第27話 妖精の飼い主
27。
「御帰りなさいウェヌスさん」
ひらひらと私の肩から飛び立ちリオンさんの肩へと。やはりそこが一番落ち着くのだろうか。疲れた、とばかりに手を、足を振り振りしているのがたまらなく可愛くて、私の後ろにいた先輩がほぅと息を吐く。
頭陀袋をカウンターに載せ、勝手知ったる他人の店という事でよいしょよいしょと中身を取り出していく。中には解体した蜘蛛女の惨殺死体の一部が入っているわけで、これを街中でぶちまけた日には騎士団に取り囲まれて大変なことになったであろう。だが、そんな事もなく、リオンさんの御店に来られた事はよかった。
「これはまた珍しいものを……」
店のカウンターに勝手に品物を並べる私に対して気を悪くした感じでもなく、リオンさんがほほぅと品物を見ようとして、はたと気付いて先輩に声を掛ける。
「おや、こちらの方はお初ですねぇ……料理屋キプロスの店主リオンと申します。以後、よしなに。うちのウェイトレスさんが御世話になったみたいですね。ご迷惑おかけいたしました」
「はんっ。私はこれの先輩よ」
丁寧な挨拶に対して大変無礼な返しだった。びっくりして先輩の方を見てもそれ以上何も言う気はないとばかりに押し黙る先輩の姿。一方で、リオンさんは特に気にした風もない。むしろどこか納得顔だった。
「すみません、リオンさん。先輩は恥ずかしがり屋なのです……」
「いえいえ。御気になさらず。それに、その白髪に刀、それとその服装。ご高名はかねがね承っておりますから」
「ご高名……ねぇ」
リオンさんの言い分に先輩が苦笑する。それもまた失礼な物言いだったが、リオンさんは全く気にしていないようだった。懐が広いと言うか。寧ろ訳知り顔にリオンさんの方が苦笑気味だった。全く蚊帳の外だった。
「リオンという名前で思い出したわ。学園長のお気に入りね、貴方。思い返せば、学園でちょくちょく見た記憶もあるわ」
「……お気に入り」
反芻する。確かにリオンさんから頂いた書類を渡した時のあの喰い付きようはお気に入りなのだろう。うん。きっと。
「ははっ……まぁ、ともあれですね。商談と参りましょう」
「はい」
並べられた臓物を見たり、時折触ったり。そんな事をしながらうむむと考えるリオンさん。ついでにと持って来ていた転がっていた死骸にも興味を見せながら、おやと気付く。切断した時に割れた小さい欠片ぐらいなら!と先輩と二人でちょろまかした卵の殻に、気付く。先輩以上に目敏い人である。
ちなみに卵に関しては部隊長であった騎士団副団長に渡され、そのまま首都へと搬送された。帝国に持ち帰られ、今は学園に置いてあるそうだ。国の研究機関の出先が学園の施設を使っているため、そこで色々とやるらしい。色々と……何をするかは知らないが、ともあれ学術的に非常に重要な事なのは間違いないので今回の発見は大々的に発表されるようであった。その際には発見者として私達の名前が載るらしい。それはお金にはならないが、ディアナ様も勘案してくれるだろうとは先輩の言葉である。そんな風に大々的に宣伝された奴隷を殺処分するのは勿体ないという判断をしてくれる可能性もなくはないとの事だった。もっとも以降、堕落していれば関係ないので結局金は返す必要があるが。猶予は少し伸びたかもしれないと思うとやっぱり少しほっとする。
「ウェヌスさん」
そんな風に思い出していれば、リオンさんが妖精さんに声を掛ける。既に着替えを終え、ウェイトレス姿となった妖精さんに、可愛い可愛い視線を向けている先輩は無視する事にしようと思う。そんな先輩をきめぇ、と眺めていればリオンさんの一人芝居が始まる。いや、厳密にいえば妖精さんも身ぶり手ぶりを使って何かをしているため二人芝居ではあるのだが、喋っているのが一人では奇妙この上ない。大げさな独り言のようだった。
「これは……」
「なるほど」
「ふむふむ。それは凄いですね」
何が何だかわからない。もしかしてリオンさん妖精さんの言葉が分かるのかな?と聞いてみれば、
「雰囲気です。長い付き合いですからね」
と。
絶対に嘘だった。魔法でもなんでも使っていると言われた方がまだ嘘じゃないと思えた。ともあれ、隠したいという事であれば詮索する必要もない。大事な依頼主なのだから、変に詮索するのは失礼というものである。
「とはいえ、残念ながらこの欠片はうちでは引き取れませんねぇ。やはり学園に渡すのが順当かと。これの価値が分かる店があるとも思えませんし。もっとも手の平よりまだ小さいので、隠して持ってるぐらいは別に良いとは思いますよ?何に使う事もないと思いますが」
「ですって、先輩」
「だってよ、後輩」
「もしくは……そうですね、調理ならできますよ?」
ですよ?と小首を傾げる姿がやはりその髪型の所為なのだろう、猫っぽい。
「な……食えるのか?こんなものが」
「食べられないものなんて、この世にはありませんというのが私の信条でして。おいしく調理させて頂きます」
というわけで、何故かプチドラゴンの卵の欠片は食べる事になったのだった。いや、普通に学園に渡せば良いという意見もあろうが、自殺志願者なんて結局好奇心の塊みたいなものだ。先輩だとてそれは例外ではなく、作れるものなら作ってみな、とかいう感じになっていた。
「では。後ほどにしまして。蜘蛛女のこれに関しては……100,000クレジットで如何でしょうか?」
アモイリカが1匹1,000クレジットであった事を思えばその100倍。確かに本来は100倍難しいものなのかもしれないが、火を付けて後は妖精さんが解体しただけなので正直な所良く分からない。が、そんな風に悩んでいる私を尻目に先輩がリオンさんに質問していた。
「へぇ、色でも付けてくれたの?」
「正当な値段かと思いますがご不満でしたか?」
「いいえ、そうではないわ。寧ろ逆よ。いくら滅多にいないとはいえ蜘蛛女は人間のソレと代わらないから解体した所で何も使えないわ。むしろ料理屋にとってはさらに需要はないはずよ?加えて、その子が全部解体したのだもの。それらを考えればその半分でも多いと思うわ」
「ウェヌスさんは暇潰しのために行っただけですので、元々そう言うお約束ですからね。あとそうですね、需要に関しては、単にうちの店には適しているといった所です。ウェヌスさんが選んだ場所もそういう部位ですし」
「ふぅん……ま、店の雰囲気を見る限りそんな感じだものね」
興味深げに先輩が店内を見回す。
「これ、全部貴方が?」
「いえいえ、依頼したりが殆どですね」
「そう。ならこれからこの手の物はこの店に持ち込むとするわ。良いかしら?」
「それはそれは、大変ありがたく思います。カルミナさんにはお伝えしましたが、私の依頼はどうにも不人気でして。最近、仕入れがままならなかったりするので大変ありがたいです」
「そんなに流行ってるの?この店。長い事首都にいるけど、聞いたことないのだけれど」
「私と、エリザとあとは……アルピナ様がいるくらいしか見た事ないですね」
何で御姫様が……と先輩が嘆息していた。いや、だって仕方ないじゃない事実だもの。
「実際お客様はそれぐらいですねー。後は学園長さんがたまに来られるぐらいですかね」
「へぇ。あのお局様がねぇ……年下好きとは」
ふぅんと興味深げにリオンさんを見て失礼な台詞を吐く先輩だった。
「はははっ。それは学園長さんに失礼かと。私の方が年上ですよ」
「ぇ……」
先輩が絶句した。私も絶句した。どうみても私やそれこそ行っていても先輩ぐらいの年齢としか思えないにも関わらず、学園長より上とはこれ如何に。そういえば、学園長はあの方とか言っていた。あの子ではなく……いやいやそれにしても若づくりにも程がある。
「学園長にも若づくりが過ぎると良く言われますが……ゲテモノ道を極めた者にとっては年齢など関係ないのですっ!」
と何やらハシャイデいるリオンさんを華麗にスルーしつつ、女の敵め!と二人で罵詈雑言を散々言った後に、料理が出来上がるのを待ちつつ先輩と今後の話をする。
「カルミーの今後の予定はとりあえず学園卒業だわなぁ」
「はい、そうですね。今回は特例的に洞穴に入れましたけど、何度もそういう事があるわけもなしです。さっさと卒業して洞穴に入れるようにならないと返済もままなりませんし」
「ま、カルミーならそんなに時間も掛からないだろう。あそこは自分がどこまでできるかを知らせ、その上で自分が出来る事を増やす事ができるか?を問われるだけの場所だし。その両方が出来てりゃ、2、3カ月くらいありゃ行けるだろう」
「2、3カ月……実質残り9カ月で20,000,000かぁ……」
それで20,000,000クレジットを返す必要があるのだ。長いようで短い。寝る間も惜しんで知識を蓄える必要があるだろう。
「20,000,000て……安いぞ、カルミー。何だお前。村娘って言っても安すぎるだろ。場末の売女でもそんな安くねぇよ。どうやったら逆にそんな値段付くんだよ」
逆の意味で絶句している先輩がそこにいた。そんなの余裕だろ?みたいな表情が気に障る。
「……それメイドマスターにも言われたんですが、安いんですか?」
「安い。相当に安い。別に洞穴内には化け物だけしかいないってわけじゃないんだぞカルミー。鉱石とか宝石の原石一つで500,000とか余裕なわけよ。1日1つ、安全マージンとってもどんなヘボでも生きてられりゃあ4か月もあれば余裕って事だよ、カルミー」
「……いや、それは先輩だからでは」
「ちなみに私は1,000,000,000な」
今度は私が絶句する。私の10倍どころか50倍だった。一体全体、何があればそんな値段になるのやらと思えば、先輩が自分の目を指さして不敵な笑みを浮かべていた。
「はんっ。まだまだだね。カルミー。気付いてなかったか。ここの店長はすぐ気付いたみたいだけどなぁ。ま、いいや、それなら教えてあげない」
「……意地悪ですね、先輩」
「私は、優しくないんでね」
「先輩、後輩に嘘はいけませんよ。」
「千切りにして店長に喰わせるわよ?」
「はっはっは」
そのリオンさんの軽い笑いが怖い。あったらあったで食べて見せますよと言わんばかりだった。恐怖である。
ともあれ、とりあえず肉を包丁で切りながら笑うのは止めて欲しいと思う。
「まぁそれはそうと……何その腐った肉?」
「はい。仰る通り腐った肉ですね」
「えぇ。確かにそうね。腐った肉ね。駄肉ね。廃棄されてしかるべきというか廃棄されてさらに一週間とか置かれた感じの駄肉ね。まさに腐った肉塊と言うべきだわ。えぇ」
「より正確に言えば、腐り掛けた頃から1週間、塩と溝水に付けて煮込んでだし汁を取った後にさらに腐敗した果物の中で発酵させた一品です。」
「ははっ。汚物より汚そうね?…………ねぇ、カルミー、この店長おかしくない?」
「先輩に言われたら世も末ですね。大丈夫です。味は保証します。味だけは。そう、味だけは」
今のリオンさんの説明なんて気にしたら負けだ。見た目も、材料もその他諸々も一切合財保証しないが、味だけは保証しても良い。例え腐った肉塊であっても汚物であってもリオンさんの手に掛かれば高級食材に早変わりなのだ。今から楽しみである。しかも、その肉が内臓系なわけで、好物である。
「カルミー、こんな汚物を喰わせるってんならこっちにも考えがあるわよ。ドラゴンゾンビに向かってぶんなげてやるからそのまま剣と心中なさい。私が許すわ。墓標にはこう書いてあげる。汚物塗れのカルミー汚物となって死ぬって」
がーがーと叫ぶ先輩の言い分は良く分かる。実際私も誰かに連れて来られてこんな調理現場を見せられていれば怒っても仕方ない。寧ろ先輩は抑えてくれている方だと思う。
そんな先輩を黙らせるためなのか分からないが、妖精さんがウェイトレス姿で飲み物を持って来てくれる。その妖精さんを見たら溜飲が下がったのか先輩が妖精さんを見てほっこりしていた。ちょっとここにいなさいよ、とばかりにカウンターにいなさいと指さしている。現金な人だった。
「へぇ……ドラゴンゾンビですか。それはまた……面倒なドラゴンが発見されたものですねぇ。なるほどそれで調査団ですか」
「リオンさん、ドラゴンゾンビについて何かご存知なのですか?」
「えぇ。そうですねぇ。昔一度だけ見たことがありますねー」
「ちょっと待ちなさいな、店長。あれ程巨大なドラゴンが確認されたのは8年前以降ないはずだけれど?」
「それは当然でしょう。10年以上前の話ですから」
「店長……いや、ほんと何歳なのよ?」
「さぁ?……まぁともあれですが、臭いに敏感なのに気付いて、臭い袋投げつけて逃げましたねぇ。懐かしい思い出です」
いやーあれは怖かった怖かったと語るそれは、本当に楽しそうで。きっと数年後の私もそんな風に自分を語る事ができるのだろうか?いいや、きっと語れると信じたい。そのために今、考えて生きているのだから。
「店長、ただの戯言だと思って頂戴。あれを殺し尽くす事は可能と思う?」
「閉じ込めて火でも焚いて、酸欠にすれば死ぬと思いますけど。一応生物ですし。もっとも酸欠で死んだ生物の肉は美味しくないのでやりたくありませんけどねぇ」
とあっけらかんというリオンさんに私呆然、先輩呆然。何だろうさっきからこんな感じばっかりである。
その時であった。からん、という音と共に一人の小さな少女が入って来た。入ってきてそのまま私の横に座る。
見れば、アルピナ様だった。
「聞こえたぞ?何やら人がおらぬ内に楽しそうな話をしておるのぅ。私も混ぜんか。特にリオン。なんじゃお主。私には言わん事をカルミナにばかり……嫉妬するぞ?」
「はっはっは……ご勘弁を。話の成り行き上ですよ。ともあれ、久し振りですね、アルピナちゃん」
「うむ。昨今忙しくてのぅ。件のドラゴンゾンビの事もあるのじゃが……加えて本日、そこの二人が持ち帰って来たプチドラゴンの卵と孵り掛けだった幼生がそれに拍車をかけてな。もう無理じゃ!と思ってこうやって逃げてきたわけだのぅ」
かかっと笑う。久しぶりに見たアルピナ様の笑みは凄く楽しそうだった。
「ともあれじゃ。そちらも久しぶりじゃのぅ。前に会ったのは城でのパーティだったかの。その後調子はどうじゃ?」
一瞬、誰に対して声を掛けているのかと思えば、先輩に対してだった。
「は。御蔭様で。アルピナ様もご健勝のようでなによりでございます」
慇懃な口調で先輩が挨拶をする。相手は皇帝なのだから当然の応対だった。もっとも、先輩らしからぬ感じではあったが……。
「うむ。健勝じゃ。ありがたい事にのぅ。リオンのおかげなのじゃ。して、今日は皆何を食べに来たのじゃ?なんか凄い臭いを放ってる汚物の如き腐った肉がメインというわけでもなかろう?」
「いや、それは……」
卵の欠片とはいえない。絶対に言えない。が、
「あぁ、プチドラゴンの卵の欠片ですねぇメインは」
ここに土足で鉄火場に踏み込んだ人がいた。
リオンさんだった。
瞬間、アルピナ様がぎろっと私達二人を睨みつける。
「おい、お主ら…………もちろん私にも食べさせて貰えるのじゃろうな?」
一瞬、どうやってこの国から逃げようかと本気で考えたし、先輩は先輩で冷や汗というか脂汗に塗れてまるで先日ここにいた蛙のようでもあったが、ともあれ、アルピナ様のお許しは得られたみたいだった。
「カカッ。元々お主らが取って来た物を国が持って行ったんじゃ。悪いとは思っておる。名誉だけなんて割に合わんじゃろう。欠片ぐらい持って行った所で誰が文句をいうか」
カカッとアルピナ様が再び笑みを浮かべようやく生きた心地になった。
「ほれ、折角じゃからその時の話でも聞かせるのじゃ。それと……エリザベートの容体に関しても教えて欲しいものじゃな」
「あ……そうですね」
前回の調査団の時の話から始まり、先日洞穴に行き、その時に起こった事を全て話す。エリザの状況も呪いに関しては触れないように伝え、現状を伝える。心は壊れたが治る兆しは見えてきた、と。そうして時折、リオンさんからおつまみが出たり、妖精さんから飲み物が出たり、先輩の喋り方がばれたりしながら、一時を、料理が出来るまでの一時を三人で過ごした。話をしている最中に、ここにエリザがいれば、そう何度も思った。それをいつか、私は叶えたい。
「ふむ……なるほど。唯人であれば手伝えることもあろうがのぅ。皇帝の地位ではの……」
「そのお気持ちだけで十分です」
一人を助ければ次が現れる。そしてまた次が。その繰り返しは国を疲弊させ、そして国は崩壊する。単純で簡単な連鎖だ。だから、エリザの事でアルピナ様を頼るなどという発想は最初からない。
「しかしそうか。ドラゴンの瞳にのぅ……」
「はい……」
「流石に、あれを取るのは無理があるわ」
腐敗に塗れたドラゴンの瞳。近づくだけで腐臭に頭がやられてしまいそうなあれをどう登っていけという話だ。躰を這っている化け物達は一体全体どうやってあれに張り付いているのだろうか。
「それもやはり臭いだと思いますよ、カルミナさん」
そう言ったのはリオンさんだった。
「一度彼のドラゴンの腐肉を浴びた物は呪いによりあれを食べ続けなければならないというのならば、その腐肉により臭いを隠し、張り付いたのではないかと」
「なら、臭いさえどうにかすればあれに近づいて登る事もできるかもですかね?」
「カルミー。そんな都合の良いものはない。登るのも相当にきついぞあれは。確かに体の所々に穴が空いてるから断崖登るよりは登りやすいかもしれないけれどなぁ」
そんな問答をしていれば、アルピナ様がふいに……えぇ、あれがぁ?という何と言えば良いのだろうか不信というか、嫌そうな表情を浮かべていた。
「……むぅ臭いよのぅ?」
「えぇ、何か手立てでもあるのでしょうか?」
「いやなに……皇剣は知っておるかの?」
「はい。アレキサンドライトとかは……その武器屋ジェラルドさんから教えてもらいました。そういえば、アルピナ様のセラフィックナイトでしたっけ?その事聞こうと思っていたのをすっかり忘れていましたよ」
「あぁ、うむ。知っているならば良いのじゃ。まぁそのセラフィックナイトなのじゃが……あれには匂いを出す魔法が付いておるのじゃ。普通に考えて、臭いを出すなんて全く使えない魔法じゃよ?ゲルトルード姉様の奴みたいに小さくても雷でも出せればまだ格好良かったのじゃが……匂いじゃぞ?わーアルピナが近づいてきたよー!という虐められっ子用魔法じゃ。全く父様も何を考えて匂いなどを魔法として詰め込んだというのじゃ。作ったマジックマスターというのもやはり名ばかりなのじゃないかと思っておったが……いやはや、使い道があるとはのぅ……」
「もしかして貸して……頂けるのでしょうか?」
「いや、残念ながらあれを貸す事はできんのぅ。皇剣は皇族とその部下との絆のようなものでの。与えた者以外が使う事は許されておらぬ。与えた者が死ぬか、与えられた者が戦えなくなり後継でも推薦せん限りはな。だからその代わりに使える者を貸そう」
「学園長……騎士団長御自ら出陣かぁ、それはそれは大層な事になりそうだわね」
「うむ。最後の祭りにもちょうど良かろう」
最後の祭り、それを聞いて皆が眉を潜める。
「リオンが協力してくれんからのぅ。子を成す事ができんのじゃ」
更に眉を潜めて何の話だ、と思った。そんな皆の雰囲気にアルピナ様が申し訳そうな表情をする。
「あ、いや冗談じゃぞ?リオンも気にするでないぞ?すまんの。茶化したくなるのが性分でなぁ……ま。最終皇帝と呼ばれる所以じゃな。もう少し早くここを知っておればどうにかなったかもしれんが……いや、それも今更。知っておろう。このままでは帝国衰退は必定じゃ。であるからして……その前に最後の挑戦といった所だの」
そう語るアルピナ様の瞳は強く、それこそドラゴンよりも強い者のようにさえ思える程だった。だから、自然と身震いする。これが国を背負うという事なのだろうか。たった一人の看病をするだけで四苦八苦している私には到底想像もつかないような重責の中をアルピナ様はその小さな体で生きてきたのだ。ずっと食べる物もまともに食べる事ができずに、ずっと一人で戦い続けてきたのだ。
強い人だと思った。何よりも、誰よりも強い人だと、そう思った。