は寝ている親でも使えってね。私に気を使うなよカルミー。気色悪いだけだぞ。罵られるのが好きだってんなら構わないけれど」
「じゃあ不躾に。不便な事とか無いんですかそれ?」
「老若男女、身分問わず狙われるのだけは不便だわねぇ……」
「取って何するんですか!?」
「さぁな。人間の目なんざ取り外し効くわけないのになぁ。頭の悪い奴らの考えは良くわからない。もしかしてエルフみたいなのと同じだと思ってんのかね?さすがにエルフだって目は無理だろ……」
「あー義手とか義足とかエルフだと元通りになるぐらいに何かうまいこといくみたいですしねぇ。とりあえず、私は狙わないので安心してください」
「同じセリフを言った奴隷が何人いたことか」
「過去形ですね」
「頭と体を切り離して生きてりゃ現在形にしても良いけどなぁ。……いやはや、他にも噂を聞きつけた乞食の子供達とかに狙わるとか色々よ。ほんと人生ままならない。もっとも、そっちは刻んで家畜の餌にしてあげたけど」
そう言って先輩が肩を竦める。
人に歴史あり。
先輩が心休まるのはむしろ外ではなく、洞穴内だけなのではなかろうか、なんて思ってしまう。生存本能により、餌として狙われる事と殺意を持って命を狙われる事を比較すれば前者の方がだいぶましだ。だから、人を寄せ付けないような発言ばかりするのだろうか。
「でも、カルミーに関しては安心しているわ」
「……誰にも彼にも狙われている人の台詞じゃありませんねぇ。私だっていつ何時先輩を狙うか分かりませんよ?」
苦笑する。言っては見たもののそんな事をする気は毛頭ない。
「はんっ。そういう態度取るなら言ってあげるわ。貴方はお人よしが過ぎる。それこそドラゴンを前にしても先陣を切れそうな程にね。………いえ、ここはこちらの理由にするわ。貴方も忌避される側の人間だから、と」
「いや、そんなしたり顔で言われても……」
「理解できないのか理解するつもりがないのか、理解したくないのかわからないけれど、でも間違いなく。間違いなく貴方はこの国では忌避される対象よ」
「えーと、もしかして髪の色ですかね?」
「もしかしなくてもそうね。分かっていて聞くのは感心しないわよ。カルミー」
と、言われても皆目見当がつかない。たかだか髪の色が黒いからといって……あぁ、オブシディアンか。と先輩から貰った宝石っぽくない宝石を取り出す。
「たかが髪の一つで……」
「たかが目の一つで……よ」
「いやいや全然違うじゃないですか。先輩の目の価値と私の髪の価値なんてそんなもの」
「そうね。私の目は神の作り出した瞳……らしいわね。噂によると。ゆえに宗教屋でも狙ってくる。でも、私にとってはただの目よ。貴方の髪の方が価値はあると思うわ。でも、そんなものよ。人の作り出す価値観なんて」
主観の問題だ、と。そう言いたいらしい。でも、主観故に私はそれに納得できないが。
「実益があろうとなかろうと。貴方は黒い髪として産まれた。故にこの時代、この街では忌避される。残念だったわね。カルミー。命狙われないように気をつけなさいな」
「……いやいや、そんな……馬鹿な」
「思い当たる事はあると思うけどねぇ。気付いてないだけか。気付きたくないだけか。……だったら意地の悪い先輩が教えてあげるわよ。噂ってのは怖いわねぇカルミー」
苦笑と共に告げる。
「周囲に不幸を振りまく幸運の少女。災厄の化身。黒い悪魔。関るもの全てを不幸へと至らせ、けれど自身は常に幸運の下に。黒夜叉姫様だっけ?おめでとう。リヒテンシュタインの名もなしにここまで忌避される二つ名を頂くなんて名誉よねぇ?」
「うへ……なんですかその恥ずかしい名前。白夜姫様とコンビっぽいのが救いですけれど!」
正直、聞いていて恥ずかしい。先輩も言ったのは良いものの、なんとも言えない表情になっていた。
しかし……そう捉えられていてもおかしくはないのかもしれない。エリザのことしかり、森のことしかり、卵のことしかり、テレサ様のことしかり、その後のドラゴン討伐のことしかり……。全員が全員不幸になっているとは思いたくはないが、けれど傍から見たらそう捉えられるのだ。それが……そんな呼び名の由縁だろう。
「ま。可哀そうな事に同じ穴の狢なわけよ。女だけに。貴方と私は。だから、私がカルミーを本気で害す事がないように、貴方も本気で私を害す事はない」
「それも良く分からない理由ですが……とりあえず、女だけに、は余計です先輩。下品ですよ。悪態のセンス悪くなったんじゃないですか?」
「これだから生娘はっ!」
「経験豊富そうに見えて実は単なる耳年増な蜘蛛の巣でも張ってそうな生娘に言われたくはないですねっ!」
やいのやいの。
そんな事を言いあいながら、出会った化物を殺し、時には喰らい、地上へと。
―――
地上へと帰り。二日ぶりになる陽光を味わい先輩に連れられて医者の下へと行き、手当を受けてから宿屋へ行き。エリザがいない……と思い、とりあえず先輩と一緒に市場に向かい、最後にやってきのはリオンさんのお店である。
「あ……」
エリザが……いた。地下にあるこの店に一人で入ってこられたエリザがいた。車椅子に乗る事なく、自分の足で、自分の腕でこの場まで彼女は来られたのだ。
「エリザ……動けるようになったんだ。……間に合わなくてごめんね」
「まだちょっと調子は悪いのですけどね。いえ、私のことは良いの。カルミナこそ良く、ご無事で。良かった……本当に良かった」
安堵の涙がエリザの瞳から流れ出る。
「はい、はい。感動の対面は後で好き勝手やって頂戴」
「姉さん!?……あ……ありがとう。姉さん。カルミナを助けてくれて」
「何その気持ち悪い台詞。この駄エルフ。気色悪いから普段通り口閉じてなさい。どうせ脳みそまで筋肉なのだから喋るだけ恥を晒すわよ。それに今はそこの店長に用があるのよ。黙ってなさいな」
そんな先輩の発言にしゅん、とするエリザがちょっと可愛い。
少し緩めの長い袖、長いズボンを履いているエリザは一見して義手、義足であるとは分からない。知らない人が見れば普通に見える。もっとも、袖をめくり、ズボンを脱いでも接合部が見えるぐらいだろう。精々、眼帯をつけているせいで、怪我で目をやってしまったのだな、ぐらいの印象だろう。それぐらい、元通りだった。
良かった、と心から思う。完全とはいえないけれど、元に戻ったエリザを見られて、とても……嬉しい。
「カルミーも緩んだ顔してないでさっさと持ってきなさい」
「あ、はい」
エリザの横に座り、頭陀袋の中から例の水を入れた袋を取り出し、カウンターへと置く。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
私たちの再会をよかったですねぇと生温かく見つめていた猫のような寝ぐせの髪が相変わらずのリオンさんが店主らしく口にする。
次いで、その隣で給仕姿をしていた妖精さんを見つけた先輩がちょいちょいと指で妖精さんを招き、おやつを与えていた。いや、先輩。リオンさんに話があるって言った傍から何しているんですか。そしてふと気付けばテレサ様がおられない。奥におられるのだろうか?それともエリザには見えないらしいので気を使って引っこんでいるのだろうか?
そんな事を考えている間にリオンさんが袋の中から水を全てコップへと。そして、コップに入れた水はそのまま袋に僅か残った水滴一つを指先に。そして口元へと。ちろりと小さな舌で舐め取る。その仕草はやはり猫のようだなぁなどとそんな感慨を浮かばせ、浮かばせている間にリオンさんが眉を潜めた。
「これはまた……なんともはや。濃い死気を蓄えているこれは……良くご無事でしたね」
「……舐めただけで分かる物なのですか?」
そう質問をすると、先輩も興味が出たのか妖精さんから目を離し、一挙手も見逃さないとその何もかもを見通す瞳をリオンさんに向けていた。薄暗いこの店でも、先輩にはリオンさんがはっきりと、その表情筋一つまで見えるに違いない。
「料理人ですからね!」
「いやいや。私も飲みましたけどただの水としか思えませんでしたよ」
先輩もうんうんと頷いており、エリザはカヤの外が寂しいらしく話を聞きながらも先輩の代わりに妖精さんと遊んでいた。
「どう説明すればご納得頂けるかは分からないのですが、そうですねぇ……。硬度と説明しても意味がないですし……そうですね。時折飲む機会があるからとお答えすれば良いのでしょうかね。義娘がまたご迷惑を掛けたのではないかと……」
「そこまで、分かるものですか」
「えぇ。伊達に年は取っていませんよ」
はっはっは、と若い顔が笑う。これでヴィクトリア団長より年上だというのだから分からない。それこそ女の敵ともいえる特殊体質なのだと説明された方が分かりは良い。
ともあれ、隠しても仕方がない、とリオンさんが気を抜きながら
「って。お二方にとっては笑い事ではないですね。やっぱりご迷惑を掛けてしまいましたか。……あそこにはあの子の母親が眠っておりますので……普段から愛想はないのですが、あの場ではさらに愛想がないといいますか……いやはや面目次第も御座いません。詫びはさせて頂きますのでご容赦のほど」
「そんな事はどうでも良いわ。それよりも店長さん?貴方、あの場所を前から知っていたと、そう言ったのだけれど?」
先輩が口を挟む。空気は瞬間的に険呑なものへと。返答次第によっては首から上がなくなると言わんばかりの。
「そうですが、それが何か?」
だが、泰然。彼にとってそれこそどうでも良い事だと言わんばかりに。そう告げる。瞬間、険呑な空気を発生させていた先輩すらも呆然とする程にあっけらかんと。
「未発見領域よ」
「公的には、当然、そうでしょうね。誰かがあそこに至ったとは聞いた事が御座いません」
「帝国臣民には報告の義務があるはずなのだけれどね。…………埒があかないわね。貴方はあそこがどこにあるのか分かるのかしら?」
「墓と呼んではおりますが、どこにあるのやら。位置関係は良く分かりませんが、地図には描いてある所からかなり離れた場所ですし。皆さんの言う第二階層の奥とか第三階層の近くとかでは?」
その言葉に息を呑む音がする。
エリザや先輩、洞穴に詳しい二人が絶句していた。私だけがその場の恐ろしさを知らない故に、無知ゆえにリオンさんってそっち方面でも凄いのか、と呆と考える。が、二人の様子を見る限り、それはあり得ない事のようだった。あの悠々自適に洞穴を闊歩できる先輩ですらそんな風になる場所というのは一体全体どんな場所だというのだ。周囲がすべて溶岩で出来ていて、ドラゴン塗れだとでもいうのだろうか。いや、先輩だからこそ見え過ぎているからこそ恐れを抱くのだろうか。未知よりも怖い既知とは……。
「馬鹿なっ!馬鹿にするのも大概にしなさいよ、店長。仮にそれが本当だとして……いえ、確かに貴方の娘があの場にいた。だったらそれは事実。……撤回する。貴方のその発言は認めるわ。でも、事実ならば、…………貴方何者なの?答えなさい」
「何者と言われてもしがないゲテモノ料理店の店主ですけど……ウェヌスさん、私、何か怒られるような発言しましたか?」
その声に妖精さんが首を傾げる。そうでもないんじゃないの?と。それがまた先輩を苛立たせているようだった。が、けれどリオンさんはそれに全く動じていなかった。あの恐ろしい娘さんを見ていれば先輩の殺気などどこ吹く風になるのだろうか?
「実際、どこ?と聞かれても……食材調達に普段通り行っているだけというか。ちなみにカルミナさん達はどうやって行かれたんです?」
「地震で壊れた穴に落ちて、落ちた先があそこでした」
告げる私に、リオンさんがあーなるほどなーと頭をぽりぽりと掻き、エリザはエリザでまた落ちたの?カルミナ……と可哀そうな子を見るような視線を向ける。ついで、妖精さんが良い子良い子と私の頭を撫でに飛んできた。
「それはまた災難でしたね。事前準備なしで行くと大変でしょう。あの臭いは……お腹は空いてませんか?」
「空いてはいますけど……先に先輩の質問に答えてあげてくれると嬉しいです。険呑な空気の中で食事できるほどの豪胆さは持っていませんので」
苦笑された。
「答えと言われましても、どこをどう見たら私が強い人に思えます?体力だけはそれなりにありますが、単に逃げ足が早いだけですよ。あとは慣れですかね」
「逃げ足の早さなら私の方が早いと、自負しているけれどね?」
それはそうだろう。先輩は見えているのだから。
「餌で釣って道を作ってその間に、というのは良くやっています。といいますかそれがなかったら生きてられませんから私」
ゲテモノ料理はゲテモノ相手に喰わせるために考えられたのかと私は少し納得した。だからあんな見た目が悪いのかもしれない。見た目の悪い気色悪い生命体の美的感覚からするとあのグロテスクさはきっと……美的なのだろう。
「……はんっ。それだけで行けるわけがない……けれど。まぁ、良いわ。納得できない事は多々あれど、現に貴方はそうやって生きてきた。だから今の貴方がここにいる。結果が全てだとそう思いましょう。けれど、覚えておきなさい。その能面いつか剥がしてやるわ」
「荒事がある時は大概、ウェヌスさんと娘に任せていますからねぇ。……なので、剥がすものも特にないといいますか」
ねぇ?とリオンさんが妖精さんに声を掛け、掛けられた妖精さんはうんうんと頷いていた。
「ともあれ。依頼品の水に関しては受領いたしました。これ以上ないと言って良い品質のものです。ありがとうございました。あと残り二つの方、よろしくお願いしますね」
「あ。その二つの方の片方ですけど……市場に売っていたので買ってきました。先輩が」
頭陀袋を開き、先輩曰くの卑猥な形のワームを取り出す。店に来る途中に寄った市場にたまたま置いてあった。卑猥な形の突端についた歯。血に塗れ、肉がこびり付いたそのなんとかワームを値段も気にせず先輩が購入する。洞穴に潜っている暇があるならさっさとゲルトルード様を助けたいという事なのだろうけれど、赤字な気が……。けれど、先輩は先輩で流石黒夜叉様だなと嬉しそうに呟いていたのだった。この件では誰も不幸になってないんですが……いや、赤字で先輩の懐がというのはあるかもしれないけど。もっとも、先輩の懐はかなり広いですよね、と。
「おや。市場に出ておりましたか。それは珍しい事ですねぇ。いやはやこんなもの何に使うんでしょうかね?」
お前が言うな、という台詞を噛み殺したのはきっと私だけじゃないはずだ。
「だとすると、後は……」
「はい。次の天気の良い日にでも皆を誘って行ってこようかと。エリザも行くよね?リハビリがてらに」
「えっと……カルミナ。流石にいきなり言われてもどこか分からないのだけれど」
「前にアルピナ様と一緒に依頼を受けて行った所」
「あぁ、あの堤防ですか……はい。あそこでしたらご一緒させていただきます。けど……まだ巧く歩けませんので邪魔になるかもしれませんよ」
「大丈夫。今回は先輩も一緒に来てくれるから」
「姉さんが……?」
「ふんっ。気紛れだよ気紛れ。駄目な後輩と駄エルフが二人だけじゃ心配なんでね」
「ありがとうございます。姉さん」
その言葉に再度、ふんっと顔を逸らし、逸らしたかと思えば、戻ってきた。
「そうだ。店長。これを聞くのを忘れていた」
「はい?何でしょう?」
「ゲルトルード様の御容態について、だ。店長には、ゲルトルード様が何故あのような状態になっておられるか分かるのか?治るのか?ゲルトルード様は……その、間に合うのか?」
さっきとは打って変わって殊勝な態度だった。リオンさんもちょっと驚いているよう印象だ。だが、次の瞬間には温和な表情になっていた。リオンさんには幼子が親に懇願するようにさえ感じたのかもしれない。だから、子供に説明するような、優しげな口調で、優しい表情でリオンさんは口を開く。
「危険な状況ではありますが、大丈夫です。そのためにカルミナさんにお願いしているのですから。貴方ご自身も手伝っておられるのです。間に合いますよ」
「原因は何なの?ドラゴンの呪いだけならばアルピナ様のように動けはしたはずだろ?アルピナ様のようにドラゴンの血を糧に。だったら、それ以外に何かが。それが分からなかったから8年もの間、あの方は……だんだんと弱くなっていくあの方を見るのは……もう」
エリザも目を見張っていた。先輩が他人の前でこんな弱い姿を見せるなんて、と。私も同じく、そう思う。けれど、だからこそ先輩にとってどれほどゲルトルード様が大事な方なのかというのが分かる。それだけを希望として生きてきたとそう言わんばかりだ。それだけを希望にして奴隷であり続けたと言わんばかりに。
「原因に関しては分かっております。が、申し訳ありませんがこの場ではお答えできません。……けれど、ご安心してください。あの状態からでも一切合財なかった事になるぐらいに元気になれる料理を作り上げて見せますのでっ!それが料理人としての私に課せられた使命でもあります。お客様の満足が私の満足になるのですっ!」
ぐっとリオンさんが拳を握る。ほんと、料理に関しては熱が籠る人だった。ゲテモノ料理だけれど。
「もっとも……覚悟は必要ですけれどね」
対照的にその声は小さく、呟きのようで、だから先輩も私も聞き逃してしまった。
ただ、それは……それはきっと私達ではなく、隣にいたエリザへ伝えたかった事なのかもしれないと、そんな風に思えた。だって、お答えできないと口にした時、リオンさんの視線がエリザの方に流れていたから。
「……まさか、ね?」