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自殺大陸  作者: ししゃもふれでりっく
第一章~パンがなければドラゴンを食べればいいじゃない~
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第28話 パンがなければドラゴンを食べればいいじゃない

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 辺り一面を夜半頃から降り始めた新雪が埋め尽くす中、その演説は始まった。

 待ちわびた聴衆の頭部には同じように新雪が覆い、それを鬱陶しそうに払いのける者、ぶすっとした表情でフードを被って防ぐ者、皆それぞれに降り続く雪を防ぎながらも、一人としてこの場から去ろうとせず、その演説に耳を傾けていた。

 壇上では、小さで華奢な体躯を、帝国印の入った厚手のコートで包みながら、アルピナ様が透き通るような大きな声をあげていた。


「昨年は過去の歴史を省みても稀にみる冷夏ゆえに不作の年であり、今年も恐らくそれが続くと予想されている。外貨獲得手段を農業に頼るトラヴァント帝国にとってそれは致命的な影響である。食糧備蓄はまだ数年分は確保している。だが、いくら自殺洞穴を抱える我が帝国といえど、それだけでは賄いきれないのが現状だ。いいや、そうではない。自殺洞穴を抱えるがゆえに我が帝国は洞穴以外の事で外貨を得て強くあらねばならなかった。それらの政策、その失敗に関する全ての責任は私にある」


 深く頭を下げるアルピナ様に誰もがはっと息を飲む。そんな事をしてくれるな、と。

 この場には貴族、平民、奴隷、亜人色々な人達が集まっている。帝国臣民と呼ばれるその人達の中には誰一人、アルピナ様を責める者などいない。もっともこういう場だ。騒がしたがりの若い男達などもいるが、それも周囲からの視線によって直ぐになりを潜めていた。そんな場合ではないと彼ら自身悟ったのだ。彼らとて、この国が好きでこの場にいるのだ。それを守ってきてくれた同年代の、年下の女の子のがんばりを知らぬわけではない。彼女がどれほど心血を注いでいたのかなど皆、分かっているのだ。

 結果が全てである、そうとも言える。だが、彼女以外の誰が8年もの間この帝国を支えられたというのだろうか。周囲の敵国からは洞穴を狙われ、それをドラゴン殺しの英雄という虚像を持って他国をけん制し、侵略の手を止めた。帝国が瓦解するようにと農業品の輸出には重税を掛けられていたのを洞穴由来の品を引き渡す事で緩和させ経済破綻を防いできた。そうして8年の月日を持たせたのは彼女である。


「皆も知っておろう。8年前のドラゴンの大攻勢により帝国臣民の尊い命もその多くが亡くなった。皇族も残ったのは病床のゲルトルード姉様と私だけだ。ゲルトルード姉様は8年の月日を動けぬまま過ごし、心も体も疲弊しておられる。もう長いとは言えないだろう……」


 皆その事実に項垂れる。恐ろしい日々を思い返し震える者達もいた。何故、今それを思い出させるのだと、そんな悲観に明け暮れた姫様なぞ見たくないのだと、そう言わんばかりだった。皆が皆、アルピナ様を大事に思っておられる証拠だった。時折聞こえる声援に手で答えながらアルピナ様は続ける。


「この国はもはや疲弊の一途である。私自身は皆には苦労を掛けたが、ようやく、食べられるものを見つける事が出来た。嬉しい事だ。久しぶりの食に舌鼓を打ったものだ。その料理人を夫に迎えようと画策しているのだがなしのつぶてという奴でなぁ……あぁ、いや、すまん。そうではないな」


 一変して、恥ずかしそうに告げるその言葉に聴衆から笑いが零れる。アルピナ様も恋を知る年かと、幼子を、可愛い孫を見る様に。それが叶うのならどんなに嬉しい事だろうか。皆が、夢を見る。アルピナ様とその夫が共に立ち、この国を支えていき、子を成し、次代へと繋いでいく。そんな夢だ。その夢の何と輝かしい事だろうか。


「だが、生き延びた所で子を成せるとも限らない。あまりにもこの体、成長しておらぬのでな。故に……我がトラヴァント帝国は衰退である」


 それは臣民の誰もが認識していた。自殺洞穴を有し、各国から訪れる者は多い。だが、それだけで賄えるわけではなかった。皇族がいなくなっては帝国としてはやっていけぬ。ただの烏合の衆に成り下がったこの国を、他国が侵略しないわけがない。それほどこの世界は甘く出来ていない。


「だから、そう。最後の祭りを催そうと思う。

 パンがなければドラゴンを食べれば良いのだ。

 この国にはそれを成す力がある事を示そう。あれを打倒し、再びそれを食すことで私自らがこの国がまだ終わり出ない事を示そう。農業が衰退しても我らは生き延びる事ができる事を示そう。

 私自らが陣頭に立ち巨大なドラゴンをひっ捕えて皆の前に持ってきてやろう!だから、皆、安心するが良い。トラヴァントの地は他国には渡さぬっ!例え私がいなくなったとしてもそれでも尚、この地は滅びぬと示してみせよう!これが龍喰いアルピナ=セラフィナイト=トラヴァント、最後の祭りじゃ……楽しみにしておれよ、臣民」


 集まった聴衆が声を挙げる。それは喜びなのだろうかいいや、悲しみにも似た慟哭のそれのようにさえ私には聞こえる。

 小さな、幼子のような姫様の命をかけて行う祭りなど誰も求めてなどいなかったのだ。だが、もはや、全てを解決するにはそれしかないのだろう。臣民が何もしなかったわけではない。誰もが皆、それぞれに必死に生きてきて、それでもこうなってしまったのだ。

 きっと他にもどうにかする手段はあるのだろう。無限に時間を掛ける事ができるならば。それがあまりにもなかったのだ。だから……そんな無謀な事をせねばいけなかったのだ。

 だが、状況証拠だけを集めれば、勝算は僅かだがあるのだから……試す価値はきっとある。


「ねぇ、エリザ……私も行ってくるね。……エリザの剣も取り返してこないといけないしさ」


 車椅子に座らせたエリザに声を掛ける。それに反応が返ってくるわけではない。が、それでも……そう、先輩を見たときのように強烈に記憶に訴えかけるものがあれば、何かの足しになる。幾度となくそういった事を思い出させればきっと彼女はいつか心を取り戻してくれるだろう。

 だから、私は返ってくる。生きて帰ってくるために、夢を叶えるためにドラゴンの下へと向かう。恐怖に向かって進む。


「だから、エリザ……待っていてちょうだいね」


 エリザの髪に積もる雪を手で払いながら、私は、いいや私達は聴衆に応えるアルピナ様をしばらく一緒に眺めていた。



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