第8話 洞穴語り
8.
「良くもまぁあんなもの喰えるわね、カルミー」
「誰のせいだと」
「お前だろ」
「確かに。空腹なのがいけないんです。えぇ。空腹なのが……」
うん。確かに自業自得である。そして先輩は先輩で相変わらず口調が良くぶれる人だった。
松明に照らされる先輩はやはり真っ赤だった。その綺麗な白髪も化物の返り血を吸いどす黒く染まっている。ちなみに松明は先輩が持ってきた……というよりも拾ってきてくれていた私の荷物の中にあったものだ。むしろその散乱した荷物のおかげで私のいる場所が分かったとか。
「いや、ほんともう死んでるかと思ってたんだけどね……日にちの感覚なんかないわよね?お前が洞穴に潜ってから2日は経ってるのよ」
それはお腹が空いても仕方がない。だからあんなスライミーな爬虫類を延々と食べてしまったんだと思う。えぇ。寝ずに2日も空腹で過ごしていたならそんなものを食べても仕方ない。
「そんなにですか……。それは流石に死んだと思われても仕方ないですよね。というか、先輩が来なかったら後ちょっとで死んでたと思いますけどね。襲われそうになってたわけですし」
「はんっ。足切り落としてまで逃げようとした奴がそんな簡単に死ぬかっての。逆に喰い殺してやるなんて感じだったくせに。あとな。襲われそうになったのは私であってお前じゃねぇよ。2日間放置してた奴を手ずから殺すかよ。ほら蜘蛛とかあれと同じだよ。捕らわれたものを放置して死ぬまで待つって奴」
「……あーやっぱりそういう習性なんですか」
「虫けらと同じの畜生染みた奴らだよ。で。ほら、これがあれの腹の中で出来た宝石」
手渡されたそれは黒い石としか表現できない代物だった。
「これが……こんなただの石ころみたいなのがオブシディアン……聞いてはいましたけどほんとにただの石ころっぽいんですね」
「一応分類としては宝石だけどね。研磨したりすると多少光るけど、原石だとこんなもんだわ。ま。記念品としてもらっておけばいいじゃないの?黒髪の貴方にはきっと似合うわよ」
「呪いの宝石が?」
「はんっ」
これ見よがしに肩を竦める。
先輩のその仕草に苦笑する。臣民の希望が私に似合うなんて、何言ってるんですか先輩。なんて、そんな本音を口にする事はきっとないだろう。まったく、絶望の巣で私には希望が似合うなんて……なんて口説き文句なんだろうか。まったく……格好良い先輩だ。
「一応言っとくけど、オブシディアンは国が管轄しているから手元に置いときたかったらちゃんと申請しておきなさいよ?」
「了解です。そういえば先輩……2つほど質問が」
「断る」
「あ。いや、3つですね」
「増やすなよ、馬鹿」
「馬鹿なので面倒見の良い優しい先輩に聞きたいんですが、えっとまずはこの足元の骨。どうにか取り出せませんかね?」
実はまだ足は埋まったままである。
「あん?あぁ……自分で崩してけばいいでしょ?視界があれば大したものじゃないんだし。なんでもかんでも頼るのはやめなさいよ後輩」
「足は自力脱出を図りますが、この骨……きっとドラゴンの骨なんじゃないかなぁと思いまして。一部、ほらその辺です。埋まってる所を掘り出すのを手伝って欲しいというか」
「ドラゴンの……ねぇ。まぁ、そうでもなけりゃディアナの包丁で壊せないことはないか。なるほどね。カルミー。運が良いと言ってやろう」
「ありがとうございます。まぁ先輩がこの場に来てくれたという事に関してはほんと、運が良かったと思いますけどね」
「いえ、それは運じゃないわ。元より私はお前を探しに来たのだからね。地震で崩れたとはいえ、1日ってのはかかり過ぎたけど、見つかってよかったわ」
反射的に口を開いた先輩の言葉は、それは、極めて優しい声音だった。
戯言ばかりの先輩の本心から出た言葉だったのだろう。先輩が言ってからしまったなと表情を歪めた程だったのだから。
「なんですか先輩、らしくもなく気持ち悪い発言ですけど」
「あん!?あぁ……いえ、まぁ良いわ。探しに来たのは本当。理由は貴方じゃないけど」
「何ですかそのお前はついでです、みたいな発言」
「事実、ついでなのだから仕方ないでしょう。事のついでだわ。お前が受けている依頼、私も協力したいってだけだし」
「うわ、さらに何ですかそれ。先輩、なんか急に寒気が……」
「カルミー……やっぱり切り刻まれたいの?折角切り落とさなくてよかったその足、切り落とされたいの?」
「いえ。結構です。でも、先輩らしくないというか……いつもの傲岸不遜さが足りないというか」
そんな憎まれ口に、先輩は、きょとんとした表情をし、考えるような仕草をした後に、一言。
「あー…………カルミー。そんなに寂しかったの?」
見透かされるというのはこういう事を言うのだろうか。けれど、そういう事は言わないで欲しい。
洞穴の中で死臭を纏い2日間、死に瀕し続ける。いつ何に襲われるとも分からず心削られていれば……私だとて、一人が寂しいと思う事は……ある。
「……何、言ってるんですか先輩」
ふてくされた表情で返し、ついと視線を逸らす。
「まぁ……いくらでも言ってくれていいわよ。先輩ってのはそういうもんだし」
「なんか妙に優しくて気持ち悪い……何これ」
「私には泣いた子を虐める趣味はないから。……で、他の質問ってのは?」
「……ひとつはなくなりました。先輩がいる理由が知りたかったので」
「カルミーがもうちょっと早く私に依頼内容を言ってくれれば、最初からこんな事にもならなかったんだけどね。……ゲルトルード様を救うためというのならば、私が手伝わないわけがない」
意外な言葉が意外な人物の口から出てきた。
一瞬、呆とする。
先輩が誰かを救おうとするなんて……いや、根は優しい人だからきっと誰も彼も救っている気はするけれども……でも、優しい表情で照れ隠しもなく汚い言葉を使わずに誰かを表現するなんて思ってもみなかった。時と場所を選んで話す人ではあるけれど、今この場でそんな風に誰かを表現するなんて……意外にもほどがあった。
「……あの方だけは特別。だから、救える手立てがあるならば藁すら掴むわよ、私は。汚物に塗れ、毒に塗れた藁でもね」
悪態もつかずただ誰かに知っておいて欲しいとばかりに先輩が語る。
「依頼内容を聞いた感じだと第二階層に近いものもあったみたいだから。カルミーひとりじゃ難しいだろうと思って待ってたら、帰ってこないし、来てみたら地震で道が変わってるしで、どうせカルミーの事だから落ちたんだろうなんて思ってみれば、予想通りだし……」
「先輩、愚痴言いたいだけですか?」
「いいえ、カルミーの運の良さを指摘したいだけ。ここ……未発見領域」
「……?」
「地図は持ってるんでしょう?こんな骨だらけの場所のことなんて描いてないでしょ?」
「そういえば、そうですね」
「軽いなぁ、おい。まぁ膜破って少しだしそんなもん……なのか?いや、カルミーがおかしいだけか?一応、言っておくと悪魔が出てくるのは第二階層ね。まぁそれでもめったに見る事はないんだけれど」
「だったらここって第二階層ってことですか?」
「まぁ階層の分類は曖昧な所もあるんだが……だろうとは思うわ。ドラゴンの骨とかがあるなら尚更そうよ。骨塗れの道を降りてきた時の高さを考えると……実際どうなんだろうなぁ。もっと下とかもありえるのか?……いや、それは流石に無いか。第三階層なんて未知領域の事は分からないし……後日ここの調査が行われればそれも分かるか」
まぁともかく、名誉おめでとう。というとても嫌みったらしい発言をいただき、あぁ、またそういう……という悲しい現実に打ちのめされる。
「……ままなりませんねぇ」
「はんっ」
鼻で笑われ、ついで松明の明かりを頼りに足を覆う骨を動かしにかかる。一本一本取り外していけばほんと、簡単な作業だ。目に見えない、分からないという事はやはり恐ろしい。知識不足を言い訳にするなというのはまさにその通りで。
「あとひとつは?」
手伝ってくれる気はないらしいが、代わりにと周囲の警戒をしながら先輩が聞いてくる。
「先輩、どうやってここまで来たんですか?いえ、違いますね。なんで火の光もなしに動けるんですか?」
それが一番、疑問だった。
人は、光がなければ、闇の中を歩く事はできない。何の明かりも持たずに洞穴内を歩む事何て出来はしない。死にたいなら目隠しして入ってくれば良い。ものの数分でこの世からさようならだ。だからこそ闇は恐れられるのだ。未知であるからこそ人は恐れ、恐れて絶望し、人が死ぬのだ。それゆえに、自殺志願者などと揶揄され、自殺洞穴などと言われているのだ。
「まだ分かんないの?あの店長は一発で分かったってのに」
「あー……そういえば何か前に言ってましたねぇ。あの時は確か……そうだ。目を指刺してましたっけ?」
「そんな細かいこと良く覚えてるわね。そっちの方が感心するわよ……ま。それが答えよ」
「いえ、そんなしたり顔でそれが答えよ、と言われてもさっぱり分からないんですが……」
「分かれよ、馬鹿」
無茶な話である。それで分かるのならあの時に分かっているという話である。
とはいえ、考えられるとするならば……先輩の目が特殊だから暗闇の中も歩けるって事だろうか?
「先天的……いや、後天的?まぁ、生まれてこの方、私には暗闇という概念が存在しない。むしろ日の光がある世界の方が見辛いのよ、私にとってはね」
だから、二人で森に出来た洞穴の中で松明役だった私を置いていくぐらいの速さで進めたのか。だから、私なんかの50倍も高い値段をつけられていたのだろうか。だから、あのギルドのなんとかさんが言っていた白夜姫。夜を自由に見通す事ができる者という意味で白夜姫などという二つ名になったのだろうか。
でも、けれどそれは本当に人の目なのだろうか?私に分からない事は数多く存在する。魔法しかり、洞穴しかり、けれど……それでも人間の目がそんな機能を持つとはとてもじゃないが思えない。一体何があればそんな事ができるような目になるんだろうか。でも、きっと先輩に聞いても分からないのではないかと思う。博識な先輩が説明に窮しているのはその所為だろう。
「普通の人達の視界がどんなものかは分からない。けれど、私にとってここは閉塞感があるだけで外と変わらない。そんな世界。だから、私にとってここは庭のようなものなのよ」
故に、序列一位である、と。そう付け足して、先輩は笑っていた。
人を喰らい殺す自殺洞穴を庭と言ってのける先輩は、そんな先輩の姿は、どこか悲しそうで……。らしくないとそう思った。いや、私が先輩についてどれほどの事を知っているというのか。理解した気にはなれるだろう。けれど、そんな同情にもならない同情を貰った所で嬉しくもないだろう。
「それだと見なくて良い物まで見えてしまいそうで嫌ですねぇ……。あぁもしかしてリオンさんが先輩も幽霊が見えると思うけど私とはなんか違うとか言っていたのは目の所為ですかね?」
「何その反応。ま、そうね。その通りよ。見たい物も見たくない物も全部お見通し。今だって正直、あんまり見たい景色ではないわね。見渡す限り白骨死体ってのはさすがに色気も何もあったもんじゃないわ」
他人と違うという事は、特別なことだけれど、でもだからといってそれが必ずしも良い事ばかりじゃない。
きっと普通であれば今より幾分か幸せだったに違いない。普通に生きて普通に死ねるなら一番良いだろう。けれど、先輩はそうではなかったから、だから、売られ、売られた先で特筆すべき評価を得てしまった。覆すことのできぬ評価を得てしまい、もはや降りられぬ高嶺へと至ったのだろう。その頂を孤独というのだろうか。
「色気って……白骨に何を期待してるんですか。もっとも全部に肉がついてても気持ち悪いと思いますよ?……まぁいいんですけど。じゃあ次の質問ですけど」
「増やすなよ、馬鹿」
「話をしていると話題が増えていくのは世の常だと思うので良いじゃないですか。寂しがり屋の私の相手をしてくれるってことですし追加の1つや2つぐらいで愚痴愚痴言わないで下さいよ」
「まったく……」
肩を竦めるその仕草が妙に似合っていて、自然、笑みがこぼれる。ほんと、優しい先輩だ。だから、そんな先輩を一人で頂に居させるわけにはいかないじゃないか。ちょっと特殊な眼を持っているからって変に特別扱いなんかしてやるもんか。私は先輩みたいに優しくなんてない。
「何で先輩ってころころ口調が変わるんですかね?」
「今それ聞くところ?ってこれ前にも言ったわね。カルミーって意外としつこい性格ね。……まぁ、それは気にしないでちょうだい、カルミー。説明しても良いのだけれど、正直面倒だし、貴方じゃ理解できないわ」
「酷い。いやまぁ確かに頭悪いですけど……っと、漸く足脱出」
「そういう事じゃねぇよ……」
「あ、また変わった」
「黙れ、寂しがり屋」
会話をしている間にも骨を移動したりなんだったりしながら足の抜き取り作業は続けていた。それが漸く功を奏した。ゆっくりと足を引き摺り出してみれば、一見して血塗れではあったが、血はすでに乾き、瘡蓋が形成されていた。痛みの原因は打撲といった所だろうか。折れていないのがありがたい。
先輩が拾って来てくれた荷物の中から水と包帯を取り出し、洗浄し、包帯を巻きつける。ついで周辺から水を補充し、飲料水確保ついでにそれこそついでとばかりにリオンさんからの依頼をこなす。
そんな作業をしている間も先輩は周囲を警戒していてくれた。
応急手当が終わり、痛みは伴うが動ける、という段になって漸く先輩が口を開く。
「とりあえず掘り出すか」
二人で邪魔な骨を一本一本動かすその様は、泥で遊ぶ子供達のようで、なんだかとってもこの場所に似つかわしくない情景だった。そんな情景も先輩にはとても鮮明に見えるのだと思えば、少し、羨ましくはある。
「で。先輩……」
「なんだね、後輩」
「いい加減名前を……」
「さぁ?知らない。ゲルトルード様にでも聞いて頂戴」
「……はぁ。じゃあ、ゲルトルード様が助かるのを楽しみにしておきます。で、そのゲルトルード様ってどういう方なんですか?私は良く知らないんですけど」
瞬間、音もなく腰元から刀が抜かれ、私の首元に添えられた。
「あぁ、すまん。カルミー。反射的にぶった切る所だったよ」
「……怖い先輩ですね」
「そうさ。怖い先輩だよ、私は」
鼻を鳴らし、刀を鞘へと戻し再び骨を掘る。
「……ゲルトルード様か。生真面目、潔癖、責任感の塊。見た目は絵に描いたような深窓の令嬢で基本的には中身も深窓の令嬢なんだが……華奢な、それこそ本より重いものを持ったことがないみたいな容姿のくせに豪奢な鎧を着飾って、鉄の塊みたいな剣振り回してんだからほんとアンバランスな人だよ。……あぁ、カルミーに分かりやすく言えばあれだよあれ。エリザベートの剣な。あんなのを振り回すお姫様だったよ」
偉く饒舌だった。尊敬する人?を紹介するのが楽しくて仕方がないといった口調だった。が、まったくゲルトルード様のことは想像ができなかった。テレサ様がエリザの剣を持って振り回している感じだろうか?全く理解できない。とりあえず、
「エリザのことは怪力馬鹿とか言ってたのに」
刹那、再び、首元に刀が添えられた。それは、さっきよりも薄皮一枚分内側に。
「今度は止めないからな。口は慎めよ?」
「これ止まってな……いえ。了解です」
「責任感があり過ぎた所為でさ、ドラゴンが襲ってきた時真っ先に先陣を切ったのよ。……皇族は臣民を守るものだなんて、そんなお題目守る必要なかったのにねぇ?ほんとあの方は真面目なのよ」
苦笑する先輩の表情は、けれどとても楽しそうだった。
「四の五の言っても結局皇族が生きてりゃ国は滅びない。けど、それでもあの人は、あの方達はこぞって先陣を切ったよ。まったく……臣民想いの良い人たちだよ。死んだら何にもならないっての。後先考えなさいよね、ほんと」
だから、皆死んだのだ。
後先考えず、臣民を残して消え去ったのだ。馬鹿な話だ。勇気と無謀の吐き違えどころではない。それはもはやただの自殺でしかない。皆より先に現実から逃避しているに過ぎない。だから、彼らの、彼女らの行動は皆の悲しみを増長させただけの愚かな、とても愚かな事なのだ。自分達はどこかの誰かのために存在するなんて誰も信じてないお題目を真に叶えようとした馬鹿馬鹿しくも優しい愚か者。でも、そんな愚か者たちがいたおかげで今のトラヴァントがある。それだけは間違いない。
「あの時のドラゴンは何日かかったんだったかなぁ……10日?いやもっとだったかな?大多数の臣民は怯え何もできずただ逃げるのみ。先陣を切るのは勇敢で愚かで優しい皇族達。それに連れられた志願者、騎士団……多くが死んだ。最初に死んだのは双子の皇子と皇女だったかな?……多くが喰われ、多くが殺された。焼かれたり、潰されたり、建物の下敷きになったり。そんなドラゴンとの戦いで、先陣を切っていた皇族達の中で、まともに……というと語弊があるよなぁ。第一皇女故に、長姉故に一番先頭に立ち、けれどそれでも生き残ったんだよ。あの方は」
先輩は懐かしそうに語っていた。
懐かしく、けれど悔しくも苦しい思い出を時と共に色褪せぬ思いを抱えて語っていた。
それは、大攻勢。
アルピナ様が最後の皇帝となられた原因。
8年前の首都へのドラゴン襲来の事件。
「見てきたような感じですけど……先輩って8年前もトラヴァントに居たんですか?」
「居たわ。その頃はまだ小さかったわね。……まぁ、もっとも重度の自殺志願者なのはその頃から変わらないけど」
「えっと……先輩、何歳の時に私の50倍の御金を払いきったんですか?」
「あん?そりゃ売られてすぐに決まってるじゃない。小さくても小さいなりにやれる事はあるのよ。走り回っていれば死体漁りでもなんでも良いから金貨の一つ、宝石の一つでも見つけられるわよ」
「……あ、はい」
全く参考にならないなぁこの人。というのが感想である。
「なんだよ。聞いたのはカルミーだろ?まぁ、もっとも。あの頃はまだ今みたいに自分の何倍だとか、何だとかそんな明確な基準ってのはなかったんだけどな。あのマゾ当主も今よか若かったわけだし……」
だったら、先輩はもう数百倍どころか数千倍の金額を払い終えているのではないだろうか?けれど、それでも……奴隷に身をやつしている理由は一体何なのだろう?生きる場所がないのだろうか?それともやっぱり、ゲルトルード様が関っているのだろうか?
「あの変態の話は良いや。聞き流しておいて。……で、生き残って、ドラゴンの呪いを受けて、ゲルトルード様はその時から徐々に衰弱なされていった。今でも生きているのが不思議なくらいではあるけど……けれど、だったらなぜ同じ呪いを受けたアルピナ様は無事なのか?そこが長年の疑問ではある」
「先輩と私、そしてきっとあのギルドのなんとかさんはドラゴンゾンビの呪いを受けてきっと同じ呪いに掛かってる事を思うと、アルピナ様が寝込んでないのはおかしいですよね。何かピースが足りないのかもしれませんね。……というか、リオンさんはすでに理由がわかってそうなんですが」
「あー……言われてみれば確かに。なんで気付かなかったんだろう。私は馬鹿か。……はぁ。あの店長切り刻んでやろうかな」
「物騒な事言わないで下さいよ。私の依頼主ですし、あの人いないと治るものも治らないかもしれませんよ!まぁ、少なくともアルピナ様という実績はあるんですから、ここは落ち着いてください」
ちっと吐き捨てて先輩が私を睨み付ける。
「だったらこんなものさっさと取り出して、依頼品集めるぞ。後は……第二階層付近にいる毒吐く卑猥な形の生き物だろ?」
「なんとかワームって名前だったと記憶してますが……卑猥なのはそんな想像している先輩の頭の中だけだと思いますけど」
「明らかに耳年増だよねぇ、カルミーはカルミーで。洞穴処女は散らしても中身は生娘のままってねぇ」
「煩いです」
「んで、最後の一つは地上なんだっけ?」
「はい。行った事もある場所なんで最後に行こうかなと」
アルピナ様も一緒に行ったあの場所だ。もはやあの頃がとても懐かしいとさえ思うほどに。あの場所へ向かうならばまたアルピナ様に、エリザにも声をかける必要があるだろう。そんな事を思う。みんなで一緒に。今度は先輩も一緒に……。それはとても楽しい想像だった。
そんな事を考えている時だった。
「何そのにやけ面。今日一番きも……」
先輩の悪態が止まる。
ついで、かつん、かつんと甲高く鳴る音が響き、先輩が瞬間立ち上がり、周囲を警戒し……音の発生源を見た、のだろう。苦い顔?いいや、怯えた顔?いいや……何だろう。一言では表現できない。しいていえば、だ。
自分の感情を抑え殺そうとしているような、そんな表情を浮かべていた。
「カルミー……あれは何だ」
絞り出すような声と共に、そう口にした。先輩の見える所が見えない私に分かるわけがない。先輩が何を見て、何を思ったのかなど私に分かるわけがない。だが、先輩は……『私』にそう問いかけた。私ならばその答えを知っていると言わんばかりに。
けれど、それに答える答えは持ち合わせていない。
だが、その音……足音の主が声を発した瞬間、理解した。
「こんな所に人?へぇ。殺してやろうかしら……って、貴方。パパの客じゃないの。奇遇ね。こんな所で。ここはあれよね。一日でも間置くと死肉が溜まって悪魔が我が物顔で現れるのが許せないわよね。あぁ、あの豚の餌にもならない悪魔を殺してくれたの。ありがと」
捲し立てるような喋り方は前に一度見た時と同じだった。何故ここに彼女が、という疑問よりも前に先輩が戸惑った理由を理解した。これを、この人を見てしまっては確かに言いたくなる。あれは何か?と。見るもの全てに殺害を決意させるほどの美貌。それを見てしまっては……仕方がない。
「え……っと……」
「何?あぁ。パパにはティアと呼ばれているわね。貴方達の名前は……まぁ、興味がないから良いわ。三度会ったら教えて頂戴。あぁ、でも黒髪の貴方はここで二度目か。ならまた会うかも知れないわね。それじゃさっさとこの場から立ち去りなさい。白黒コンビ。ここはお母様の墓。二度と来ないことね。末代まで殺すわよ」
この死体だらけの、骨だらけの世界を墓と彼女はそう呼んだ。
だから墓参り……?
「落下してきたんで、不可抗力かとっ!」
冗談抜きで殺すつもりの殺気が私と、そして先輩を包む。私は彼女の存在を見るのが三度目だからまだましだったが、先輩は彼女から目を離せないでいた。隙だらけ。普段の先輩ならば絶対に見せる事のない隙。今この瞬間ならば私ですら先輩を殺してしまえそうな……思考がぶれる。
駄目だ。この人を前にすると『殺す』という思考に侵される。言われるまでもなく、さっさと立ち去りたいのはこちらだという話だ。二度目じゃなくて三度目ですよ既になんて指摘する余裕なぞ、ありはしない。
「落下?……ちっ……あいつめ」
私の発言に一瞬首をかしげたが、次の瞬間に頭上を見上げ苦虫を潰す。穴が……私には見えないが、彼女の視界には映っているのだろうか。
舌打ちすら美しく響く。そんな規格外の美は、きっと神すらも陶然とさせてしまうだろう。まさに神の作りだした造形。けれど、こんな綺麗な者を生み出した神様はどうして泣くのだろう。悪魔なら分かるけれど、でも、こんなにも美しい存在を、殺し尽くさねばいられない程の美を生み出してもまだ、悲しいのだろうか。
「パパの客だし慈悲をあげるわ。それを置いてさっさと去りなさい。今すぐに。去らないなら、飛ばすわよ。死んだら運が悪かったと思ってあきらめてちょうだい。その時はパパにちゃんと言っておくから。客、二人殺しちゃったけど、その内化けて出てくるから気にしないでねって」
瞬間、周囲を風が舞う。洞穴内を風が……吹くわけがない。森の時とは違い、付近に入り口なんてないのだ。だから、気圧差が生まれる事もなく、風が起こる事はない。故に起こったのなら別の原因だ。
「ま、魔法?」
「そう。正解よ。良く分かったわね。おめでとう。正解したお嬢さんには商品をあげないといけないわよね。ほら、プレゼントよ。空を飛ばさせてあげるわ」
洞穴内で落ちることは多々あれど、飛ぶことがあるとは……思わなかった。