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自殺大陸  作者: ししゃもふれでりっく
第二章~パンが食べられなければ天使を口に突っ込めばいいじゃない~
33/87

第3話 最高の一日を貴女と共に

3. 



 一週間というのはあっという間に過ぎ去るものだ。特にせかせかと忙しいとそれが過ぎる時間はとても早い。ただ、これが逆に一週間後にイベントがあるとなると長く感じるのは頂けない。

 一週間後にはエリザの義手義足が出来上がる。

 より正確に言うならば、義手と義足の下地ともいうべき例の金属製の骨が出来上がるのだ。それをエリザに移植し、さらにアーデルハイトさんの錬金術による神経接続と肉と皮膚の再生が行われる。全くもって私の理解しえない神秘の世界ではあるが、専門家が出来るというのだから出来るのだろう。

 ゆえに、私はこの一週間を、気を長くして過ごす事になるのだろうと、そう思っていた。

 と、思っていたが。


「それでは、お願いしますね」


 というお城帰りのリオンさんの一言で依頼にあくせくする日々を送る事になった。まぁ変に暇を持て余すのもどうかと思うので、ちょうど良いといえばちょうど良い。

 問題があるとすれば、


「依頼内容としては、第1階層入口付近にいるスライム君の回収。水晶宮にある水晶で出来た花と、あとは他にも色々あるんですがまずは、そう。……えぇ、これが一番問題だったのですが、カルミナさんならば大丈夫でしょう。実は、幽霊の涙が必要なのです」


 である。


「幽霊って……なんですかそれ?」


「幽霊というのはあれですね、人が死んだときに恨みとかがあると残留思念がその場に漂い続けるんですが、それが何かのきっかけで姿を表した物が幽霊ですね」


「いえ、そういった類の話は分かるのですが、実在するんですか?一体どこに……?」


「幽霊がいる所というとやっぱり人の死んだ所、ですねぇ」


 自殺洞穴ならそこかしこ、とそういうわけだった。

 御蔭でここ3日ほど朝から晩まで、洞穴内にいる。

 1つ目の依頼に関しては早々に終わった。

 というのも、洞穴入り口と地上を繋ぐ階段の手すりを磨くように蠢いていたのでそれを捕えて渡して終わりである。こんな所までモンスターが?とその辺りにいた人に聞いてみた所、彼らに害はなくむしろお掃除屋さんとしてありがたい存在だとか言われ、そんな彼らを捕まえる事に大変申し訳ない事をした気分になったり、後味がかなり悪かったりはしたが、早々に終わった。うん。お金大事。

 こんなもの、依頼する必要もないのでは?と思ったが、リオンさんの手が空かないからという分かりやすい理由を言われた。では何故私か?というと、目的が国の第1皇女を復帰させるためにも関わらず、国の人に任せるのもこれまた難しいからだ。その理由は二つある。一つは今まで第一皇女を診てきた者達が軒並み役に立たなかったため期待されていない点、もう一つは国が管轄する騎士団は雑用係ではなく、そんな事に人員は避けないそうだった。意外と融通が効かないのだな、と思う。が、融通を効かせすぎて有事の際に雑用に勤しんでいました、では話にならないから致し方ないのだろう。

 ともあれ、結果、頼みやすい人物が私だからという安直な理由で依頼されたわけである。


「しかし、何かよくわからないものばかりだなぁ……これも結局、食べ物になると思うと……きっと美味しいんだろうけど、怖くて聞けない……」


 リオンさんは第1皇女さんを復帰させるためにこんな依頼を出しているわけで、確信を持って色々集めている以上、策があるのだろう。それが成った時に喜ぶ人は数多いだろう。そう思えば、がんばろうという気も湧いてくる。うん、食べるのは私じゃないしね。

 2つ目の依頼に関しては現在行っている最中である。場所が指定されている以上、その場で探しまわれば良いのだから、それは時間を掛ければ済む事なのだと思う。

 問題はやはり、


「幽霊の涙……」


 である。

 これだけは是非にとお願いされ、正直なんなのかも分からず受けたは良いものの、全くどこにあるか検討が付かない。

 事前に図書館で調べても曖昧で、致し方ないと教会に赴いても聖水を譲ってくれたぐらいでまともに話を聞いてくれない。もしや幽霊とは俗語で、本当は何かそれっぽい感じの生物なのではなかろうか?と思って、先ほど通りかかった自殺志願者に声を掛けてみれば気狂いでも見たかのように顔を背けられて逃げられる始末。

 とはいえ、リオンさんもそしてエリザも幽霊はいる、というのでそれを信じてこうして散策しているのだが、芳しい結果は得られていない。エリザに詳しく聞いてみても『幽霊ですか?どこ、と言われると私自身見たことはありませんが、人の死んだ所で見ると聞きますね』という的を射ない返答だけ。隠しているという感じでもなく純粋にしらなそうだった。だが、見れる人みると聞くと、きっと何か条件がいるのだろうとは、思った。


「幽霊が出る条件、かぁ」


 と呟く。人が恨みを持って死ぬことで、その場に現れる。死者の溜まる場所……。ならば墓地に行った方が良いんじゃないだろうか?いや、きっとそんな単純な事ではないのだろう。そも、洞穴での死者数は一月で百に達するぐらいだ。良くトラヴァントから人がいなくならないものだとは思うものの、そんなに死者がいるのだ。仮に幽霊が蔓延っているならば、洞穴のそこかしこに幽霊がいてもおかしくはない。

 事実、人の死体はある。

 無残に殺され、食い散らかされた挙句に装備品を根こそぎ剥ぎ取られた死体が、そこらに落ちている。ある程度は回収されているのだろうが、それでも追い付かないといった所か。確かそういえば、洞穴の依頼の中に死体を回収するのもあった。知人の遺体を見つけてきたものには幾ら与えるとか。ネームタグ以外の装備品は差し上げますという特記がなんだか妙に切なさを感じさせた。

 そのネームタグといえば、洞穴に入るときに掛けさせられ、首輪と共に私の首を飾っている。邪魔にならないように胸元に入れているが、死んだ時はこれが私を証明する唯一になるのだろうか。そう思うと、やはり切なくなってくる。私はこんな板切れで表現できる者なのか、と。いや、考え過ぎか。


「あ。先輩のネームタグには名前書いてあるのかなぁ?」


 とはいえ、着用義務があるのは洞穴内だけなのでご一緒する機会がなければ見られるわけでもない。まぁ、ともあれ。今はそんな事にかまけている暇は無い。

 そうこうしていれば、水晶宮に辿りつく。今度は迷う事なく地図の通りに来られたのだから成長したものだと思う。加えて3日連続来られるぐらいには成長している。もっとも、単に人を襲う化け物に会ってないし、会わないように避けているだけだが。魚然とした何かは良く見ているし、良く捕まえてもいる。あれで塩を掛けて焼くと意外とおいしいのだ。足が鶏のささみに似ていて塩焼きが美味しい。うん、見つけたらまた捕まえよう。エリザにはまたですか……?と言われるかもしれないが。

 ともあれ、こんな明るいこの場に幽霊はいるのだろうか?感覚的な問題だが、やはり幽霊は暗い所にいるのでは?と思い悩みながらも、ここで探すのは幽霊だけではないのだ、と思考を切り替える。幽霊とは違い、実際の形あるものを探すのだから幽霊を探すよりは楽だろう。



‐‐‐



 と思っていた。

 というのは見つからないというわけではなく、見つけるために作業をしようとしたら邪魔が入ったので楽ではなくなったといった所だ。


「あら……洞穴の中に………奴隷がいるのは当たり前ですわね」


 冒険者が着るような質素な服は、貴族であるこの方の普段の服装からすると酷く、違和感を醸し出す。加えて、特に反発するような物言いのなさが更なる違和感を醸し出して、正直裏があるとしか思えなかった。


「何ですか?私がここにいるのがそんなに不思議ですか?」


「それは……そうですね」


「いいですわよ。無理に畏まらなくても」


 さらなる違和感が私の身を包む。なんだろうか、この覇気の無さは。


「名乗っていませんでしたわね。テレサ=ラ=ピュセル……家名は……もう無いわ。今の私には関係ないものですし」


「家名がというと……家を出られたという事でしょうか?」


「家を出た、えぇ、その通りですわね。何?おかしいかしら?結婚の決まっていた貴族の娘がその全てを投げ出してこんな死に近い場所にいるというのは」


 自嘲気味にそう口にする彼女からは、私を罵倒し張り倒した時の苛烈さなど微塵も感じない。

 何が彼女をそうさせたのだろう?そんな疑問はすぐさま氷解する。ドラゴンゾンビの打倒部隊に参加することで、父の仇を討つ事に少なからず寄与できたから?いいや、いいや。彼女が家を捨てる可能性のある理由を私は一つ、彼女の父から聞いているではないか。あの今際の際の言葉を。


「決して結ばれる事のない恋物語の結末としてならば、おかしくもないかもしれませんね。悲恋の最後は死です」


「そう。そうですわね。お父様……と呼んで良いのかしら。あの方の最後に居合わせたのは貴方でしたわね。聞かせてもらっても……いいえ、その前に、あの時はごめんなさいね。貴方は何も悪くなかったと今更ながらに思います。あの方の最後を看取って頂いて、ありがとうございます」


 悲しげに微笑むテレサ様が、深く頭を下げる。人形のように可憐なこの悲しい少女が真実を知る必要がどこにあったというのか。誰も彼もが不幸になるその真実を何故彼女に教えたのだ。憤りすら覚える程だった。理不尽な怒りを受け、悲しみを覚えた事はまだ記憶にも新しい。けれど、だからといって華奢な彼女が死に近づく事なんて私は願っていない。

 何故、この世界はこんなにも悲しく、辛く出来ているのだろう。真面目に生きた人が、何故不幸にならねばならないのだ。


「たかが奴隷に謝る必要など御座いません。頭をお挙げください。不幸な行き違いがあった、ただそれだけです」


「優しいんですわね……」


 貴方のような人が友人だったら、そんな事を小さく呟く彼女がとても痛々しい。家を出たというのも、本当は出奔させられたのかもしれない。教会ではなく、ここにいるという事はきっと体の良い口止めのつもりなのだろう。国のため、自殺洞穴の攻略に寄与するため出奔し学園に所属する、そんな所だろうか。ただ、蝶よ花よと育てられた貴族の娘をこんな所におけばどうなるか、など分かり切った事だ。


「ここは洞穴、死に最も近い場所。元貴族だろうと奴隷だろうと何も変わらないと聞いておりますわ……まして、ご存知の通り私は不義の子ですわ」


「それでもあの方は、貴方の事を愛しておられました。今際の際のあの叫びは全て貴方のためにあったと思います。最後の瞬間までも、あの方は貴方の事を思っておりました」


「……嘘が下手ね、貴方」


 くすり、と微笑む。


「けれど、良かったわ。最後に貴方に会えて」


「最後……?」


 言われ、今更ながらに気付く。彼女の様相は洞穴を潜るためのものではない。松明すら持たず、着の身着のまま。所々にある傷は暗がりで負った傷だろう。先日のあの美麗な人と同じとはいえ、これは……つまり。洞穴攻略のためというお題目すらなく、ただただ、


「……死にに来たのですか?」


「えぇ、その通りですわ。貴方自身が言ったではないの。悲恋の最後は死だと。実の弟に恋をしてしまったこの私が迎えるのには相応しいのではなくて?けれど、でも。そう、その恋も血が作りだした幻想なのかもしれませんわね……弟と知って、悲しみよりもどこか安心したのはきっと、そういう事なのでしょう……」


「テレサ様、もしかして、お腹に彼の子が?」


 彼女に死を決意させるに至った理由は、もしかしたら、とそう思ったのだが、テレサ様はそれを聞いて面白いものを聞いたと、口を大にして、水晶宮に響き渡るくらいの大きさで、笑い出した。


「あはっ、あははははっ。面白いわね貴方。あぁ、そうそう貴方の名前聞いておりませんでしたわね」


「存じ上げているかとばかり」


「存じてあげておりますわ。けれど、貴方自身の口から聞かせていただけません?」


「カルミナと、そう申します」


「運命に流されなさそうな良い名前。カルミナ、とりあえず、言っておきますけれど、私には子はおりません。それと、そんな行為もしておりません。まったく失礼な話ですわ。私は母とは違います」


 その瞬間だけ、凛としたあの時の彼女のようだった。


「であれば、テレサ様が死ぬ必要がどこにあるのでしょうか?」


「必要があるから生きているわけでもありませんわ。この街が死に近かったから、ただそれだけですわ」


 そんな言葉遊びに意味などない。愛されて育てられていたと思った自分がそうではなかったと知った時の衝撃はどれぐらいのものなのだろうか。蝶よ花よと育てられてきた彼女にはそれが、耐えられなかったという事だけは分かる。そんな事気にするな、なんて他人事のように言う事もできる。けれど、人を信じるという基盤が失われているこの少女に、他人の言葉を信じる事などできようもない。


「テレサ様が死んだら死体を漁ります。裸にして辱めて街かどに晒します」


「ど、どういう脅し方ですか。なんですかいきなり?」


「晒した挙句にテレサ=ラ=ピュセル様、男を知らずに死ぬとか立て看板を立てます。ご両親様へ、ご両親様の大好きな行為すら知らずに死んでいった娘が不憫とは思わないのですか!?と書いておきます。少しは反省するのではないでしょうか?」


「あ、貴方ねぇ」


「テレサ様はどうぞ安心して死んでください。そうですね、私ちょうど幽霊の涙というものを手に入れる必要がありますので、文句があるなら化けて出て来てくださいませんか?こんなこと書かないでー!と涙ながらに訴えてくれれば考慮しますよ」


「ふざけないで頂戴!怒りますわよっ」


「構いません。どうぞ怒って下さい。どうせ貴方は死ぬのですから怖くも何ともありません。死人に口なし、です。それが嫌でしたら、どうか……死ぬなどと言わないでください。せめて、死ぬならそんな悲しい笑顔で死なないでください。心から笑って死んでください。勝手にさよならを言って、勝手に去っていって私の心に残ろうとするなんて……そんな酷い仕打ちをしないでください。そんなに、私の事が憎かったですか?」


「……何よ」


 俯き、そして震える声。そして、水晶を打つ水音。堰を切ったそれは止めどなく。洞穴の中を流れる川の如く。彼女の白い、死に装束を流れ、流れて水晶へと。


「何よ……酷い事した私に、そんな優しい言葉を投げかけないでよ。何よ、絶望している女を捕まえてそんな優しい言葉かけないでよ……女のくせに女たらしなの?」


 激昂する事なく、そんな事を呟く彼女が強いと、そう思った。思うがままに吐き出せば良かったのに。そのつもりで怒らせようとしたのに、泣きながら、彼女は微笑んでいた。この彼女を見て、誰が人形だと思うだろうか。理知的な貴族然とした強い少女だと、そう思った。


「でもね、カルミナ……もう、遅いと思いますわ」


「遅い?死んでないならまだ大丈夫ですよ」


「いいえ。私が何故この場に、水晶宮にいたと思って?」


「それは、死ぬため……」


「そうね。えぇ、この場にいれば……死が訪れる事を私は教えてもらったのよ。そろそろ、時間だと思いますわ」


「水晶人形っ!?」


「そう……正解ですわ」


 水晶の崩れる音が、轟音が鳴り響く。それは水晶を壊しながら、逃げ切る暇も与えずに私達に近づいて来る。

 そして、私達の眼前に水晶の体で出来た巨躯が現れた。



―――



 水晶人形。

 書物の知識を借りれば、俗にゴーレムと呼ばれる無機物の生命体とは違う、純然たる生命である。が、しかし見た目だけを言えば、そこに差があるとは思えない。人が到底叶う事のない存在という意味では、ゴーレムであろうが人形であろうが、ドラゴンであろうが大差はない。

 とはいえ、眼前に立つ水晶人形は対応策が分かっており、危険度はそう高くは無い。そのものつまり、遭遇しなければ殺される事もないというだけの話だ。もっとも遭遇した場合の危険度はかなり高い。つまり、死を求めるモノにとってはこれほど楽な相手もいない。コボルドなどの少なからず知恵を持つ生命体と異なり、水晶人形はある意味自動的だ。さっと近づいてさっと獲物を食べてさっと元へ戻る。それだけだ。そこに遊びは一切ない。ゆえに、死にたければ水晶人形に殺されるのは楽なのだろう。巻き込まれた方としてはたまったものではないが。


「これで生き延びられたら、死ぬのは止めにしますわね」


 水晶で出来た腕を持ち上げ、それを振り降ろす。その間に逃げられる時間はあるだろうか。無い。あるわけがない。今まさに私達を仕留めんとする水晶の腕。周囲の水晶に照らされ、綺麗だとさえ思えるそれは、死神の鎌にしては些か綺麗過ぎだ。そんな目前に迫る死に、魅入られ、怯える暇もない。怯える暇もないなら動く余裕はある。


「……言いましたね」


 返す言葉と同時にテレサ様の袖を引っ張って、水晶で出来た道から落下する。行き先も目的も考えず、ただ乱立する水晶の中へと。あの美人さんのように格好良く降りていく事はできないが、けれど、肉塊になるよりましだ。


「きゃあっ!?」


「がっ……」


 育ちというのは叫び声にも出るのだな、とそんな阿呆な事を思いながら私達は、水晶の合間を転がり落ちていった。



‐‐‐



 落下と相性が良い、というのは嬉しい事ではない。だが、少なくとも痛みを覚えていることでこの体がまだ生きているという事だけは分かる。

 目を開ければ乱立した水晶の隙間を超えた先に自分が横たわっているのが分かる。近くにはテレサ様の姿も。所々服は破けてはいるものの、体が動いている事を思えば、生きているのは間違いない。


「大丈夫……ですか?」


 口腔内に絡む痰を吐き出せば血の色が水晶の発光に映える。骨の一本でもどこかに刺さったのだろうか。それで済んだのならば御の字だ。横たわるテレサ様に近づき、背に腕を入れ、よっこらせ、と体を表へと。

 目立った外傷はないが、痛みに耐えているといったところか。意識も健在のようだった。


「賭けは私の勝ちですね。売り言葉に買い言葉といえど、死ぬのは止めにすると言ったんですから、止めて下さいね」


「死ぬほど……痛いわ」


 そんな冗談が言えるならばもう大丈夫だろう。しばらく、テレサ様が起き上がるのを待ちながら、荷物の確認をする。どれぐらいの高さを落下したかは分からないが、結構な深さまで落ちたように思う。見てみればピックが折れ曲がり使いものにならない様子だった。まぁ、使い道がアモリイカを締めるぐらいだったし大丈夫だろう。腰からそれを外し、ついで他の荷物が無事な事を確認して、念のためにと松明に火をつける。


「一人で立てるならもう大丈夫ですね。で、ここはどこなんでしょう?」


「知るわけがありませんわ」


 ですよね、そう呟き地図を見る。

 水晶宮から行ける先は3つ程。その内の一つなのだろうけれど、地図を見ても検討が付かない。何か目印になるものが、と周囲を見渡せば、見える所に人の影があった。


「どなたか……いえ、違いますね」


 呼び掛けようとして、良く見れば服を着たまま、ミイラ化した死体だった。身震いするほど寒いここでは肉すら腐らないとでもいうのだろうか。何とも物悲しいものだ。ミイラ化するぐらいまで時間が経っている事を思えば、態々置いてあると言う事は目印にもなろうものだが、そのために放置されたわけでもないようで地図にこの死体の事は書かれていなかった。

 だったら、ここはあれか。3つ程の、『程』の部分に相当する場所なのだろうか。良く良くイレギュラーな所に行きつくな自分と嘆息しながらも、考えをまとめつつ確認するためにも死体へと近づいて行く。


「ちょ、ちょっとカルミナ?」


「大丈夫です。ちょっと行くだけです。何ですか?死ぬのは怖く無くても死体は怖いですか?待ってってくださっても結構ですよ?」


「ふ、ふん!……だ、大丈夫ですわ!」


 だが、言葉とは裏腹にテレサ様が動く事はなかった。水晶の発光に照らされた、その表情は青白い。貴族の令嬢がこんな風に死体を見る事もないだろうから、当然か。死んで直ぐとかだったら、吐瀉物塗れになっていただろう事を思えば、まだ、ミイラで良かったと思う。

 近づき、ミイラの様子を見る。

 蟲なども湧いておらず綺麗なものだった。水分だけが抜け切って乾いた感じだ。服や鎧、剣なども綺麗な物だ。腐食さえしなければ、こんな風になるのだなと自然の力を思い知る。ネームタグはない。もしかすると学園が出来る前の自殺志願者なのだろうか。さらに良く見れば足が折れ、鎧の胸元部分がわずかに凹んでいるのが分かる。なるほど、同じく落下してきて辺り所が悪かったのだろう。


「……んー」


 都合良くこの人から幽霊が出て来ない物かなどと考えながらさらに持ち物を探れば、物入れが。死体漁りをするつもりはないが、と自分への言い訳をしつつ確かめるためにもその物入れを手に、テレサ様の下へと戻る。


「何かあったのですか?」


「はい、小物入れですね。他の荷物が無いので団体で来られた内の一人ではないでしょうか?」


 そう考えるのが妥当だろう。テレサ様のような本当の意味での自殺志願者にしては格好が全うな自殺志願者過ぎるし、一人で来られているなら荷物が少なすぎる。


「で、その中に何か?」


「それは今からのお楽しみです。まぁ、死人の荷物を楽しみに見るというのはどうかとは思いますが……長い事一人でここにいたみたいですから、持ち帰る事のできるものがあれば持ち帰ってあげたいと思うのが人情ではないかと」


「人情ですか。人の事を裸にして辱めると仰っておられた方が人情……?」


「売り言葉に買い言葉です。安値だったでしょう?」


「高級志向な私としては買いたくありませんでしたわ」


 そんな風に気分を盛り上げながら二人で松明の炎で温まりながら袋を開く。

 出てきたのは指輪と一枚の依頼書だった。


「この依頼をこなしたらこの指輪を彼女にという奴でしょうか?そして、依頼書は幽霊の涙を1つ、と。なんかこうあれですね、ここまでくると作為的とさえ思えてしまう私はそろそろ本気で神様の存在を信じてしまいそうです。って、1つ?涙なのに?」


「その指輪の台座に合う、幽霊の涙を探していらっしゃったのでは?……そういえば、幽霊になって出て来て泣けとか言っていましたわね、貴女。何の事かと思いましたが、そういう事でしたのね」


「……宝石?」


「えぇ。ジュエリーオブゴースト。もっとも俗称ですけれども。死者の集まる場所に発生する宝石の事ですわね。黒い色の宝石です。正式名称は、トラヴァントの民なら皆知っておりますわよ」


「はぁ?」


「オブシディアン」


 それは、幽霊の事をいくら聞いても情報が得られないわけだ、と思うに至る。

 リオンさんも酷い人である。最初から宝石だと言ってくれれば良かったのに。いや、だったらしかし何故リオンさんは私にならば出来る事とか、そういった変な言い回しを使ったのだろう?


「ただ、その宝石を渡すのは……この国では秘められた、表沙汰に出来ない想いを伝えるものですけれどもね。たとえば、私の本当の父が、母に送っていたような」


「それを見てしまったのですか?」


「えぇ。愚かにもほどがありますわ。そんな不吉な指輪を指に嵌めていた理由を問いただした結果が、今ですわね」


 そうして暫くテレサ様の愚痴を聞いて過ごす。

 乱立する水晶を昇っていくにはまだ早いだろう。水晶人形がその姿を隠すまでにはかなりの時間が必要だ。ついでに帰り際に水晶花を探すつもりなので体力的な所も今の内に確保しておきたい。そうとなれば、と頭陀袋から魚然としたものを取り出し、ディアナ様謹製の包丁を手に取り、地面をまな板にして捌く。


「な、何を……」


「見て分かりません?食事の準備です。テレサ様の分もありますから安心してくださいね」


 言いながらばっさりと足を落とす。それを何匹分か繰り返し、先ほど腰から外したピックがあったなと思い返し、それに拾ってきて足を刺す。利用用途あるじゃない、また買わないと、とか考えながら携行していた塩を掛け、松明の炎で足を炙る。


「……なんというか小人の足と言う感じなのですが」


「その通りですが、これが意外と美味しいのです」


「……そう、下々の者達はこんな奇怪なものを食していたのですね……信じられないですわ」


 いや、この程度で信じられないといったらリオンさんの御店ではどうなるというのか。

 炎にあぶられる人の足を延々と眺める巨人二人、というような光景を暫く続けた後、はいどうぞ、とテレサ様の口元へとピックを向ける。


「直接どうぞ」


 と告げれば遠慮しがちにピックへと口を這わせ、ぱくっといく。意外と肝が据わっているな、この人と思ったのは秘密だ。エリザはかなり遠慮していたし。


「あら、本当に美味しいですわね。味付けが塩だけという大雑把さも信じられませんが、それでこのお味というのもまた信じられませんわね」


「普通は食べないみたいですけどね、足は」


「ちょっと!?なんで食べたの!?なんで食べさせたの!?」


「空腹だったら仕方ないとは……思いませんか?」


 空腹だから仕方がない。えぇ、洞穴内で小腹が空いて尚且つ目の前に群がる食べ物があれば、食べても致し方ないだろう。えぇ。ほんと、空腹って怖いですよね。



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